コーヒータイム

「無名作家のメモ」、「無名作家のつぶやき」とでもいうべき欄です。
このHPの中で、管理人が、最も気楽に書いている部分です。内容は、やはり「文芸について」です。


ということでありましたが、評の類はどうにも苦手であるということがわかりました。
2010年2月からは、「小説に至るメモ」の場として、この欄を使いたいと思います。乱雑なメモ、の類に終止するかもしれません。
私生活については原則として触れないことにいたします。同人誌等の関係者の記述をする場合にあっても、出来得る限り御迷惑にならないように心掛けるつもりでおります。

NO 11

2018年12月までの分は→ NO10へ
2017年12月までの分は→ NO9へ
 2016年12月までの分は→ NO8へ
2015年12月までの分は→ NO7へ
2014年12月までの分は→ NO6へ
2013年12月までの分は→ NO5へ
2012年12月までの分は→ NO4へ
2012年03月までの分は→ NO3へ
 2011年06月までの分は→ NO2へ
2009年12月までの分は→ NO1へ




 
R01.12.31(2019.12.31)
 文芸思潮の銀華文学賞最優秀作「最後の帰郷」「向日葵」ともに、レベルの高い作品である。商業誌の雄「芥川賞」作品を、越えていると思う。
 生活をじっくりと見つめた中から書かれた作品は、感動を呼ぶ。


 
R01.12.30(2019.12.30)
 文芸に力があるということは、作者本人に力があるということだ。
 作者本人に力のない「体裁だけの作」や「衆に媚びへつらうだけの作」は、遠からず闇の中に落ち行くのみだ。


 
R01.12.29(2019.12.29)
 人間の行く先は決まっている。どういう経過を辿るかだ。
 その間、感動的なことに出会ったり、そういう手を差し伸べてもらったり、という心の深くに沁みとおるような経験をしたりする。
 その真逆もある。辛いこと、嫌なこと・・などには出会いたくないが。
 しかし、それらを経験しないことには、「本当の温み」や「癒し」や「許し」には出会えないのではないかと思う。
 何も、文芸でなくともよいのだが、文芸は「感動」や「癒し」や「大切な智慧」を得るための、大きな道筋にはなる。そういう体験をしたからこそ、魅かれている。売文家や自慢屋の類も混じり合っているから、一概には言えないが。
 文芸、音楽、絵画、演劇などの芸術面だけではなくとも、「感動」や「癒し」に至る道は多くある筈だ。幾つ年齢を重ねようとも、学んでいきたいものだ。


 
R01.12.28(2019.12.28)
 文芸は「遊びだ」というのが、わが身内を代表するセリフだ。
 本当に、「文芸」の難しさや、怖さを知らないから言えるのだろう。
 無知な連中(こちらを知恵者なんぞとは言わないぞ)は、自身がわからないことは「遊びだ」「暇人めが」などと平気で言う。
 そんな輩に贈ろう。
  露の世は露の世ながらさりながら(一茶)
  世間は空しきものと知る時しいよいよますます悲しかりけり(旅人)


 
R01.12.27(2019.12.27)
 退会者についての話題が少々。惜しむ声の方。
 なにも、無理やり押し出したのではないし、出られると困るのだ。
 こういうサークルには、縛りもなにもないのに。


 
R01.12.26(2019.12.26)
 海退会希望者あり。
 事情がありそうなので、メールや電話で尋ねたが、仔細は不明。
 少人数のメンバーでのやりくりなのでかなり無理をしているが、そういう方面の理解など得られないようなので、いたし方がない。
 減るということは、残念の一言だが。やはり、リーダー不在だからか。


 
R01.12.25(2019.12.25)
 WIN10機種、中古で購入。10,300円也。これは子供の分。
 組み立ては、今回は本人にまかせよう。実際やってみるのも大事だから。
 ということにしよう。


 
R01.12.24(2019.12.24)
 WIN10も、どうやら普通に動き出したようだ。
 クッキーをどうするか、などで若干悩んだ。うまくいっていないのは、Microsoft IMEを強制的に使わせられること。これには、慣れなくては。
 まだ、なにがうまくいっているのかいないのかわからないでいるが。


 
R01.12.23(2019.12.23)
 投稿分を一つ、なんとか投函した。やれやれ、どっと疲れた。
 この時期、次の号の原稿が早くも届いた。嬉しい悲鳴である。


 
R01.12.22(2019.12.22)
 一作ぐらいは投稿を、と昨日の明け方に思い付き、要項を見る。
 あれあれ、どこも締め切りを過ぎている。
 今年は、それどころではなかったし、そんな気分にもなれなかった。
 二つか三つか、と考えていたが、唯一残っている公募に間に合うよう、見直している。枚数制限があったり、要件に合致しないと話にならないから、神経を使うものだ。以前は、参加することに意義あり、というふうに割り切っていたが、それにも気力、体力が必要なことだと今にして思う次第。
 今回も、参加することに意義あり、で一作ぐらいは加わろう。


 
R01.12.21(2019.12.21)
 海のホームページの更新をする。
 同人誌に関わる人たちは、多分人生の落ちこぼれであろう。世の中を風を切って歩いてきた人には、縁がないものであろう。
 決して「自慢の場ではない」からである。
 自慢の場であるどころか、「悔恨を確かめる場」ではないだろうか。世間的な地位のことを言っているのではない。個々の詳細を知る由もないが、生い立ちが悲運だったり、ひどい場面に立たされてみたり、内に罪の意識を抱えていたりで、自分の置かれた意味を何度も問い返す、という人々が多かろう。
 故に、売文家ではない。売れてなんぼなど、考えたこともない人たちであろう。金がどうこうなどと考える人は、同人誌にはいないであろう。 


 
R01.12.20(2019.12.20)
 海第23号作品についての感想が寄せられている。そのうち、できるだけ多くの作品に触れてもらっているものは、交流掲示板に掲載したいと思う。
 勢い余ってというか、片付けたい順を追っていると、定例の「懇談会」の連絡をしておかなくては、ということで連絡した。年始の忙しい時期であるので、集まってくれる人がいるのかどうか疑わしいが、これもわがノルマだ。
 事後になって、冊子を送付すべき個所は、やはり出るものだ。


 
R01.12.19(2019.12.19)
 冊子を作るというのは、つくづく大変なことだと思った。
 人の名前というのは、間違いに繋がるのだ、と改めて思わされた。当該者には全く申し訳ない限りであるが、これを教訓にさせていただければありがたい。
 あれほど注意をした、という思いがあるだけに単純な思い込みと油断はいけない。こうして、教訓を得ながら進ませていただきたい。


 
R01.12.18(2019.12.18)
 海第23号(通巻第90号)の会計報告作成に、ほぼ1日を費やす。
 メールでの通知、郵送での通知を、18時頃に終える。これに異論が出ない場合、ようやく1つのサイクルが終了する。
 会計報告を作成してみて、「もう少し値下げが出来ないものか」という思いは常に出るが、つい最近「マイナス報告」になりそうで冷や汗をかいたことを思い出す。執筆の実費だけ負担というのが一番わかりやすいのだが、そうなると「一定の運営費をどう工面するか」などの問題が出る。幾通りものシミュレーションをしてみた結果がこうであるし、構成員が動くし、執筆者はいつも執筆できるとは限らない等々、不確定要素の多い任意集団の活動に、本当に最適のシステムがあれば教えてほしい。
 会計報告を作成する度に、思うことである。
 現在、はや第24号(通巻第91号)の方に気が向いている。


 
R01.12.17(2019.12.17)
 特記事項なし。


 
R01.12.16(2019.12.16)
 第162回芥川・直木賞の候補作が発表された。10作中7作は初めての候補だそうだ。こういうことに一喜一憂するということが、露世にはあるのだった。
 などと、言わずもがなのことを言う・・か。
 皆、中央の文芸誌掲載作品で、(こちらから見れば)若い。
 こんなときに、同人誌とは何だ、と考えることになる。実力差などとうに超えた書き手が同人誌側にはいるのに、ま、これが運というものだろう。


 
R01.12.15(2019.12.15)
 午前2時頃までかかって、海ホームページの更新がなった。
 作品とリンクの手順の違い、取り出すファイルの考え方の違いなど、ホームページビルダーの扱いは、旧のソフトに比べずいぶん変わっている。
 写真の掲載は、写真の容量を縮小してかからねばならず、ネットで調べて、「ZIPによる縮小」をせねばならないことになっているという。
 あれやこれやの取り扱いについて、ネットに聞くことが多く、扱いなどがどんどん変わりゆくものだ、と唖然としている次第である。
 しかし、こうもマイクロソフトの都合によって、機種を変えたり、プリンタやディスクやソフトなど関連製品にまで影響が及ぶというのは、気分を害するものである。ちょっとした操作の手順を誤ったがために、蓄積したデータが消滅したりとか、アクセスできなくなったりという不具合が、多く起きていると聞くが。


 
R01.12.14(2019.12.14)
 海の発送を終えたので、ホームページの整理にかかった。
 最近、パソコンをウィンドウズ10に換えたばかりでてこずっているところに、ホームページビルダーまでWIN10対応のソフトに換えたため、作品資料のアップができない。手順が、以前のソフトとは違うのだ。
 写真を取り込もうとすると、「大き過ぎる」「重た過ぎる」などという意味のメッセージが出て、こちらもアップできない。
 これこそ、アップアップだ、と自嘲するしかない。
 おいおいマイクロソフトくん、この手の嫌がらせはやめてほしいな


 
R01.12.13(2019.12.13)
 海の発送作業。場所は、いつも印刷所の部屋を提供していただく。
 作業人は1人。13時45分から16時45分まで。今日は、3時間で終えた。
 宛名シール、ゴム印、スタンプ、指サック、筆記具、送付状、付箋などが発送グッズだ。送付先を、4種類に区分けしているから、ちょっとややこしい。
 封詰めが終わると、送付シールを貼る。そして、数える。
 戻ると、発送作業を終えたことと、次号の予定を同人に連絡した。


 
R01.12.12(2019.12.12)
 いよいよ海第23号(通巻第90号)の発送を行う。13日、明日だ。
 宛名、送付状、投稿・冊子作成要領、ゴム印、スタンプ、指サック、筆記具などなどを確かめ、揃え、出向くことになる。
 発送が終わらないことには、始まらない。約4時間の作業だ。
 あとは、同人費の納入状況を確かめ、経費の支払いを済ませ、会計報告となる。この間、半年の仕事である。さてさて。


 
R01.12.11(2019.12.11)
 海発送の日が近づいてきたので、送り状4種、投稿・冊子作成要領、宛名印刷を一気にする。一気にやらないと、気分がダレるだけだ。
 今年は、個人的にもいろいろなことがあったので、「こういうことやっている場合じゃない」のだが、「ことに追いかけられる」というのも悪くない。
 文芸年鑑を見ていると、同人誌というのは半人前にも見られていないということがよく分かる。全作家や文芸思潮というのも然りだ。
 玄人集団がもちろん上、同人誌関連ははゴミ扱いのようだ。


 
R01.12.10(2019.12.10)
 他誌の方から、ひとことでもいいから感想を、ということだったのでハガキに書き、送った。となると、全体に目を通すことになる。


 
R01.12.09(2019.12.09)
 宛名、送付文、次号の投稿・冊子作成要領を点検。
 印刷して、発送準備を整える予定。


 
R01.12.08(2019.12.08)
 ホームページの整備などをする。


 
R01.12.07(2019.12.07)
 他誌の関係者2人に、感想などを書き送った。


 
R01.12.06(2019.12.06)
 海のことは休憩。故に、特記事項なし。


 
R01.12.05(2019.12.05)
 印刷所で校正。約2時間。「直しナシ」、で終えた。


 
R01.12.04(2019.12.04)
 海第23号(通巻第90号)の印刷行程である校正に、明日出向く。
 うまく進んでいることを、願うのみである。


 
R01.12.03(2019.12.03)
 海第24号(通巻第91号)の、「投稿・冊子作成要領」を作成した。
 WIN10に換えたら、「One Dribe」がどうのこうのとかの注意が入り、Microsoft製品を管理し、購入させようという魂胆がありありである。
 この注意がうるさいということで「One Dribe」を外したり、アンインストールする方法もあるにはあるが、素人にはそのやり方が難しい。
 なにより気に障るのが、「Microsoft Imf」の文字を使わせようとすることで、「一太郎のAtok」が使いにくい(使えない)ということか。


 
R01.12.02(2019.12.02)
 海の原稿の方から一時離れ、冊子送付時の資料作成にかかっている。
 送付先を確認し、宛名ラベルの資料を作成。
 相手に分けて作成する送付メモ(送付状)も、3種類は作らねばならない。新たな「投稿・冊子作成要領」も作り直さねばならない。
 こういう準備を整え、校正、発送に臨むことになる。


 
R01.12.01(2019.12.01)
 WIN10に変えたら、画像の見え方がおかしくなった。これまで、イラストの材料を見ていたのに、簡単には見えなくなった。
 また、検索である。OFFICE2010までは「microsoft manager」なるものがあったが、以降はなくなった。それで、OFFICE2007なるものをわざわざインストールして、用いていたんだった、と思い出した。
 そのヒントを頼りに検索し、サイトのOFFICE2010の必要な個所だけをダウンロードすることで、「microsoft manager」をインストールすることができた。


 
R01.11.30(2019.11.30)
 かろうじて資料(プリントアウトしたもの+データ)を作成し、印刷依頼をした。こちらは、WIN10に機種を変えたばかりであるので、なんと「CDへの書き込み」の方法がわからない。検索すると「この時節、USBやメールでやり取りする」方がノーマルなのだということで、1時過ぎにメールでデータを送った。
 午前中には、説明をしなければならないので、プリントアウトした資料と、USBの資料とを持って、何とか印刷の流れに乗せることができた。
 IT関係が、こうも頻繁に変わるんでは、堪えることだ。
 本当に、やれやれだ。本人確認原稿も、人によって内容が様々で・・。


 
R01.11.29(2019.11.29)
 明日、海第23号の原稿を入稿する予定。
 最終の読み込みを行い、データの修正を行わねばならないのだが、一部の作品に細かなひらがなの「抜け」が多くあり、結構慎重に扱っている。プリントアウトして読んで初めてわかるほどの、軽微なものではあるけれど。
 今日中に、目鼻をつけたいのだが。


 
R01.11.28(2019.11.28)
 海第23号の、ペーパーでの誤記訂正確認の資料が送り返されてきた。
 さあ、いよいよ原稿の最終仕上げをしなければならない。修正の指摘があったところを確認し、修正すべきは修正し、最後に全体を読み返す。
 ここまでやって、ようやく始まりとなる。という訳だ。
 山田電機まで行き、宛名印刷ラベルなどを求めてきた。


 
R01.11.27(2019.11.27)
 さて、WIN7からWIN10への切り替え準備が、かろうじて終わった。
 メール移行、プリンタテストなど、何とか使えるようになった・・。
 海第23号の原稿が完成し、印刷所への入稿が終わったあたりで、WIN10に機種を変えることになる。現在、スムーズに動いているWIN7から離れるのは偲びがたいが、やむを得ないことなのか。WIN7のサポート終了前約1月余での別れである。
 時は移り、周囲のもろもろが変わりゆく。もっとも、本人が一番の変化に直面しなければならないのだが。世の中は空しきものと・・だ。


 
R01.11.26(2019.11.26)
 やけっぱちで、せっかく3日がかりでやりかけたメール設定を、いったん破棄し、作り直した。もちろん、何度も似たようなことをやってきた。
 それで、大元のカタチに戻してみようと、思い切ってOFFICE2016をアンインストールし、当初インストールしていたOFFICE2013を再インストールし、設定してみた。すると、(まだわからないが)何とか動き出しそうな気配である。
 であるのなら、それでいいのだから、しばらく放っておくことにした。


 
R01.11.25(2019.11.25)
 WIN10へのメールの移行が、なかなかうまくいかない。どうしてうまくいかないのか、それがわからないから難渋する。「ならば」と一手を思い付きそれをやると、余計なゴミをこしらえてしまう。
 最初からやり直したいのだが、そうはいかないから困る。だんだんに悪手を加え、仕舞いにはやけくそになってしまう。
 未着だった詩2編が到着した。


 
R01.11.24(2019.11.24)
 WEB上での誤記確認を依頼した上水氏からは、もう結果が寄せられた。
 うーん、見ていたつもりではあったが、いくつもの見落としがあったようだ。勿論、些細な点ではあるが、1字の違いで成り立たなくなる。
 どうしても、複数の目が必要だな、と感じ入った次第。
 それにしても、今号の作品は「重苦しい」作品が多いことではある。


 
R01.11.23(2019.11.23)
 いよいよこの脂の乗りきったWIN7とも、そろそろ別れねばならない時期だと、海の原稿が私の方では小休止の今、WIN10の本格的なセットに掛かった。
 もちろん立ち上げはしているのだが、メール設定がまだだし、保存用ディスクをどれにするかなど、決め兼ねている。
 モノを入手して、1年とか半年とかになるもので、どれが本物のWIN10対応のものだったのかから、チエックしなければならない。
 メールの移行の方は果たしてうまくいくのかどうか、うまくいかなきゃこのWIN7からあと2月で離れなければならないので、困るのだ。
 それにしても、これほど馴染んできたWIN7と離れなければならないとは。
 パソコン作業のついでもあり、海のホームページの更新も行った。


 
R01.11.22(2019.11.22)
 はて、この間に海の発送先リストの整理や、宛名ラベルの印刷、送付に際しての文言などを考えねばならない。
 178頁とは、かなりぶ暑い冊子になる。2冊ずつ送るのが最適だろう。
 今年に入って、2台のプリンタが使用不能になってしまったが、1台がよく働いてくれている。また、インクを購入しなくてはならない。


 
R01.11.21(2019.11.21)
 海23号(通巻第90号)の原稿に通し頁を打ち、目次を作成した。
 原稿と原稿の間には、幾種類かの資料を入れねばならず、受贈誌、海について、入賞・入選などの内容を書かねばならない。あとがきもだ。
 目次を周知した後は、誤記確認のため担当委員に資料を送った。
 これらの作業をドタバタとやって、進行に沿っていくが、実はこれからが編集子の作業が始まるということになる。


 
R01.11.20(2019.11.20)
 海第23号の原稿受付を終了した。
 多分178頁という冊子になる筈だが、これから目次などを作ってみないといけない。これまでもだが、ここからがいよいよ細かくて、厄介な作業が始まる。
 全作家の掌編のゲラ刷りがきたので、即校正をし、返事を書き送った。掲載料金も送った。こういうことを後に延ばすのは、それこそ性に合わないので、即断即決、処理をする。お金も、今すぐ払う方がさっぱりするのだ。


