お薦めの本等

  


【お薦めの本】(2013.05.01)

 「愚家族」(おろかぞく)

           著者:陽羅義光(ひら よしみつ)  出版社:かりばね書房

                   

「愚家族」は、陽羅義光氏が平成十九年に「唐津新聞」に二百回に亘り連載された小説だそうです。

「愚家族」という題名が示すとおり、描かれる家族の群像は何とも痛々しく、切なく、思わず『嗚呼』と呟くよりほかありません。

 陽羅氏の代表評論「絶対文感」の具現作ということですが、絶対文感の一部すら理解し得ていない私にも、際立った筆の冴えと、家族のそれぞれが見事に所を得て躍動する様が見て取れ、醸し出される場面が鮮やかな映像となり、礫となり、複雑に絡まった縄目模様となり、胸を深く穿ちます。

 人間とは、何と愚かで愛すべき存在なのであろうか、と。

 溜息と共に、このドラマの波に翻弄されている自分の姿を、時を忘れいつまでも眺め入ります。

 

 主人公の佐田京平は、陽羅氏本人を思わせる、現代のゴーギャンと呼ばれた絵やデザインなどクリエイティブな面での達人です。さらに、剣の達人でもあります。

 広告ディレクターとしての仕事は冴え、判断も的確・スピーディときていますから、非の打ち所などなく、それは自他共に認めるところです。同じ早稲田の仲間への信義は厚く、方便だとわかる言葉さえ意とするところを捉えます。おまけに、男前で、カリスマ的な才を併せ備えていますから、誰もが京平の魅力の虜になります。

 例えば、学生時代から三木(妻の恵子の元彼)や村山たちは、病的なほど京平を敬愛し、職場ではスタイリストの美加は、京平の気を惹こうと必死に迫ります。

 しかし京平は頭痛持ち、病気持ちで、サリンにやられたりする、とてもアブナイ面を併せ持っています。虚無、無私、無欲、無常などと自らが言うように、天才特有の傲慢さも持っていますから、他社からの引き抜きや、美人の誘惑に簡単に籠絡されたりしません。

 妻の恵子は七つ後輩で、ミスコン二回をとった別格の美人です。京平は普段は決して甘い言葉など掛けないのですが、恵子は京平を「世界に一人しかいない気高い存在」として誇り、認めています。

 京平は死に物狂いで仕事に向かい、家庭には殆ど留まりません。しかし、恵介、京子の二人の子供は、愛嬌十分に育ち家庭を彩ってくれます。短い時間ながら、京平も二人の子に優しく接します。

 ところが恵介は、三木の子で、障害を抱えており、恵子は自分の一存で施設に預けます。平穏かと思える家庭に、様々な問題のあることが見え始めてきます。

 

 一家が殺された美加の、家族殺戮事件の犯人は、ヤクザな道に嵌まり込んでいる恵子の兄の一郎かと思わせながら、京平の無鉄砲故の発症の際、幾度もの入院や手術の費用を捻出してくれた父の鉄平が犯人だとわかります。金の返済を巡ってのトラブルが原因で、鉄平が京平への土産に買い与えた金属バットが凶器だったのです。

 母は娘の美津の結婚話の破綻を期に、鉄平の事件のことを知ってか知らずにか、認知症を患い、謎の入水自殺をします。

 京平の夢に、母は白蛇の姿で京平の蝦蟇の前に何度も現れます。

 京平は美津と約束した幼時の貧しさから脱するため、懸命に走り続けて来たのです。冷徹とも、冷酷とも自ら嘯きながら。そのことが母を追い込み、父や妹をさらに悲惨な目に追いやったのです。

 癌に倒れ、今際の恵子に、結婚以来優しい言葉一つ掛けずに来た京平は、「苦労をかけたね恵子。でもおかげでおれの人生は幸福だったよ。本当に充実した生活だった」「おれはおまえを心から愛している。今までもすごく愛していた。初めて会った時からだ。これからも変わらずに愛していく」と照れながら告げます。恵子は、この一言を待っていたのです。残された恵子のメモには「ありがとうしあわせでした」とあります。

 京平は、蝦蟇が白蛇に呑まれ、自然に溶けていく様を、一人今、噎びながら夢想するのでした。

 

