コーヒータイム


「無名作家のメモ」、「無名作家のつぶやき」とでもいうべき欄です。
このHPの中で、管理人が、最も気楽に書いている部分です。内容は、やはり「文芸について」です。


ということでありましたが、評の類はどうにも苦手であるということがわかりました。
2010年2月からは、「小説に至るメモ」の場として、この欄を使いたいと思います。乱雑なメモ、の類
に終止するかもしれません。
私生活については原則として触れないことにいたします。同人誌等の関係者の記述をする場合に
あっても、出来得る限り御迷惑にならないように心掛けるつもりでおります。


 2016年12月までの分は→ NO8へ
2015年12月までの分は→ NO7へ
2014年12月までの分は→ NO6へ
2013年12月までの分は→ NO5へ
2012年12月までの分は→ NO4へ
2012年03月までの分は→ NO3へ
 2011年06月までの分は→ NO2へ
2009年12月までの分は→ NO1へ




 
書くため0726(2017.07.26)
 ともかく、まず書き切ることだと、締めに入りました。


 
書くため0725(2017.07.25)
 ようやく当面のテーマを定め、まとめに入りました。本当に書くべきことには、まだ一歩も近付いていないというのが情けないところです。
 考えてみれば、これまでの作品で、書くべきものは一作も書けていません…。


 
書くため0724(2017.07.24)
 さてさて、わが作品です。今手掛けているものは、確か半年以上前に書き殴ったもので、3月以降のわが身辺の変化にまでは及んでいません。
 3月以降のことを考えると、辛く悲しいものがありますが、今これに取り組むととんでもないことを書きそうなので、しばし後に延ばしたいと思います。


 
書くため0723(2017.07.23)
 民俗学などの学術的な資料を読んでいましたが、辛いものがあります。こういう事例を列記するという学術的・権威的な書き方には、どうにも馴染めません。
 あまりのことで、他誌の小説やエッセイにも目を通してみましたが、ホッとします。なんでしょう、この違いは。多分、目線の違いなのでしょう。知識、学術=権威とみなす書き物のなんという意固地さ。傲慢さ。でしょうか。辟易するのは。


 
書くため0722(2017.07.22)
 海第18号に対し寄せられた感想などに対するお礼状を、まとめて書き投函しました。多方面からの意見を寄せていただき、感謝に堪えません。
 ただ、2年前の赤字転落の対応策→「文字を小さくし、行数なども多くしたため、誌面が見づらくなったのではないか」という意見もありました。


 
書くため0721(2017.07.21)
 資料【「婚姻覚書」(瀬川清子)など】を読みながら、自身の作品にチェックを入れます。やはり、調べることはとても大切なことだと思います。
 多くの先人の努力の結果を、参考にし、利用させていただきます。


 
書くため0720(2017.07.20)
 なかなか書けないものです。書きたいものはあるのですが、絞り切れていません。
 資料も読まねばなりません。


 
書くため0719(2017.07.19)
 芥川賞、直木賞が次のとおり決まったそうです。

NHKnewsweb
 第157回芥川賞と直木賞の選考会は19日、東京・中央区で開かれ、芥川賞は沼田真佑さんの「影裏」、直木賞は佐藤正午さんの「月の満ち欠け」が選ばれました。
 芥川賞の受賞が決まった沼田真佑さんは、北海道小樽市出身で盛岡市在住の38歳。西南学院大学を卒業後福岡市で塾講師を務め、現在は盛岡市で塾講師などのアルバイトをしながら小説を執筆しています。今回の受賞作の「影裏」で文芸誌の新人賞を受賞し、芥川賞は、今回初めての候補での受賞となりました。
 一方、直木賞の受賞が決まった佐藤正午さんは、長崎県出身の61歳。北海道大学を中退したあと創作活動を始め、昭和58年に「永遠の1/2」で、すばる文学賞を受賞してデビューしました。3年前に出版した「鳩の撃退法」で山田風太郎賞を受賞したベテラン作家ですが、直木賞の候補になったのは今回が初めてです。


 
書くため0718(2017.07.18)
 資料ばかり溜めています。嬉しい悲鳴ですが、最近は読んでもなかなか入ってきません。読んだ端から忘れていくのかもしれません。
 読むと書く、これらのバランスがとれるようになればありがたいのですが。


 
書くため0717(2017.07.17)
 100枚程度にまとめようとしています。
 参考資料が届きますが、なかなか生かすまでには至っていません。もう少し本気モードで、何とかしなければ、というところです。


 
書くため0716(2017.07.16)
 2.26事件関係、民俗学関係などの本を、資料とするため注文しました。


 
書くため0715(2017.07.15)
 資料としての本を読んでいます。この暑さです。読むのも難儀します。


 
書くため0714(2017.07.14)
 子供の鎮魂の行事の準備のため、博多駅に出向きました。
 また、アマゾンに本を注文したりしました。


 
書くため0713(2017.07.13)
 書き始めましたが、中途から資料読みに入りました。
 一度書き、一度読んだ資料ですが、再度読み込む必要がありそうです。
 二・二六関係の本を少々、アマゾンに注文しました。中身は判りませんが、子供の弔い合戦にでも生かせたら、という緒にすべきつもりの資料です。
 もっとも外れていたら、柔軟に次を当たるつもりでいます。


 
書くため0712(2017.07.12)
 少し、わが作品に取り掛かっています。150枚ほどに殴り書きをしていたものを、100枚以内ぐらいにまとめたいと思います。
 子のことで、書きたいこと、というより書かねばならないことをまとめたいと思います。命日が「2月26日」だったので、ひょっとして「二・二六事件」に関わっているのかもしれないなどと考え、その方面も当たってみたいと思います。
 昭和を好み、四谷の大学を出、神楽坂を愛した子でした。思想などもってはいなかった筈ですが、今年の正月の初詣は、なんと靖国神社なのです。よく、パワーの筋が見えるとか、湯河原の「二・二六事件」に関わる宿に泊まったなどと言っていました。


