掌編小説  


 試みに書いた掌編を、不定期に掲載させていただきます。  




 決闘(2011.11.23) 

 秀光がランニングサーブを放つと、相手側補欠チームのコートの、中衛と後衛の間に鋭く突き刺さった。
 後衛の末広が懸命に体を投げ出したものの、指先をかすめてボールは落ちた。十八対十二だ。末広はボール目がけて飛び込んだとき、手の平と臑のあたりを擦り剥いたらしく、顔を歪めて蹲っていたが、「タイム」の合図を審判に送り、尻餅を突いたままコートにへたり込んでしまった。
 レギュラーチームのキャプテンである僕も、相手側の末広のもとに駆け寄った。手を耳の横でブラブラ振り、足を屈伸して、末広は何とか立ち上がった。
 元の陣形に戻りかけたとき、次のサーブがまた末広を襲った。末広の顔に「何でや」という表情が浮かんだ。審判はまだ「開始」の笛を吹いていない。
 審判とは言っても、公式戦ならともかく紅白戦であるから、レギュラーにも補欠にもまだなれない下級生が、臨時で勤めている。一年生の気弱そうな審判はやや間を置き、サービスエースの判定を下した。
 そのとき、秀光の得意なときに見せる、鼻を左右に蠢かす仕種が、西日に照った。

 僕はコートを走り出ると、審判にではなく自チームの秀光に突っ掛かって行った。
 秀光は次のサーブに掛かろうとしていたところをふいに襲われたので、ボールを放り出し、体を逸らそうとした。そこにタックルを食らわしたのだから、秀光は掬い上げられる恰好に、もんどりうって倒れた。しかし、体躯で勝る秀光はうまく受け身を取ると、なおも攻め掛かる僕の顔に蹴りを入れてきた。
 仰け反った僕に、そのまま組み付いてきた秀光は、僕の首に手を掛けた。僕も力では負けない。土埃の舞うコートで、寝技の応酬になった。
 僕は腹を立てていた訳ではない。秀光もそうだ。「お前を泣かすまで終わりゃせん」二人が同時に叫んだ。
 僕たちは、いつものようにレギュラーと補欠のチームに分かれ、中体連の本番三日前の練習をしていた。
 秀光は前衛レフトのエースアタッカー、僕は中衛センターという攻守の要だった。紅白のチームともに力はかなり接近しており、おまけにレギュラーチームは、昨日の遠征でライバルのB中学に粘られ、土壇場で惜敗していた。
 遠征の日は特に、セットが進んでくるにつれ、秀光のアタックが威力を失い、同様に僕はサーブで信じられないミスを犯した。
「野郎、あのサーブはなんちゅうザマだ」
「あのアタックのときはビビリよったやろ」
 後は、言葉ではない。秀光の上に跨ったかと思うと、馬鹿力でひっくり返される。下になったら、すかさずコートを梃子にして弾き返す。
「辞めちくれ、何でこうなるんや」
 守備専門の後衛の慎二が何が起きたのかと近寄って来た。同じ後衛の清や英治も一緒だ。顧問も駆け付けた。経緯を知らないから、副キャプテンの正夫に説明を求めている。
「理由? 多分、昨日の負けが口惜しゅうて、気合いを入れ合っとるんですよ」
「やりたいようにやらせりゃあいいさ」
 と末広。膝に血がべっとり流れ出ている。

 僕は周りから取り囲まれているのを知っており、秀光も知っている。
「この野郎!」
「なんだとお、もう一遍言ってみろや」
 僕の方が体躯がずんぐりしているから、寝技には都合がよい。秀光の長い手足が、こんなときは少し邪魔になるらしい。それでも、運動神経や身体能力では秀光の方に一日の長がある。
 周りの視線に囲まれると、意地でも手を抜く訳にはいかない。まして、おめおめと引き下がる訳にもいかない。
「ぶっ殺すくらいのファイトでいかんば、このお」
「ならば、こうかい?」
 秀光がシャツの首を捻り上げてくる。息がフウッと止まりそうになる。
「まだまだ生温い。こいつを食ってみろ」
 僕は馬乗りになり、秀光の鳩尾を踝で力まかせに抉る。ゲッ、と秀光。
 秀光の父はこの春から入院している。持病の胃潰瘍が悪化して、二度にわたる緊急手術で何とか一命を取り留めた。母も長期にわたる心労と過労で、寝込んでしまったらしい。だから、長男の秀光は、学校からの帰りには父と母を病院に見舞い、まだ幼い弟妹の弁当作りから洗濯までしているという。
 しかし、そんなことを言いふらす秀光ではない。
「カッコばっかりつけやがって。ビビリ癖は、ちったあよくなったか」
 僕がそう言ったのは、秀光が父親の手術を終えて学校に出て来たときだった。
 アタックエースが不在では、練習にならなかったのだ。
「お前の母ちゃん、めちゃ五月蠅いばかりやな。部屋のたいていの連中が、えろう迷惑がっとるぜ」
 僕の母は、病院の掃除婦で秀光の両親の具合をよく知っている。
「二人の弟妹より、秀光が一番の泣き虫じゃろね」といつも言う。