 粗筋が長くなりましたが、京平は、哲学者や芸術家然とし、天の邪鬼で意地を貫き、「人生は重い剣だ」、「現世に死にに来た」、「人間は一粒の罌粟だ」などと嘯き、それは、最も厭う宗教家であり、自分への加害者でもあるオウムの麻原に似た残虐で傲慢な資質を持ち来たったのだと思わずにはいられない自らを顧みるとき、「嗚呼」と呟かざるを得ません。

 この作品に描かれる家族の群像として、一郎の最期、三木や村山の自殺、塾の教え子百合の最期など、それぞれが京平と絡まり、それぞれの家族が絡まり、愚か過ぎるほどに過酷な運命を辿らざるを得ない、人間というものの苛烈なまでの生き様が描かれています。

 ただ、いつも京平を裏切らないコピーライターの平井や、どんな場面でも明るい灯を灯してくれる京子の存在が救いであり、「信じた人間は裏切らない」という、京平(作者)の強い意志が背後に大河のごとくに流れており、しかと心の安定を感じつつ読み進んで行きました。約六百枚の細部にまで作者の神経が行き届いており、完成度の高さにおいて類い希な作品ではないだろうかと思いました。




【お薦めの本】(2011.08.13)

 「阿弥陀堂だより」
          著者:南木佳士(なぎ けいし)  出版社:文春文庫


「博士の愛した数式」に続き、映画(監督:小泉堯史氏)を観ての紹介になる。
 小泉堯史氏の映像は、自然の風景を清らかに浮かび上がらせようとする工夫が光っている。寒村である谷中村の自然の美しさ、明るさ。それは、水のせせらぎであったり、桜の花びらであったり、山々の深さであったり、抜けるような空の青さであったりする。
 阿弥陀堂は、寒村である谷中村六川集落の最も高い位置にあり、人の住む集落とは離れ、もうあの世に近い場所に取り残されたように建っている。お堂を守っているのは96歳になる「おうめ」さんで、60年以上になるという。
 上田孝夫はもともと六川集落に祖母と2人で暮らしていたが、田舎を捨てた父の住む東京に出、文学部を出て、小説の新人賞をとる。しかし、その後が書けないでいる。
 妻の美智子は、高校の同級生で、特別な才能がないから資格をとらなくてはということで猛勉強の結果、医師になる。医師としては、常に先端の医療現場に立ってきたが、仕事の過酷さと自己責任の強さから、神経の病を発し、だんだん前線から後退せざるを得なくなり、終には職場を去る。
 孝夫と美智子が移り住んで来たのが、孝夫の故郷六川集落である。
 書けない作家と、心を病んだ医師は、棚田の手伝いをしたり、薪を切り出したりと、集落の慎ましさと厳しさの中で日を送るうち、次第と普段の呼吸を取り戻していく。
 おうめさんの、自然のあるがままに生き、自然のままに念仏を唱えてきたという、言葉や動きの一つ一つに、実に夢のような、幻のような、それでいて実に確かなものを感じ、孝夫も美智子もいつか癒されていく。
 谷中村広報に、「阿弥陀堂だより」を書いているのは、病気で言葉を失った小百合で、おうめさんの話を直に聞き、短いコラムに、キリリと締まった記事を載せている。偶然ではあるが、小百合は孝夫の大学の後輩に当たるという。
 村の診療所に隔日勤務することで、だんだん本来の自分を取り戻しつつあった美智子は、小百合の体調急変で町の総合病院の医師とともに、治療に当たる。というのは、かつて美智子が専門としてきた難治性のガンであったからである。二人の医師の必死の協力があって、小百合は危機を脱することになる。
 しかし、この治療は、美智子の心にも大きな自信を取り戻させるきっかけになる。
 孝夫も、谷中村を背景にした小説に手を付け始める。出世とか、名誉欲とかの欲望から解放されて‥‥。
 病にある人を慈しむことを旨とする作者が紡ぐ言葉には、不思議な透き通った明るさが感じられる。
<阿弥陀堂だより(抄)>
 雪が降ると山と里の境がなくなり、どこも白一色になります。山の奥にある御先祖様たちの住むあの世と、里のこの世の境がなくなって、どちらがどちらだか分からなくなるのが冬です。



【お薦めの本】(2011.07.30)