 
書くため0711(2017.07.11)
 そろそろ、わが作品に掛からねばなりません。
 関東文芸同人誌交流会掲示板が、風雲急となりました。同人誌の評や意見交換をする場が、どうしてこう攻撃的になり、荒れるのだろうと首をひねります。
 海の方は、論争に用いる時間と労力をできるだけかけないよう、最初からパスワード付きにしましたが、海のかつての合評会の激しさを知っている故の選択です。今の内容は、事務連絡と、海の中身をどう工夫するかが主で、適切と思われるニュースなども掲載はしています。決して、仲間褒めなどには使っていないつもりでおります。
 同様に、他誌の噂などもしないということです。


 
書くため0710(2017.07.10)
 たくさんのメール交信をしました。
 豪雨見舞いですが、今回太宰府は幸い線状降水帯(加えて、バックビルディング現象)には入らず、雨も夜半に降り、昼間は小雨が続くというものでした。
 しかし、すぐ近くの朝倉・日田などの惨状は目を覆うばかりです。こういう災害によって被災された方々を見ていると、4か月前に子供を喪ったときのやり場のない気持が蘇り、この方々はどうしてこういう目に逢われるのだ、という気持が湧き起こります。この世というものを、この世から見ていると、何ともやるせなく、説明のつかない酷いことばかりが起きることだ、と今更ながら思わされることです。


 
書くため0709(2017.07.09)
 電車の往復に、全作家106号の作品を読みました。
 今年も、佳作2編だということです。


 
書くため0708(2017.07.08)
 新たに「根保氏の同人誌評掲示板」が立ち上げられるとのことです。
 関東文芸同人誌交流会掲示板の方の成り行きが心配でしたが、新たな掲示板での同人誌掲示板を楽しみにしたいと思います。
 意欲ある同人誌の書き手にとって、朗報だと思われます。


 
書くため0707(2017.07.07)
 いくつかの、同人誌の作品を読みました。
 日本ペンの会費納入通知がありましたので、急ぎ納入しました。


 
書くため0706(2017.07.06)
 読みたいと思っていた作品(同人誌)を読みました。プロの作品より、同人誌の作品に共感します。それは、「上手すぎない」ということにあるのかもしれません。
 よく「上手い」「上手くない」などといいますが、これは何を指していっているのでしょう。既に評価の定まった作者や作品はたしかに上手いとは思いますが、「売らんかな」というものが行間に流れていて、だんだん嘘っぽく感じたり、あざとく感じたりして、嫌気がさしてくる場合が多くあります。
 となると、「誰がそんな評価をしたのだろう」と妙な気になります。「文豪とか」名作とか」「名文とか」いう表現で称揚されています。
 そうは思わない、ということが自分の能力や感性のの足りなさ故にくるのだろうか、と情けなく思うばかりでしたが、そう思っていた(思わされていた)自分自身に騙されていたのかもしれない、と考えれば、かなりスッキリしてきました。


 
書くため0705(2017.07.05)
 読みたいと思っていた作品(同人誌)を読みました。プロの作品より、同人誌の作品に共感するのはなぜでしょう。もちろん、読み手を考えた作品に共感するのですが。
 売るとか、売れるとかいう−−余計な考えがないということ、問題が切実であるということに、共感するのでしょうか。人生そのものを教えてもらえますし、表現や技術が巧みな作品に出会うと、心底から感動するものです。


 
書くため0704(2017.07.04)
 学歴エリートの豊田議員の暴言には不快感を拭い得ませんが、この都政選挙の時期に合わせて報道するマスコミも、ともにゴミではないでしょうか。
 同人誌にも学歴エリートの論理で勝手な振る舞いをしているところがあるようで、自分をエリートと信じている方々の心の冷たさには、哀れさを感じます。


 
書くため0703(2017.07.03)
 ホームページの表現、難しいものですね。直接ことばを交えてさえ理解することには困難が伴うのに、文字だけでは(かなりの気分を込めて書いてさえ)、きちんとした話ができるとは、なかなか思えません。
 海は「合評会が持てないため、やむなく」交流掲示板というもので、お知らせなどの類のものを選って、書き込んでいますが、果たしていかがなものかと?
 同人専用とし、パスワードを用いていますので、良くも悪くも「逃げている」訳ですが、複雑な内容を伝達・公開するにはよほどの覚悟が必要だと思うことです。


 
書くため0702(2017.07.02)
 全作家短編集第16巻を読んでいます。
 海第18号の返送(宛先変更など)が複数にのぼったため、宛先の確認をし、複数冊を送ることになりました。出版関係の会社でも、宛先が変わるのですね。


 
書くため0701(2017.07.01)
 全作家短編集第16巻を読んでいます。今回は26名によるもので、厚さは手頃な感じで、計ってみると2センチ丁度というところです。
 数編を読んでみましたが、いいですね。やはり、いま現在の作品の方が、評価の定まった古典などより親しめます。


 
書くため0630(2017.06.30)
 全作家短編集第16巻が届きました。
 その他、寄贈された誌を読み、感想を送りました。


 
書くため0629(2017.06.29)
 今日、明日と、罪と罰の残りを読まねば、と。
 ホームページなどを扱っていると、結構時間を食うものです。


 
書くため0628(2017.06.28)
 葬祭屋(「ぼくが葬祭屋さんになった理由」)の本を、読みました。
 海の感想が届きますが、「あんまり…」というのがなぜか多い感じです。