 僕の父は、末広の家の雑貨屋が営む精米所で働いている。籾摺りの注文を取って来ては、精米をしオート三輪やバイクで届けに行く。ついでに、焼酎の配達もする。雑貨屋の雇われだから、何でもしなければならない。
 放課後は、中学校にも毎日のようにバイクでビールと焼酎を運んで来る。
 近付くと糠臭く、アルコールの臭いも染み付いている。
「おっさん、来たじゃねえか」
 父がコート近くを通り掛かり、僕と秀光の一戦に目を留めているらしい。
「大丈夫、大丈夫。ガキの遊びやから」
 末広が、従業員向けの言葉で説明し追い返すと、バイクの音は遠ざかって行った。

 秀光の図体が僕の上半身の上に乗り、両足で僕の下半身を組み敷いた恰好で、右手は僕の胸倉をしっかり掴み、左手はいつの間にか流れ出した鼻血をこすっている。胸に鼻血が落ちてくる。
 僕はここらでエンドにしても、もう恰好はつくかも知れないと思いながら、鼻血の隙をついて海老のように跳ね、体を入れ替えると、今までとは逆に秀光のシャツの襟首を両手で捻り上げた。
 不意をつかれたらしい秀光は、不覚を取ったという目の色を白黒させながら、口をアフアフと動かせ、少しだけ動きを止めた。
 このまま、力を込め、後三分締め上げたら、ひょっとして秀光の息の根を止めることが出来るかも知れないと思った。自分の奥底の心が、それを待ち焦がれているのかも知れないという、訳のわからない恍惚とした気分に陥った。
 それより、今、秀光は無防備の体を曝してはいるが、期をみて再逆転を狙っているのかも知れないとの猜疑心も首をもたげてきた。僕は、注意深く秀光の目を見、口の動きを見、手の動きを見た。
 何より、これが秀光の死んだふり戦法だとしたら、次の瞬間には僕が口を空に向け、泡を吹くことになる。僕はあくまで慎重に、秀光の反応を見ようとした。

 試しに、周囲に群れている筈の部員たちの動きを目で追った。
 ところが、ほんの先刻までいた筈の連中がいない。顧問も、末広も、副キャプテンの正夫も、慎二も、清も英治までいない。
「どうしやがった。どこに行きやがった」
 ひょっとして、下校のチャイムが鳴り、勝手に組み合っている僕たちを残して、校舎に引き上げたのだろうか。末広など、「ガキの遊びなんやからな」と言っていたぐらいだから、まさかこのような事態に進展するなどとは、誰一人予想しなかったのだろう。
 それにしても、秀光は唸ることも、呟くこともしない。両腕は力無くコートに垂らし、だらりと伸ばしている。
「秀光、泣いたらええで」
 僕は、秀光を軽く揺すぶってみた。返事がない。
「泣いてみろ。泣いたら勝負は終わるんやで」
 僕の両指は、そう言いながら、なおも力一杯秀光の襟首を締め上げている。
 しかし、返事はおろか、秀光の顔からだんだん血の気が引いて行く。
「泣いてみろ。死んだ真似するなんぞ、卑怯じゃろ。ほら、泣いたらええんじゃ」
 僕はハッと気付いて、襟首から手を放し、今度はバチバチと秀光の頬を叩いた。
「ええ、どうした? さっきまでの気合いはどうした。まだビビッてやがるのか。ふざけるんじゃないぜ。おい、まさか本気なんかじゃないよな、お前。だって、家の面倒見んといかんのやろ」
 僕は、どうしたらよいかわからなくなった。「何で誰もいなくなったんだ!」と呟きながら、頭のどこかにまだ「阿呆め! 見事に騙されやがったな」と薄ら笑いを浮かべ起き出してくる秀光の茶目っ気ぶりを、信じていた。

「人工呼吸や!」
「大至急、救急車を呼べ!」
 顧問が慌ただしく指示する。僕は、秀光の体から離れ、コートの端に蹲ったままでいる。
 早目に練習を終えた野球部員が、僕たちを冷やかそうと通り掛かり、保健室と顧問に連絡してくれたのだった。
 保健の教諭が人工呼吸を繰り返した。義光の口に直接息を吹き込み、吸った。首を捻りながら、何度も挑戦した。保健部の女生徒が、胸を押したり引いたりした。
 いつの間にか、輪が出来ていた。商店の連中まで駆けて来て、「三輪車は動かんのか」などと声高に叫んだ。
「あかん、あかんぞ。‥‥なんとかならんか」
 教頭が保健の教諭の顔を下から覗き上げ、悲鳴に近い声を上げる。保健の教諭は、女生徒と交替し、あみだに被った野球帽から汗を滴らせながら胸を押す。
「ようっしゃ、もう一遍!」
 気合いを入れ直した保健の教諭がシャツを脱ぎ捨てた。肌着にまで塗れ通った汗がコートを濡らし、百回、百三十回と教諭の指先に力が込められた。
 僕は真前に進み出、「起きろ! 義光。ふざけるな! 卑怯もんめが!」と胸底からの声を絞り上げていた。
 保健の教諭の指先の動きが、二百五十、二百八十と正確に回を重ねていく。
「ウ‥‥ウー‥‥」
 三百十を数えたところで、俄に秀光が微かな息を漏らし、苦し気に眉を顰めかけたのと、救急車のサイレンの音が間近に聞こえ始めたのが、ほぼ同時だった。
                