 
R01.11.19(2019.11.19)
 海第23号の受付は、明日までとなった。
 作品の未着分もあるが、中に入れる資料づくりも最終段階にある。
 入賞、入選の調査を行った。いつも、メンバーは決まっている。


 
R01.11.18(2019.11.18)
 海第23号の受付も大詰めになった。
 頁の具合を想定して、挟み頁の準備などをする。


 
R01.11.17(2019.11.17)
 海第23号の原稿をめぐって、幾度ものメール交換をした。
 今後のことも含めて、といった方が正しいが。
 笹原さんが、今年(第25回)もNHKハート展に入選したということ。なにしろ、全国で50編しか選ばれない詩だから、敬服する。
 細かなデータがないので分からないが、22回、23回の入選は確認できた。(20回以前のことはHPでは公表されていない)すばらしい。


 
R01.11.16(2019.11.16)
 海第23号の原稿の読み直しをしている。
 自分の分だと、読む度に文章を変えねばならなくなる。


 
R01.11.15(2019.11.15)
 海第23号の概要が見えてき始めた。
 おおまかな作品の配置、受贈誌の整理、埋める内容の準備などをする。


 
R01.11.14(2019.11.14)
 海第23号の全体の作業を行う。
 頁の配置(作品の配置)、偶数頁で終わらねばならないため、挟み込み頁の作成など。これがために、工夫して作らねばならない頁もある。
 身辺が何かと忙しいので、その合間を縫うかたちで。


 
R01.11.13(2019.11.13)
 海第23号のおおまかな姿が見えてきた。約170頁というところか。
 割付、校正依頼、その他メールのやり取りが多くあった。


 
R01.11.12(2019.11.12)
 特記事項なし。


 
R01.11.11(2019.11.11)
 文芸思潮からのアンケートに記入、投函した。


 
R01.11.10(2019.11.10)
 海原稿が入り、割付をして校正依頼をした。


 
R01.11.09(2019.11.09)
 今日は、表現の微妙な言い廻しなどの修正依頼が多かった。


 
R01.11.08(2019.11.08)
 井本氏の刊行した「太陽を灼いた青年」の紹介頁案を作った。
 この第23号の進み方は、いま一つの感あり。


 
R01.11.07(2019.11.07)
 依頼した校正分が、送り返されてくる。
 海第23号のイメージが、だんだんはっきりしてきた。


 
R01.11.06(2019.11.06)
 新たな原稿が到着した。
 割付を行い、明日には校正依頼のための投函を行う。
 今回は、文芸年鑑の購入は見送りたいと思う。


 
R01.11.05(2019.11.05)
 ようやく、100枚近い大作を割付し、送付した。
 会費の額が変わったのに気付かないまま(若干下げた部分がある)の納入がなされているので、その旨の連絡をした。なかなか難しい。


 
R01.11.04(2019.11.04)
 今日は、ほぼ1日留守にしていた。
 新たな原稿などが届いている。はてさて、かなりの遅れだ。
 とあれば、夜中に読み込むことにする。


 
R01.11.03(2019.11.03)
 不思議なことに、この3日間に届いた海の原稿は1編のみ。
 さあ始まるぞ、と気負っていただけに、いささか拍子が抜けた。
 先ほど、寄せられたのは100枚近い力作のようで、割り付けるのが楽しみである。このような非力な編集子のもとにも、力作が寄せられてくる。
 感謝あるのみ、というほかない。


 
R01.11.02(2019.11.02)
 他誌が届くと、編集後記を読ませてもらう。定期的に合評会を行い、読書会などを行っているところもある。派手に喧嘩をしているところもある。
 海の今のやり方だと、作者まかせの原稿の掲載になる。作者の力量がそれなりのものであれば、優れた作品になり、よい誌にもなるだろう。
 今の海は全く意見を述べ合う機会がない。意見を述べ合えば果たしてよい作品が生まれるのかといえば、そうも言えるまい。海第一期がその「良くも悪くもを例示」してくれた。激論(いや罵倒)の果てに、有為の人材を多く失ったことも確かである。年齢を重ねる(高齢化)だけでなく、嫌気がさして離れて行った方が多いのではなかろうか。
 その結果が終刊であった。
 現在の海第二期(第二期などと呼ぶのは本来好まないが)は、同人が全国に散りすぎて、集まりようがない。相談したいことはいくらもあるのだが、この空間を飛び越える訳にはいかない。いくら「交流掲示板に意見を」と呼びかけても、なにも出てこない。この「無音」というか、「無視」ともいうべき空気に窒息しそうになる。
 まあいいか、という言葉で一日を乗り切っている。・・というところが、一番の問題であるのだが、一人の頭では回らない。


 
R01.11.01(2019.11.01)
 日本文学振興会に、海からの推薦を行った。
 WIN10の方のメールは回復が見込めない。
 WIN7のメールまでを傷めたらいけないので、フリーメールにコピーを残すことにしている。WIN10のメール設定は、海の作業がほぼ終える12月初旬まで待つことになるのかな。結構、不安を感じている今回第23号である。
 受付は今日からだが、受付とは関係のないメールが結構入る。その対応も、顔が見えないので難しい。
 おまけに、家人の具合がよろしくないときている。

 都府楼の大伴旅人の歌碑から。
 世の中は空しきものと知る時し いよいよますます悲しかりけり
 (~亀五年六月二十三日)


 
R01.10.31(2019.10.31)
 WIN10のメールが消えたことで、一日中パソコンと格闘してみた。
 仕方がない。次の方法を考え、工夫するしかないだろう。


 
R01.10.30(2019.10.30)
 海の原稿の割付をした。明日、校正依頼をする。
 井本氏の「太陽を灼いた青年」(アルチュール・ランボーと旅して)を恵与いただいた。これは、海に「ありらこちら文学散歩」として8回にわたり連載された作品をもとに、大幅に書き直され、バージョンアップされたもの。カラー写真をふんだんに用い、多くの参考文献をもとに整理がなされたもののようである。
美しい本に仕上がっている。
 現在、まだWIN7を使っているが、WIN10の機種にも同じメール(outlook)のコピーを設けていたが、突然WIN10の方が開かなくなってしまった。WIN7の使用期限があと2月半に迫った今、その対策を立てねばならなくなった。
 せっかく馴染んだWIN7が使えなくなるなんて、酷いことだ。


 
R01.10.29(2019.10.29)
 久しぶりに、海のホームページの更新を行った。
 海の原稿(招待席など)の校正依頼をした。


 
R01.10.28(2019.10.28)
 海の原稿の割付などを行った。


 
R01.10.27(2019.10.27)
 海の原稿の校正依頼をした。
 新たな原稿が寄せられた。
 日本文学振興会に推薦する作品の照会を行った。


 
R01.10.26(2019.10.26)
 海第23号の校正が、戻ってきつつある。
 新しい原稿も寄せられている。
 読んだ他誌の感想などを書き、郵送した。


 
R01.10.25(2019.10.25)
 海第23号の校正が、戻ってきつつある。


 
R01.10.24(2019.10.24)
 文化庁が国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」に対する補助金不交付を決めたことに対し、愛知県は24日、補助金適正化法に基づく不服申出書を同庁に提出したという。何という愚かなことを、と腹立たしい。
 表現をしたければ、「自分の経費でやれ」の一言だ。
 特定の政治思想のプロパガンダのために、公金が使われることはあってはならないと思うし、そんな経費があれば災害の復旧の方にまわせ、と言いたいのだ。
 次はAERA(朝日)の過去の記事だが、何が言いたいのか。 

「表現の不自由展」めぐる補助金不交付 裏に「安倍─萩生田ライン」?〈AERA〉
2019/10/10(木) 8:00配信  AERA dot.
あいちトリエンナーレへの補助金不交付を巡り対立する萩生田文部科学大臣と大村愛知県知事。大村氏は法廷闘争も辞さない構えだ (c)朝日新聞社
  ※   ※
文化庁が、採択を決めていたあいちトリエンナーレへの補助金7800万円を、後になって全額不交付にすると決めた。
「これはあの加計問題と同じく、『萩生田案件』だ」
不交付が明らかになった直後、ある野党幹部はそう語った。萩生田とは、先の内閣改造で初めて大臣ポストを得た萩生田光一文部科学大臣だ。(略)

  (参考)※※※※※
日本国憲法においては第21条に規定がある。
日本国憲法第21条
第1項
集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
第2項
検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
      ※※※※※
表現の自由の制約
日本国憲法の下でも、表現行為が他者とのかかわりを前提としたものである以上、表現の自由には他人の利益や権利との関係で一定の内在的な制約が存在する。内在的制約とは、第一には人権の行使は他人の生命や健康を害するような態様や方法によるものでないこと、第二には人権の行使は他人の人間としての尊厳を傷つけるものであってはならないことを意味する。


 
R01.10.23(2019.10.23)
 海第23号の校正済み原稿が戻ってき始めた。
 他誌の作品を丹念に読み、刺激を受けている。


 
R01.10.22(2019.10.22)
 他誌の作品を丹念に読み、刺激を受けている。


 
R01.10.21(2019.10.21)
 他誌の作品を読み、刺激を受けている。


 
R01.10.20(2019.10.20)
 文芸思潮の作品、他誌の作品を読み、刺激を受けている。


 
R01.10.19(2019.10.19)
 海第23号の、原稿が集まり始めた。


 
R01.10.18(2019.10.18)
 海第23号の、原稿受付開始の連絡を行った。


 
R01.10.17(2019.10.17)
 海第23号に出す予定の、わが作品を読んでみた。それほど修正する点は見付からなかったが、まだまだ1月先の確定まで待つことになる。


 
R01.10.16(2019.10.16)
 海の作品が出始めた。今日の作品は、スケールの大きい反響を呼びそうなもの。なるほど、こういう切り口があったのか、と感心した。
 こういう作品があれば、海も捨てたものではないと思った。


 
R01.10.15(2019.10.15)
 特記事項なし。


 
R01.10.14(2019.10.14)
 特記事項なし。


 
R01.10.13(2019.10.13)
 特記事項なし。


 
R01.10.12(2019.10.12)
 文藝春秋を読んでいるが、台風第19号のことが気になり、読めていない。


 
R01.10.11(2019.10.11)
 特記事項なし。


 
R01.10.10(2019.10.10)
 特記事項なし。


 
R01.10.09(2019.10.09)
 文芸思潮の作品を読んだ。


 
R01.10.08(2019.10.08)
 海第23号(通巻第90号)の、自分の原稿は一応準備を終えている。
 文芸思潮や、他誌の作品を読んでいる。


 
R01.10.07(2019.10.07)
 特記事項なし。


 
R01.10.06(2019.10.06)
 文芸思潮の中上健次特集で、五十嵐勉氏と小浜清志氏の対談「中上健次との出逢い−沖縄からの文学遍歴−」を読んでいたら、面白くて辞められなくなった。
 小浜氏は、真面目な部類の人物かと思っていたのだが、どうして破天荒、行き当たりバッタリという半生を送ってきたとのこと。何をやっても憎めない性格のようだ。いろんな出逢いが氏のこれまでを彩っているが、中上健次とのそれは、デタラメというか、無茶苦茶だ。しかしもの書きという者たちは、こうやって信じられないような数々の出逢いをしながら、今日に至っているということらしい。
 自分には、この人に触れるということがあまりにも少なすぎた。と、今になって思うようでは情けない。芥川賞も、新人賞も、やはり出逢いなのだなあ。


 
R01.10.05(2019.10.05)
 最近、夢で魘されてばかりいる。つまらない数字を何度も何度も並び替え、中途で「こんなことする必要ない。意味がない」とか思ったり、奇妙な作業を懸命に繰り返し、ああでもない、こうでもない、などと考えている。
 昨晩の夢は、金言なのかもしれない。
 
あれができない、これができないなどと考え悩むより、あれができる、これだってできるというふうに「変えたらいい」というもの。なるほど。
 今年のまほろば賞の「キリギリス」を読んだ。文章そのものに鮮やかさやうまさは感じないものの、筋でぐんぐん引っ張っていく。なるほど、評者が褒めそやす意味が分かった。小説は「もの語り」であり、「もののあわれ」であるのだ。
 こういう作品を読むと、市井にも優れた書き手がいるのだ、と安堵する。マンネリに陥りそうな同人誌(海も)も、少しは生き返りそうな気がする。


 
R01.10.04(2019.10.04)
 何度も何度も読み返して、全作家事務局に掌編作品を送った。
 最近、一字一句に拘るようになり、それがはたしてよいことかどうかはわからないが、今の時点での自分なりに頷ける範囲のものを求めている。
 俳句や詩も、日を置いて読み直せば、勘違いや思い及ばなかった字句に目がとまるので、この掌編も、もう少し寝かせておくべきだったのかもしれないが。
 たかが詩文というなかれ、ということがよくわかる。


 
R01.10.03(2019.10.03)
 一念発起して、全作家に提出する掌編を取り敢えず書いた。
 何度も見直してはみたが、明日もう一度見直し、送りたい。
 ひどく評判の高い、今年のまほろば賞作品も読んでみたい。


 
R01.10.02(2019.10.02)
 露の世は、などと呟いている間に、北朝鮮が5月以降11回目となる弾道ミサイルを発射した。今回は、2017年11月以来となる日本のEEZ内に落下したという。
 また、昨日10月1日は、中華人民共和国が建国されて70年となり、それをを祝う祝賀行事は、日本時間の1日午前11時から北京の天安門広場で始まり、習近平国家主席が演説したあと、過去最大規模となる軍事パレードが行われた。
 中国は、さらなる国威発揚をアピールしたという。キナ臭い話ばかり。
 一方、週刊現代の見出し(広告)に、「65歳過ぎたら無理しなくていい、やめたらこんなに幸せ・・葬儀・結婚式には出ない、本家に顔を出さない、自分の墓は作らない、友には感謝してさよなら、中元・歳暮を辞める、年賀状は書かない、人間ドックは受けない、子に財産は遺さない、見栄を張らない、ほか」というものがあり、中身の方は知らないが、我が国ではサモアリナン、と思った次第。


 
R01.10.01(2019.10.01)
 最近、つくづく人の世の哀れというか、露の世なのにというか、それなのに強欲が世にはばかっていることを思わされる。
 と、いいながら、2年半前には38歳の子を喪った。直前までそのような様子は微塵も見せず(当人のラインの交信記録から)、朝には目覚めなかった。
 次の小林一茶の場合とは、年齢も事情も異なるものであろうが、子は子である。生きるものの定めだとはいえ、やはり辛い。

 露の世は 露の世ながら さりながら  小林 一茶


 
R01.09.30(2019.09.30)
 文芸思潮が送られてきた。井本さん、高岡さんが頑張っている。
 全作家の掌編に取り組み掛けたが、簡単ではない。長い、短いではない。


 
R01.09.29(2019.09.29)
 全作家短編集から、自身が選ぶ「良い作品」を書き出し、送った。
 第115号合評会の出欠、第116号掌編作品の提出希望の有無についても書き出し、送った。となれば、掌編作品を書かねばならない。
 最近、書く方はかなりペースダウンしている。頑張らねば。


 
R01.09.28(2019.09.28)
「1日以上のロスになった」パソコンのWIN10のアップグレードが、今朝の4時過ぎにようやく終わった。
 全作家の役員からは外れている。事務局の配慮に感謝、である。 


 
R01.09.27(2019.09.27)
 夕方雷が激しくなった。しかたなくパソコンの電源を落とす。おりしも、WIN10のアップグレード中で、かなりのところまで進んでいた。
 30分後、電源を入れてみて「1日以上のロスになる」ということが理解できた。これまでの半日近い作業は何だったのか。
 いやいや、嘆くまい。WIN10には分からないことが多すぎる。「まさに、経験してみないと分からない」「ギャフン」という有り様である。


 
R01.09.26(2019.09.26)
 海ホームページの更新を行った。
 昨晩WIN10のアップグレードを始めたのはいいが、そんなに時間はかからないだろうと甘くみたのがハズレ、なんと朝方4時過ぎまでかかっていた。
 勿論、とても付き合えないので、パソコン2台を付けっぱなしで寝たのだが、1台はアップグレードに至らず、後日日を改めてやらねばならない(何故か、そう表記してある)ことになった。
 WIN10になってから思うことだが、microsoftのアカウントなるものなどに強く監視されているように感じるのは、まだWIN10の経験が浅いからだろうか。


 
R01.09.25(2019.09.25)
 サイトの「相互リンク」の依頼があったので、快諾した。
 この2〜3日、相次いで同人雑誌が贈られてきている。まだ、ホームページへの書き込みなどは終わっていないが。
 わが方も、そろそろ次号への準備を進めねばならない。
 全作家の会議の、返事も終えた。


 
R01.09.24(2019.09.24)
 立ち上げたパソコンの微修正を行った。立ち上げただけでは、登録作業などがまだ済んでいないので、いろいろと手が掛かるのだ。
 一通り使える状態になったかな、と思っているが。


 
R01.09.23(2019.09.23)
 昨夜21時にはパソコンを閉じざるを得なかった。なにしろ、5〜6度の停電となり、風の音も強い台風のそれとなったため、やむを得なかった。
 こうやって、パソコンに向かい会えているのは嬉しいことだ。


 
R01.09.22(2019.09.22)
 パソコン立ち上げの疲れが、さすがに残っている。
 わがパソコンの方は、「プログラムのアンインストール」で「ウイルスバスター」のアンインストールができないでいたが、「ツール」を用いて削除することができた。なかなかしつこいウイルスソフトである。
 ※しつこいというか、嫌がらせをするソフトである。


 
R01.09.21(2019.09.21)
 win10のパソコンを、丸1日以上かけて、なんとか立ち上げた。
 いやはや、疲れたことで・・。


 
R01.09.20(2019.09.20)
 妻がauの契約でタブレット(ipad)を買っていたが、結局使用目的の方がなくなったため、昨年auの契約を外し、家のwi-fiに繋いで使っていたが、ウイルスバスターが奇妙な邪魔をするので、使えなくなってしまった。
 これも妻のパソコンであるが、win7が2020.1でサポート終了になるので、win10を購入、今日届いた。39,800円の代物である。
 この設定にもかからねばならない。自分のものの設定だけで手一杯で、方法を忘れつつある。丸1日は潰さねばならない。


 
R01.09.19(2019.09.19)
 嫌韓、反日、ヘイトなどと、日本メディアは騒ぐばかりであるが、次の韓国の中央日報の記事がたまたま目に止まった。その一部でしかないが、こういう書き方もあるのだ、と印象に残った。なんと、今年の1月の記事ではないか。
 