 
書くため0627(2017.06.27)
 陽羅氏にハガキを書きました。メールや、パソコン印刷では気持が通じないとヒラリズムに書いておられるので、下手な手書きにしました。
 海に対して寄せられた内容をホームページにアップし、その他、ホームページの更新をしました。次号にかかるのは、会計報告が認められるであろう最短日の6月30日以降、にした方がいいようです。


 
書くため0626(2017.06.26)
 陽羅氏の「氷花(しが)」(構想第62号)に、「生活も仕事も恋愛も友情も順調な人びとの物語を読ませようなんて傲慢ではないか」「主人公のナルシスチックな述懐及び説明文と描写ばかりの現代小説に食傷気味だった」という一節に、頷きました。
 なにかこう、世に持て囃されている「秀作」「話題作」などが胸に響いてこないのは、私の精神の欠陥ではなかろうかと、昨日も書いたばかりでしたので、多少はこの道を行く幅も残されているのだろうか、と思い至り、止まったことです。


 
書くため0625(2017.06.25)
 わが能力の欠如なのでしょう。小川国夫の作品3作ほどを読んだのですが、これまで読んだもので鷲掴みされるものがないのに驚いています。まだ、1/10程度しか読んでいないので、早急な結論はいけないのですが。
 最近思うことですが、わが稚拙な能力をもってしては、いわゆる名作と呼ばれる作品に感応したことがない、という情けないことを思うものです。
 わが作品がわからないといわれてきたのは是として、山脈をなす作品群に分け入っていけないという、こちらの方が問題大なのですから。
 今、掲示板(海ではありません)が荒れているようです。心配ですね。


 
書くため0624(2017.06.24)
 小川国夫などを読み始めましたが、今は文学の方は体に入ってきません。
 葬送の関係の方の本の方に、どうしても傾きます。


 書くため0623(2017.06.23)
 海のホームページの微修正など、必要に応じしました。
 「葬送の仕事師たち」や小川国夫など、読書がメインです。


 
書くため0622(2017.06.22)
 罪と罰の名場面に入ったところで頁を開いたまま、届いた「葬送の仕事師たち」や小川国夫の本などの中から、「葬送の仕事師たち」の方に目が移り、読み始めました。
 2月の東京での子供の件以来、葬送の仕事師たちの仕事ぶりに痛く感銘を受けたせいでもあります。あの「瀬戸際に立たされた者たちに寄り添うこと」の大切さが、身に染みて有り難かったという理屈抜きの印象の強さに、今惹かれています。


 
書くため0621(2017.06.21)
 印刷関連の経費などがわかりましたので、送金を済ませ、会計報告の作成にかかりました。これが終わると、発行の最終章になります。
 そうなると、第19号の方に頭を切り換えねばなりません。次はどういう内容の作品にするか、まず自作にかからねばなりません。
 罪と罰はラスコーリニコフが老婆を訪ねたところで、ここから物語は大きく展開するのですが、今日は会計報告の方を優先しました。
 そうこうしているうちに、小川国夫、葬祭の仕事などの本8冊が届きますから、時間の使い方がうまくいきますやら。


 
書くため0620(2017.06.20)
 この束の間の時間に、何度読んでも(40歳過ぎて読んだためか)感覚的にピリッとこない名作「罪と罰」を読み始めたのですが、能力がないのか、どこかの感がズレているのか、かつて2度は読んであらかたは知っていることなのに、「進まない」のです。
 これは私の能力がついていかないのでしょうが、ロシアの作品は「長い」「やたら長い」というところに違和感があり、なんでこう「饒舌」過ぎるんだ、などといっているうちに2日を無為に費やしてしまいました。全体の1/10も読めていないのですが。
 その間、同人の間で話題になっていた小川国夫の作品を4冊、葬送や納棺など人生の裏方にあたる方々に、このほど痛く感銘を受けましたので、その関係の本を4冊注文したところです。
(ツブヤキ)
 エリートとか、才人とか、巨匠とかといわれる人々のDNAの感覚についていけないのか、私には、そのあたりの「障害」があるのかもしれないと思うことです。


 
書くため0619(2017.06.19)
 海到着の連絡が多いです。中には、「高齢につき今後辞退します」という内容もあったり、連絡をいただいた内容で先方のことが窺えたりして、複雑な気になります。


 
書くため0618(2017.06.18)
 海第18号の冊子をめくったりします。九州内は、ほぼ着いたのではと思われます。少しずつ感想が寄せられます。
 今日は小休止です。


 
書くため0617(2017.06.17)
 昨日の作業で、何度試みてもホームページが受け付けてくれなかった作品ですが、半角文字のタイトル(半角の英数文字でつけねばなりません)のどこかに、微妙なスペースでもあったのか、もう一度消して、つけなおしてみたら、うまくいきました。
 やれやれです。見た目にはわからないものです。ホームページの更新作業に、1日半かかったということになりました。
 15日に送った冊子がもう届いたらしく、早々と感想までいただきました。ありがたいことです。こういうふうにしていただくと、なんとも感無量です。


 
書くため0616(2017.06.16)
 一日かかりで、海ホームページの更新作業です。
 なんの問題なのか、作品データを載せようとしても、どうしても受け付けてくれないものがあります。作品の、電子情報としての名前をいろいろ工夫し、チャレンジしてみます。果ては、パソコンを再起動してみたり、この世界はどうも理屈ではありません。
 見かけ上は、うまくいっているように見えますが…。


 
書くため0615(2017.06.15)
 海第18号の発送作業を行いました。井本氏、中野氏に駆け付けていただきました。
 第18号から、体裁が変わりました。内表紙のことば、目次の縦書きなどです。今号の内容は、どのように伝わり行くでしょうか。
 第19号にも期待大、というところです。