 「博士の愛した数式」
          著者:小川洋子(おがわ ようこ)  出版社:新潮文庫


 老数学者博士の記憶は80分しかもたない。
 大学の数学研究所教授であった47歳のとき、乗用車を運転していて、居眠り運転の軽トラックと正面衝突するという事故を起こし、重体となったためだ。同乗していた義姉も左足骨折の重傷を負う。
 私は、義姉の要請で、60歳を過ぎた博士宅に派遣された30歳前の家政婦である。博士宅へ派遣された家政婦は、これまで9人もが交替しているという。
 私は愛してはならぬ人を愛し、10歳の男の子を一人で育てている。だから、どんな条件の元でも頑張らねばならない。

 博士宅を訪問した当初から、奇妙なやり取りが始まる。「君の靴のサイズは」、「君の電話番号は」といった具合である。しかし、靴のサイズ24が「実に潔い数字だ。4の階乗だ」となり、電話番号は「素晴らしいじゃないか。1億までの間に存在する素数の個数に等しいとは」となっていく。
 博士は自室に籠もり切りで、「宙の一点を見詰め、考えており」、時折思い出したように鉛筆を走らせる。その博士の貴重な時間を邪魔してはならないのだ。
 博士はいつも古びた背広を着込んでおり、背広には<‥‥解析的方法の失敗が‥‥>、<‥‥楕円曲線の解を‥‥>‥‥<僕の記憶は80分しかもたない>といったメモが、クリップで止められている。
 数字の問答は続いていく。私の誕生日2月20日(220)と、博士が学長賞にもらったNO284が「友愛数」であり、私が考えた28の約数の和は28になるということをおずおずと言うと、「完全数だ」と言う。

 記憶の続かない博士とは、毎朝「君の靴のサイズは」のような会話から始まるのであり、ふと息子のことを話題にすると、「子どもを一人にさせておくものではない。呑気すぎるよ。毎日子どもを放り出して、こんなところでハンバーグなどこねているのか」とのことから、息子を博士宅に連れてくることになる。博士は息子を抱擁し、頭を撫で「君はルートだ。どんな数字でも嫌がらず自分の中にかくまってやる、実に寛大な記号、ルートだ」と愛称をつけてくれた。博士は、子供には惜しみのない慈愛の目を注ぐのだ。
 数字の問答は、生活の些細な場面からでも「過剰数」、「不足数」、「双子素数」、「三角数」などというふうに展開し、私とルートは博士に尊敬と友愛の念を抱くようになる。
 博士がタイガースのファンで、中でも江夏のことを最も好きだ(った)と知った私とルートは、渋る博士を説き伏せ、球場に足を運ぶ。そこには、博士のかつての記憶の中で雄姿を誇った江夏の姿はないのであるが、博士の椅子7-14、ルートの椅子7-15に気付くと、「それぞれの数字の素因数の和は等しい。しかも、714はベーブ・ルースの通算ホームラン記録、715はこれを破ったハンク・アーロンの記録だ」などと、試合の間中得意の数字を持ち出し、回りを和ませるのだった。
 しかも、なんと江夏の背番号28は、あの完全数であったのだ。
 このように、ルートと数学とタイガースが三角形で結ばれるという、驚くべき設定が見えてくる。

「1−1=0 美しいと思わないかい」
 博士の人間性を知り、数学の美しさに触れるうちに、いつの間にか私の心に芽生えた、恋愛とも友情とも違う、家族愛とも友愛とも違う、博士へのほのかな慕情が、確かなものに変わっていく。
 そして、その慕情は博士とかつて特別な関係にあった義姉の、冷たい視線によって、見事に暗示され、絡み合いを見せる。
 実に巧みな内容であり、これは奇跡でしかない、とまで思わせる見事な作品である。



【お薦めの本】(2011.07.21)