【中央時評】神になろうとしている韓国政府(2)
2019年01月18日10時55分
[ 中央日報/中央日報日本語版]
以前、言論界に「3室記者」という言葉があった。出社から退社まで、担当出入処の記者室−化粧室(トイレ)−就寝室(仮眠部屋)の3カ所だけを行き来する怠慢記者を遠回しに言った表現だ。政府部署には経済失敗フレームとフェイクニュースの流通を遮断するために「疎通・広報専門担当窓口を用意して成果を広報せよ」という指示が下った。「政府発フレーム」と「本当のニュース」だけを記者に書き取らせるという意図なら恐ろしい。ありもしない権力の不正と逸脱を探すという無駄な意欲は持たずに、3室記者として飼い慣らされるがままになれという言葉だからだ。
このような絶対的無誤謬の偏狭性はどこから来るのか。「神になった政府」(キム・グァンウン著『良い政府』)という挑発的概念が興味深い。そういえばこの政府はとりわけ福音的だ。ロウソク精神、正義、公正、召命など、手でつかむこともにおいをかぐこともできない抽象的な単語を絶えず注入して大衆を洗脳する。俗世の苦痛は「転換期の陣痛」だから我慢しろという。著者であるキム・グァンウン・ソウル大名誉教授に尋ねた。
−−どのように政府が神になるか。
「政府は巨大な行政組織と物的資源を独占し、法と制度の力を借りて合法的暴力と罰を加えて神のように君臨する。また、福音主義を伝播して、軟弱な人間は祈福して政府に頼るため、神という言葉を聞くほどのものになる」
−−政府の神にただ服従・崇拝するべきなのか。
「自ら神の境地にあると勘違いすれば自身の無誤謬を正当化する。偽善と嘘を内在させている邪悪な神がいるように、神になった政府だからといって常に正しく信望の対象になるわけではない。マルティン・ルターがカトリック教会の腐敗に反旗を翻したように、政府を批判する自由と権利は誰にでもある」
「嘘が世界を半周したころ、真実はまだズボンを履こうとしている」と不平を言ったのは英国首相のチャーチルだ。どの社会や時代にも真意を分かろうとしない反抗的フレームとフェイクニュースが政府を困らせた。仮に意図的なフレームの歪曲やフェイクニュースだったとしよう。神になろうとする政府がそれなりに振る舞おうとするなら、抵抗の世論を理解して救援の手を差し伸べるべきだ。絶対的な無誤謬の幻想と執着から脱してしかるべきだ。画一的な枠組みや無菌を強要される社会は危険だ。


 
R01.09.18(2019.09.18)
 海第23号(通巻第90号)の投稿依頼を、郵送該当者に送付した。
 招待席執筆依頼、海へのことばの執筆依頼を行った。


 
R01.09.17(2019.09.17)
 海第23号(通巻第90号)の投稿依頼を行った。


 
R01.09.16(2019.09.16)
 特記事項なし。


 
R01.09.15(2019.09.15)
 特記事項なし。


 
R01.09.14(2019.09.14)
 昨日から今朝にかけて、海ホームページを更新した。
 WINDOWS7からWINDOWS10への切り替えが間近に必要になるが、現在WINDOWS7の使い心地がよくて、傍のWINDOWS10機種にはなかなか移れないでいる。
 WINDOWS7とWINDOWS10、内容も大幅に変わるようだが、せっかく手慣れて何の問題もないWINDOWS7を手放さないといけないとは、何ともはやである・・。


 
R01.09.13(2019.09.13)
 海第23号の原稿を、読み直した。
 ホームページの掲示板で、海原稿の積極的な提出方を呼び掛けた。


 
R01.09.12(2019.09.12)
 海第23号の原稿に、詩2編を追加した。
 文藝春秋の総力特集に頷かされる。かの国は、どうして「こうも勝手で、我が儘で、いい加減で、何度も言いがかりをつけ、話をすり替え、罵詈雑言を投げてくるのか」というあたりは、中華思想の影響で、「日本を常に見下し、憎んでいる」ということ。そんなメチャクチャをしていることに気付かない、ということも・・。
 コメントをするのも億劫で、何を言ってもダメダという脱力感だけが残る。なにしろ、国の態をなしていないのだから・・。


 
R01.09.11(2019.09.11)
 海第23号の原稿を、見直している。
 文藝春秋を買ってきた。「総力特集『日韓断絶』」には、興味がある。反対に、ワイドショーの「韓国報道」にはあきれてものが言えない。
 朝日系の「日本と韓国のどちらを是とするか」の「言わなくても分かるでしょう」と言うコメンテーターには、開いた口が塞がらない。


 
R01.09.10(2019.09.10)
 海第23号の原稿を、おおまかに整理してみた。
 詩が2ページ、俳句が2ページ、小説が18頁という具合だが・・。もちろん、これから何度も読み返すことになる。


 
R01.09.09(2019.09.09)
 一つずつ進めて行こう、と俳句と詩をおおまかなかたちに仕上げた。


 
R01.09.08(2019.09.08)
 昨日、過日ジュンク堂のレジで受け取りを忘れていた本「俳句ハンドブック」を、サービスカウンターで貰い受けた。
 一気に読める内容であり、常に携行し、役立てたい本である。


 
R01.09.07(2019.09.07)
 日月神示というのがあり、記憶は正確ではないが、次のようだったと思う。
 それが、余りにも現在の世界情勢に当てはまるので、かなり気になる。
(予言の書であるから、科学的な根拠は何もないが・・)
・アメリカの力が失墜する。
・北から、多くの国が我が国を攻めてくる。
・天変地異が起きる。
・それは、かくもあるかなというべき、恐ろしい無惨な出来事である。

(追記)
 BuzzFeed Japan(News)という朝日にゆかりのありそうなニュースの9月7日の『「私は在日3世」。彼女は手を震わせながら、渋谷で聴衆の前に立った。』という記事、どこに向かって言う言葉だろう、と違和感が去らない。
 彼女は37歳の主婦のよう。
「日本で生活していたら殺される」「不安を抱えながら生活している」「私より若い世代、未成年、これから生まれてくる子どもがこの国で安全に生きていけるようにしてください」というスピーチのようだ。
 また、「社会が崩壊しようとしている時」という言葉にも首を捻った。どこの社会のことを指すのだろうと、まず最初に思った。
 この集会を主催した方も、かなりの筋金入りのようだし・・。
 朝日は、「お涙頂戴」から「お芝居作り」に、また方向を変えたのかな。


 
R01.09.06(2019.09.06)
 BuzzFeed Newsという朝日にゆかりのありそうなニュースで、「今こそ『嫌韓』あおり報道と決別しよう」 「韓国をめぐる報道で新聞労連が声明」という記事が目に止まった。なるほど、「責任は政府の主義主張の問題点」にあるという訳か。朝日らしい。
 この場合の「ヘイト」は「反日と嫌韓を混同している」ことから発しているのに、「労連が頑張る⇒反日を強化する?」と読めて仕方がない。
 片手落ちなのではないか、勘違いしているのではないか、と目を疑った。

(以下は抜粋)
日韓対立の背景には、過去の過ちや複雑な歴史的経緯がある。それにもかかわらず、政府は、自らの正当性を主張するための情報発信に躍起だ。政府の主張の問題点や弱点に触れようとすると、「国益を害するのか」「反日か」と牽制する政治家や役人もいる。
(中略)
今こそ、「嫌韓」あおり報道と決別しよう。
報道機関の中には、時流に抗い、倫理観や責任感を持って報道しようと努力している人がいる。新聞労連はそうした仲間を全力で応援する。


 
R01.09.05(2019.09.05)
 一昨日、昨日と手に入らなかった週間ポストが手に入った。
 朝日の執筆による「ハフポスト」の言う、「記事が差別扇動であることが見過ごせず、今後執筆を辞める」とか「小学館とは今後、仕事をしないと宣言した」という作家があった、というほどの内容かなと興味を持って読んでみた。
 タイトルこそ「『嫌韓』ではなく『断韓』だ」「厄介な隣人にサヨウナラ」というものであるが、「断韓」した場合どういう影響があるのかという考察が主である。それらは、通常の週刊誌が取り上げるレベルの内容であろう。
 ただ、後半の「怒りを抑えられない『韓国人という病理』」の方は、かつて韓国の「中央日報」が報じたレポートを元に、特有の「間欠性爆発性障害」といわれる病理の持ち主の行動について述べたものであり、これが「ヘイト(でないとは言わないが)」であり、「記事が差別扇動であることが見過ごせず、今後執筆を辞める」とか、「小学館とは今後、仕事をしないと宣言した」というほどのものかと首を傾げた。
 やはり、「NO JAPAN」だとか「ボイコットジャパン」などと、かの国でいつも叫ばれることの方が数倍も強烈ではないか、と思った。
 メディアの伝える内容は誇張表現が多いが、今回は同業者間の諍い、つまり嫌がらせのクレームを付けた、ということの方が妥当なのではないかと思った。


 
R01.09.04(2019.09.04)
 特記事項なし。


 
R01.09.03(2019.09.03)
 行き慣れないジュンク堂でのお粗末を。
 俳句の「歳時記・季語」が上手に載せてある本を求めて、TSUTAYAとBOOK OFFに行ったのだが、配架がどうなっているのか分からず、やむなくジュンク堂へ。
 さすがに新刊書は値が高い、などと言いつつ眺めながら、まあ身丈に合った本を探しレジに行ったのはよいが、「カバーをかけますか」とか、「カードは」といったやり取りをしているうちに、お金を払い、レシートはいりませんと言ったところまでは明確に覚えているのだが、電気コードを求めるには電器店までかなり歩かないといけないな、などと思案している間に、レジを去ったものとみえる。
 戻って、「買った筈の本がない」と手提げを何度も探すが、ない。これは途中で落としてしまったのだ、としか思えない。確かにレジに行ったのだから。
 小一時間考えたものの、念のためにジュンク堂に尋ねてみようと気を取り直し、掛けたところ、先方でも「渡しそこねて困っていた」という鄭重なお詫び。
 これはヤバくないかな。・・そう、わが勘違いのこと・・。


 
R01.09.02(2019.09.02)
 小学館の週刊誌、「週刊ポスト9月13日号」の韓国を扱った特集に対し、「ヘイトスピーチでは」との怒りの声があがっているらしい。
 特集の見出しは、「『嫌韓』ではなく『断韓』だ」「厄介な隣人にサヨウナラ」というものらしく、読んだわけではないが、これまで小学館に執筆したり関係してきた「作家」が、「記事が差別扇動であることが見過ごせず、今後執筆を辞める」とか「小学館とは今後、仕事をしないと宣言した」などと、ハフポストが伝えている。
 中身を承知しないままであるが、だったら、あちらの「NO JAPAN」のプラカードとか、「犯罪国日本の製品の不買運動」とか、一連の不快な行動は「ヘイト」ではないというのだろうか。これを伝えるハフポストは、「朝日」が執筆している。


 
R01.09.01(2019.09.01)
 拙い句を、いくつか作ったりする。


 
R01.08.31(2019.08.31)
 これから、詩と句にチャレンジしたい。


 
R01.08.30(2019.08.30)
 全作家から、掌編を提出するかという問いがあり、提出するとした。


 
R01.08.29(2019.08.29)
 同人誌関係の作品を読んだ。


 
R01.08.28(2019.08.28)
 京アニの犠牲者のうち10名の氏名については、8月2日に京都府警から公表されていたが、8月27日には残る25名の氏名が公表された。


 
R01.08.27(2019.08.27)
 はてさて、わが作品の方は忘れていた。
 毎日の鍛錬(?)は、文章の世界にも必要である。


 
R01.08.26(2019.08.26)
 読まねば、と積み上げていた同人誌関係の作品を読む。
 女流の方が生来向いているのか、優れていると思われる作品が多い。


 
R01.08.25(2019.08.25)
 私たちがやろうとしていることは、特定の政治信条を賛美したり、罵倒したり、特定の宗教への思いを語ろうとするものではない。
 もちろん文章による表現を行うのであるから、それらに全く触れないという訳にはいかないが、政治や宗教そのものを主目的とするものではない。
 よって、昨日のような特定の政治の方向に向かわせるため「文学を利用する」という姿勢は愚かであり、唾棄すべきものである。
 生きとし行けるものは、必ず死ぬ。その間の「生から死」あるいは「死から生」を巡る行程をどう上り、どう下り、どう喜び、どう悩むのかといった個々の問題を取り上げるのである。つまり、「生き様」や「死に様」自体を描こうとする。
 その他に目的などない、といっても過言ではない。


 
R01.08.24(2019.08.24)
 中央の詩の某誌から、次のような書面が届いた。普段なら黙って見過ごすところだが、昨日今日のGSOMIAのことがあっている中、「何が言いたい? そんな政治的、教条的な詩を書けというのか」と無性に憤慨している。
 
・今、この国の社会のあらゆる分野で、民主主義が破壊されようとしています。それは、立憲主義の否定です。→立憲主義の否定を誰が、今?
・安倍政権のごまかし、隠匿、忖度などの話題は新聞、テレビを賑わせていますが、それを北朝鮮、韓国、中国などを外敵とする脅威宣伝によって解消させようとしています。→何を言おうとしているのか、意味不明!
・天皇退位による元号改元や東北地震災害復興を詐称する東京オリンピックによって、新しい時代が来るのでしょうか?→詐称? 意味不明!
・私たちは「素晴らしい日本」に暮らしているのでしょうか? 国民の多数はそう思わないでしょう。→これも意味不明! 的はずれのお節介は止めてほしい!
・新しい詩運動のたたかいはこれからです。→??
(後略・書き写すだけで萎えてくる)


 
R01.08.23(2019.08.23)
 少々、制作意欲が湧いてきた。
 努力する人は、ちゃんと努力しているんだ。


 
R01.08.22(2019.08.22)
 小説30枚の見直しは10回以上。一応の上がりとする。
 40〜100枚にも取り組んでいきたい。


 
R01.08.21(2019.08.21)
 小説30枚の見直しは継続中だが、しばらく間を置くのも必要。
 他誌の作品などに目を通す。


 
R01.08.20(2019.08.20)
 小説30枚・・五、六度は見直したが、まだ足りない。
 タイトルからして、変更する始末である。


 
R01.08.19(2019.08.19)
 小説30枚・・一気に書き通せるかどうか、というところ・・を久しぶりに達成したが、ちゃんと見直しをせねばならない。
 二度も、三度も・・十度も、それは必要だ。


 
R01.08.18(2019.08.18)
 小説30枚・・一気に書き通せるかどうか、というところ。


 
R01.08.17(2019.08.17)
 小説30枚・・一気に書き通せるか、というところ。


 
R01.08.16(2019.08.16)
 小説30枚・・一気に書き通せるか。


 
R01.08.15(2019.08.15)
 小説30枚・・滑り出せたが、どうなるか。


 
R01.08.14(2019.08.14)
 取り敢えずは、小説30枚にかかりたい。


 
R01.08.13(2019.08.13)
 文藝春秋9月号を、ほぼ読み尽くした。ここまで読んだというのは自分でも経験がないのだが、確かに最近の文藝春秋は読み応えがある。
 芥川賞選考並びに、受賞作品の発表も文藝春秋ならでは。
 この号は「日韓問題」特集を、特に興味深く読んだ。このところの最近の動きまで内容に含まれているので、考えさせられた。
 アメリカトランプ大統領の動きも、興味深く読んだ。
 日中の対立も、深刻さを増しそうだ。
 ということで、この緊迫した情勢を誰が創り出しているのかは知らないが、憲法改正問題が表に出てこないことには収まるまい、という気がする。


 
R01.08.12(2019.08.12)
 芥川賞作品「むらさきのスカートの女」を読んだ、中途までは入っていけなかったが、所長との関係を疑われるあたりからはすんなり読めた。
 今村氏が、宮本輝氏の初期の作品に私淑するということでのシンパシーもあったかもしれない。しかし、芥川賞作品とは、こんなものかという疑問が残った。
 村田氏の「コンビニ人間」とは、大きな違いがあるように思う。
 まあ、文藝春秋社の独占事業だから、と思うことにした。
 他誌の方から、感想を求められていたので、書き送った。


 
R01.08.11(2019.08.11)
 小説の方は、何とかしたい。
 文藝春秋を買ってきた。芥川賞作品「むらさきのスカートの女」を読んでいる。
 併せて、私淑する宮本輝氏の初期の作品「こうもり」「夜桜」などを読む。気持が、吸い込まれていく。
 宮本氏の初期の作品を繰り返し読むが、こういう作品なら、「今生を賭けてもいい」と思うから、小説もバカにはできない。


 
R01.08.10(2019.08.10)
 小説も手掛けようとしている。


 
R01.08.09(2019.08.09)
 詩、句を少々手掛けた。
 「アメリカの鏡・日本」(ヘレン・ミアーズ)も読んでいる。


 
R01.08.08(2019.08.08)
 生活に追われる、とはこういうことなのか。
 ものが書けないのを、そういうふうに逃げようとする・・。
 おいおい、と自分に言いかけている言葉であるが。


 
R01.08.07(2019.08.07)
 寝ているときに、「かくかくしかじか」という作品内容に納得して、ならば書くぞと勢い込んでみたが、話が繋がらない。所詮、夢なのかと。
 雷雨でPCを長い時間切っていたが、これから20句に挑戦。
 「アメリカの鏡・日本」(ヘレン・ミアーズ)も読まなくては。


 
R01.08.06(2019.08.06)
 政治には言及しないが、索漠とした世情であるのは否めない。
 句は、さらに読み込んでみる。
 「アメリカの鏡・日本」(ヘレン・ミアーズ)は、現在の世情に当てはまる一冊であるかもしれない。戦後処理にかかる内容であるから。
 1946年、憎しみのと疲弊の中に世界はあったのだ・・。


 
R01.08.05(2019.08.05)
 政治への言葉遣いに関わりゆくことは、本意ではない。
 句を整理してみた。
 また、以前から手元にある「アメリカの鏡・日本」(ヘレン・ミアーズ)というかなり分厚い本を読んでいる。


 
R01.08.04(2019.08.04)
 言葉遣いの問題になるが、「盗人猛々しい」とか「いけしゃあしゃあと」などという使い方をすると、とんでもないことになる。気を付けたい。
 何が? なにが起きたのだろうと思うし。その実、罵りや乱暴狼藉がたくさん起きているようで。何か、とんでもない勘違いから生み出された激しい感情が渦巻いているようで、誰が何をしたというのだろう・・。
 これじゃあ、作品として成立しない。


 
R01.08.03(2019.08.03)
 暑さのせいにばかりしてはいけないが、38度はエグイ。
 戸外に一歩出ただけで、吐きそうになる。急いで水分補給。
 酷暑、炎昼、熱風などという句を作るものだから、暑い。
 第3回全国同人雑誌会議なる通知がきたので、各位に「単独参加」という方で検討いただきたいとの連絡をした。


 
R01.08.02(2019.08.02)
 反日、嫌韓という句を多く作ってはみたが、これは出せない。
 こういう時期に、このように「憎悪を滾らせる」ということがあっていいのか。その同じ今日、京都アニメの犠牲者35人のうちの10人の氏名が公表された。
 いやあ、なんとも残念過ぎることばかりだ。


 
R01.08.01(2019.08.01)
 猛暑を季語に一句、などとしゃれ込むつもりはない。
 しかし、目の前の光景が十七文字にはならない。難しい。


 
R01.07.31(2019.07.31)
 御笠川縁を歩きながら一句、などと悠長なことを言っている場合ではない。ハンパな暑さではない。立ち止まってカメを眺めていたが、目眩がしそうだ。
 歩道のアスファルトは、手持ちの寒暖計で路面を測ったら、あっという間に50度の頂点まで水銀柱が上り詰めてしまった。


 
R01.07.30(2019.07.30)
 天に恥じない、という言葉があった。
 しかし、これが「我に関すること」と思っていない連中が多い。
 新たな理屈を拵え、その仮定の理屈に照らせば「おかしいだろう」などと、公言する。いや、広言の方か。そして、口撃し攻撃する。
 実に巧妙に、綺麗に、ヒステリックにストーリーを拵えたりする。
 そんなこんなで、天に恥じないとまで言う。いやはや。


 
R01.07.29(2019.07.29)
 わが生い立ちから、文化というものを考えてみた。わが生い立ちが、極端に精神的に貧しい家庭(地域)にあったからか、文化や教養というものを「閉ざす」という方向であった。「楽しみをもってはいけない」「遊びをもってはいけない」「教養は心の弛み」「親や家に忠ならずして、何の技芸ぞ」と。
 そんな言葉の嵐の中で育った。これは、いまだに精神的な不毛に繋がっている。情けないやら、口惜しいやら、環境などの外野のせいにはしたくはないのだが、「知ると、知らぬ」とでは、人に接する場合にも大きな影響がある。
 大きな、広い心を耕すことなく、自分の都合によって、それなりの「正義の旗」なるカタチを担ぎ、他を罵倒する。なにか、ヤバクないか。「正義」の反対は「不正義」「悪」ということになる。こんな単純な理屈で攻撃する。ヤバイだろう。約束なんかできないだろう。それで何かをぶんどって、何にする?