 コスモスダンス(2011.01.25)

 授業に遅れず、こなしていくのがやっとの私にとって、職員室が揺れる時間というのは、なんとも居心地のよくないものだった。
 自分のクラスの松山が起こした事件であるというのに、意見をはさむ間などなく、延々と続く議論をただ聞いているだけだった。
「新任さん、あんまり考え込まないようにね。なんでも、前向きにとらえることですよ。ちょっとでも後ろを見せると、背中からどっと疲れが襲いかかりますから」
 隣組の担任が、私の背中をポンと叩いた。
「県下でナンバーワンのK高校ですからね。教師も生徒も、そして後援会も。なあに、なにもかも時間が解決してくれますよ。いわば、選りすぐりのトップ集団です。問題解決にこと欠くことはありません。政治家も、官僚も、医師も、マスコミも、警察も、弁護士も、社長も、学者も、なんだって揃うんですよ。いざというときにはね」
 確かにそうだった。
 後援会役員の人選が意図的になされているのかどうかわからないが、地元の主立った顔ぶれが、殆ど名前を連ねていた。

 クラスのトップを走っていた松山が、傷害未遂事件で逮捕され、隔離棟に入れられるまでの二月ほどの間、学級日誌を一人占めにしていた時期があったが、彼のうんざりするような「持論」を、また聞かされるのかと、まともに向かい合う気になれなかった。
 その日誌のタイトルを拾っていく。
 真理とはなにか、経験則即ち現代科学は真の科学ではない、命というもの、どこから来てどこへ行くのか、死と愛を賛美する、いかにしてエゴイストは作られるか、宇宙を知ろう、などと聞き慣れた字面が並ぶ。
 パラパラとめくっていくうち、コスモスダンスというタイトルのページに目が止まった。
「コスモス、即ち宇宙は、みんな一つであると思っていやしないか。勿論、究極の究極は一つであり、真理は一つでしかない。
 ところが、宇宙は無数に存在する、といったら驚くだろうか。実際、無数、無限に存在するのだ。これは、たった今、真理は一つしかないといったことと矛盾するではないか、との詰問を受けよう。
 しかし、宇宙は現に無数、無限に存在する。
 ほら、そこにも、向こうにも、あちらにも、後ろにだって存在するのだ。君やぼくが今見ている宇宙。君やぼくが生まれる一瞬前の宇宙。君やぼくが死んだ後の宇宙。もっともっと、気が遠くなるほど時間が経過した後の宇宙。そんな宇宙が、時系列とともに新たに形成されていくのだと思ったら、大間違いだ。
 元から、そこに、今ある。
 パラパラとページを繰るように、扉をくぐり抜けさえすれば、アンドロメダ座大星雲にだって、オリオン座大星雲にだって、この宇宙の外にある隣の宇宙にだって、簡単に行き来することができるんだ。
 ある意味では、死ぬって方法でね。
 だから、死んだらお仕舞いだ、なんてナンセンス。死ぬってことは、たった一枚の扉を越えて行くという、しごく単純なことなんだ。だから、死んだって、決してお仕舞いになりはしない。勘違いしないでよ。自殺を勧めたりなんかしてるんじゃない。それに、星や、太陽や、人や、動物や、植物や、いやいや空の雲にだって命があるんだ。
 こんな命が、いろんな生き方(いや、死に方といった方がいいのかな)をしながら、グルグル巡っている。三千年前のぼくから、今のぼくへ。今のぼくから、三十億年後のぼくへ。二千億年後のぼくから、五千年前のぼくへ、という具合にね。
 ところが、それらもみんな今なのだ、っていうとこんがらがってしまうかな。
 真実は、たった一つの宇宙の中で、無数、無限の宇宙が、規則正しく動いてる。そう、宇宙のダンスだよ‥‥。
 ぼくは、この宇宙の法則を研究し、証明しようとしている。ちゃんとした手掛かりを見つけたんだ。これは、大発見になる。いや、もともとそこにあるものを見つけるんだから、発見とはいわないのかな。
 とにかく、宇宙って、なんといって説明したらいいのかな。遠くて近くにある、高くて低くにある、っていう感じかな」

 私は、後ずさりした。激しい喉の乾きを覚えた。多分、西日を遮るなにものもない教室の明るさと温度が、私の神経を妙な具合に刺激したのだったろう。
 日誌を落とし、ふうわりと膝から崩れていく自分の影を、はるか遠くに見た。 



  洋服(2011.01.21) 

