東へ西へ


生来の出不精で、殆ど旅行などしません。
とはいえ、その数少ない経験の中から、これはというものだけを、ごく簡単に取り上げてみたいと思います。


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 東京(2009.4.12)[2009.4.15記]
 久しぶりの東京に出向きました。
 用というほどのこともなかったのですが、子供がこの大不況の最中に、3か月の無職の期間を経て、ようやく転職することができたための様子窺いというものでした。
 初めてスカイマークを利用し、10日の昼過ぎに羽田に到着しました。
 スカイマークは、これまで抱いていた感覚を一新すべき心地の良さで、というのは、過剰な機内サービスがない替わりにキチンとした安全管理が行き届いていて、搭乗の工夫(介添えを必要とする人を優先し、次に後部座席の順から、というふうに)がなされており、機内の清潔さ、乗務員の堅実な対応ぶり、というようなことから、「安心」ということを最優先しているというふうに見受けられる点です。これが、心地良さに繋がりました。
 さて、羽田到着後は一直線に新宿の「オペラシティビル」へ向かいました。「オペラシティビル」のなんたるかを知らずに行ったこともありますが、初台の駅構内からの続きになっているビルの中庭には、風の吹き抜ける空間があり、ベンチがあり、モニュメントがありました。新国際劇場が1階あたりを占め、常に音楽会などが催されているようです。
 短い時間でしたから十分は知り得ませんが、芸術の空間がかなり設けられてあり、その空気がビジネスの空間にも良い波動をもたらしているようで、「くつろぎの空間」、「おしゃれな空間」というビルに、子供の転職の場はあり、かなりリラックスした雰囲気の中で仕事をすることができ、環境面ではvery goodと見受けました。
 ついで、荷物を抱えたまま赤坂見附まで行き、これまでまともに見たことのなかった国会議事堂の周囲を一周しました。いつもそうなのでしょうが、至るところに警察官が立ち、やたら威圧感が感じられ、荷物の重さと、長い距離を歩いたため、すごく疲れました。
 11日は、子供が転職直前に転居した目白のアパートへ。当人が越して間もないことと、仕事に就いたばかりとで、部屋の方はあまり整理が行き届かない様子。それに、神楽坂から意に反して転居してきたため、気がまともに向かっていない様子が見てとれるばかりでした。
 いわれてみれば、アパート入口の直前に一気に急傾斜を50メートルぐらい下るところがあり、ちょっと気にはなりました。とはいえ、まあ普通じゃないか、と思ったところでした。後刻に、神楽坂を訪ねるまでは。
 その神楽坂は、新旧がうまくマッチしたあか抜けのした街。高級感あり、高揚感あり、歩いているだけで楽しい街、美しい街というところで、やはり意に反して転居したということがありありと見てとれました。
 つまり、その意は、「当分、甘えることなく、辛抱することを身につけよ」ということが課題なのかと考えました。
 12日は、九段下から皇居前広場までの約1時間を散策しました。今の時期に、この場所に出向くことができたことを、心の底から感謝したいと思いました。
 皇居の緑、それも新緑、お堀の水のきらめき、花の残った桜、菜の花の黄、名を知らない白い花、清浄な空気。これらの一つ一つのあまりのすばらしさ、美しさに、何度も立ち止まり、シャッターを押し、胸いっぱいにこの気を吸い込んで、心地良いまま東京を後にしました。
※ 写真3参照


  
伊勢神宮とその周辺(2008.2.12)[2008.9.24記]
  神社巡り−という意図はないのですが、伊勢神宮参拝のことを記してみます。
 2月9日南紀白浜、10日潮岬、11日熊野本宮社を経て、11日夜伊勢市着。
 多気という田圃の中の小さな駅で1時間近い乗り換え待ちをして、JR伊勢駅に着いたのは19時過ぎだったと思います。降りると、折りからの雨で、その冷え込みのすごいこと。駅から見えているすぐ近くと思われるホテルに着くのに、寒さに震えながら迷路みたいな道をたどり、約30分もかかりました。
 多気駅で乗り換え待ちをしているときにも思ったのですが、あたり一面、もの寂しい田園風景なのです。この田園風景のどこに、かの高名な伊勢神宮があるのだろうかと心細い限りでした。

 それは、伊勢駅で下車しても同じ思いでした。ホテルの周囲に、街がないのです。
 ともあれ、ホテルで食事の場所を教えてもらい、外に出たのですが、あたりはしっとりとした暗がりです。周囲のお店は閉まっているし、地図を手にどこまで歩いてもどんどん郊外に出るばかりです。
 これは、ひょっとして狐に化かされているかもしれないと、多気のことから以降、かなり滅入ってしまいました。