 
R01.07.28(2019.07.28)
 しばらく、俳句と詩にかかってみたい。
 ほんの少しでいい。気持のこもった作品であればいい。


 
R01.07.27(2019.07.27)
 今日は、旅行中だった。


 
R01.07.26(2019.07.26)
 俳句と詩、などといっても簡単ではない。1つの句、1つの詩を作るのに、どれだけの積み上げが必要なことか。勿論、瞬時にできてしまうことや、才能の閃きを有した人にはそう悩むことではないのだろう。
 なんだ、こんな句ぐらい、こんな詩ぐらい、という内容の域に達するには、やはり非凡な才と、よじれるほどの努力は必要だと思う。


 
R01.07.25(2019.07.25)
 俳句と詩に入るつもりだ。
 カルチャー体験記というのも、いつか書いてみたい。大きく3回の経験があるから、書き分けていくのも意味があるかもしれない。
 同人誌をやっていくにも、カルチャーの体験というのは大切だと思う。


 
R01.07.24(2019.07.24)
 ようやく、寄贈いただいた作品への感想を書き、送った。
 第23号の方、散文は一応これでいいかもと・・。


 
R01.07.23(2019.07.23)
 海第23号の作品の方に、気持を切り替える。
 どうしても、過去の作品の方に目がいく。新しい作品の開拓もしなければならない。となると、半端ではいけない。
 現代につながる作品、これなのだけれど。


 
R01.07.22(2019.07.22)
 海のホームページの更新をする。
 そろそろ、次の準備にも入らねばならない。


 
R01.07.21(2019.07.21)
 雨の方に気を奪われて、読むことにも書くことにも入れずにいる。
 なんたって、「レベル4」という警告が出ているのだから。


 
R01.07.20(2019.07.20)
 毎日の生活に追われ、(こういう場合は)活字を読まない。
 という、だらけたというか情けない状態にある。
 進んでそうしているわけではなく、どうしても生活が先になるもので。


 
R01.07.19(2019.07.19)
 いただいた評や感想が溜まってきた。
 交流掲示板には、これらを詳細に掲載しているが、ホームページの方も更新しなければならない時期だ。


 
R01.07.18(2019.07.18)
 自分でも「奇妙な詩」の部類だと思っていた「未来から」「未来へ」が、西日本詩時評で紹介された。ありがたいことである。
 昨日、第161回芥川賞に今村夏子氏の「むらさきのスカートの女」が、直木賞に大島真寿美氏の「渦 妹背山婦女庭訓 魂結び」が決まった。


 
R01.07.17(2019.07.17)
 全作家短編集第18巻が送られてきた。
 じゅん文学や文藝軌道など、他誌の作品を読んでみる。良い作品に出会うと、嬉しくなる。各地に、同好の士がいるものだと励まされた気分になる。


 
R01.07.16(2019.07.16)
 同人誌関係から、ずい分遠ざかっている。
 病院の待合の時間に、「朝日新聞との対決」という本を読んだ。


 
R01.07.15(2019.07.15)
 一念発起、いただいた評や感想を、ホームページのニュース欄に掲載した。
 これらは、わたしたちの今後の参考になるものだ。


 
R01.07.14(2019.07.14)
 外に出かける状態ではないが、海懇談会を呼びかけているので天神へ。
 獏の屋根裏定食はいける。コーヒーの味がまたいい。


 
R01.07.13(2019.07.13)
 明日は海の懇談会。これまで3回続けて、中止にした。
 今回また、妻の状態が状態だから、出かけられるだろうか。


 
R01.07.12(2019.07.12)
 なにやかやに取り紛れているうちに、寄贈誌が届いている。返事が書けないなあ、と思いつつ日延ばしにしている。
 ペンの会費を振り込んだ。


 
R01.07.11(2019.07.11)
 特記事項なし。


 
R01.07.10(2019.07.10)
 新聞社から電話をもらった。どういうことになるのだろうか。
 海第22号の感想も届いている。


 
R01.07.09(2019.07.09)
 海第22号の作品に対し、懇切な評をいただいた。
 交流掲示板に掲載しているので、関係の方はお読みいただきたい。


 
R01.07.08(2019.07.08)
 海第22号の作品に対し、文芸同志会から懇切な評をいただいた。
 交流掲示板に掲載しているので、関係の方はお読みいただきたい。


 
R01.07.07(2019.07.07)
 海第22号の作品に対し、懇切な感想をいただいた。
 交流掲示板に掲載しているので、関係の方はお読みいただきたい。


 
R01.07.06(2019.07.06)
 一連の流れの中にあり、「儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇」(ケント・ギルバード著)を読んでいる。
 海の拙作「未来から ほか」が面白いという意見をいただいた。「暗号とは何だろう」というところだそうだ。自分の中には、おおまかな答えはあるのだが。でも、それは・・。


 
R01.07.05(2019.07.05)
 「いい加減に目を覚まさんかい日本人!」(百田尚樹、ケント・ギルバード著)も、なるほどなあと読んだ。


 
R01.07.04(2019.07.04)
 百田尚樹著「今こそ韓国に謝ろう そして『さらば』と言おう」を読む。
 なるほどなあ、と思った。


 
R01.07.03(2019.07.03)
 2019年「文藝年鑑」が送られてきたので、代金を振り込む。
 積み上げた本の中から、少しばかり読む。
 「本当は世界一の国 日本に告ぐ 大直言」「やっと自虐史観のアホらしさに気づいた日本人」(いずれも、ケント・ギルバート著)を1日半で読んだ。
 最近のモヤモヤが、かなり晴れそうな気がする。


 
R01.07.02(2019.07.02)
 特記事項なし。


 
R01.07.01(2019.07.01)
 特記事項なし。


 
R01.06.30(2019.06.30)
 特記事項なし。


 
R01.06.29(2019.06.29)
 海第22号作品に寄せられた感想などの要旨を、ホームページに書き込もうと思うのだが、身辺がザワつき過ぎて、出来ていない。
 できるだけ、溜めないようにさばいていきたい。


 
R01.06.28(2019.06.28)
 身辺は散らかったままなのだが、やらねばならないことを。
 海の会計報告ができる段階にまできたので、一念発起、半日掛けて報告書を作成し、発信、発送を済ませた。
 ここまでが1号の仕事であるから、やれやれというところ。


 
R01.06.27(2019.06.27)
 海作品への感想が届いている。
 こうやって繋がっていることを、今ほど有り難く思うことはない。


 
R01.06.26(2019.06.26)
 海への感想が、数件届けられている。ありがたいことだ。
 そのうちに、ホームページで要点などを紹介したい。


 
R01.06.25(2019.06.25)
 全作家へ、理事辞退の願いを出した。なんとか、お願いしたい


 
R01.06.24(2019.06.24)
 温かい感想をいただいた。厳しい感想も多くいただいたりするのだが、やはり温かいものは気持がなごむものだ。
 勿論、甘えてはいけないのであるが。


 
R01.06.23(2019.06.23)
 インターネットが使える間にと、大急ぎで海ホームページの更新を行ったが、うまくいっているのだろうか。
 作品について、1〜2の感想も届いているが。


 
R01.06.22(2019.06.22)
 昨日は、構えて海のホームページの更新を行っていたが、夕方からインターネットへの接続が出来なくなった。
 今日こそは、更新をと思っている。


 
R01.06.20(2019.06.20)
 海のホームページの更新をするつもり・・である。


 
R01.06.19(2019.06.19)
 あれやこれやで、海のホームページの改訂もできずにいる。
 いただいたメールに対する返事もできずにいる。


 
R01.06.18(2019.06.18)
 特記事項なし。


 
R01.06.17(2019.06.17)
 海の発送作業を行う。3時間10分の作業時間だった。
 これがなければ、始まらないのだが・・さすがに、たいへんだ・・。


 
R01.06.16(2019.06.16)
 明日の、海発送をまずこなさねばならない。


 
R01.06.15(2019.06.15)
 海発送書類などの印刷をする。


 
R01.06.14(2019.06.14)
 海発送用の準備をした。
 手元の本など、読めず。


 
R01.06.13(2019.06.13)
 特記事項なし。
 読むべきと思った本が、山をなしている。


 
R01.06.12(2019.06.12)
 今日は、海の関係には至らず。
 届いていた受贈誌を、ホームページに掲載したのみ。


 
R01.06.11(2019.06.11)
 海の発送は、17日ということに。
 田舎に帰っていたため、出遅れの感あり。


 
R01.06.07(2019.06.07)
 海の資料(7月の懇談会も含めて)を作成する。方々の関連づけをチェックする必要があり、発送日も確定しないと本当の作業に移れない。
 本来はこの欄で書く内容ではないのだが、メディアなどの情報の関連で、こちらに書いている。悪いこと、というべきことになるが、最近高齢者の運転ミスによる大事故が連鎖的に多発し、次々と幼い命などが奪われている。
 親による実子の虐待死が、止まらない。
 引き籠もりを落ち着かなくさせる、気運が止まっていない。ここでは、虐めや、先天性障害という要素も語られ始めている。
 政治も定まっていないし、周辺国の動きも厄介である。
 などと書き出すと、ブルーな気分からなかなか抜け出せない・・。
 まさに、梅雨間近・・いや、梅雨本番である。


 
R01.06.06(2019.06.06)
 海の発送準備をした。次号の「投稿・冊子作成要領」を完成させた。次に、一般への文書を作り、同人あての文書も作った。
 送付先一覧を完成させ、ラベルの印刷が出来るまでの作業を終えた。
 という準備をして、発送前日、当日を待つことになる。
 昨日の「この世のことはわからない」の書き込みは、現在の世情がいかに歪んでいるのか、日々考えさせられている。この令和への改元、改元の儀式、メディアの報道、それを受けてのわれわれの動きが、「選り分けられていく」ような気がする。
 我が国の立ち位置、周辺国の動きの激しさ、それは目を瞠るほどの大きなうねりの中にあるのではないかと、真実思わされている。
 この約10年、新聞・雑誌、WEBでのニュースなどについて、自分のPCに5,000頁をゆうに超えるほどのコピーや書き込みを行ってきた。
 それらを見るに付け、「極端すぎる」ほどの国々の動きがあり、同じ事項を伝えるに「まるで異なった」視点の表現がなされているのを体感している。
 万葉集一つをとっても、大切な国書であるのにも拘わらず、政治利用だなんだという類の情けない伝え方や、受け取り方がなされている。
 言えることは、「特別に今、人間がおぞましい」という感をもつ。


 
R01.06.05(2019.06.05)
 海の発送準備に入る。ラベル確認、印刷、文書作成ときて、次号の「投稿・冊子作成要領」の作成になる。
 入金状況も、確認しなければならないのだけれど。
 ところで、わが海には「極端な政治主張や、極端な宗教の主張は持ち込まない」ことを第一義としている。
 そこに、この間、他誌が送られてきて、全てではないが「メディアの論法=学界的論法=反日=中朝韓への理解=政権打倒=選挙制度の不備=平和憲法=平和」という編集後記やコメントが掲載されていたりする。となると、慰安婦も、徴用工も、レーダー照射も全て野放しだという訳か・・となると、隣国の主張が「正しい」という訳なのか。つまり、1965年の日韓基本条約はなきものだ、という訳か。
 万葉集も、政権の宣伝の具だとか、借り物だとか書いてあるし・・。
 発行日も、西暦を用いている例が多いなあ。
 これらは勿論個々の誌により、自由設定の域に入るのだが。
 このような説がどこに行くものかはわからないが、同人誌も新聞の論説を読まされるということになっているのか・・。その例示もある。「先の大戦から帰還してきた先輩たちが、『戦争は絶対に嫌だ』と言っていた」とのことが、上のような「論法に繋がるものか?」は、我々には本当に理解できていることなのだろうか。
 素朴な疑問のつぶやきの表現が、過ぎたかもしれない・・。
 わからない・・。この世のことは、よくわからない。


 
R01.06.04(2019.06.04)
 海の校正に出向いた。正味、約2時間の作業だった。
 ケント・ギルバート氏の書は、WGIPの解説をメインに、現在の我が国の政治やマスコミなどの歪みの現況が、実に判り易く書いてあり、感動ものだなと思った。米国のもくろみだったWGIPがあまりにも我が国に大きな影響を与え過ぎて、当初のもくろみから大きく外れ、我が国内に共産主義を呼び込んでしまい、故に現在の中朝韓によるクレームを産み出してしまったというあたりは、実に今日の問題となっている。
 これは、ケント氏とは関係のない他の本であったが、ウクライナの学者の「平和は願うだけでは実現しない」という屈辱の体験談が、印象に残った。これは、我が国の今日の問題に切実な問題を投げ掛けているのだろうと思う。
 それは、チベットやモンゴルなどにも言えるのではないだろうか。


 
R01.06.03(2019.06.03)
 昨日の集まりの中で、「文芸思潮の評は、海の分もあった」ということを教えてもらった。見落とすというか、最初からないものと決めていたのだった。
 で、おずおず調べてみると、あった。かなり細かく、具体的な評をいただいている。さっそく、該当ページをスキャンし、連絡掲示板に掲載した。
 今後の、関係者の励みになってほしいものである。
 明日は、海の校正作業に出向く予定である。


 
R01.06.02(2019.06.02)
 午後は、北川晃二氏を偲ぶ会に出た。こういう場には、この2年間出ていない。そのため、出席者の見分けがつかず、とまどった。
 北川氏が亡くなり、25年が経ったのだ。
 出席者も一様に歳を重ねているのだが、逆に90歳前後の高齢の方が辺りを圧するほど元気でおられる姿を、見せ付けられたことだった。


 
R01.06.01(2019.06.01)
 何冊か読んでいると、WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)という言葉によく出会う。ウイキペディアで調べてみると、文芸評論家の江藤淳氏が、その存在を主張した太平洋戦争(大東亜戦争)終結後、連合国軍最高司令官総司令部による日本占領政策の一環として行われた「戦争についての罪悪感を日本人の心に植えつけるための宣伝計画」とある。氏によると、WGIPという名称は、GHQの内部文書に基づくものであるという。
 つまり、日本を弱体化させるために、WGIPを用い、占領軍を使って日本国民に幅広い洗脳活動を展開したとされる。その結果、戦争責任を日本に押し付け、戦後復興の中で、日本人に猛烈な自虐史観を埋め込んだ、ということらしい。
 思えば、憲法も、教育方針や内容も、今日の問題である少子化政策なども、その策略によるものだと言わざるを得ない。
 なるほどなあ、と今になって思い当たることが多い。
 これは、謙虚で真面目、と言われる現代の日本の国民性の大方をつくった(?)ということになるのかも知れないが、周囲の国から「謝罪をしろ」と再三に亘り、理不尽に絡まれるのも、こういう内向きの国民性と、自虐史観により立ち止まらざるを得なくなった習癖を、巧みに突かれているのかもしれない。
 WGIPを仕向けてきたその米国と、現在最も近い同盟国とされるのも、歴史というものの面白さ(?)というべきものであろうかと、考えざるを得ない。


 
R01.05.31(2019.05.31)
 やはり、メディアが王様のようだ。
 先に結論を作っておいて、それを説明するためのデータを見せたりするが。そんな姑息なメディアに道を作られる政治も、生活も、情けない。
 それに、論説委員などの役割も大きい。エリートと呼ばれる人々は、なんとも頭がコチコチだったりするからムツカシイものだ。
 また、ポピュリズムというのもよく分からない・・。


 
R01.05.30(2019.05.30)
 特定のメディアの記事を追っている訳ではない。ただ、1つの事象が、角度によって幾通りにもとらえられるのだ、ということを感じている。
 この1か月の出来事さえ、自分にもよく飲み込めていない。
 となれば、教科書で学んだ歴史など、どういう筋を選り、書けばああなるのだろう、という疑問が湧いてくる。やはり、「この世は幻なのだ」とは言わないが・・。