 
「白仏」
          著者:辻 仁成(つじ ひとなり)  出版社:文春文庫


 大川市大野島の勝楽寺にある白仏。白仏というのは、人間の骨でこしらえた仏像のことです。白仏を建立した作者の祖父が主人公の物語です。
 主人公の江口稔は、戦地で敵兵を殺したという罪の意識を負いながら、刀、鉄砲をこしらえ、その他多くの工夫、発明をなし、大野島の議員でもあるという、波乱の人生を遂げました。
 主人公は、作品の冒頭で家族に囲まれながら死んでいきます。死の床で、彼は一つ一つ思い出していきます。子どもの頃のこと。溺れて死んだ兄。若くして亡くなった最初の恋人。人生の残酷さと対をなす形で現れる、慈悲深い連続的な幻視。
 日露戦争の勝利から太平洋戦争の敗北、混乱、経済成長という日本の現代史を背景に、筑後川の下流に浮かぶ小さな島での人々の日常が描かれます。
 この作品を貫いているのは、人はなぜ生まれ、なぜ死に、死が何者であるのか。また、人はなぜ愛し、なぜ裁ち切れない絆をつくるのか、ということです。
 墓が草にまみれ、いつか誰の者とも知れずなりゆく姿に、大野島の全ての遺体を集め、一体の仏を造ろうと考えます。みんなが「死は尊いものと」考えるようになるのではないか、というものが発端でした。和尚の「倶会一処」という言葉に励まされ、島民の驚きや反対に遭いながらも、白仏の建立準備にようよう漕ぎ着けます。
 読み終わった後に残るのは、「死は敗北ではない」という、素直で「平静な気持ち」なのです。
 辻仁成という作者が紡ぎ出す物語の面白さ、巧みさ、奥の深さを全編を通して感じながら、時代を越え、国境を越え、心の静けさへと至るこの「白仏」は、人間とは何者かという問いに真正面から挑もうとする、優れて普遍的な価値を持つ作品だと思います。(カンタン・コリーヌ氏の解説から一部引用)



【お薦めの本】(2011.07.17)

 「幻の光」
          著者:宮本 輝(みやもと てる)  出版社:新潮文庫 


 この作品を、何度読み返したことだろう。
 大河内昭爾氏の解説文の一部を拝借しながら、私なりの紹介をしたい。
 主人公ゆみ子は、尼崎の長屋に住んでいたころ、祖母の家出を目撃しながら引き留めきれず、その生死もわかたぬまま生き別れたという経験がある。警察は以前盗みの嫌疑をかけたことのある父に疑いをかけ、床下まで掘り、調べる。ゆみ子は、このようなことから貧乏というものの辛さを思い知らされる。
 入れ替わるように長屋に越してきた、将来「あんた」と呼びかけるようになる夫のことを、「祖母と入れ替わるようにして現れたことに、ぞっとするような恐ろしさを感じるのです」とゆみ子は語る。
 実際、二人は結婚し、初めての子(勇一)が生まれて三ヶ月目に、夫は阪神電車の線路の上を歩いていて轢かれるという、理由のわからない死に方をする。

 ゆみ子は、失意の癒えぬままに。奥能登の曾々木という一年中海鳴りの轟いている淋しい町に嫁いで行く。新しい夫(民雄)も、その娘(友子)も、義父もゆみ子に優しくしてくれるのだが、ゆみ子はいつのときも「あんた」に語りかける。「なんで死んだんやろ? なんであんたは、轢かれる瞬間までひたすら線路の真ん中を歩き続けたんやろ? 結局、あんたは死にたいだけなんや、理由なんか何もない」と。
 ともかく、ゆみ子は世にも不思議な消え方でこの世から去って行った二人を見送ったことになるのだが、民雄がふと漏らした「人間は、精が抜けると、死にとうなるんじゃけ」という言葉に、そうなのかもしれないと思う。

 人間の生死に真っ向から挑んでいく作者の姿勢に、私は幾度共感を覚え、読み返したことだろう。作者は「生きていることと、死んでいることは同じことかもしれない」と別の場で語り、それは「錦繍」などの作品の中でさらに展開されていく。
 この作品は「越前の荒れる海を見た人は、その凄さ、哀しさに心うたれるに違いない」という背景の中に描かれるのであるが、「どこともなく一種の明りがうかびあがってくるような絵」を見るようで、「死という深淵にたたずむ人間の心のゆらめきを描きながら、そこからかえって照りかえしてくる光」を感じるのは、私ばかりではないであろう。
 特に、ゆみ子が曾々木に嫁ぎゆくときに行きずりに出会う漢さんのたくましさ、曾々木の異様に凪いだ海(すぐに大時化になる)に漕ぎ出すとめのさんの挿話などが巧みで、丹念に布を織り紡いでいくような筆遣いに感嘆する。



【お薦めの本】(2011.07.14)