 足元に、油蝉の死骸を見つけた。
   油蝉は六本の足を立て、羽をすぼめ、仰向けに転がっている。目には、涼し気な欅の葉の翻りを映して‥‥。
  ほんの一時間前、門口の欅の幹に、体ごと埋めるような恰好でとまっていたやつだ。
  なぜなら、その時刻に健治は、決定的な失態をやらかしている。留美子や末広と別れ、勢い込んで玄関に走り込むつもりが、間に合わなかった。半ズボンを膨らし、水滴はズックにズブズブ流れ込んだ。
 その様を、留美子たちに見られやしなかったか‥‥。
 恥ずかしさに、欅の根本を力まかせに蹴りつけた。そのとき、鼻先に油蝉が一匹蹲っているのを見つけたのだった。
 焦げ茶色のそれは、宙に飛び立とうとでもするのか、前足をにわかに立て、幹を蹴ろうと五ミリぐらい移動したが、そのまま元の位置に戻り、体を丸めてしまった。
「見てたんだ」
 健治は叫び、欅の根本をもう一度蹴った。

 もう留美子たちは、学校に着いている筈だ。
 去年の担任の八重子先生の通夜が、六時から始まる。急な話だからと、帰り道で末広がまとめ役になり、五時に集まることにした。
 来れるやつだけでいい。級長の末広は、一人で頷いた。留美子は、八重子先生に付きっきりでピアノを教えてもらったんだもの、必ず行くわといった。
 まだ間に合うかもしれない。
 健治は走り出そうとして、半ズボンの前を押さえた。どこかたよりなかった。
 普段着の柄パンに履き替えてみたが、尻のポケットが破けていたし、初めて聞く通夜という名前の重苦しさがそうはさせなかった。

 八重子先生は、学校では一番若い筈だ。確か、建治たちのクラスが初めての担任だといっていた。入院したと聞いたのが夏休み前だったから、二月にしかならない。まさか、今日死ぬなんて思いもしない。
 
 健治は、足元に転がっている油蝉を見た。
 油蝉はつい昨日まで、この欅の枝にいて、放逸とも思える声で鳴きたてていたし、幹に食い込むように激しく体を打ちつけていた。健治が力まかせに幹を蹴りつけたときでさえ、間髪を入れず、針金のような前足を動かしたのだった。
 このわずかの刻の間に、なにかが彼の身から出ていったのだろうか。いや、なにかが彼の身を新たに包んだのだろうか。
  油蝉の体に、蟻が群れ始めている。蟻たちは、その小さな口で鎧のような体を噛み千切り、行列をなし、巣へと運んでいこうというのだろう。次には、バクテリアが背中から腹にとりつき、蟻が残した骸をじわじわと溶かし始めるかもしれない。

 健治の頭を、妄想が次々に過ぎった。
 八重子先生の得意なタンバリンの音が、響きわたる。留美子のピアノに合わせ、みんなが歌う。明るいメロディーが、留美子の指先から次々に生まれ、喉をふくらませ、スキーの曲を歌う。山の曲や、花の曲を歌う。
  八重子先生は、みんなをその気にさせるのがうまい。八重子先生は、素足のままでいいのよという。今日の分だけ頑張ればいいのよという。みんな、八重子先生が大好きだ。
  しかし、健治は、クラスで恐らく一人だけ、八重子先生の目に涙を流させた。
 スケッチ大会で、画面いっぱいに鶏を描いた作品を選び、健治には内緒で推薦してくれた。それが、学校でただ一人入選した。八重子先生が、みんなの前で、健治に賞状を渡そうとした。先生は黄色のワンピースを着ていた。
 しかし、健治は「いらん」といった。おまけに、黄色の洋服が嫌いだと叫んだ。
 
  とうに六時をまわった。
  八重子先生は、どうしているだろう。
 なにが、八重子先生のうちから抜け出ていったのだろう。あるいは、なにが八重子先生を包み込んだのだろう。
 きっと、留美子たちが八重子先生を囲んで涙を流しているに違いない。
  通夜というものがどういうものか知らないが、健治は、そんな誰の声よりも高く、黄色の洋服が一番好きだ、と叫びたかった。


  光の子(2011.01.20)

 
二年A組の竹内碧が妊娠しているという噂が、流れ始めた。
 気を付けてみれば、華奢だった腹部が少し前にせり出し、足を引き摺る度合いも強くなったように見える。
「間違いありませんね。五か月を越えています。まだ、母胎の安定期には入っていませんけれど」
「辛いらしく、三日続けて早退しました」
 保健の教師と担任が、職員会議で報告した。
「困りましたねえ、K高校始まって以来の不祥事です。それにしても、事件が続きますねえ。この大事な時期に」
 教頭が、頭を抱える。
「相手は誰でしょう」
「当の竹内自身、いつもと変わらず、あっけらかんとしています」
「授業中は、例の透き通りそうな瞳を向け、熱心に授業を聞いてくれます」
「まさか、ねんねじゃあるまいし‥‥一年次のとき、特別に女子生徒向けに婦人科医を招いて、そちらの講演もしてもらっています」
「ねんねではありませんよ。彼女の詩、結構ストレートに表現しています。例えば『‥‥命は、光とともにあり。‥‥白い、目も眩まんばかりの光。光とともに命来たり。光とともに命去りゆく‥‥』とありますね。『白い光』と題する最新作のようです」
「詩人たちにも、困ったもんですな」
「で、お腹の子をどうするつもりだろう」
「産み、育てながら高校、大学に通うんだといっています。これは本人から聞いた話ではありませんけど」
 竹内の家は、デパートを都心に経営しており、なんでも、母親の違う兄弟が六人いるという。竹内は末っ子で、母親はミスF市だったらしい。