 
R01.05.29(2019.05.29)
 メディアの報道の時系列などを読んでいくと、興味深い。
 今日も、注文していた本が2冊届いた。
 戦後のわが国では、なかなかのドラマが演じられている。自分もそれらの時代の中にいた筈であるが、整理がなされていないからお粗末だ。
 しばらくは、令和を中心に、調べていくことにしたい。
 文芸思潮のまほろば賞候補6作は、大方が中部圏から出ている。


 
R01.05.28(2019.05.28)
 海を発注したことで、ぼんやりしている。
 AMAZONに注文していた「反日日本人の正体」という本がまず届いたので、目を通している。内容は、主として朝日新聞の報道に紙面が割かれている。
 半島問題や、令和への代替わりで、メディア各紙の報道内容がかなり異なっており、参考資料として興味深く読めそうである。


 
R01.05.27(2019.05.27)
 海の原稿を、花書院に持ち込んだ。
 順調にいけば、約1週間後の校正を経て、6月中旬の発送となる。


 
R01.05.26(2019.05.26)
 海の原稿の最終確認を終え、明日花書院に出向く予定。


 
R01.05.25(2019.05.25)
 海の原稿の最終読み込みと、データの確認を行っている。
 1字1句を読み通してみると、「てにをはの誤記」「明らかな人名の誤記」「漢字と数字の『テン』の混同」など、まことに些細なことながら「やはり見逃せない誤記」などが、かなり多く見受けられる。表紙の1枚目から裏表紙までの原稿を読み通し、順調にいけば来週早々に、花書院に原稿とデータを持参する予定である


 
R01.05.24(2019.05.24)
 誤記確認の資料が全て戻ってきたので、自分も最終確認に入る。
 届いた資料に沿ってデータを修正し、全体を見直すことになる。


 
R01.05.23(2019.05.23)
 寄せられた「誤記など」と思われる字句などを読み返し、訂正をした。
 この作業は、100点満点とまではいかないまでも、作者の目に加え、さらに3人の目で捉えるという「うっかり誤記など」の訂正である。
 原稿は、それぞれの個性を持つ作者が書くので、その個性を奪うことなく、本当の見逃し(登場人物の名前の誤記、明らかなてにをはの誤記など)を確認し、あれば訂正するというものである。やはり、かなり出て来るものである。


 
R01.05.22(2019.05.22)
 WEBで確認の委員からは、早くも結果が寄せられた。
 追加頒布の部数訂正や、配布先の訂正があった。
 全体の割付が終わったので、自分の分の同人費額を納付してきた。


 
R01.05.21(2019.05.21)
 海第22号の原稿をプリントアウトし、担当者に送付した。WEB上での確認依頼は、昨日済ませている。うまくいっているのかどうか、楽しみではある。
 頁組みは、予想どおり130頁となった。


 
R01.05.20(2019.05.20)
 海第22号(通巻第89号)の原稿締切となり、目次、頁を確認した。
 WEB上での「誤記など確認」依頼をし、プリントアウトした上での確認依頼を、明日発送する予定である。そのプリントアウトをし、準備をした。
 それらを統合し、最終読み込みを行い、印刷所に持ち込む予定。


 
R01.05.19(2019.05.19)
 海の目次(暫定)を作った。目次に従って、頁も入れることになる。


 
R01.05.18(2019.05.18)
 海の方は、今の段階で目次を作ってみた。目次を作るときの悩みは、作品の大方を知っていなければならないことと、見開きの頁を基本とした組み方を考えているので、作品が奇数頁であるか、偶数頁であるかで、並び順が変わるということだ。
 また、3種目まで書けるようにしているので、Aの詩の後に、すぐAの小説が来ないようにという配慮もしている。それによっても並び順が変わる。
 そういうことでの目次となるのだから、理解を得たいと思う。


 
R01.05.17(2019.05.17)
 海の原稿は、ほぼ出揃った感じである。
 現在の状態で冊子組みを算定してみたら、130頁見当になる。


 
R01.05.16(2019.05.16)
 昨日留守にしていたお蔭で、海の原稿のフォーマットに追われた。今号は「すごく良い」という作品はないかもしれないが、レベルは揃っているだろうと思う。
 ただ、前号で連載が一挙に3作終わってしまったため、ボリュームがやや少ない感じはする。最初に予想していた140頁には、及ばないことになろう。
 まあ、このあたりが適度なのではないかという見本だろうか。


 
R01.05.15(2019.05.15)
 船の中で、文藝春秋の残りを読んだ。
 少子高齢化と移民の記事が、急に切実なものに感じられてきた。
 中高年の引き籠もり100万人の現実、の記事も。


 
R01.05.14(2019.05.14)
 文藝春秋によると、わが国の少子高齢化の度合いはかなりの危険値にあるらしい。高齢者は増すものの、生産人口が極端に減っていくため、現在の生活が成り立たなくなるという。生産、運搬、医療、介護、サービス部門などで、たちまち崩壊が始まるという。ゆえに、自治体の半数が消滅の危機にと。これは、数年後の話だ。
 全国の住宅の3戸に1戸が空き家になり、都市圏でも限界集落が見られるようになるとあるから、〔令和〕が果たして安穏な時代であり得るのだろうか。


 
R01.05.13(2019.05.13)
 海の原稿が入ってくる。すぐにフォーマットし、校正依頼をする。
 全作家の校正がきたので、目を通すとともに、経費を納入するために郵便局まで歩いた。校正の方は、もう一度見返し、明日送付の予定である。
 文藝春秋の冊子は、なかなか読み応えがある。


 
R01.05.12(2019.05.12)
 海の原稿が入れば、対応する。
 文藝春秋、6月特別号を読んでいる。令和の未来年表などもあり、内容が広く、深い。令和の名称に至る「裏話」など、興味は尽きない。


 
R01.05.11(2019.05.11)
 海の原稿が複数入った。フォーマットをするのに、中身にザッと目を通す。そうしないと、やはりポカが出るということを体験で感じている。
 いま、なかなか良い作品が出されていると思っている。


 
R01.05.10(2019.05.10)
 海の原稿が未着の間に、資料などを作る。
 あとがきも、代替わりだし、それらしいものをと思うが、同人誌は作品で成るのであるから、他の部分で気の利いたことなど必要もないだろう。
 と、肩の力を抜くことにした。


 
R01.05.09(2019.05.09)
 海の原稿が寄せられつつあり、届いた作品はすぐにフォーマットし、作者に校正の依頼をしている。
 あと10日の間に、どれだけ寄せられるか。今回は長い連休が挟まったお蔭(?)でか、出方が遅れているようだ。


 
R01.05.08(2019.05.08)
 海の原稿の状況を打診した。
 原稿が寄せられてきた。
 この間、歯科や眼科に行っていた訳で、眼科ではかなり深刻なことを言われた。これで・・編集担当?・・ままよ、編集が先だ。
 と、気持は二転、三転。でも「なんとかなるさ」の方に向き直った。


 
R01.05.07(2019.05.07)
 PCのフルスキャンをした。海に寄せられてくる原稿のために、環境を整えておこうという仕儀が、とんだハプニングに!
 なんと、スキャンを終えて、いつものファイルを開こうとしたら、「内容が開けません」というメッセージ。HDを開いても、内容がカラッポで、「内容を開くどころではない」のだ。震えた。冷や汗が噴き出した。
 これまでに受けた原稿、これまでに発行してきた全21号分の原稿も、資料もない。となると、まずスキャンをしたウィルスソフトの会社に尋ねることに。ここでは、共に、細かく追跡調査をしてくれたが、「異常はない」とのこと。
 ママよ。と思う前に、大事な原稿などの資料が入っているのだから、ここはこの方面に詳しい上水氏に尋ねることに。氏はゆっくり聞いた上で、「再起動で大丈夫だろう」とのこと。して、見事復活、イヤハヤでした・・どうも。
 他には、「バックアップをとってください」といつも言いながら、いざとなってはこういう羽目に。やはり、手を抜いたらいけないということ・・。
 気鬱のままに、以前読んだ「シルバーバーチ」を読んでいる。これを読むと、われわれ個々のこと、仕組み、大きな存在の考え、その様などが、自分にはよく理解できる。「スピリチュアリズム」と言われる、内容であるが。


 
R01.05.06(2019.05.06)
 久しぶりに、午前中、海の原稿が寄せられた。
 今のペースだと、140ページは「皮算用」になるかもしれない。しかし、連休が明ける明日以降の状況に期待しよう。
 なにしろ、この連休中は、めったに郵便も届かないのだから。


 
R01.05.05(2019.05.05)
 ホームページを更新した。やはり、聖書を読んでみよう。
 この頃は、都府楼跡に行く度に次のことばを見ている。
 「キリストの再臨は近い。聖書」


 
R01.05.04(2019.05.04)
 特記事項なし。


 
R01.05.03(2019.05.03)
 海の受付期間や、同人費などについて連絡をした。
 ホームページの更新を行った。
 中丸薫氏の本を読了、「本当ですか?」という点もいくらかあったが、世界観というか、捉え方は大筋では的を射ているのだろうなと思った。確かBOOK・OFFで買っていたものであろうが、目立つところに置いていたから目を通した。
 こういう出会いもあるのかな、と思った。


 
R01.05.02(2019.05.02)
 海の受付を開始したが、出足が鈍い。
 タイトルに惹かれ、手元にあった中丸薫氏の本を読み始めた。


 
R01.05.01(2019.05.01)
 海の原稿受付を開始した。
 他誌の作品を読んだ。心惹かれるものであった。


 
H31.04.30(2019.04.30)
 イラストの寄せられた詩にイラストの貼り付けを行い、校正を依頼した。
 その他、詩、俳句などに目を通した。海も本番となる。


 
H31.04.29(2019.04.29)
 今日は、次の大伴旅人の歌に尽きてしまう。
 我が園に梅の花散る久方の天より雪の流れ来るかも


 
H31.04.28(2019.04.28)
 発達障害関係の本を数冊読んだ。ということは、決して嬉しいことではないが、目の前に迫っていることであるのでやむを得ない。
 このことでも、ずい分お付き合いのことを粗略にしている。
 海の原稿は、作業に入っている。
 富岡多惠子氏の「三千世界に梅の花」を、読み終えようとしている。


 
H31.04.27(2019.04.27)
 名文を書かない文章講座に出席した。
 耳に残ったのは、(1)持分野があれば、書き溜めておく、(2)そのためには、資料・種本などを持つことも必要、(3)自分なりの世界観を持って書く、(4)私はこういう『意味づけをしたい』というところまでは書く、(5)例え分からなくても、『こうではないだろうか』というあたりまでは書く、(6)つまり、読者を誘うというところまでの責任を持つ、(7)総合のテーマ、部分のテーマを持ち、全体を一色にまでは染めない、(8)日頃の観察が大事、というあたりだっただろうか。
 なかなか、難しいものである。
 海の原稿の方は、イラストなどが届いたので、本番に入ることになる。


 
H31.04.26(2019.04.26)
 マレーシアの首相であるマハティール・モハマド氏の「立ち上がれ日本人」という本を、一度流し読んだだけで、まだ語る資格はないが、簡単な印象を。
 タイトルからすると、「すわ、右偏向の書か」という誤解を与えてしまうかもしれないが、「日本人には、先人の勤勉な血が流れている。自信を取り戻し、アジアのため、世界のためにリーダーシップを発揮してほしい」というもので、叱咤激励のメッセージである。「いつまで米国の言いなりになり続けるのか、なぜ欧米の価値観に振り回され、古きよき心と習慣を捨ててしまうのか。一体、いつまで謝罪を続けるのか、若者は何を目指せばいいのか」という、文言が表紙裏に書かれている。
 氏は、20世紀前半に祖国が日本に統治されたことへの反発から政治に目覚めたが、戦後の日本の復興の姿を見続ける中で、「日本人の能力」「日本人の技術力」「日本人の経済力」などのすばらしさに感動したとある。
 目次だけを拾ってみても「日本人よ誇りを取り戻せ」「アジアはいつも日本を仰いでいた」「知識教育を怠るな」「日本人よ盲従するなかれ」等々で、「広島や長崎を経験した日本が、真っ先に米国のイラク攻撃を是認することに驚いた」というように、厳しい目でも日本を見ている。そして、「日本はいま、羅針盤を失っています。・・人の心がゆがみ、若者が夢を失っているのです。・・大人になってもいいことなんかないと退廃的になり、欲望のおもむくままに行動しています。その悲鳴を大人たちは受け止めているのでしょうか。日本はまさに、大人が手本を示せなくなってしまった国に成り下がっています。・・あなたたちには、日本人の血が流れているのだから、誇りに思いなさい」
 と、これは、マレーシアを訪れた都立高校の修学旅行生に対し、氏が行ったスピーチが元になっている。茶髪の高校生たちは、その言葉に「こんなことを言ってくれる日本の政治家はいない」と感激したとある。
 マハティール氏は、この書が書かれた2003年までに20年以上の第6次にわたる首相を務め、50回以上日本を訪れ、「ルック・イースト」という政策をとってきた。氏は2018年に、90歳代で再び首相に就任している。


 
H31.04.25(2019.04.25)
 今日はお休み。


 
H31.04.24(2019.04.24)
 他誌には目を通している。富岡多惠子氏は村田喜代子氏のお勧めだ。
 ネットの記事(日米中韓朝露の記事やニュース)は、コピーして2,500ページを越えて保存している。一読しただけだから、自分に理念の生まれようもないが、現在がたいへんに混迷した時代であることだけは確かだと思う。
 左派の記事、右派の記事、キリスト教の記事、イスラム教の記事、仏教の記事、神道の記事、ブラックホールの記事など、範囲は広いが、自分の定見は持ち得ずにいる。というか、メディアや政治が、なんとも「声高で、五月蠅い」という気にはなる。
 是々非々だ、と言うと叱られるかもしれないが。


 
H31.04.23(2019.04.23)
 他誌に、お礼状などを出した。名文講座の原稿も出した。
 ささやかながら、寄付金も送った。
 ホームページの更新も行った。


 
H31.04.22(2019.04.22)
 他誌の作品を読む。身につまされることが多い。身につまされるから、感じるところも多い。深く考えさせられる。
 これまで、この宝の山の方は置いて、既成作家の作品ばかり読んでいた。
 海第22号の作品も、そろそろ集まりだした。受付前であるが、現在70ページほどには至っている。140ページぐらいにはなるのだろうか。


 
H31.04.21(2019.04.21)
 他誌の作品を読む。最近は、できるだけ読ませていただく。
 半年に50誌ほどが届くものだから、この頃はかなり手抜きをしていた。感動する作品が多いのも、同人誌ならではであり、それぞれの工夫や意欲がよく見える。
 こうやって読ませていただくことが、わが編集作業人自身の糧にもなるのだということが、ようやくわかりかけてきたのかもしれない。


 
H31.04.20(2019.04.20)
 他誌をいただいたお礼を兼ねて、作者の2作の感想を書き、送った。
 なかなかよい作品で、時代ものあり、現代ものありなのだが、筆がしっかりしていて、読み応えがあった。なにより、明るいのがいい。
 時代ものの方は、時代考証もしっかりなされていて、内容は現代の物語に通じる内容。現代ものの方は、短歌を挟むという、ともすれば短歌に奪われがちなところを、簡潔で気配りの聞いた文章がきちんと補い、佳作だなと思った。
 目線の高くない、平易な表現で貫かれた作品に、癒やされた。


 
H31.04.19(2019.04.19)
 一度に、3誌が送られてきた。富岡多惠子氏の本も送られてきた。
 他誌の作品を読む。なかなかいい作品だと思う。昨今の芥川賞作品などより、よいと思われる作品がいくらもある。
 二つを分けるのは、「持って生まれた運」だけだろう。つまり、どちらも劣らないのである。が、一方は喧伝され、一方は同人誌作品だと低くされる。そんなことが問題ではない。「幻の世に、高く評価されたり、されなかったり」など、たいしたことではないのだ。高く評価されることで、舞い上がってしまう者もいる。
 そういう手合いには、今舞い上がらせておけばいい。マスコミの寵児ともてはやされるのもいい。要は、いつか自然に立場が変わったりするものだ。
 たまには、自分の作品を「より高く売ろう」などという連中もいる。驕り、高ぶり、自分の人格まで変えてしまう連中もいる。


 
H31.04.18(2019.04.18)
 他誌の作品を読んでみた。なかなかいいものだ。特に、女流の作者を多く抱えている誌には、海とは異なる繊細さと、ゆかしさを感じる。
 女流の作品は、細部までよく描かれ、感性が優れている。
 そう認めた上で、全体を見渡す。
 それぞれ、ホモサピエンスとしての、精一杯の表現をしている。どちらに軍配を上げようかとも、上げたいとも思わない。勝ち負けなどない。
 金子みすゞではないが、「みんなちがって、みんないい」のだ。


 
H31.04.17(2019.04.17)
 最近の世情を見るに、「我よし」の主張が、どんどん強くなってきたのではないかと思えてならない。
 世にあって、君臨していようと抑圧されていようと、そもそも、「存在」は果たして望ましいものであるのだろうか。つまり、「我の存在」「人間としての存在」「地球住人としての存在」「宇宙住人としての存在」という存在のことである。
 よしんば、いたしかたないものであるのだとしても、「我よし=他はよくない」という『「yes」or「no」』であっていいのか、『「白」か「黒」』かだけであっていいのか、これは『「傲慢」であり、「不遜」である』のではないか。
 ホモサピエンスの歴史は、「(38億年前)とも(600万年前)とも(250万年前)とも(20万年前)とも(1万6000年前)とも(5000年前)とも・・」定義のし方により異なるが、まあ我々の存在はこのあたりにあるのだという。
 はるかな昔といえばそうともとれるし、ほんの今といえばそうもとれる。
 こんなホモサピエンスが、「ニンゲン」となり、「おおいに世を騒がしているらしい」のである。しかも、「白か黒か」という単純な仕切りで。

 と、こういう理詰めの話には弱いので、書くとボロがぞろぞろ出るだけであるが、私には「ホモサピエンス=ヤドカリ」という考えの域を出ないので、「ヤドカリが増長して、いがみあう」ことが、何者かに対してなのかはわからないが、ただ「申し訳ない」の一言である。例えるなら「うちの出来のわるい子供が乱暴狼藉をはたらきまして」という、手合いのことに近いのであるが。
 その奥には、「ヤドカリの存在を許してくれた」存在への申し訳なさ、をひたすら感じるものであり、「増殖し、増長してはいないか」と囁かんとする存在からの言葉が、いつ発せられるのだろうか、ということと重なるのである。