※ 今後は、ジャンルにこだわらず、内容も簡潔に、自分のノート代わりに書いていきたいと思います。

 「八日目の蝉」
           著者:角田光代(かくた みつよ)  出版社:中公文庫 

 逃げて、逃げて、逃げ延びたら、私はあなたの母になれるだろうか‥‥と、帯にある。
 大手下着メーカー広報部に勤務していた野々宮希和子は、支社から転勤してきた秋山丈博の紹介を間違えたことが原因で、交際を始める。がむしゃらな仕事ぶりに新鮮さを感じた希和子は、丈博が既婚者であると知りつつ、深い関係になる。
 丈博は、常套句である「妻とはうまくいっていない。いずれ精算し、君と一緒になる」との言葉を現実的にとらえ始め、丈博の子を身籠もる。しかし、希和子の期待とはうらはらに子供を堕ろすよう説得され、それがより現実に近づくからとの思いで堕胎を決意する。
 ところが、丈博夫婦には直後に子供ができる。
 これが、物語の発端となる。
 丈博の妻恵津子から、夫と付き合わないでくれと懇願され、激しくののしられながら、希和子の心を傷つけたのは子供のことなのだった。もはや、子供の産めない「がらんどう」の体になってしまったと思い込んだ希和子は、丈博の子供を「一目見るだけ」という思いで二人のアパートに忍び込み、赤ん坊を抱き上げた。その赤ん坊のやわらかさ、あたたかさを感じているうち、「この子は自分が守るんだ」との気持ちが突き上げてきた。

 こうやって、希和子は赤ん坊を連れ出し、四年にわたる逃避行をする。立ち退きを求められている名古屋の古い家、エンジェルホーム、エンジェルホームの仲間であった久美の実家である小豆島へと‥‥。自分が生んだ(?)子とともにいられる未来を求めて。
 希和子は、逃避行の末、小豆島から逃れようとするところでつかまってしまう。
 虫おくりの日のアマチュアカメラマンが撮った写真が、全国紙のコンテストで佳作に入選したためだった。希和子が薫に微笑みかけている写真から、全てが白日のもとに‥‥。

 しかし、希和子に育てられた薫(恵理菜)も、秋山の家にうまく馴染めない。本当の親の元に戻っても、家族が再生するのには無理があったのだ。
 やがて、薫(恵理菜)もそれほど誠実とも思えず、好きでも嫌いでもない塾の講師岸田の子を宿してしまう。
 というように、希和子も薫(恵理菜)もが、不倫をして子供を身籠もってしまう。
 かつてエンジェルホームにいた千草(ルポライター)と過去を遡る旅に出るうちに、失われた記憶を思い出していく薫(恵理菜)。
 今、岡山に流れ住む希和子は、かつてその島で暮らすことを誓ったものの、もはや二度と戻れない記憶の向こうに遠ざかってしまった小豆島を思い、フェリーの発着する桟橋にたびたびやって来る。
 その、ちょうど目の前を、フェリーに乗り込もうとする薫(恵理菜)に似た妊婦が通り過ぎていく。
「薫。待って、薫」と思わず呼びかける希和子。何かに呼ばれたのかと振り返るが、目を泳がせただけで前を向き歩いていく薫(恵理菜)‥‥。
 希和子の目に、ころころと並べられた蝉の抜け殻が浮かび上がる。がらんどうの乾いた抜け殻、八日目の蝉だ。

 人を愛すること、愛されることの深さ、困難さを問いかけているのだろうか。
 角田光代の懐の深さそのままに、最後の場面の抑制された海の風景を鮮明に印象に残して、波乱のストーリーを終えた。その余韻は清々しい。


 
「行きつ戻りつ」
           著者:乃南アサ(のなみ あさ)  出版社:新潮文庫
 

 乃南アサの作品を初めて読んだ。ミステリー畑の作家であり作品であると思っていたが、きりりとした味があり、深みがあり、ストーリー性があり、特に心理の動きをこれほど巧みに描く作家だということを、迂闊にも知らなかった。
 全体の構成としては、北海道、秋田県、福島県‥‥熊本県までのある場所を背景にした12の作品で成っている。その1つ1つが、深いのである。
 山口県柳井市を舞台にした「Eメール」という作品はこうである。
 みんながPCを使いEメールなどを楽しんでいるなか、彼女は自分だけ置いてけぼりを食わないよう、また家族との共通の話題をもてるようにと、PC教室に通った。その結果、夫の帰りが遅いときや日中などPCに向かうようになり、インターネットで世界の広さを知ることができ、ため息をつくようになった。
 Eメールの使い方も覚え、大学時代に付き合っていた彼のアドレスを他の同窓生から教えてもらったことで、懐かしさも手伝って、メールを出してみた。すると、「メールありがとう! びっくりしたよ」という返事が届いた。20年ぶりのことでもあり、胸の高鳴りを覚えた彼女は、徐々に懐かしい思い出を語り、夫の遊びが過ぎるとかの最近の出来事までを報告しあう内容になっていった。
 というより、メールの内容はいつも彼女のことを気遣い、励ますものであり、「味方」でさえあった。彼女の心のうちに、やっぱり彼と一緒になっていたらよかった、という気持ちが芽生え、いつか胸にしみるものになっていった。
  