 椿は、「松山なんだが」と空咳を一つした。
 松山は、文化祭の会場で、講師のF博士の顔にライトを照射し、「偽科学者は去れ」と叫んで荒れ、今は隔離棟に入れられている。
「松山は詩人であり、K高校に文芸部がないのを知ると、同好会を作った。同好会の呼びかけに、女の子たち七、八人が加わった。そのなかに、竹内碧もいた」
「足が悪いということの故に、創造主は考えられ得る限り彼女を完璧なものにした‥‥というのが、先生の口癖でしたよね」
「ああ。『やや傾ぎ加減の立ち姿。なにか遠いはるかな思いに導いてくれる、淡い光の中の少女‥‥』というのは、松山の『聖少女』という詩の一節だけど」
 私も、A組の授業中、竹内の瞳に見つめられているのに気付き、次のフレーズを忘れてしまったことがあった。
 足が悪いといっても、ほんの少し左足を引きずる程度で、何気なく見ていると見落としてしまいそうなくらいであるが。しかし、なんといっても、十七歳の多感な少女である。
「竹内は次号に、『青い光』と題する詩を発表した。『遠く遙かなるものが存在するとすれば、いかにして、このように残酷で、絶望的な仕打ちをしでかすことができるのか』ということばで始まり、『幾劫もの時空を束ねるのであろう遠く遙かなるもの。それは、どこまでも深く深く透け、どこまでも高く高く翔けりいく、ほのかな揺らぎにも似た青い光の‥‥』と続いていく。これが、松山に強い自信を与えるきっかけになったというのが、職員室でのもっぱらの話です。たかが生徒たちの詩ということだけで片付けるには、状況がかなり複雑なものでしてね」

「最も考えられる相手は松山ですが、彼は半年以上も前に隔離棟に行きましたし」
「竹内本人が、光の子なのよ、といい張るらしいですから。ほら、マリア様のように。実に、前向きですよ、彼女は」
「この学年は、いつになく、期待が大きかったんですが、話題もビッグですねえ」
「なんといっても、松山、竹内らビッグスリーの入学、これに湧きましたから」
「ここの子たち、おくるみで二重にも、三重にもくるまれて育ってきたのでしょうかね」
「違いない、ですねえ」
 椿は、生活感のなさということでは、竹内はまぎれもなく希有な存在であるという。
 松山もそうだった。
 今、そのうちの二人までが、間を置かず、大きく歩みを変えようとしている。
私は席を立ち、窓辺に向かった。
 閉じた目の奥から、しばらくの間、松山の利発そうな白い面立ちと、竹内の透き通りそうな瞳の残像が消えなかった。


 
奈津子(2011.01.19)

 車を降り、波打際まで歩いた。
 砂が深く、一足毎に靴底に絡みついてきた。波打際は月の光を吸って、深緑色に沈んで見えた。そのまま水際に沿って歩き、打ち上げられた木切れを見付け、腰を下ろした。
 ポケットから煙草を取り出し、マッチを擦った。マッチは、炎を結ぼうとしたが、乾いた小さな火花を散らしてすぐ消えた。
 二本目のマッチを擦った。左手で覆いをつくり、芯が燃え上がるのを待って火を点けた。
 深々と肺の奥まで煙を吸い込んだ。押さえの効かなかった身内の興奮が、その一口でいくらか落ち着いたと思った。

 奈津子の首を絞めたのだ‥なぜそんなことになったのか、自分でもよくわからない。
 奈津子の家の灯りの見える三叉路まで来たとき、ぼくは激しくハンドルを切り、雑木林の入口に車を突っ込んだ。
 そして、奈津子を見た。
 そのままだったら、ぼくは奈津子の唇を盗んでいただけだったろう。しかし、奈津子の目の中に、一瞬困惑の色が走ったのを見逃さなかった。
「達也さんにはお世話になりました」というときの奈津子が、やっぱりそこにいた。
 ただそれだけのことで、ぼくの指は奈津子の唇をすべり、喉元に食い込んでいた。奈津子は抗いもせず、目を閉じ、ぼくの指に力が込められていくままにまかせていたが、奈津子が崩れ落ちるより先に、ぼくの指の方が萎えてしまった。
 大きく息をして体を起こすと、奈津子ははだけかけた胸元をつくろい、足元に落ちたバッグを拾って、静かにドアのロックを外した。そして、ゆっくりドアを開けると、白いブラウスの後ろ姿をバッグミラーに映し、三叉路の方に去っていった。