 ともあれ、ニンゲンたちは、今日も狩りに出かけ、相手のニンゲンたちの息の根を止めるのを日々の糧にしているかのようである。もちろん、共に存在するドウブツやショクブツや、山や川や谷もろともを刈り取り、粉砕しようと・・。

 ここらで止めねばならない。私も、分からないことを書くのは天に唾するような仕儀になってしまいそうである。ただ、「恩を仇で返すことだけは止めたい」という一念で、・・いや、そんなわが妄想であれば、嬉しいのであるが。


 
H31.04.16(2019.04.16)
 名作を書かない文章講座の、次回作品を準備した。
 海のホームページの更新をした。


 
H31.04.15(2019.04.15)
 最近、世の中が浮ついているように見えるのは私だけだろうか。
 なんだか、感動が薄いな・・と。いらついているせいかも。
 奇妙に、目覚めはよくなっている、が、とも。


 
H31.04.14(2019.04.14)
 海のホームページや、交流掲示板の更新をした。
 更新をしても、殆どの同人の目に触れてはいないようで・・。
 だから、どうしようたって、どうしようもないものは仕方がない。
 空しさの方が、最近は残って仕方がない。
 富岡多惠子氏の本を注文した。


 
H31.04.13(2019.04.13)
 名文を書かない講座に出席した。興味深かったのは、「考えること」ということで、「考え続けていれば、降ってくることがある」というものだった。
 これには、賛意を述べたい。「考えに、考えて、とことんまで考えていると」、ひょんなときに「閃いてくる」というものだ。
 やはりこうだと思う。安易に手に入るものは、実際ないのだ。


 
H31.04.12(2019.04.12)
 4月1日、〔令和〕という新元号が発表された。新元号が始まるのは5月1日からであるが、ここ太宰府は大騒動の様相を呈している。
 新元号の典拠がどうの、政権がどうのなどという外野席の声は聞こえてくるが、こちらはそんなことに構ってはいられないということのようだ。
 幸い、万葉の歌碑は随所にあり、市内にはゴミもない。都府楼の大きな空間の樹木や芝も綺麗に整えられているが、ここにツアー客がくるとなると、なにもかもが不足することになるだろう。受け入れ側の人であり、道であり、駐車場であり、店であり、果ては掃除なども必要になろう。
 展示説明や、標識や、何が足りないだろう・・。というふうに、地元は大慌てなのだ。今日改めて展示館の展示や説明を見たが、よく整理されてはいるが、対応する人の体制や数やスペースはどうなるのだろう。
 万葉の歌碑がいくつ整備されているのか知らないが、もっと整えねばならないものなど、あるのではないだろうか。
 今は、まだゆっくりと歌碑などを眺めることができるが、この空気感までが変わってしまうとしたら大変だ・・。


 
H31.04.11(2019.04.11)
 ブラックホールを、画像で合成することに成功したという。
 真ん中の黒い部分が、光りさえも飲み込んだら出られないというホールだ。宇宙空間には、われわれの想像もつかない「神秘」があるようだ。
 それにしても、その存在を予言したアインシュタインはすごい。

史上初、ブラックホールの撮影に成功 「地球サイズの望遠鏡」が捉える
2019/4/11(木) 10:33配信
CNN.co.jp
(CNN)米国立科学財団の研究チームは10日午前、2017年4月に世界各地の望遠鏡を連動させてブラックホールの観測を行い、史上初の撮影に成功したと発表した。M87銀河の中心にある巨大ブラックホールと、その影の画像をとらえた。
ブラックホールが存在するという直接の視覚的な証拠が得られたのは初めて。画像の中心には暗い領域が写っており、その周囲を光の輪が取り囲んでいる。輪の片側はより明るく輝いているように見える。
M87は地球から5500万光年離れたおとめ座銀河団にある。この銀河にあるブラックホールは超巨大で、質量は太陽の65億倍に上る。
国際研究プロジェクト「イベント・ホライズン・テレスコープ・コラボレーション(EHT)」の責任者、シェパード・ドールマン氏は「不可視と考えられてきたものを見ることに成功した」と語った。
EHTでは世界の望遠鏡を結びネットワークを構成。200人以上の研究者がプロジェクトに携わり、10年以上をかけて撮影にこぎ着けた。プロジェクト名の由来となった「イベント・ホライズン(事象の地平面)」はブラックホールの周囲にあるとされる境界のことで、いかなる光も放射線も脱出できなくなる場所を指す。
EHTに参加した欧州南天天文台(ESO)によると、撮影に当たっては「超長基線電波干渉計(VLBI)」という技術を使い、8つの電波望遠鏡の力を組み合わせた。実質的に地球とほぼ同じ大きさの仮想的な望遠鏡をつくり出した形だ。
こうした望遠鏡のネットワークにより、2週間で5000兆バイトのデータを収集。これをスーパーコンピューターで処理した結果、研究者による画像の構成が可能になった。


 
H31.04.10(2019.04.10)
 名文を書かない講座あてに、作品を送付した。
 4月7日にメール回議をした海編集委員会の結論が出たので、関係のところに周知し、交流掲示板にも掲載した。
 日本文学振興会にも、案のとおりを提出した。
 最近、交流掲示板の利用は、こちらからの一方的なお知らせだけである。なにか、書き込むにあって都合が悪いのであろうか、と考えてしまう。
 原稿では、笹原さんの詩と海へのことばに癒やされる。


 
H31.04.09(2019.04.09)
 新元号については、おおむね70数パーセントを越える人々が好意的に受け止めているようだ。しかし、「典拠が国書という説明には、右傾化の懸念がある」「『令』には上からの命令という意味を感じる」「『令旨』という意味には、皇太子の書という意味があり、天皇の書にはふさわしくない」「巧言令色=忖度につながる」「政治ショーに用いられている」などと、朝日新聞などは、あくまで政権との関係として捉え、マイナスキャンペーンを張っているが、地元太宰府市民としては、それこそ「政争の具」としてしか扱わないメディアや学者たちの躍起なもの言いに、憂いを覚えるものだ。
 私は、「国書の文学・万葉集おおいによし」「万葉集の序文の出が漢書であってもよし」という立場である。
   文学にも忖度をいふ朝の寒


 
H31.04.08(2019.04.08)
 日本文学振興会からの依頼に伴う、照会作業などを行う。


 
H31.04.07(2019.04.07)
 海の用事は多いもので、今日は「2回のうち1回を休会したい」との希望。
 一存で「どうぞ」という訳にもいかないから、メール回議に。懸案は同人費のこともあるので、この際と思いそれらしく検算などしてみた。
 このメンバーの定まらない、ましてや誰がどんな量を書くかわからない同人誌であるから、もともと計算の根拠が掴みにくい。それでも、過去の実績などをみながら、近似値(多分)を出していく。数号前は、これを誤って赤字寸前に陥った。
 その二の舞はしたくないが、「なんとかして負担を減らしたい」のが人情であり、今回の値下げ案が、またどこかで大慌てする事態にならねばよいが。
 原稿受付前というのに、いろいろあるものだ。


 
H31.04.06(2019.04.06)
 海へのことば、詩2編が寄せられた。
 なかなかよい内容のもので、さっそく割付を行い、校正を依頼した。


 
H31.04.05(2019.04.05)
 海の受付を前にして、出来ることは先に仕上げておかねばならない。
 海第21号の作品について、受贈誌一覧について、同人の著書一覧について、などを作成している。もっとも、どれだけの原稿が寄せられるかで、必要になる資料が出てくるから、今のところは大方の原型を作っておくことになる。
 また、送付先も整理し、必要なときにはすぐ取り出せるようにしておかねばならない。そして、なにより肝心なのは、自分の原稿だ。これは受付前には仕上げ、どこにでも入れ込めるようにする必要がある。
 年に2回の発行ではあるが、なかなか厳しい作業の中身となる。


 
H31.04.04(2019.04.04)
 ペンクラブの方に今朝書類を送り出し、ほっとしている。後は、うまく運んでくれると嬉しいのであるが。
 さて、身内の原稿をなんとかしないといけないのだが、これがノートや広告の紙に、それも裏表にびっしり書かれているので、難解なことである。難は、中国を舞台にしたのが多く、漢字が読めないし、活字がない。そんなつまらない理由でお手上げなのが、結構ある。地名だとカタカナでもいいのかもしれないが、土地勘がつかめないため、結局お手上げにするしかない。
 話は繋がらないが、福岡の赤煉瓦文化館がどうなるのかはわからないが、今後同人誌の展示などは総合図書館で扱うとのことである。
 こちらも詳細はよく知らないが、万葉集が次の元号の典拠となったことで、書店などでは「コーナー」を作ったり、出版社では印刷を始めるとの話も聞く。


 
H31.04.03(2019.04.03)
 俳句の方は、だいたいの目処がついた。
 ペンクラブの方は、書類を懸命に作成している。


 
H31.04.02(2019.04.02)
 新元号が万葉集に典拠を求めたことにより、その存在を知る人が増え、読んでいただくことになれば万葉集ファンとしては嬉しい。というほどのファンでもないので、改めて読み返してみることにしたい。
 ペンクラブの件で、昨晩から相談をしてきた。やはり、事務局の専門の方のお世話になることの方が、自分の場合は賢明なことのようだ。
 日が空いてしまったが、「都府楼の句」を、新たな目で確認したい。


 
H31.04.01(2019.04.01)
 取り敢えず、20数句は準備した。これこそ、見る度に、自分でも印象が次々に変わるので、練り直していかねばならない。
 折も折、都府楼をメインにして作句していたところ、新しい元号が「令和」に決まり、万葉集の「梅の花の歌」の32首の序文にある、 <初春の令月にして、気淑く風和ぎ、梅は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫す>から引用したものであるという。驚いたなんてものではない。
 まさに、1300年前のこの地の文化が新元号を生んだのである。


 
H31.03.31(2019.03.31)
 何句できるかしらないが、今日は十七文字に賭けてみようと思う。


 
H31.03.30(2019.03.30)
 海の原稿、俳句の方に挑戦中である。俳句は難しい。
 詩とも異なる。延々と時間だけが過ぎゆく。
 間違ってでも「バスを待ち大路の春をうたがはず」(石田波郷)みたいな句ができないものか、などと唸ってばかりいる。
 十七文字などと、バカにしてはいけない。


 
H31.03.29(2019.03.29)
 今日は、書き込みなし。


 
H31.03.28(2019.03.28)
 海のホームページの更新をした。
 北海道の響という誌の内容に共鳴するところがあったので、短いお礼文をしたためた。編集発行人の方が、病気治療の経過を書かれており、非常に順調な状態であられるということに、感じるものがあった。
 同人会の活動内容にも触れておられ、三浦綾子記念文学館訪問というところで、およそ10年ほど前に訪れたときの感動を思い起こし、羨ましく思った。
 宮本輝の「五千回の生死」に触れておられる方があり、これにも目が止まったし、海の同人の高岡氏の「唇紋(しんもん)」という作品にも納得させられた。
 文学街第357号が送られてきたので、遅ればせながら同人費を送った。


 
H31.03.27(2019.03.27)
 最近セキュリティソフトを変え、セキュリティを徐々に強めていったため、交流掲示板のパスワードまでその都度入れねばならなくなった。「クッキーを消去」したためで、これによる反作用もあるのかもしれないが、当分はこれでいきたい。
 確かに、迷惑メールの数が格段に減った。セキュリティのことを恐れるあまり、かなり度が過ぎた防御になってしまっていないとも限らない。
 海の小説の方は、今日も見直した。見直せばその数だけ直しがあるもので、これもセキュリティ対策のやり方に通じているかもしれない。作品や、文章は、欠点をなくしたり、言い方を工夫したりすることが、必ずしも良いこととは限らない。
 現代詩の方は手付かずのままである。自分には、山から山を飛ぶような、あるいは山を海を飛び行くような比喩は、できないらしい。
 これらを纏めると、「欲張ってはダメだ」ということなのだろうか。


 
H31.03.26(2019.03.26)
 海の小説作品は、一応了とした。
 海の受付が始まるまでの間、積み上げている本をできるだけ読むことにしたい。読んでも読んでも、片っ端から忘れていくばかりであるが、それでも目標になり、励みにはなる。若い頃は、読みたくても読めなかった本。今が※※年若ければなどといわず、ありがたいことだと思いたい。
 しかし、実際、感覚の鈍り、理解の遅さは事実のことであるが、嘆いても始まらない。それに、他の庭の綺麗さばかりを羨んでも、この事実は変わらないし、であるのなら、自分の庭に花1本でも育て、雑草を抜くことの方が先であろう。


 
H31.03.25(2019.03.25)
 写真の整理に明け暮れる。
 海の原稿の方、そろそろ仕上げにかからねば。


 
H31.03.24(2019.03.24)
 昨日の「名文を書かない文章講座」の要約を、交流掲示板に載せた。
 内容があまりに私的に過ぎるかもしれないし、書くことも目新しいことなどないかもしれない。しかし、村田喜代子さんと同じ空間で話し、聞き得たことは、どこかに書き置きたい気がしてならない。
 先行きはわからないが、今は自分も、話を素直に聞けると思えるので。


 
H31.03.23(2019.03.23)
 初めて「名文を書かない講座」に出た。
 それぞれが提出した作品について、意見が出される。まず、エッセイをきちんと書くこと。関係者に迷惑をかけるようなことは書かないこと。十分に調べること、十分に知らしめ得るように調べた上で、書くこと。
 書き手の独りよがりの表現はダメであり、読み手が勘違いするような表現もダメであり、客観的な目で見直すことの大切さも強調された。
 三人称の書き方の場合、全てが分かっていないといけない・・内容がどうしても分からない材料のものは・・「分からないようだ」というふうに導くこと。とにかく、文章には「責任をもちこだわること」というあたりを再度確認した。


 
H31.03.22(2019.03.22)
 他誌に海第21号を送った。
 友好関係を築ける誌もあれば、押せども何の反応もない誌もある。所詮、同人誌とは同好の士の集まりなのだから、いろんな考えの誌があるようだ。いや、あってよいのだろう。そんなことを考えさせられる。
 隣国みたいに、主張一辺倒の誌だってあるのだろう。


 
H31.03.21(2019.03.21)
 村田喜代子氏の「名文を書かない文章講座」の本を読む。散文は詩とは違うのだ。大袈裟な表現はいらないかわりに、適切に書く、という。ここが難しい。
 この本には出てこないが、詩の文章はこれまた難しい。20代の頃挫折したままである。特に現代詩となると、わが遙か彼方にあるもののようだ。


 
H31.03.20(2019.03.20)
 海同人に、直前の投稿案内をした。郵送が必要な分の送付も終えた。
 名文講座への参加に際し、1回目から原稿を出そうと、5枚程度のものを引っ張り出した。繰り返し眺めていたが、いつまで経っても埒が明かないので、夕方思い切って出した。これで、「最初から『恥を書く』こと」になりそうだ。
 今日は、スキャンを2度行ったが、これまでいくつも出ていた「脅威サイン→低レベルのもの」が出ない。本当にそうなら嬉しいのだが、「ウィルスに手懐けられてしまって」いる訳ではないと思うのだが・・。いや、そうあって欲しいものだ。


 
H31.03.19(2019.03.19)
 わが海の原稿整理にかかっている。何度見ても、直しがある。
 明日には、海の原稿最終案内を行う予定でいる。


 
H31.03.18(2019.03.18)
 海のホームページの更新をする。
 自分の原稿は、早くケリをつけていなければならない。小説、詩、俳句を本気で整理しておかねばならない。
 福岡のTSUTAYAは移転のための一時閉店かと思っていたら、TSUTAYAの場合は全国的に閉店が相次いでいるらしい。レンタルビデオや古書なども、AMAZONなどの通販に客を奪われているだろうし、最近の活字離れの影響もあるのだろう。


 
H31.03.17(2019.03.17)
 海の原稿を見直す。「名文を書かない・・」の準備もしなくては。
 詩と俳句の方にも、少しずつ取りかかっている。


 
H31.03.16(2019.03.16)
 早めに提出された海の原稿の校正分が戻ってきたので、イラストなどを入れ、再び送付した。第22号は、どのように進みゆくだろうか。
 交流掲示板に、10件近い書き込みをした。


 
H31.03.15(2019.03.15)
 再びBOOK・OFFに寄り、@200の7冊を求めた。慣れてくると、どこらあたりにどんなものがあるかが分かってくるから、TSUTAYAが移転のため閉店中の今は、こちらを利用することになるのだろう。
 検索するのだったら絶対にAMAZONがいいのだが、最近は本1冊につき258円〜500円近い送料がつくので、今日の分を仮にAMAZONで求めたとすると、送料3,000円ほどが別にかかることになる。やはり、足で出かけた方が自分の懐には優しい。
 ひょんなことで、朝日カルチャーの文芸講座(目下5回)を受講することになり、その手続きも済ませてきた。


 
H31.03.14(2019.03.14)
 地上の状況は、実に悩ましい。
 こういうときは、森田健氏の「不思議の科学」に勇気づけられる。「生まれ変わりの村」シリーズでは、氏の調査によるこれらの内容に半信半疑というか、不満をもったものであったが、その後何冊になるのだろう。約20冊ほどになろうか。
 その中でも、初期の「不思議の科学」には教えられ、考えさせられる。
 これは、「この世はどうして存在するのか。その仕組みはどうなっているのか。私たちは何なのか」という問いから発した、氏の懸命の「追求」編である。フィリピンの心霊治療、中国の物質瞬間移動や蘇生実験などから、アメリカのモンロー研究所での「空間・時間・次元体験」という内容には、息をするのも忘れて魅了された。
 それらによる氏の結論(気づき)は、「原因の世界が上にあり、肉体は結果の世界である」「死の世界は命のない死んだ世界ではなく、全く逆の、生命に満ちあふれた世界である」というものであり、読み終えた後も興奮がやまない。


 
H31.03.13(2019.03.13)
 一斉にパソコンのフルスキャンをした。クイックスキャンはいつも心掛けているのだが、やはり定期的にフルスキャンをする必要がある。
 本の方は、森田健氏、山折哲雄氏、その他が小山をなしている。
 この世はどうして存在するのか。その仕組みはどうなっているのか。私たちは何なのか。という問いを発するようになって70年近く。ということは、生まれた時から、この問いとともにあったということになる。
 この歳になって、こういう方面により固まっている。


 
H31.03.12(2019.03.12)
 久しぶりにBOOK・OFFまで行ったので、4冊の本を買った。あと2冊を買っておけばよかったと思ったが、ふんぎりがつかなかった。
 BOOK・OFFは店舗が広く、たくさんの本(ばかりでなくいろいろ)に圧倒されて、オロオロし、疲れ果ててしまう。
 TSUTAYAは店が移るためか、これまでの店は閉鎖されていた。