 
書くため0614(2017.06.14)
 明日の海の発送に向けての準備をし、併せてグッズを揃えました。


 
書くため0613(2017.06.13)
 できるときに何でもしておかなくてはと、寝不足の朦朧とした気分のまま、海の一般あて送付状、同人あて送付状、第19号投稿・冊子作成要領、宛名ラベルなど、一気に印刷をし終えました。
 まず、目の前のものを片付けておかないことには、責任が果たせませんから。


 
書くため0612(2017.06.12)
 子供のことで、これ以上原因を追及しても詮ないことだしと、当面は海の発送と、次号の原稿作成要領の作成をきちんとしなければと思うことです。
 6月15日は、発送作業の協力が得られそうで、ありがたく思います。最近、文芸の催しには全く出ていませんので、獏にでも流れ、様々な話ができたらと考えます。


 
書くため0611(2017.06.11)
 送付状(一般用、同人用)、次号の投稿・冊子作成要領などの内容をチョックしました。 ホームページ掲載のための、作品の準備もしました。


 
書くため0610(2017.06.10)
 海の作業は、宛名ラベルを買いに行ったことぐらいです。
 小説道場が辞めになるので、飲み会の案内がきましたが、現在のこちらの状態をしたため、欠席の返事をしました。まだ、外に出て懇談できるところまでいきません。
 全作家の方もキャンセルしたのでした。殊に今、東京には行けません。
 もちろん、徐々に時間を設け、作品に取りかかりたいとは思います。しかし、なかなか心身の落ち着きが戻りません。持論は「この世もあの世も一つ」ということですが、現実の方はかなりの時間の経過を待つ必要がありそうです。


 
書くため0609(2017.06.09)
 海発送前の準備をします。
 送付状(一般用、同人用)、次号の投稿・冊子作成要領、送付先整理、宛名ラベル印刷などなど、です。そこで、送付となり、ホームページの整理もあります。
 会計も兼ねているので、同人費の納入具合を確認し、必要に応じ督促し、最後に会計報告をします。これが終わるのが6月末頃でしょうか。


 
書くため0608(2017.06.08)
 海の校正(印冊所における)に行きました。
 約2時間で終了。内容は悪くないのではないだろうかと思われます。
 順調にいけば、印刷あがりを待ち、15日にも発送ができる予定です。


 
書くため0607(2017.06.07)
 今日したいと思っていたことを始めたら、子供の関係で東京都監察医務院から通知が届きて、その関係で一日を費やすことになりました。
 今は、文芸の仲間や、集まりにはなかなか行けないし、気が向かないという中にあります。ただただ、静かに編集の作業を行うのみ、というところです。


 
書くため0606(2017.06.06)
 今回の作句のテーマを子供のことにしたので、なんともまとまりが出ず、気持があらぬ方に飛び、千々に乱れます。
 この5日ほどは、またあの2月の時間を思い出し、苦いものが胸を過ぎってばかりなので、完成の度合いを見切り、今日原稿の提出をしました。


 
書くため0605(2017.06.05)
 俳句、これは難しいものです。この5日間ほどは、呻吟を繰り返していますが、なんとも閃きません。詠もうとする情景がフリーであれば、これまでなんとかなっていたのですが、テーマを一つに絞ったところ、これが出来ないのです。
 五、七、五、このリズムに嵌まらないし、理屈っぽくなってしまいます。


 
書くため0604(2017.06.04)
 海の送付先などの確認、送付状の作成、宛名ラベルの作成などです。次号の投稿・冊子作成要領も作成します。
 次号からは中身の方も工夫すべきですが、まずは第18号を仕上げること。
 全作家の方にも気持は残りますが、今の自分には、あまり手を広げ過ぎるというのは考えものです。ただ、全作家に作品の投稿が出来なくなったということは望まないことであっただけに、痛いですね。
 毎朝子供の方にチャンネルを合わせてみるのですが、特別のものは感じ得ません。ただ、これまでの「ヒネタ」作風はなんとかしなければ、と漠然と思います。


 
書くため0603(2017.06.03)
 作句をと、モードを切り替え中です。
 送られてきた群系「第6回(2016年)富士正晴全国同人雑誌大賞受賞」を見てみましたが、批評系同人誌としては抜きんでた誌ですね。それにしても、全国の応募誌が117誌というのは意外に少ないものです。
 ともかく、受賞された3誌には敬意を表します。


 
書くため0602(2017.06.02)
 印冊所の校正までの間を縫って、作句などと思うものの、そう簡単ではないですね。短い作品は、短い故に極限までの無駄を省かねばなりません。ほんの17文字ではないか、などというなかれ、なんとも難しいものです。
 詩も難しいものです。詩のモードに入るのに、早くても数日を要します。詩は説明ではないのですから。と、理屈ばかりいっても難しいものは難しいです。
 では散文はとなると、これまたそのモードに入るのに数日を要します。
 つまり、たやすいものなどどれ一つありません。特に、簡潔に表現出来たと思える作品には、涙ぐましいほどのエネルギーが費やされています。


 
書くため0601(2017.06.01)
 文学街の会費納入は5月中に、とのことです。今日来た349号に書かれていたので、慌てて郵便局に走りました。はたして間に合うのやら、ですが。
 ハガキは、今日から52円から62円に値上がりしました。10円の切手を求め、100枚ほどの手持ちのハガキを62円のものにしました。


 
書くため0531(2017.05.31)
 原稿を手放した、という一時的な弛みがあります。
 ただ、すぐに、冊子の送付の場合のもろもろの準備や、次号の要領の作成など、すべきことは多くあります。今の精神状態では、すべきことがあるということが、救いにもなっているというのが不思議なところですが。
 第19号からは、それこそ「しまっていこう」ということになるのでしょうし、第18号の発刊が成ったら、新たなメンバーを交えて感想を述べ合う懇親会をしようという提案が一部からありますので、考えてみたいと思います。