 柳井で会おうということになり、夫や子供のこと、留守中のことなど諸々に気を配り、彼女は約束の場所に出向いた。降り立った柳井の街は、重厚で清々しい、いかにも古い商都らしい佇まいが広がっていて、なんだか心臓の高鳴りを覚えていた。
 ところが約束の場所に現れたのは、女性だった。期待にふわふわしていた気持ちが一挙に萎んでしまった。何となく嫌な気分になりながら、彼女の後に従った。
 案内されたのは、広々とした敷地に建つ明るい家だった。
「今日はお詫びを申さねばなりません」女性はそう切り出した。
 通された間には、白木の祭壇があった。半年前に亡くなったのだという。
「じゃあ、あのメールは?」
 女性は、夫がガンであることを自ら承知しており、メールに返事をしていたが、とうとう重篤になったとき、「彼女には悩みがあるようだから」メールの返事を書いてくれと頼まれたのだという。しかも、自分の病気のことは一切知らせないようにと。
「だますつもりなんかありませんでした。あの人だったらどう言うかと考えたりしているうちに、あの人が居てくれるようで‥‥そして、悩んでいるのは自分だけじゃないと‥‥」 
 彼女は、呆然と女性を眺めた後、「お線香あげさせてください」と、改めて彼の遺影に向かった。
「自分のことは棚に上げて、お宅の御主人のこと言うのがおかしかったんですよ」
「自分のことはって、じゃあ、彼も?」
「病気にならなかったら、離婚していたかもしれません。大喧嘩もしょっちゅう」

 このようなどんでん返しに次ぐどんでん返し。いや、そんなことだけでは語り得ない。小説と一口に言っても、こうも巧みに描けるものか、と思わず唸ってしまうほどである。
 この12編は、「ミセス」という雑誌に1年間掲載されたものだそうで、見知らぬところを旅して、このような精緻な作品が描けるのだということを如実に示してくれている。



【お薦めの本】(2008.09.10)


 「BOOCS至福のダイエット革命
           著者:藤野武彦(ふじの たけひこ)  出版社:講談社 


 十年近く前になりましょうか、公開講座を担当していたときのことです。
 講師は藤野武彦先生。講座のタイトルは覚えておりませんが、この本のタイトルと同様の内容だったかと思います。
 私は、受講生に資料を配布し、先生の紹介をし、スライドを操作すべく、位置につきました。私自身、先生の話の内容についてなにも知らない一人でした。

 先生は、やおら「朝は、黒砂糖をたっぷり溶かした紅茶を一杯飲んでいるだけです」ということから切り出されました。しかも、「黒砂糖はどれだけ摂ってもよいのです。糖尿病の人にも、勧めています」というあたりで、会場がざわめき始めました。
「黒砂糖は、お砂糖でしょう」
「砂糖ですが、白砂糖と違い、摂っても大丈夫です」
「本当ですか。で、量はどのくらいまで」
「量の心配はいりません。一袋でも大丈夫です」
 一番前の席で、スライドを操っている私も、「先生、正気ですか」ということばをつぶやきながら、ことの成り行きを見守っています。
 先生は、「私自身の経験で、また家族の経験で、かつ、多くの実施(実験)データからも、なんの問題もありません。このとおり、私は診療、教育、研究など忙しいスケジュールをこなしていますが、体は軽く、とても健康で、元気です」と、背筋をすっと伸ばし、落ち着いた口調で話される。

 藤野先生は九州大学医学部卒業で、この本の扉に「従来の減量法で失敗するのは、イソップの『北風と太陽』の寓話そのものです。旅人は、北風が強くなればなるほど、マントの胸をしっかりかきあわせて身を縮めます。それを見ていた太陽は笑って雲をのけ、暖かな光で旅人を照らしはじめました。するとどうでしょう。暑くなった旅人は、簡単にマントを脱いでしまったのです。脂肪というマントを早く脱げ、と言って、肥満者がもっとも嫌う北風をビュービュー吹きつけるこの方法は、禁止や抑制で脳にストレスを与えているだけではないか、とあるとき気がついたわけです。これがBOOCSの第一歩でした。」とあるように、これはダイエットの本ですが、一般的な「健康法」にも通じるものだということのようです。