  半月ほど前、東京に住む兄の達也から、この秋社内結婚をするという手紙が届いた。どこかのハイウェイをドライブしたときのものか、スポーツカーをバックに、揃いの水色のシャツを着た二人が頬を寄せ合っている写真も入っていた。
 奈津子は、達也が大学の三年次のときに同じ東京の女子短大に入り、英文科を卒業した後、英語の教師としてN市に戻ってきた。
 ぼくはN大学の経済学部を出て、地元の銀行に入っている。
 高校では、一緒の学年ではあっても、別々のクラスだったぼくと奈津子の間に、特別の感情などなかった。というより、ぼくは高校時代の奈津子のことを、殆ど思い出せない。
「達也さんにはお世話になりました」
 羞恥を体中に露わにして、奈津子の方から近付いてきた。N市に残った四十数人が、クラスを越えて開いた同窓会の席でだった。
 それ以来、ぼくたちは頻繁に会った。奈津子の勤める中学校から一駅ほど歩いた公園の駐車場を待ち合わせの場所にし、食事をしたり、映画を観たり、あてもなく車を走らせたりした。奈津子の好きな野仏を数えながら、一日中山道を歩いたこともある。
 しかし、ぼくたちの間には、いつも達也がいた。写真のネガのような達也の影が、奈津子の笑顔の奥にすうっとしのび込んできたり、奈津子の肩に手を伸ばそうとするぼくの鼻先に、ふいにからみついてきたりした。

 今朝の電話は奈津子からだった。
「仕事を辞めて上京します」と、低い静かな声でいった。やっぱり達也のことで‥と口に出しかけたぼくに、奈津子は、かねがね洩らしていた四年生学部へ編入学する決心を固めたのだ、といった。
 気が付くと、百キロを超えるスピードで高速道をとばしていた。東京から、一キロでも二キロでも遠ざかりたいのだった。
 奈津子は無言だった。ぼくも無言だった。
 遅い昼食をドライブインでとったとき、
「ぼくが達也になりたいんだ」と、胸の底にずっと溜めていたことばを一気に吐き出した。 奈津子は、西日の当たる頬にわずかに微笑を浮かべ、庭の泉水が次々に生み出す水の輪を、まぶしそうにじっと見詰めていた。
 沖合に、岬の鼻を抜け、外海に向けて進んでいく船の灯りが見えた。船は、どうかすると止まっているのではないかと思えるほどののろさで、そのくせ確実に岬を離れていった。
 潮風が、長くなった煙草の灰を吹き散らした。ぼくは、最後の一口を深々と根元まで吸うと、波打際に向かってそれを投げた。


 
自転車(2011.01.18)

 僕は、初めて弔辞というものを読んだ。
 目の前には、ほんの三日前まで、僕たちのリーダーとして、当然のように君臨していた健太の、いつも見慣れた野球帽の下の顔が笑っていた。
 僕は読みながら、手が震え、足が震え、声が震えて、とうとうその場に蹲ってしまった。

 健太は、十二人兄妹の十番目だった。ずんぐりした体躯に似合わず、やけにすばしっこく、ボールは力まかせに投げ込んでくるし、相撲は低い姿勢からのカチ上げを得意とし、チャンバラも赤胴鈴之助ばりの無類の強さを誇っていた。
 健太の家は、村に一軒しかない雑貨屋を営み、父親は村会議員の長老であった。歳の頃は五十半ばで、四角い顔の上にポマードで撫でつけた頭があり、村人の噂では、他に二人は隠し子がいるということだった。
 健太は人を束ねることに長けていて、同年代の仲間七人のボスとして君臨し、七人を集めては、その日その日の遊びの指示をした。なにしろ、グローブを持っているのも、少年画報や漫画王を持っているのも健太だけであるのだから、みんな否も応もないのだった。
 野球になると、ピッチャーで四番バッターは健太と決まっていて、雑貨屋横の小学校の校庭に、隣村のチームを呼びつけた。
 チーム「アトムズ」の残りの二人は、健太のすぐ上の兄と、すぐ下の弟が加わり、彼らも健太の指示に従順に従った。
 ピッチャーの健太は、球はめっぽう速いがストライクがなかなか入らず、毎回といってよいほど押し出し点を与える替わりに、バットを持つと強打者に変身し、四、五点のハンディなどすぐにひっくり返すのだった。もちろん、アトムズのみんなも打撃にかけては負けておらず、ホームランの数では女房役の僕の方がいつも上回っていた。
 だから、負けん気の強い健太も、僕には一目置いているようで、ノーアウトランナー一、二塁の場面でも、絶対バントのサインなど出さず、強振しろという指示のままに、僕は殆ど長打を放ち、期待に応えてきた。
 僕の家は、七人の中で最も貧しい小作農であったから、少年画報や冒険王など買ってもらったことがなく、もちろんグローブのことなど口にすることも出来なかった。健太は、そんな僕に、決まって自分が読んだ後すぐに漫画を貸してくれ、新しいキャッチャーミットも揃えてくれた。