 
書くため0530(2017.05.30)
 海第18号の原稿を持参、印刷依頼をしました。今後は校正を経て、6月18日の週に印刷あがり、という予定で進みます。
 この暑い中、印刷発注にまで進むことが出来、やれやれです。


 
書くため0529(2017.05.29)
 海第18号の大方の読み込み、修正が終わりました。明日、印刷依頼という運びになる予定です。
 今号は、内容のいずれも引き締まったもので構成されています。一字一句を大切に拾い、表現したという作品群です。
 作成側の考えと、評価が必ずしも一致しないのは難点で、よくあることですが。海第17号がそうでした。堅実な出来を求めると「新規性がない」などとなり、まあそういうことは第二次的なことにしか過ぎませんが。
 発行側としては、継続して発表し、チャレンジすることを目指しています。
 今号あたりからは、良きにしろ悪しきにしろ、目を通してもらえるところに「謹呈」を絞りゆかねばならないのかもしれない、と考えているところです。


 
書くため0528(2017.05.28)
 誤記など確認の資料が戻ってきました。
 私も最後の読み込みを行い、戻ってきた資料の「指示する箇所」の修正を行い、これが終われば印刷依頼へと進みます。
 その際、印刷依頼冊数、送付先などの確認も必要になります。


 
書くため0527(2017.05.27)
 今、誤記など確認依頼中です。
 それが戻ってくると、急に忙しくなります。


 
書くため0526(2017.05.26)
 おやおや、海の見本誌がほしいというメールが入り、送りました。こういうメールが入るということは、とても嬉しいものです。
 今の海の書き手の水準は、かなりのものだと思いますから。


 
書くため0525(2017.05.25)
 海第18号は、委員による「誤記など」の確認中です。
 この間を縫って、長野氏から質問などをいただいていた事項をとりまとめ、文章にしてみました。文章にすると、かなり他人行儀になってしまいます。
 実際にお会いし、言葉を交わすことが最も大切なことだと思われるのですが、自分自身が取り込み中のところでもあり、やむなくこの文章を送信しました。


 
書くため0524(2017.05.24)
 WEB上で確認をお願いした上水氏から、確認のメールが入りました。さすが、早い。結果も、想定の域だったので安心しました。
 牧草氏からのデータを併せ、これらを微修正した上で、印刷依頼という段取りになります。やはり、複数の目で確認することの大切さを実感しました。


 
書くため0523(2017.05.23)
 海の編集作業をいったん終え、周囲を見る余裕が出ました。
 資料を牧草氏に送付、ホームページの整理などです。


 
書くため0522(2017.05.22)
 待っていた原稿が到着したので、至急入力し、校正依頼を送付しました。
 全ての原稿が揃ったので目次を完成させ、それに従い全体の頁入れをし、「原稿の受付締切」と今後の流れについて説明のメールを送付しました。
 同時に、上水氏にはWEB上での「誤記など確認」の依頼を今日行い、牧草氏にはプリントアウトした上で、資料を明日送付し、同確認を依頼します。


 
書くため0521(2017.05.21)
 原稿の到着を待っています。この到着を待って、「原稿受付締切」の連絡をしたいと考えています。その間になし得ることを準備しています。
 原稿受付の期間は、どうしても「待機」ということになります。


 
書くため0520(2017.05.20)
 あと1人の原稿が待たれます。今日届かなかったということは、明後日夕方着になるということです。昨日投函したという連絡(原稿分量も把握)は受けています。
 よって、目次(仮)を作成し、全体に頁を打ちました。
 原稿の締切の連絡は、明日以降になります。まあ、本来なら、今日までが受付け期間なのですから。到着を待ちましょう。


 
書くため0519(2017.05.19)
 全ての原稿が出たわけではありませんが、だいたいの予定がわかりましたので、まず目次作りにかかります。
 今回から「海の扉」(海の理念)を1頁目に作り、目次を縦書きにします。この作業はこれから行います…。うまい具合に運べばよいのですが。
 目次ができれば、作品を順に並べていきます。全体で150頁の予定です。


 
書くため0518(2017.05.18)
 今日も原稿は届かず、という訳で周辺のことばかりやっています。
 風邪休みにもなり、まあよいことにいたしましょう。


 
書くため0517(2017.05.17)
 おそらく最後になるであろう、今日の原稿提出は届きません。その原稿が入れば、全体を並べ、頁を打ち、目次が出来るのですが。
 締切は20日ですから、急いでもせんないことです。
 原稿が入らないままで頁組みもまだですが、同人費の払い込みをしました。


 
書くため0516(2017.05.16)
 どうやら、今日の原稿提出はない模様です。
 5月20日の締切を待たねばなりません。
 小説のトップと、ラストの配置をイメージしていますが、これらは奇数頁、偶数頁の出具合などにも左右されます。


 
書くため0515(2017.05.15)
 今日のところで、150頁を越えるということが見えました。
 今日は小説、詩で20頁というものです。さっそく、印刷用フォーマットに割り付けし、校正の依頼をしました。
 ほぼ全貌が見えて来ましたので、次は全体の割付に入ることになります。


 
書くため0514(2017.05.14)
 海第18号の原稿の出方は、今のところ130頁あたりですが、あと20頁ほどには達するのではないでしょうか。原稿提出期間は、まだ1週間を残していますから。
 今号は質的に充実しているようです。


 
書くため0513(2017.05.13)
 原稿が入り、フォーマットに割付け、校正依頼をします。
 校正済み原稿が戻ってきます。このことの繰り返しです。小説のトップには、ときにイラストを入れます。
 本文の途中にも、必要に応じ、写真や図を入れ込みます。


 
書くため0512(2017.05.12)
 海の発送先の調整をしました。本当に必要なところに届くように。ネタミやソネミの元となりそうなところには、送らないことにしました。
 また、頭から「読まない」と宣言されるところにも、必要ないでしょう。
 という間に、原稿が入ってきました。頑張ります。