 私なりにこの本の要旨をまとめると、
1 ストレス(脳疲労)が、太らせる。
(1)ストレス(脳疲労)は、五感異常を招く。
2 脳を癒すとやせられる。
(1)ヒトは、胃で食べるのではなく、脳で食べている。
  1)ストレス(脳疲労)が食欲中枢を乱す原因
  2)禁止の禁止。禁止と強制を少なくして心地よく食べる。
  3)1日1回は、楽しい食事をする。(1日1快食)
  4)健康にいいからとか、嫌いでも無理して食べる、ことはしない。
  5)従来の健康法と、食事の常識にとらわれない。
(2)朝食を食べねばならないという義務感から、自分を解放しよう。
  1)朝食を無理矢理流し込むのはやめる。
  2)昼ご飯は最初のうちは補助食をとると安心
  3)お腹がすいて夕食が待ち遠しくなればしめたもの。
  4)黒砂糖は、脳へ入る栄養であるブドウ糖を補給する。
  5)BOOCSダイエットの成功率は95.4%
  6)やせても体力は落ちない。脂肪だけが減る。理想の体重で止まる。
  7)リバウンドが(少)ない。
(3)食べることで心地よさをめざす。
  1)快食でやせる。
  2)和食の良さを見直す。
  3)イライラ空腹感(飢餓的空腹感)を感じたら、我慢せずに食べる。
(4)糖尿病の人は、事前に相談をした方がよい。

 こうやって書いただけでも、常識に反すると、教室中が大騒ぎになったあの日のことを、いまさらのように思い出します。
 こういう私も、半信半疑でしたから、実際自分で試してみることにしました。私のやりかたはおよそいい加減なもので、朝は黒砂糖をたっぷり入れた紅茶。昼はやや少なめの弁当。夜はお酒も含め、なんでも。その他、時間を構わず黒砂糖をボリボリ。というやり方をしているうち、1〜2か月のうちに、ギュッ、ギュッという具合にウエストが締まっていき、少し貧相になりすぎたので、手綱をゆるめました。
 念のため血液検査もしてみましたが、糖にはなんの異常もなく、善玉コレステロールが大きく増えていました。体調はすこぶるよく、体がとても軽くなった、という感がありました。
 要するに、「ねばならない」という脅迫観念等(ストレス)から、おさらばすることが、健康に戻る秘訣だということのようです。

 以上が、私の体験を交えた話ですが、実際にはこの本を手に取ってお読みいただくことをお薦めいたします。

           BOOCS公式サイトへ



【お薦めの本】(2008.09.6)

 「心もからだも「冷え」が万病のもと」
           著者:川嶋 朗(かわしま あきら)  出版社:集英社 
 「足を温めて健康になる!」
           著者:原 久子(はら ひさこ)  出版社:実業之日本社


 
腰の痛みで、数年ぶりに鍼のお世話になりました。痛いというより、鈍いだるさのような症状で、かかりつけの鍼師は、ストレスからくるコリで、背骨が曲がっていますね、と説明してくれました。
 この鍼師には、三十年近く前、左手の痛みで眠ることもできず、これはという評判の整形外科医院を四、五軒訪ねたあと、どうにもならないまま、妻の母の薦めで診てもらったのです。最初は半信半疑のままでしたが、一回目で痛みがずい分和らぎ、二回目でほぼ完治するという経過をたどり、改めてその存在に驚いたものでした。

 お薦めの本は、この鍼師とは直接の関係はないのですが、タイミングが実にぴったりで、偶然とはいえない間の良さに、私も運命的なものさえ感じた次第です。
 二冊の本に共通するのは、西洋医学と東洋医学(鍼、ヨガ、ヒーリングなど)の両方を用いた医学(具体的には「冷え」について)であるということです。

 川嶋氏は、北海道大学医学部卒業ですが、サークル活動で「東洋医学研究会」を作ったという人で、鍼や漢方薬なども普段の臨床に用いています。
 原氏は、幼児の頃からの虚弱体質を、呼吸法と瞑想により克服。独自のヒーリング法と心の浄化に取り組んでいます。