 七人の中に、修二という一級下の子がいた。修二も浅黒く、ずんぐりした体躯で、どうかした拍子には健太と見間違うことがよくあった。足の速いことも、すばしっこいことも、健太によく似ていた。
 修二は小学校下の小さな家に住んでおり、母は村に三軒だけある飲み屋の一軒に勤めており、まだ娘のようだと言われるほどに若かった。村人の間では、修二の母と健太の父親とが深い仲であるということは知れ亘っており、事実、父親は飲み屋に入り浸りで、小学校の下の家から朝早く帰る姿が度々目撃されていた。
 健太は、修二にはいつもぞんざいであった。野球だとライトで九番、グローブも使い古しで、漫画も最後の最後になった。いつぞやは、修二の放った打球がライナーで土手を越えて飛んでいったのを、ファールだと言い張り、そのため隣村のチームに勝ちを譲ってしまう結果になったが、自分の目に狂いはないという主張を貫いた。

 子供用の自転車を持っているのは、雑貨屋だけだった。健太の持ちものという訳ではなく、兄妹たちの共有なのだということであったが、三角乗りで校庭をすいすい飛ばしているのは、いつも健太だった。自転車はさすがに何度頼んでも、俺のものじゃないからなと言い、僕には貸してくれなかった。
 しかし、僕がサヨナラ満塁ホームランを打ち、大逆転勝ちをした日、なにかほしいもんはないかと言ったので、すかさず一回だけ自転車に乗せてほしいと頼んだ。健太は、最終回に押し出し四球を三つも与えていた引け目があったのか、渋々承知した。
 初めて自転車を手にした僕は、二輪しかないこれが、いかに御しがたいものであるかをすぐに知った。ハンドルがぐらつく。ペダルに足を乗せると、とんでもない方に車輪が進み、勢い余って倒れ込む。
 よろよろ、ぐらぐらと校庭の端まで行ったときである。ジャリーンとけたたましい音をたてて自転車は横転し、あわてて引き起こしたとき、僕は頭から血の気が引くのを覚えた。
 ハンドルは醜く歪み、足元のチェーンが外れてしまっているのだった。
 僕の肘や脛からは血が吹き出ていたが、そんなことはどうでもよかった。
 どうしたものかと思案しながら、雑貨屋の裏手まで戻ると、元の位置に自転車を置き、事実を健太に告げることなく、そのままフルスピードでその場を走り去ってしまったのだった。
 いったい、弁償するにはいくらかかるのだろう。親に相談すれば、ただでは済まない気がする。それより、健太にはどう言えばいいだろう。このままだったら、健太の僕に対する怒りが炸裂するに決まっている。
 それはそれでいい。しかし、僕は、自分の過ちをほったらかしにしてきた。とんでもない卑怯者ではないか‥‥。

 僕はとって返した。健太は、店先でバットを振っていた。
「自転車のことだけど‥‥」
「ああ、修二の奴がな、めちゃくちゃにしやがった。チェーンは元に戻せたんやけど、ハンドルは曲がったままや。しばらく、使いもんにならん」
「そのことで、僕‥‥」
「さっきな、修二の奴が、壊れとるみたい、この自転車、言うて引っ張ってきたのよ。訳を聞くと、どうも奴がハンドルをいじっているうちに、グニャリと曲がってしまったちゅう。俺は、なにやっとるんや! 誰の許可があって、お前などが自転車にさわれるんや、と怒鳴ってやったわい」
 健太は、本気で怒っていた。その証拠に、ブルンと体が一回転して、反動で転げるくらいにバットを振り回したのだった。

 健太の乗った自転車が、小学校下の二十メートルもの崖下に落ちたと聞いたのは、翌日の朝のことだった。
 村ではめったに見ることのない救急車がサイレンの音を響かせ、近くで止まったかと思うと、隊員の一人が、頭から血を流している健太を崖下から抱え上げ、大急ぎで町の診療所に運んだ。
 兄弟の一人に聞いてみると、健太は、「修二の阿呆めが」と怒鳴りながら、壊れた自転車を朝早くから修理していたのだそうだ。なんとか恰好がつくところまで直ったので、試しに三角乗りで漕ぎ出したらしい。
 ところが、ハンドルがぐらつき、校庭に向かう筈のところを、ふらふらと砂利道の方に逸れてしまい、そのまま崖を転げ落ちてしまったというのだった。