 結局、地図の方向へ行くことはやめ、元の伊勢駅前まで戻ってきました。この間、約1時間です。駅前まできても、お店らしいお店もない。体の芯まで冷えてきていたので、一軒だけ開いていた居酒屋に入りました。
 伊勢まできて居酒屋か、との思いでしたが、居酒屋の料理の美味しかったこと。刺身、天麩羅、焼き鳥、湯豆腐と、その味付けのやさしさと、暖かさに癒されました。

 翌朝ホテルを出るまで、ここに本当に伊勢神宮があるのだろうかと心配でした。
 ホテルを出て、居酒屋の角を曲がり、少しだけ家並みを抜けると、外宮前でした。
 なんのことはない、家並み一つ分だけ手前の界隈を、一晩ずっと彷徨っていたということです。

   外宮の境内に踏み入った途端、その清浄な気に打たれ、ことばを無くしました。
 降りしきる雨でしたが、鬱蒼と杉や榊などが茂る中、清らかに敷き詰められた玉砂利を踏みしめ、本殿・豊受大神宮に向かいました。
 本殿前には白木造りの鳥居があり、鳥居に寄り添い守るように神杉が立っています。
 鳥居の前に、いったいどれほど佇んだことでしょう。雨の冷たさも、寒さも忘れ、いつか深く、穏やかな呼吸をしている自分に気付きました。

 内宮へは、バスで向かいました。
 内宮参道に到着した頃には雨が止み、神域に靄がかかっていました。
 宇治橋を渡ると、神域です。外宮より広く玉砂利が敷き詰められ、奥深い森が続いています。
 玉砂利の入口をすぐ右手に折れ、五十鈴川の川原に手を浸しました。五十鈴川の水の清らかなこと。この世とあの世を分けるという三途の川は、きっとこの五十鈴川のような川ではないかと思い至ったほどです。
 本殿・皇大神宮は、我が国の総氏神とされる天照大御神をおまつりするとされ、数十段の石段をのぼった白木造りの鳥居の奥に、静かに鎮座されます。
 心を静め、息を整え、じっと佇みました。全てを忘れ、全てを委ねるという気持のままに。
 
 このようなお参りの仕方でよかったのかどうか、わかりません。
 しかし、戻りの宇治橋を渡るときには、さっぱりと洗い清められた我が身のことを感じることができました。
※ 写真2参照


  
 宇佐八幡宮とその周辺(2008.9.7)[2008.9.15記]
   およそ四十年ぶりに、宇佐八幡宮(大分県宇佐市)を訪ねました。
  以前の記憶は、赤い建物をちらりと見たというぐらいしか残っていません。たしか、友人達とあちらこちらを回ったついでに寄ったものでしょう。

 7月4日、快晴。その暑さ。(確か、梅雨明け宣言の日)
 バスを降りて、そこで道を尋ねて、参道へ。
 まず、参道の広さ、明るさに驚く。広大な境内に、チリ一つない清潔さ。それでいて、威圧するような雰囲気はまるでない。
 宝物殿横の蓮の池にはみずみずしい大輪の花が咲き、そこでシャッターを。

 玉砂利の白さ、踏む心地の良さ。やがて、大きな鳥居をくぐり、石段にかかる。その石組みの美しさ。裸足で歩けば、吸い付いてくるのではないかと思われるほどのなめらかな石。その石段がかなり続く。

 上宮にたどりつくと、一之御殿、二之御殿、三之御殿と、白壁朱塗の柱に切妻造の神殿が並び、国宝だとか。その建物が、紺碧の空に立ち、美しく、神々しく、清々しい。全国八幡社の総本宮だという。
若宮神社から、下宮へと、帰路へ。帰路の風景も、広く、美しく、清々しく、伸びやか。
 とてもよい気に触れることができたと、晴れ晴れとする。

 参道のお店で食べただんご汁が、素朴な味でとても美味しい。
 宿の「みずほ温泉荘」は、無農薬の野菜をメインにした食事が工夫されており、オーナー、従業員の方みんながきさくで、温かくもてなしてくださった。
 ゆっくりと、心からくつろぐことのできた一日でした。
※ 写真1参照
索 引

宇佐八幡宮とその周辺(2008.9.7)

伊勢神宮とその周辺(2008.2.12)

東京(2009.4.12)

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