 川嶋氏の場合、「冷えた飲み物や、溜まった脂肪がお腹を冷やす。醒めたオフィスの人間関係や、汗の出るような仕事が心を冷やす。家に帰れば会話のない家族‥。(女性だけでなく)男性も冷えています。体だけでなく、心も冷たく固まっています。自覚がないだけに、がんなどの症状に出た時には命取りになりかねません。この本は、男も女も子どもも、どうすれば、冷えを改善して本来の健康を取り戻せるのか、統合医療の立場からわかりやすく解説します。」とあるように、日常生活のあらゆる場面での「冷え」を提起しています。
 いわゆる冷えが、肩こりや、腰痛や、胃痛や、肥満や、がんや、高血圧、生活習慣病、アレルギー、不妊、ED、キレル、自殺、さらにはうつ病などの精神的な病に至るまでの、〈原因〉だといいます。
 であるなら、〈温めること〉、すなわち、首を温め、足を温め、腰を温め、お腹を温めることで、人生そのものが温かくなる、というのです。
 温めることで、気(虚)・血(虚)・水(お血)の流れがよくなり、体の、心の健康を取り戻すことができるといいます。
 現代の高度に成長した社会生活がもたらす冷え(冷房、運動不足、緊張した姿勢、人間関係、ストレス、高度医療など)を、温めることで癒そうというのです。
 温めることの例示
・入浴(半身浴など。40度前後の湯に20分程度。足湯でもよい。)湯たんぽ、など。
・話を聞く。(共感、憐れみ、慈しみなどの温かい感情が心を溶かす。)
・鼻呼吸をする。(深い呼吸、リラックス=副交感神経を優位に)
・食事の工夫(体を温める素材を中心に、バランスよく。冷たい飲み物の取り過ぎに注意)
・コミュニケーション(挨拶だけでも)
・適度な運動(30分程度のウォーキングなど)
・保温のための下着の着用
・趣味をもつ。
・消炎鎮痛剤などにあまり頼らない。禁煙も。
・鍼、指圧、漢方薬、ヨガ、睡眠など。 

原氏の場合、「満足とは、『足を満たす』と書くことからも、健康や幸せが足に関係していることがわかるでしょう。寂しいときや心が落ち着かないときは、足を温めてください。驚くほど、イライラした気分が解消します。」とあるように、1)なぜ体は冷えるのか、2)足を温めて美しさと健康を取り戻す、3)足と体を温めるための方法、4)体と心を変える呼吸法とヨーガ、というふうに順々と説明します。

近代文明の恩恵の中に潜む「冷え」は、血液や体液がスムーズに流れないことなどにより、心や身体を蝕む原因になっているといいます。
 冷えというのは、心臓から一番遠い末端の足の血行が悪い状態をいう、と定義します。

 そこで、冷えを撃退するためのキーワードが「温める」であり、特に足を温めることで、免疫力がアップしたり、老化を防いだり、ヒーリング効果も高まるということです。
 温めることの例示
・足湯・腰湯で体を活性化
・足・股関節のストレッチ
・足ツボを押して血液の流れを良くする。
・靴下で足を温めて寝る。
・冷えないための食事(陰と陽の食べ物)
・血液をサラサラにする食品など
・ヨガと呼吸法(内容省略)

 以上のように、駆け足で紹介をいたしましたが、実際にはこの本を手に取って、御自分で確かめていただきたいものです。
 私にとっては、最初の鍼の話のように、「ストレス→お血→不健康」という図におおいに頷く点がありましたので、二つの本を紹介させていただきました。
 私の読みの浅さ、勘違いなど多々あることかと思われますので、その節は御容赦くださるようお願いいたします。
索 引

心もからだも「冷え!が万病のもと
足を温めて健康になる

(2008.09.6)
川嶋 朗ほか


BOOCS至福のダイエット革命(2008.09.10)

藤野武彦


八日目の蝉(2011.07.14)
角田光代


行きつ戻りつ
 (2011.07.14) 
乃南アサ



幻の光
(2011.07.16)

宮本 輝

白仏
(2011.07.21)
辻 仁成

博士の愛した数式
(2011.07.30)
小川洋子


阿弥陀堂だより
(2011.08.13)
南木佳士


愚家族
(2013.05.01)
陽羅義光



                                                                                                                     

                                                                                                                     
サイトポリシーへ
inserted by FC2 system