 
H31.03.11(2019.03.11)
 カルチャーセンターの様子を尋ねてみた。受講は可とのことで、しばし考えた上で、現場に足を運んでみようと思う。
 六こう占術の元締めである王虎応(ワンフーヤン)氏の本、「運を良くする」が届いた。この頃、この手の本をいつにないペースで読んでいる。


 
H31.03.10(2019.03.10)
 1日で、森田健氏の「運命におまかせ」と「あの世はどこにあるのか」という、かなりぶ厚い本を読んだ。
 通して、「『快』は運の根元」であるという言葉が心に残った。
 この世、あの世の区別なく、貫くものがあるということである。ただ、この世での生き様への評価を求められることはないというのが、氏の説であり、それは、宇宙空間を統べる~も自らの情報収集に余念がなく、この世での修正は易しいものの、大きな働きをするのは生の「情報」であり、「結果」であるのだろうという。
 氏はモンロー研究所で幽体離脱などの体験をし、中国を中心に、何年もかけて実態調査を行い、「生まれ変わりの観察」をし、「運命は決まっているが、『六こう占術』の「示唆」や「外部の気配」などを知ることによって、まだ「変えることが出来る」とする。氏の「物理学的な数式への帰依」には惹かれるものがある。


 
H31.03.09(2019.03.09)
 最初はどうも馴染まなかった森田氏の本に、はまってしまった。
 氏によると、「運命は決まっている」「運命の決定を受け入れよ」「幸福は今の自分を認めることから」「外とのつながり、これが『運命』」「私は結果(原因ではない)」というふうにくる。「運命におまかせ ~いつも幸せを感じるあなたに~」など、実に芯に迫ってくる。「運命におまかせ」など、『どこからきたのか、どこへいくのか、なんなのか』という問いから発せられたものである。
 「運命は決まっている」「しかし、運命の一部は変えられる」とくる。氏はいつも笑顔である。勢いで、今朝は5冊も注文してしまった。


 
H31.03.08(2019.03.08)
 海入会者の関係書類(入会を歓迎する旨の書類、仮提出の作品をフォーマットした参考書類、同人に送付する直前案内の書類)などを送付した。
 超早目に提出された原稿があり、これをフォーマット化して、作者に送付した。私の方の準備が整っていないので、フォーマットの仕方に戸惑いながら。
 今日はまだ森田氏の本は読んでいないが、氏の考えは誰かに似ているなと思っていたのに思い出せずにいた。で、ふと「それは作品の中にある」ことを思い出した。つまり、小川洋子氏の作「博士の愛した数式」の、博士と近い発想である。
 今、資料を持って書いているわけではないが、博士は「数式の美しさに魅せられ」「事故で、新しい記憶が80分間しか続かないという精神を病んだ今も、数式の美しさを追い続けている」のだった。
 もちろん、森田氏の発想(宇宙を統べる数式の美しさに魅せられ、その根元をなす存在を探ろうとする)と博士のそれは、内容が異なるようであるが、はるか遠くの根元をなすものを追いかけていく、という点で共通の「純」を感じる。


 
H31.03.07(2019.03.07)
 一度は森田氏をスルーしようとしたが、「~のなせる技なり」に触発され、風水、不思議現象などなど、こういう方面になると文芸書より切実で、のめり込んでいける。氏の「物理の方程式はなんという美しさだろう」「何者がこの時空を創ったのだろう」という問いからくる探求と展開は、自分と同じもの(おこがましいが)である。
 海入会者の関係書類を作成、整理し、明日投函することにしている。


 
H31.03.06(2019.03.06)
 森田氏の「~のなせる技なり」という小説は、宇宙空間を舞台に、3次元、4次元、5次元などと世界が変わり、コンピュータの誤制御などで、存在の姿や形がどんどん変わっていくというもので、なかなかである。
 自分も、こういう世界を書きたかった。森田氏の電子工学専攻、コンピュータソフト会社経営という前歴が生かされているのだろう。
 もうしばらく、氏に付き合ってみようと決めた。
 海に新たな入会希望の申し出があったので、委員の意見を聞いている。


 
H31.03.05(2019.03.05)
 森田健氏はスルーするつもりだったが、なんと小説も書いている。それが、輪廻転生を人間の手によって行うというもの。
 とすると、「生まれ変わりの村」ってなんだったの、となる。
 小説とは、かくもいかがわしいものか、と知らされた次第。真剣なものは真剣なままに「作りもの」であるし、読みもの的なのは「売らんがための作りもの」か・・。こう書いてしまうと、なんとも扱い難い代物となってしまう。
 たまに、感動したりした(する)のは、「芸」ということを知ってのことだからであろうか。そういう約束のもとに作られた「作品」であるのだからか。
 世の事実=ノンフィクションが、あまりにもくだらないことが多すぎるので、こうやって「芝居」をやろう、「遊び」を拵えようという訳なのか。つまり、いかがわしいことも、いかがわしいことこそ「人間らしい」のだ、ということなのか。
 ともかく、いいものはいいし、猥雑なものは猥雑である・・。


 
H31.03.04(2019.03.04)
 森田健氏の本では、生まれ変わりの実例があるという点で納得したが、これはどうやらごく狭い地域での聞き取り調査から先に出そうにないので、しばらくスルーすることにしたい。その替わり、行きがかり上、山折哲雄氏の本を読んでみることにした。
 生まれ変わりと魂遍歴の旅は、これからも続くのである。
 文芸本は最近読んでいないが、海の編集は続けねばならない。これは、自分だけの都合でどうこうすることはいかない。しばらく、同人諸氏のすばらしい作品に期待する、というスタンスに変わることになる。
 ただ、自分の作品も参加するので、その通し読みの5回目あたりを行った。回数を増せば、いくらでも粗が見えてくる。そこの修正に挑戦している。


 
H31.03.03(2019.03.03)
 この2年の間に読んだ本は、「死」「死後」「死後の実相」「魂」といったものに尽きる。文芸書や、実用書や、占いといった類は欺瞞に満ちたものに見え、猥雑なものに見え、無用であった。
 それまで漠然と、遙か前方にあると思っていた「死」が、突然に現実のものとなり、「誰もが必ず行くべきところであるのだと確認」し、「となれば、今を生きていることとは何だろう」といった、問いの中にあった。
 今や、現実という言葉の方が「誠に抽象的で」「実に頼りのないものであり」「かと言って、現実を直視しなければならない」「これまでとは異なる現実を」・・といった、非常に曖昧なくせに切迫したものに変わった。
 2〜3日前の新聞に、宗教学者の山折哲雄氏が「90歳を過ぎたら安楽死を認めて」「死の規制緩和を問う」という見出しでコラムを書いている。浅学の私は山折氏のこれまでの立ち位置を知らないが、コラムの最後の文言だけが胸に鋭く刺さった。「第一幕の幕引きですよ。すぐに第二幕が上がりますから」という文言である。
 今は、「そうであるのだろう」という点に頷けるようになった。


 
H31.03.02(2019.03.02)
 森田健氏の「生まれ変わりの村」の「スープ編」「特別編」まで6冊を読了。まだ、6冊残っている。
 半信半疑で読んでいたが、「死んでも安心である」「死は悲しみではない」「あの世は、素晴らしい死後をゲットするための道具ではない」「おだやかで、争いのない平和な世界になる」「未来の子供たちが私自身であるのなら、核兵器を作ったり使用したりしないだろう」というあたりは理解出来る。
 ただ、「どのように生きても、あの世には反映されない」「富ももって行ける」というあたりになると、やはり疑問が残ってしまう。
 前世療法として、この前世を用いるのであれば、適しているのだろうと思われる。というあたりで、十分納得したわけではないが、こうなのかもしれないという思いもある。つまり、自分たちの生は、「宗教や道徳の言うとおりばかりではない」という「仮説」も、案外当たっているのかもしれない。そうでなければ、宗教戦争で、どうして相手を根絶やしにするまで、攻撃し、殺し尽くせるのかと・・。


 
H31.03.01(2019.03.01)
 特記事項なし。


 
H31.02.28(2019.02.28)
 生まれ変わりの「スープ」を読み終えた。うーん、そのようだとも思えるし、嘘っぽく思えたりもする。みんなが「即生まれ変わり」をするというならまだしも、近辺では聞かないし、自分も前生の記憶はない。
 私が私を繋いでいくだろうことは理解出来るが、こうも簡単に生まれ変われるとは。そうやって、前生の技芸を引き継ぐというところはよさそうな気もするが、「どんな生き方をしようが同じ」「次生のことは何も選べない(決まりなどなさそうだ)」となると、ますます物理的な話になってしまいそうだ。
 それらはおいて、「人は必ず死ぬ」「肉体を捨てた魂は、滅びない」という点だけは、共感し賛同する。自分の持論でもある。
 アスペルガーが何で今重なったのだったか。しかし、アスペルガーは近辺にいくらもいそうだし、自分もその範疇にあるのかもしれない。
 最近、「この世とあの世の中間を漂い」、また、「自分を振り返って見る事例が増えた」ということにもよるが、一言で言えば、「人間、みな死に至る病を等しく抱えている」ということになるのだろうか。つまり、「人は皆死ぬ」、これだけは正しい。


 
H31.02.27(2019.02.27)
 アスペルガーの本2冊目が来た。1冊目を読んだ限りでは、遅きに失したというほかない。あと1冊来るが。かなり空しい。
 生まれ変わりの村の関連本の1冊も来た。天国とか、往生とかとは縁のない内容であるが、興味のないことではない。「死ぬことも、生きることも怖くない」「連続する」という内容には同調するが、「この世で何をやろうと、どう汚く生きようと、自死しようと関係ない」というあたりは、かなり問題ではないだろうか。
 この本の内容は、いわゆる「低級霊」「浮遊霊」といったあたりの話に違いないが、「前生で積み上げた技芸は、次生に引き継ぐ」という。こういう生き方は、今後、効能に目をつけ活用しようとする輩が出ないとは限らない。
 しかし、あくまで「この世」を謳歌しようという域でのことだ。


 
H31.02.26(2019.02.26)
 アスペルガーの本、1冊が来た。こう見ると、我が家を含め、かなり「そのケガアル」のではないだろうか、と考えてしまう。
 自分らが育った時代や、子育ての時代には、こういった知識も認識もなかった。ということは、「毒親」になったり「悪たれ」がいたりした筈だ。その影響は、終身残りそうだから、怖い。幼児教育など、特に慎重にやらねばならないではないか。もちろん、高等教育も社会生活も同じだ。どこにも、「同じ人間」などいやしない。
 もともと不完全な人間が、「勝手な理屈」で子どもたちを育てたり、部下に指示したりするのだから、どんなふうにでも曲げることはできるだろう。
 海入会希望者(であるのかないのか?)に対し、資料を送付した。
 また、恵与された他誌を読んだ。


 
H31.02.25(2019.02.25)
 私の今は、私の選んできた道であり、導かれてきた自然な道でもある。
 だから、そこにはケチのつけようもないし、虚飾もない。
 私が私なら、あなたもあなた、君も君だ。そう、自分が選んできた道だ。それにケチをつけようとする魂胆は、ペテン師であり、卑劣極まるとしか言いようがない。
 こんなことは身近にも存在するし、今、世界の動きが欺瞞に満ちている。
 アスペルガーの本を3冊注文した。この方向が正しいのかもしれない。こう書くと、謎かけに過ぎて、なんのことだかわからない・・。
 海入会希望者(であるのかないのか?)に対し、送付する資料を作成した。


 
H31.02.24(2019.02.24)
 森田健氏の本、「スープ編」「特別編」などを注文した。
 私は私・・これが本当なら、筋が通っている。というか、わかりやすい。
 そうあってほしい気もする。滋養(その反対も?)は、前生、前々生などの私から吸い上げる、ということができれば素晴らしい。
 私は、私の責任において、私であるということになる。他人の責任などではないのだ。親の責任でもなく、兄妹や子どもの責任でもない。
 とすると、私も素直に、まともに生きて(死んで)いけるかもしれない。動物が、本能で子どもを育て、一人前にしてやるような仕組みであれば。 


 
H31.02.23(2019.02.23)
 最後になった「生まれ変わりの村C」を読んだ。@〜Bまでは、実地調査の結果が列記されていて、半ば眠くなるような内容であったが、Cでは「あの世は死を生に変えるところ」という視点で、「(これまでの生で積み上げた・経験した)無意識からの助けを得て、運をあげる法」というところにまで行った。
 「前生に対する思いを持つだけで、思いもよらないことが起きる」「前世の記憶の場は運を上げる」とあり、私が最も感応したのは
「幼い子どもが大人のやっていることをしてみたいと言ったときに、止めないでその個性を伸ばしてあげてほしい」という点であった。「前世で身につけた才能、技術は継承される」ということである。


 
H31.02.22(2019.02.22)
 「生まれ変わりの村A〜C」を読んでいる。ところが、読んでいるとなぜか、猛烈な睡魔に襲われる。これは何だろう、と首を傾げる。
 作品内容に違和感があるわけではない。ただ、「あの世」のことが次々に語られ、「生まれ変わった人」の生々しい話が続くものの、「何か帳の奥に封じ込まれたような思い」でいるので、こうなるのだろうか。
 「生まれ変わり」とは、そもそも「秘技」だからなのであろうか。


 
H31.02.21(2019.02.21)
 井本さんから、「廃園」(2019.2.8発行)が送られてきた。幻想花詩譚とあり、深い緑の装丁がまずすばらしい。中身は13編。これまで同人誌に発表したものを整理、1冊にまとめたとの説明だ。
 取り急ぎ「緑の花」という1編を読んでみたが、まさに井本ワールドである。今も、阿片に酔わされたようで、妖しいシンフォニーが頭の中で鳴り止まない。
 3日前に海冊子を送った人から、海に興味があるとの電話があった。年齢はわからないが、年配であろうか。パソコンが使えないということらしく、これをどうしたものか解らないが、作品が送られてくるとのことである。
 「生まれ変わりの村A〜C」が届いた。Aをめくった感じでは、@の内容と大差なさそうである。もう少し詳しく読んでみたい。


 
H31.02.20(2019.02.20)
 海の次号用の小説に取り組んでいる。しばらく、寝かしてみたい。
 森田健氏による「生まれ変わりの村@」が届いたので、早速読み終えた。意外な前世記憶法と銘打ってあるが、中身には少なからず驚いた。
 生まれ変わり「あり」、という点はよく伝えられている。が、何のための生まれ変わりなのか、生まれ変わる前の生の内容は問われないのか(→問われないとある)となれば、どういう非道な生き方、我が儘な生き方、経済重視の生き方も「差し支えない」というふうに読めるし、だとしたら、現生のことは問われず、評価されることもない、というふうにも読めてしまう。(→釈然としない)
 生まれ変わりを認める点は賛同できるが、「狭い地域の1つの村のことであり」「何か偏った調査がなされたのではなかろうか」とさえ思わされた。
 作者自身が「取材をしていく中で、全くわからなくなった」と書いている。もっとも、「A〜C」の内容をみないと、どうこうなど言えないが。


 
H31.02.19(2019.02.19)
 海の小説にかかった。多少、大筋を変えていかねばならないだろう、という線で考えている。後は、掲示板などを修正したりというところ。
 カルチャー教室に通うという線も、あるかもしれない。


 
H31.02.18(2019.02.18)
 海のホームページの更新に、半日を費やす。
 海冊子入手の要望があったので、送付した。
 紹介をいただいたので、「生まれ変わりの村」という本(1〜4まで)をネットで注文した。子供の没2年が、ほぼ1週間後になった。


 
h31.02.17(2019.02.17)
 先般来の倉山 満氏の本を読み、今がどんなにか不安定であり、戦争の危機と隣り合わせた時期であるか知らされ、実際現在の世界情勢は非常に緊迫している。
 2月27日、28日には米朝トップ会談が予定され、3月1日には、中・韓・朝による抗日戦争勝利100周年の記念行事が行われるという。


 
H31.02.16(2019.02.16)
 特記事項なし。


 
H31.02.15(2019.02.15)
 井本さんの「喪失」(詩と眞實836号)が、西日本詩時評で紹介される。この「喪失」には、私自身が圧倒された作品。
 よい作品は、どこからでも芽が出るということだ。


 
H31.02.14(2019.02.14)
 3年に1度も行かないフランス料理店にお付き合いで行ったら、なんの経緯でか倉山満氏の書籍を紹介され、アマゾンで取り寄せ読んでいる。
 と、世界史と日本史の事項が飛び交いまだよく理解できていないが、力説されているのは、江戸幕府以前、明治維新、第二次大戦後の今のこと。
 それらに沿った欧州史観で書かれた(ペルシャやアジア民族が主流だった時代などは除かれ、書き替えられているという)歴史(宗教戦争、王権戦争、国家間戦争と移ってきた欧州)とを対比させねばならないので、非常に複雑であるが、要は、かつての宗教戦争的な時代の古い感覚を持つアメリカが20世紀になって主導権を持ち、今世界を掌握し動かしているということのようだ。
 つまり、宗教戦争という相手を滅ぼすまで戦いを止めない主義のアメリカのもと、日本は地名に過ぎないという世界観が描かれている。であれば、日本はいつまでも敗戦国であり続け、アジアを侵略したというそしりを受け続けて撥ね返せず、おわびをしろという言い様に従い続ける・・というくだりはメインではないが、アジア諸国の企業活動もまともにできやしない・・というあたりの話かと、読んでいる。
 いやはや、歴史にも弱い自分である。
 昨日の井本さんの「酔芙蓉」というタイトルの印象が消えないので、氏の作品のタイトルを並べてみた。いい作品は、タイトルからしてうまい。


 
H31.02.13(2019.02.13)
 根保氏による井本さんの作品「酔芙蓉」(詩と眞實)への評は、納得する。というか、ここまで深く読み込んでもらえると有り難い。
 井本さんの作品には、「和音」が流れていて、それがえもいえない効果を生み出している。これは何だろう。根保氏によると、それが「文学性」だとのこと。文章の一つ一つ、字句の一つ一つに音楽を感じる。才能なのだろう。


 
H31.02.12(2019.02.12)
 文芸春秋掲載の芥川賞受賞作品2作を読み始めたが、読めない。なにがその理由か解らない。読み終えていないので感想もなにもないのだが、なにをもってこの作品が候補作に選ばれ、芥川賞に当選したのか意味が解らない。
 なにか、太平の世は続くみたいな作品に見えて仕方がないのが、そもそもの違和感に繋がる。ページを繰れども、最後まで到達するエネルギーが湧いてこないので、よいとも悪いともいえないのが、心残りである。
 第160回芥川賞受賞作「ニムロッド」、「1R1分34秒」