 
書くため0511(2017.05.11)
 エッセイの原稿提出がありました。Kingsoft officeになるものだそうですが、Microsoftに劣らない、というか見分けがつかない出来です。Kingsoftでいいのなら、かなり負担が減らせそうですが、本家本元はやはりMicrosoftでの作業をしました。
 校正に出していた分が戻ってきています。今見ても、かなりの出来映え(自画自賛)ではないかと思います。(「編集作業」のことですが) 


 
書くため0510(2017.05.10)
 今日の昼間までは、海の原稿は出されていません。
 中間休みということでしょうか。
 昨夜は、関東文芸同人誌交流会掲示板に的確な評をいつも書いてくださる根保氏からメールアドレスをいただいた(プロバイダが変わられたのですね)ので、早速メールを入れ、日頃のお礼を含め、今後のアドバイスなどをいただけるようお願いしました。
 根保氏は、狂区掲示板や群系掲示板でも広く意見などを披瀝され、執筆面も、短歌、詩、小説、評論など幅広く、実に濃い中身の作品を生み出されています。
 評論だけでなく、実作もこなされるとあっては、いつも発しておられることばの意味が軽いものではない、ということがよくわかります。
私は、氏の「宙空間をも意識された」作品が好きです。…現実を見れば、宙空間はSFでもなんでもなく、実際そこにあるのですから。


 
書くため0509(2017.05.09)
 笹原さんが、第22回NHKハート展に入選されたとのことです。全国の3,641編の中の上位50編に入るというのは、易しくはありませんね。おめでとうございます。
 さて、現在小説4編が出されています。たいへん良い内容のものではないかと思います。小説はまだ出ることだと思いますし、詩の方も期待大です。
 現在まだ状況が見えない方に、締切と、参加の案内を出しました。


 書くため0508(2017.05.08)
 海第18号の原稿が入ります。しっかりした内容の作品です。
 ありがたいことです。早速印刷用フォーマットに割付け、校正を願いました。
 個々の作品が非常に意欲的に、丁寧に書かれています。


 
書くため0507(2017.05.07)
 詩と、まだ格闘しています。説明ではないのですよね。そのあたりがうまく表現できていないようです。
 詩1編と侮るなかれ、というものです。詩も小説も、難しいものです。
 しかし、放ってはおけない。チャレンジする。恥をかく、この繰り返しです。ただ、それが醍醐味でもありますから、やっかいなことです。


 
書くため0506(2017.05.06)
 わが詩を見直し、手を加えました。詩は(も)難しく、本腰を入れてやらねばなりません。よい詩を多く読むこと、そして書くこと、でしょうか。
 編集作業をしていると、だんだん文章の難しさが分かってきました。といって、書く方にすぐに生かせるかというと、そう単純ではありません。
 あきらめずに続けること、これが大切なことになりそうです。


 
書くため0505(2017.05.05)
 エッセイと小説の校正依頼(郵送分)を送付しました。内容の締まった作品で、第18号の核となってくれることでしょう。
 イラストや写真などを入れるのが、なかなかたいへんですが。


 
書くため0504(2017.05.04)
 新たな小説作品が出て、約30頁が増えました。編集作業は久しぶりなので、細かいところになると詰まります。
 フォーマットに割り付けるには、作成された原稿の編集のクセをいったん解除せねばならないため、テキストファイルに変換します。その際、「ルビ、傍点、線」などが消去されるため、原稿を見ながら「消去したものを復元」する作業が必要になります。


 
書くため0503(2017.05.03)
 小説作品、エッセイの修正など、割付作業が始まりました。60頁を越えました。


 
書くため0502(2017.05.02)
 エッセイの原稿割付を行い、作者に送信しました。写真の不足などあり、まだ調整を行う必要がありますが、出足はまずまずというところでしょう。
 現段階(3人)で、約40頁をカウントしています。


 
書くため0501(2017.05.01)
 今出来得る海編集作業の準備は、ひととおり終えています。
 原稿がいつどこから出てきてもいいように、との態勢にあります。


 
書くため0430(2017.04.30)
 海の編集作業がいよいよ始まります。その前に、海第17号への意見まとめや、和田氏のエッセイなどを完成させました。
 自分の作品も、大方は出来上がりです。
 こうやって世間に背中を向けたくなったいま、海の編集作業が巡ってくることはありがたいことです。懸命に取り組みたいと思います。


 
書くため0429(2017.04.29)
 詩を3編用意しました。
 小説も20頁を準備しています。


 
書くため0428(2017.04.28)
 詩が3編入りました。
 私の方も、小説を一応掲載できそうなあたりにまでに修正しました。
 詩の方も2〜3編を考えています。


 
書くため0427(2017.04.27)
 海の印刷用割付を始め、詩5編を校正に出しました。エッセイの割付もしましたが、これには写真が入るということで、写真の到着を待ちます。
 ようやく、わが作品です。まだしっかりと手を加えねばならないと思われますが、一応20頁のかたちはできています。(半年前の作品ですが)
 全作家短編集の校正が送られてきたので、校正し返送しました。掲載料の振り込みも併せて行いました。


 
書くため0426(2017.04.26)
 今日からは、海の原稿の編集作業に入ります。出された原稿で、既に手掛けたものもありますが、肝心のわが作品は全くのお留守です。
 まあ、今はそれもよし、ということでいきましょう。


 
書くため0425(2017.04.25)
 まだ海の原稿に本格的に入り込めていません。あと2〜3日の猶予が欲しいところです。やはり重い出来事なんですね。
 朦朧とした状態は、やはり続いています。


 
書くため0424(2017.04.24)
 海の原稿が出始めています。長編作品もあるようです。
 今書く、今を書く、今だから書く。それらのいずれでも構いませんから、今書ける作品を書いていただければ最高です。
 評価が良いにこしたことはありませんが、自身の存在証明なるものを、書くことによって今示していただけたら、と思うことです。