 飛んできた大人に抱えられた僕は、「違う、違う」と叫んでいた。しかし、「修二は関係ないんだ」、ということばが出なかった。
 会場の一番後ろに、修二が項垂れて立っているのは知っていた。修二の母も、これ以上ないというふうに小さくなっていて、白いハンカチが濡れそぼっていた。
 アトムズのメンバーも、なにがなんだかわからないという顔で、肩をすぼめていた。
 村会議員のポマード頭の父は、読経が済み、焼香とやらが済み、場内のざわめきが静まったところで健太の写真を背中にして立ち、
「私は、健太に助けてもらったのかも知れません。忙しい、忙しいと言って、金と物さえ与えていれば、子供は勝手に育つと思い込んでいました。私は、健太とまともに向き合ったこともないのです。健太と話をしたこともありません。こうやって写真を見てさえ、実感がわきません。私は、健太を本当に知らないのです‥‥」
 と、ポツリポツリと喋り出した。
 ポマード頭の下の四角い顔が、僕の目には斜めになって見えた。ずんぐりした健太によく似た体躯の男が、一人ぽっちで立って喋っていた。
 
 みんなが建物の外に出た。
 健太が入れられている甕が、大人たちの手で運ばれてきた。あちこちで、すすり泣きの声があがった。
 これから、小学校裏の墓地に向かうのだという。小学校裏の墓地なら、僕も知っている。椎やヤマモモの木が鬱蒼と茂り、昼間も日の光が射すことのないところだ。
 健太は、その木々の下の深く掘られた穴に埋められるのだという。
 会場を出ようとするところで、健太が使っていたという茶碗が敷石に叩き付けられた。
「堪忍しろよな」
 誰かが言った。
 僕は、大人に抱き留められたまま、甕の後を追うこともせず、割れた茶碗をいつまでも見詰めていた。       



 
歯痛(2011.01.17)

 厳しい冷えが続いたためか、風邪をひいて、歯が疼き出した。歯の方は先々月、硬い柿を剥き、丸ごと食おうとしたときにバリッと嫌な音をたて、前歯が欠けたのだった。今の疼きは、前歯ではなく奥歯の方だ。
   歯への心配が心のどこかに芽生えており、この厳しい冷えのなかで、神経にでもきたのだろうか。
 近くの歯医者を探そうとウェブを検索しているうち、マウスの先が勝手に、あるサイトを選択したのだった。「二億五千万年後の地球の予想図」といったタイトルのそれは、寸時に動画を流し始めた。四十七分を超えるという表記に、すぐに「停止」しようと思ったのだが、動画の中身にはそれをさせないなにかがあった。
 五億年のサイクルで大陸は移動しており、その半分の二億五千万年で集積し、残りの半分で離れるのだという。ちなみに現在は後者に当たり、パンゲア大陸という一つだった超大陸が分離移動し、今はほどよい距離に大陸が散っているため、気候も温暖で、水も大気の組成も安定しており、多くの生命が暮らせるのだという。
 では、これからの二億五千万年後はどうか。マントルの上に浮いた大陸は、一年に一センチに満たない動きでありながら、確実にプレートは移動し、北米大陸は西欧方面へ、アフリカ大陸は米国方面へ、南極大陸はアジア方面に向けて動き、衝突や沈み込みを繰り返しながら、終には次なるパンゲア大陸である一つの超大陸になってしまうのだという。
 こうやって、陸と海が一対一の配置に偏ってしまうということは、その過程や結果として、プレートの衝突によるマグマの活動を余儀なくし、火山の噴火や、地震が頻発し、そのことによる大気の成分の変化や、海水温の上昇を招き、それらは気候の変動をもたらし、海水温の上昇により風速百五十メートル以上もの巨大ハリケーンを出現させ、平均五十度以上という気温の上昇からくる乾燥と局地的豪雨をもたらし、広大な砂漠化した大陸を作るのだという。大気には毒ガスである硫化水素の比率が増し、酸素は生物が存在でき得る臨界点を下回ってしまうのだともいう。その後は、幾多の変遷を経て、地表温度が五百度にものぼり、熱く乾いた星になってしまうという予想図であった。
 この間には、太陽の高温化という現象もあるようであるが、要するに、唯一の水の星といわれる地球も、そう遠くはない時期に死の星となってしまう、というサイエンスストーリーである。

 歯の痛みに耐え、じりじりしながら時計を覗き込み、いい加減に腰を引こうと試みてみたが、最後の編集者の帯が流れるところまで見尽くしてしまった。
 これらの話が荒唐無稽だと思わない自身に問題があるのだとは考えつつも、妙に感動しながら、最後の大地に砂塵の吹き荒れる場面に釘付けになり、先日の内閣改造のことを思い、文学賞を受賞したという作家の記事のことを思い、発生から一年になるハイチ地震のことを思い、十六年になる阪神大震災のことを思い、田舎の親のことを思ったりした。
 ウェブの方は、「戻る」ボタンをワンクリックすると、検索しかけていた歯科医院の検索ページを表示したので、「良い歯科口コミ情報」というサイトを開き、一瞥した。しかし、すぐにでも出かけようと思っていたほどの痛みは、いつか隣の壁板にでも吸い込まれてしまったかのように薄れていた。




歯痛
(2011.01.17)


自転車
(2011.01.18)


奈津子
(2011.01.19)


光の子
(2011.01.20)


洋服
(2011.01.21)


コスモスダンス
(2011.01.25)


決闘
(2011.11.23)












































































































































































































































































































































































































































































































































































 

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