 
H31.02.11(2019.02.11)
 文芸春秋の内容は難しい。韓国軍艦レーザー照射問題、ブラック官庁あたりは解っても、ゴーン会長の逮捕劇となると殆ど意味が解らない。
 AI「無脳論」も難しい。現中国が、AIの使用で画期的に生活が変わってきたという話は、興味がないではない。AIが人間を支配する? とか。
 まだ、芥川賞作品までに至っていない。
 須永氏から、海第21号作品に対する詳細な感想をいただいた。


 
H31.02.10(2019.02.10)
 朦朧としたまま時間が過ぎ、昼過ぎまでは殆ど思考停止状態だった。
 嫌なことは続くもので、家内も妙な具合にあり、「やっぱり、きちんとした診察を受けた方がよいのではないか」などと、険悪な状態になった。
 ともあれ、夕方文藝春秋を求めに近くのストアまで歩いた。今月号の同誌は内容が盛りだくさんで、芥川賞受賞作品、韓国軍艦問題、米中問題、ブラック官庁、AI「無脳論」、二、二六新資料発見、大坂なおみチーム・・と、興味深いもの。
 今日は近現代史、サピエンス全史の方は辞めにするか。


 
H31.02.09(2019.02.09)
 リメイク作品の1編を終えたが、何とも物足りない。もう少し、しかるべく意味づけができないものか、としばらく離れることにした。
 近現代史のyoutubeを勧められて見ている。
 手元にあった「サピエンス全史」という本を取り上げてみた。


 
H31.02.08(2019.02.08)
 海のホームページを更新した。
 前作を中心に、リメイクしている。
 わがテーマになり得る作品にも、取り組まねばならない。


 
H31.02.07(2019.02.07)
 アマゾンに2冊注文。他には、特記事項なし。


 
H31.02.06(2019.02.06)
 全国文芸同人誌評掲示板に、井本さんがよく取り上げられる。さすがに、評者の根保氏の目も、井本さんの作品も、すばらしい。
 こんな書き手が傍にいて、きちんと評がなされるというのは凄いことだ。


 
H31.02.05(2019.02.05)
 最近、セキュリティソフトが強力なためか、ネットを自由にみることが不便になった。海の交流掲示板への「転載」も、難渋している。
 コピー&ペーストでの転載をPCが嫌がっているようだ。動きが極端に重くなったりするので、途中で「スキャン」を行い、終わった後もスキャンする。
 以前、迷惑メールなどがもっと多かったように思えるが、最近は迷惑メールを食い止めてくれているのか、その数がずい分減ったようだ。


 
H31.02.04(2019.02.04)
 毒親、毒親と繰り返しているうちに、イメージがどんどん膨らんで、止まらなくなった。毒親でない者が果たしているものかどうか知らないが、自分の経験では、よくも悪くも毒親にならざるを得ないのでないだろうかと思う。
 幼時に毒親に育てられた者は、なかなか立ち直り得ないまま(立ち直るということがどういうことかわからないが)、自分もそっくりの毒親になる運命をもっていやしないだろうか。現代において、子育ての時期とか、老いて子たちに面倒をかけることになるときなど、毒親の本性が顔を出すのではないだろうか。
 もちろん、毒親の定義は一つではない。
 願わくば、毒親に足をかけたとて、程度の軽いものでありたい。


 
H31.02.03(2019.02.03)
 わが作品にも「毒親」という読みがなされた。表面上は、「悲しい親」を描いたつもりであったが、「毒親」というわが隠れた本心(テーマ)を読み取られた。
 驚きでもあったが、当然だろうという気もする。
 やはり、毒親→毒親→毒親という流れが、この現実を作っているのだろうか。
 わが子供の突然の死もその流れにある(あった)のかもしれないし、自分も、本当に毒親と間近に向かい合わねばないないのかと思うと、萎えてしまう。
 そんなことを思いながら、昨晩は眠れなかった。辛いのである。
 もっとも、現実の世間では、連日むごい毒親事件の報道がなされている・・。


 
H31.02.02(2019.02.02)
 龍舌闌の作品を読んでみる。なかなかよい。印象深い作品が多い。
 海の男性中心の作風にはない、女性の感性が心地よい。詩的なのだ。散文的ではないところがよい。こうはなかなか書けない。
 女性の散文的な作品も、悪くはないけれど。


 
H31.02.01(2019.02.01)
 2月になった。海掲載の作品について、丁寧な感想をいただいている。
 ただ、今の自分には「家族の問題は、深く掘り下げて書いた方がよい・・」などという内容があったりすると、火が点いてしまう。多分、好意的に書かれたものであろうとは思われるものの、「今、家族の問題を振り下げては書けない」のだ・・。
 僻みなのかもしれないとは思いつつ、「子を失った今、そこはタブー」なのだ。もっとも、子供が逝った先が平穏な場であろうことは想像してはいるものの。
 この2年に読んだものといえば、「人生」「死」「魂」「祈り」「永遠」などという類のものばかりで、文芸書には殆ど触れていない。
 もっとも、感動を受ける作品にはのめり込んでいる。ただし、それらは文壇などで評価の高い作品とか、ベストセラー作品なんかでは、多分ないようだ。 


 
H31.01.31(2019.01.31)
 西日本文学展望に「白い秋」「静かなる奔流」が紹介された。同展望には「毒親」「毒母」と書かれているが、そのタイトルに然りと賛同する。
 生まれたときから、親の「責め」をどれだけ受け、今に至っていることだろう。この10年、「毒親、毒母」という言葉が聞かれるようになったとあるが、確かにその言葉が市民権を得たのは最近のことだと思う。
 しかし、「躾」という名で、どれだけの暴力が行われてきたか。それも「親の無知」からくるものも多いというあたりが、よくよく実感できることである。
 この数日のニュースを賑わしているのは、「いじめ」であり、「子殺し」である。いったい、人間の親には、子を「われよし」の方に向けようとする性癖(勝手さ)がある。この点、動物が「本能的に子を守る」という点から学ぼうとしても学べない狡さがあり、「後退してきた智恵(悪智恵)」をもちきたっているという罪深さがある。


 
H31.01.30(2019.01.30)
 microsoftから、アンケートに答えてほしいというので答えたが、後がどうなるのかよくわからない。とにかく、@サポート期限などを設けるなということ、A日本語にIMEを強要してほしくない(一太郎を表に出せない。既定にできないし、日本語のなかでも扱い難くなっている)等々、他にも費用(PC更新、周辺機器、ソフトなど更新)が多くかかるし、説明が分かり難い(説明そのものが、日本語としてこなれていない)なども書き出したら、キリがなくなってしまう。
 また、マイクロソフトアカウントというものを前面に押し出し、それにより不正防止をするつもりなのだろうが、ソフトの入れ直しとか勘違いでのやり直しとかいろいろあるのに、容赦のない通り一遍の「形」でくる。
 まあ、仕方がないと言ってしまえばおしまいだが。
 作品には、早めにかからねばならない。できるところから始めることにした。


 
H31.01.29(2019.01.29)
 データをなくした同人のために、これまで印刷に回したデータを揃えて送った。ということは、原稿の保存の仕方の連絡が必要か。という訳で、いろいろの保管方法があろうが、やはり外付けのハードディスクは必要だろうと思い、案内した。
 交流掲示板のパスワードの覚えについても、案内した。交流掲示板によらず、パスワードはいったい幾つあることだろう。1冊のノートにびっしり書いていて、自分でもいざというときにわからない。
 特に、WIN10機種を扱いだしたら、一気にパスワードを作らされた。スマホにタブレットに、WIFIに、ソフト関係に・・なかなか簡単にはいかない。
 という訳で、ホームページの書き換えなどをしていたら、昼の部が過ぎてしまった。いったい何台の機器を扱っているのやら。パスワードに追いかけ回される。microsoftなどがやたらアカウントの照合とやらをやるので、作っては替え、作っては替えで、次々に書き足したノートのどれが生きているのか分からなくなったりする。


 
H31.01.28(2019.01.28)
 昨日に同じ。


 
H31.01.27(2019.01.27)
 昨日に同じ。


 
H31.01.26(2019.01.26)
 特記事項なし、というべきか。作品の出だしに取り掛かったが、どうも今一つ流れに乗れない。流れがこない・・。


 
H31.01.25(2019.01.25)
 ホームページを整備する。
 ホームページビルダー21にも、ようやく慣れてきた。IT関係は難しい。幾度も難所にさしかかる。これもゲームだとでも思えれば、済むのかもしれないが。
 その実、昨日のように降って湧いたようなことが起きてしまう。では、これまで「スーパーカケホ」に最初から入っていた場合はどうなる。と気付いたのはショップから戻った後で、そのことは12月に当該人宛に「値下げ連絡」がなされているという。
 なるほどなあ、しかし、この世界のことはわからないよ。というより、書いてあることの意味がなかなか理解出来ない。難しさは、文芸書以上かなあ。


 
H31.01.24(2019.01.24)
 西日本詩時評に、笹原さんの「新月」が紹介された。笹原さんの写真も載っている。第一期主宰の織坂さんが、笹原さんの発表の場だけは絶やさないように、と言っていたことばが耳に残っている。
 彼女の短い詩句には、いつのときも、より深い世界観と、生活(哀しみ)と、ゆえに醸し出される大きな優しさを感じる。彼女こそは希有の詩人だと、思っている。


 
H31.01.23(2019.01.23)
 さて、道具立てを揃えていざ先へ・・と構えたら、出てくるものがない。
 あせっても、出ないものは出ない。とうとう、諦めるべしと。


 
H31.01.22(2019.01.22)
 海第22号のページ組みを、「27文字×24行×2段、9ポイント」と定めたものの、これと同じページ組みの例はなかった。と思っていると、昨日午後に寄贈を得た「小説と詩と評論」という誌が、まさにピタリ同じ組み方で、これには驚いた。
 なかなかその組み方がよい、と嬉しくなってしまった。
 それに、西日本新聞から「白い秋」を紹介するとの連絡があり、ドウシタカゼの吹き回しやらと、ヤバイ気の方が先になってきた。
 昨日の朝見た夢でのインスピレーションでは、「落ちぶれた男が、かつての女に救けてもらう」というのであったり、今朝のインスピレーションでは、「今人が、それぞれの波動によって選り分けられている。」といった具合の模様を織り込んで、作品を作れないかというものであったが、「そんなに簡単に出来る訳はない」、「しかし、これには少なからず興味をそそられる」ということだけ書いておこう。


 
H31.01.21(2019.01.21)
 海第22号の準備だけはしたので、次はホームページの整理をした。この手順は昨日から形としてあったので、作業をこなした。
 イメージに近い仕上がりにはなったが、3時間を要した。まあ、冊子の体裁を順々に整え、ホームページも遅らせずにやっていることで、一応形の上では(大甘の)及第点としよう。と、勝手に決めた。
 ここで、形だけで終わってはいけないぞ。要は作品の中身だろう、ともう一人の自分が追いかけてくるが、「作品がソンナ簡単に出来るものか」と怒鳴っておいて、結局トンズラしてしまう羽目に・・。 


 
H31.01.20(2019.01.20)
 海第22号の出だしを準備しなければならない。18日のメール回議の中身を纏めて方針を出し、委員に報告する。ただちに、同人個々に結果を通知する。
 そうするには、「第22号の投稿・冊子作成要領」が必要になる。これも急遽作り。個々に通知する。交流掲示板にも掲載した。
 詩と眞實NO836の井本さんの詩「喪失」。これには降参した。こんな文は、天才にしか書けやしない。


 
H31.01.19(2019.01.19)
 また、「日本沈没最終シナリオ」を読んでいる。
 今回もだが、なぜ@「日月神示」や「大本の神示」のシナリオがメインに描かれ、Aなぜに日本が攻められ、Bなぜ闇の組織がこういう動きをするのか、C御魂磨きは必要であろうが、「日月神示」などのいう御魂磨きと、聖書の「マタイ伝」に言う実践とがなぜ一緒に(縒られて)て語られるのか、よく解らなかった。
 もっとも、この著書の言う「人間の堕落」→「~による人間の選別」→「人類破滅」という話はよく解り、自分もその方向への道にあることを信ずるものであるが、「闇の組織」がというものの役割や、「日本がターゲットになる」という点が解らない。また、今回の大峠が「最終の選別」になるというくだりも解らない。
 ミロクの世、~の国は、なぜ千年程度しか続かないのか・・。
 闇の組織の話が動いているのなら、なぜこの著者は抹殺されないのか。輪廻転生、という話には落ち着かないものか・・。


 
H31.01.18(2019.01.18)
 昨日下案を作成したものに少し手を加え、メール回議文を送付した。かなりくどい説明になり、あまり気分のいいものではなくなった。
 まあ、役割としての務めであると、いうことにさせていただきたい。


 
H31.01.17(2019.01.17)
 1月13日の海懇談会、編集委員会に提案する予定だった案件の文案を、整理してみる。書けば非常に長い説明を要し、資料も必要になる。
 結論は簡単なことであるのに、文章にするのはたいへんだ。口頭にしろ、文章にしろ、説明するのは容易くない。明日まで待つことにしよう。


 
H31.01.16(2019.01.16)
 WIN10には悩まされる。microsoft edgeとかいうものが正面に出て、うるさい。18年春以降の機種からは、一太郎がまともに使えない。
 microsoftアカウントとやらが、やたら顔を出して「主張してくる」が、意味がよくわからないし、統括したいのはわかるけど、やり方が陰険だ。
 HPビルダーもWIN10対応のソフトが扱い難く、ならばとWIN7の方で修正しようとすれば、いうことを聞かない。なんという暴挙だ、とアタマにくる。
 文芸同志会通信の方を、見落としていた。懇切な評が掲載されている。全国文芸同人誌評掲示板とともに、いつもたいへんお世話になっている。


 
H31.01.15(2019.01.15)
 海の通帳は、昨年12月25日に確認したままその後の確認に行けていない。


 
H31.01.14(2019.01.14)
 全国同人誌評掲示板に、海の作品評が掲載されている。とても丁寧に。
 こういう場面を見ていると、無駄ではなかったのかな、と思われる。評者の根保氏には感謝しかない。私たちは、恵まれている、と。


 
H31.01.13(2019.01.13)
 今日の記述はなし。


 
H31.01.12(2019.01.12)
 情けなくも、3回連続して定例の海懇談会(編集委員会)を中止することになった。褒められたことではない。なんでこうなるのだろう。
 とは言え、事実だからなんとも口惜しい。


 
H31.01.11(2019.01.11)
 編集委員会の資料を、ほぼ作る。サンプルの冊子も選んだ。
 というところで、だんだん風邪の方が悪化してきた。寒気がするし、不整脈まで出だした。なんとか踏ん張ろうと思うが、よろしくない。
 とうとう、20時過ぎに「中止」の連絡をすることにした。


 
H31.01.10(2019.01.10)
 ポジティブというかクリエイティブな気分にはほど遠いので、編集委員会の資料などを作る。幸い、たいした議案はないのでそう手は取らない。
 会計報告のその後についての連絡をしていなかったので、連絡をする。編集担当から、会計担当に変わるときの切り替えが(私には)難しい。
 岡田氏から電話を受けた。笹原さんの作品が紹介されるらしい。


 
H31.01.09(2019.01.09)
 文芸とは関係のない本ばかり読んでいる。
 海の関係者3人から、たて続けに連絡があった。


 
H31.01.08(2019.01.08)
 全作家に、短編小説の原稿を出した。「さよならのリフレイン」30枚。
 以前「ぼくのテレビ」で掲載してもらったことがあり、少し手直しした。


 
H31.01.07(2019.01.07)
 セキュリティソフトをノートンに替えてから、パソコンに落ち着きが出て来た。その反対に、若干遅いとか、見られないサイトがある、という不便もある。
 しかし、現在のSNSは怖い。どこからでも切りかかってくる。
 こんなにITが発達しないうちはよかったな、と内心思わないでもない。便利さを甘受すれば、スピード違反の切符を切られたりするようなものか。
 いや、それよりあくどい。擬態を用い、落とし穴を作っていたりする。これ、やはり人間っぽいと言えば、人間っぽい・・。


 
H31.01.06(2019.01.06)
 なわさんの本「日本沈没最終シナリオ」をアマゾンから取り寄せた1冊の中に、前の読者のメモ(喫茶店のテーブルナプキンなどに細かく書かれている)が、実に正鵠を射ている内容なので、活字にしたら45字×40行の2枚にもなる。
○幼子のように謙虚でありなさい。
○自分を高くする者は低くされ、自分を低くする者は高くされる。
○~の力を疑ってはならない。 
○これから日本を襲う災害も、日本人のメグリを消化するため。(その人に関係のないことは起こらない)
○これら種々の災難は、メグリを消化するということで前向きに受け止めよ。
 と、ズバリと中身の本質を書いてあるので、感心した次第である。たまたま、こういうことを内輪で喋っていたので、子供からのメッセージなのかもしれない、などと親バカの受け止め方をしているが、ことは穏やかではない。
 教えられることは多いし、耐え忍ばねばならないことも多い。
 全作家の掌編に、1回目を通した。


 
H31.01.05(2019.01.05)
 なわさんの本、投函してきた。
 全作家の掌編を読んでいる。


 
H31.01.04(2019.01.04)
 全作家の掌編を読み始めた。海のホームページも、必要の都度更新している。
 全作家短編集の原稿にもかからねばならない。


 
H31.01.03(2019.01.03)
 WIN7のパソコンを、ワイファイに繋いだら遅くなってしまった。
 いらぬことは、すまじきものである。
 全作家の年会費を、郵便局のATMで送金してきた。 


 
H31.01.02(2019.01.02)
 机の周辺の本を箱に入れたりして、整理した。ただ積み上げているだけでは、汚いし、足などに引っ掛かり危ない。
 かなりスッキリしたので、このWIN7機種が卒業するタイミングに合わせ、少し幅広のWIN10機種も机にのりそうである。
 溜まっている同人誌などを読めばいいのだが、気が充実していない。全作家掌編も読まねばならないし、4日には会費の振り込みとなる。


 
H31.01.01(2019.01.01)
 平成31年の幕が開けた。内外にいろいろな課題を抱えたままの幕開けとなったが、ともかく新春来るということを、素直に喜びたい。
 海にとって、海の同人各位にとって、良い年であるよう祈りたい。
 正月早々、WIN10機種の立ち上げで苦労している。この苦労が実るような海の成果、同人個々の成果があらんことを殊に願いたい。



 
 索 引


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