 
書くため0423(2017.04.23)
 この時期に文芸などあったものか、という気がしないではありません。
 いったい文芸になにができる、ということでもあります。できるかできないかはともかくとして、一日、一日、ここに向かうしかないということはできます。
 間違っても、売れるとか、売るとか、有名になるとか、自慢するとかいう事柄とは全く無縁の、自発的な情動をキャンバスに書き付けるということによってですが。


 
書くため0422(2017.04.22)
 文芸を「学」ととらえたこともなく、またそういうものでもないだろうと思う身には、評というものがどう位置付けられるのだろうという疑問が残ったままですが、「芸」ととらえると、ようやく息が吹き込まれます。
 どう書くか、ということは芸の域のことだろうと思うのですが、ここにあまり理が走り過ぎると、対象を狭めてしまいます。あまり情感を表に出し過ぎたものにも萎えてしまいますが、理が勝ちすぎるといけません。
 もっとも、表現は緻密に、正確に、論理立ててということを前提にしなければならないものだろう、とは思うものですが。


 
書くため0421(2017.04.21)
 身内の事情にかまけていましたが、ようやく海の割付作業に入りました。ちょっと調子が狂ったままの状態ですが、1月頃までに案を練っていたことなどを思い出しながら、1からのやり直しになります。
 さて、巻頭の文言は、目次は、等々を考えていたのでした。「9P→9.5P」のことも考えていたのですが、第17号の誌面を何度も眺めていると「まるで違和感がなくなってきた」から不思議です。要は内容ですから。
 日本文学振興会あての書状も送付しました。


 
書くため0420(2017.04.20)
 海の編集作業を開始しました。まず、送ってもらっていた「詩と絵」の打ち込みと、絵のスキャン、切り取り、貼り付けからです。この作業は少々難しいので、いつも初っぱなにするようにしています。それに、巻頭の文の確認です。
 自分の作品の方は、半年前に書いていた作品に頼らざるを得ない、というところでしょう。それに、詩を1〜2編書けたらいいのですが。


 
書くため0419(2017.04.19)
 今日も、携帯の解約だのなんだのという用務が入ってきて、なんとも知れないうちに一日が過ぎてしまいました。
 私の普段からの姿勢なのかもしれませんが、「現世と次世」「次世と現世」が半々に見え、常に行き来しているものですから、ものを書くにしても、現世の一コマ一コマにそれほど執着が湧かないせいもあって、結果として「逃げを打っている」というふうに読まれがちなのだと、最近気付きました。
 これは、幼いときから私はこの視点で見ていて、他の人もそうだろうと思っていたら「どうもそうではないらしい」と分かり始めてきました。そうしてみると、わが初期の「コスモスダンス」あたりからして、どなたにも理解してもらえなかった所以が逆に分かってきた、という妙な話になります。
 宮本輝の「幻の光」についての元講師との解釈のズレ。今も思い出しますね。もっとも、私の書き方の方を、もっと「現世」に近付けて書かねばならないのですが。


 
書くため0418(2017.04.18)
 さてさーて、なにから始めよう。といっても、いったん錆び付いたところからは、何も出ませんね。まあ、冊子のスタイルのことでも考えますか。
 えーと、どこまで準備していたのかから確かめなくては。


 
書くため0417(2017.04.17)
 さてさて、海の方に向かわねば、とやおら進路の舵を切りつつあります。
 多分大丈夫でしょう。気を入れて準備しなければ、というところです。


 
書くため0416(2017.04.16)
 今日も文芸の方はお休みです。
 子供の50日祭・納骨とあって、一日これにかかりました。


 
書くため0415(2017.04.15)
 こういう時期に文芸か、と我ながら思わないでもありません。文芸とは、命を張ってまでやるものか、と独りごちてみます。
 中身によるのでしょうが、老人問題や身辺雑記等々には飽きました。
 妙な落ちをつけたり、気取ったり、うぬぼれたりなど、今見たい聞きたいことではありません。評論や論文調にも、違和感が拭えません。いったい何が見えないのか、この時期の切迫したことがどうして問題にならないのだろうか、と思うことです。


 
書くため0414(2017.04.14)
 考えてみれば、海の自分の原稿のことには手を付ける暇がありませんでした。というふうに逃げはうちたくないのですが、今回は特に半年前に準備したものでなんとかしたいと思っています。ゆえに、実験作の類になります。
 出さない、という選択肢は持ち合わせていません。ある意味、1号1号の自作への評価はあまり期待してしていませんし、そういう書き方をしてきました。
 と言ってしまえば、やはり逃げになるのでしょうか。


 
書くため0413(2017.04.13)
 そうこうしているうちに、海の原稿が入り始めました。やおら、腰を上げねばならないことになってきました。
 子供に関する資料の収集もおおかた終わったところですので、今度はまた本来の目標に向けて集中せねばなりません。
 こういうときは、ひたすら原稿を眺めていくということで、救いでもあります。ただ、今回もまた、作品の向上には至りそうにありませんが。


 
書くため0412(2017.04.12)
 4月16日の子供の50日祭が終わるまでは、何とも雑事が多いものです。
 気持の整理の方も、まだまだついていません。
 いましなければいけないこととして、子供の携帯からのラインやメール資料の整理などを、この一週間というもの行っています。
 というのも、携帯は壊れているものとして、1か月以上放置していたものの、もしやと思い携帯ショップを訪ね、まだ生きているということが分かったからです。ラインなどの全てを書き取ることはできませんが、親しく交わった多くの友人らとの交情が偲ばれ、いまさらながら私とは異なり、人懐っこい子だったのだと思うことです。


 
書くため0411(2017.04.11)
 そろそろ始めなくては、と腰を浮かしかけるのですが、まだ時が至っていないものと思われます。4月16日の50日祭が終わるまでは、何とも雑事が多いものです。
 気持の整理の方も、まだまだついていません。
 もう少し時間が必要だ、ということでしょう。


 
書くため0410(2017.04.10)
 そろそろ始めなくては、と腰を浮かしかけるのですが、まだまだ時が至っていないものと思われます。
 もう少し時間が必要、ということでしょう。


 
書くため0409(2017.04.09)
 こちらの方は、1か月以上留守になっています。
 4月16日の50日祭を終えれば、海の方にかからねばなりません。今度の顛末などは、今回の号には間に合いそうにはありませんが、何かを書かねばと思うことです。


 
書くため0408(2017.04.08)
 こちらの方は、1か月以上留守になっています。
 文脈が浮かばないということより、時間がない、ということに尽きます。
 毎日毎日、同じ文言ですね。
 ただ、高岡さんから、小柴節子さんの詩集「雨ノチ雨」「水甕の水」と、歌集「にゅうろんんの茎」「夏の舟」「しろつめくさの咲く頃に」の5冊の作品が届きました。才溢れる詩人(歌人)の作品群に、必ずやいどみたいと思います。


 
書くため0407(2017.04.07)
 こちらの方は、1か月以上留守になっています。
 文脈が浮かばないということより、時間がない、ということに尽きます。
 毎日毎日、全く同じ文言ですね。


 
書くため0406(2017.04.06)
 こちらの方は、1か月以上留守になっています。
 文脈が浮かばないということより、時間がない、ということに尽きます。
 こちらは、いつもと全く同じ文言ですね。


 
書くため0405(2017.04.05)
 こちらの方は、1か月以上留守になっています。
 文脈が浮かばないということより、時間がない、ということに尽きます。
 これは、いつもと全く同じ文言ですね。


 
書くため0404(2017.04.04)
 こちらの方は、1か月以上留守になっています。
 文脈が浮かばないということより、時間がない、ということに尽きます。
 これは、昨日と全く同じ文言ですね。


 
書くため0403(2017.04.03)
 こちらの方は、1か月以上留守になっています。
 文脈が浮かばないということより、時間がない、ということに尽きます。


 
書くため0402(2017.04.02)
 そろそろ文芸にも気を向けねばならないのですが、ことがことだけに、目の前の用事が多いことと、気持が切り替えられないことがあります。
 ディランさんが、4ヶ月遅れでノーベル文学賞の賞状とメダルを授与されたということのようです。あの一連のポーズは、なんだったのでしょうか・・・。

ディランさんにメダル授与=ノーベル文学賞、4カ月遅れ
時事通信 4/2(日) 7:37配信
【ロンドン時事】米シンガー・ソングライターのボブ・ディランさん(75)が1日、スウェーデンのストックホルムで2016年のノーベル文学賞の賞状とメダルを授与された。同賞選考に当たるスウェーデン・アカデミー関係者がスウェーデン放送に明らかにした。ディランさんは昨年12月の授賞式を「先約がある」として欠席していた。
 ディランさんは欧州ツアーの一環でストックホルムに滞在中で、1日夜にはコンサートを開いた。授与はそれに先立ち、非公開の場所で行われた。アカデミーのダニウス事務局長は3月のブログで「ディランさんの希望により、メディアを入れず本人とアカデミーのメンバーだけが出席する」と述べていた。
 受賞者が800万スウェーデンクローナ(約1億円)の賞金を受け取るには授賞式から6カ月以内に記念講演を行う義務がある。同事務局長によれば、ディランさんが「後日(講演の)録音を送付してくる」見通しだという。文学賞では13年に受賞したアリス・マンローさんも録音により講演を行った。 


 
書くため0401(2017.04.01)
 正直、時間が割けません。日常に追われています。
 海の原稿依頼だけはしましたが。自分の作品はどうする、というところです。


 
書くため0331(2017.03.31)
 海の原稿提出案内を出したというのに、まだ文芸の気運にも、気分にもなりません。原稿が出始めると、それに押されるかたちででも入り込むことになりましょうか。
 いただいた本などが多くあるのですが、まだ読めないでいます。


 
書くため0330(2017.03.30)
 海第18号(通巻第85号)の原稿依頼をしました。郵送が必要な同人あてには、送付しました。こうして、海の冊子作成が始まります。


 
書くため0329(2017.03.29)
 明日には海第18号(通巻第85号)の原稿依頼ができるよう、準備をしています。こういう時期に、冊子を作成するという用務があるということは幸せです。
 頁の組み方などで一時迷いが出てしまいましたが、「9P」「27文字×25行×2段」を基本にし、出発したいと思います。


 
書くため0328(2017.03.28)
 今日も、この項はスルーです。そのうちに必ず始めます、という気持です。


 
書くため0327(2017.03.27)
 やはり、この項はスルーです。そのうちに必ず始めます、という気持です。


 
書くため0326(2017.03.26)
 旧の作品など出して、整理を始めたり仕掛けたのですが、うまくいきません。
 いろいろな難問はあれど、文芸のことをやっていてよかったことだと思います。


 
書くため0325(2017.03.25)
 高岡さんから、小柴節子さんの詩集「地図」が送られてきました。繊細な感性をお持ちの方のようです。その「通夜」という作品に目がとまりました。
 高岡さんによると、「こしば・きこう、さんの元奥様」「かつては美貌で知られたが、お酒と煙草と孤独が彼女の肉体的若さを奪い、高岡さんの『無口な女』に似た晩年」「昨年の2月に孤独死」されたとあり、ここで衝動的にわが子(この2月に死亡)のことを吐き出したくなり、掲示板に書いたものの、恥じています。
 小柴さんに関していえば、かつて「ざいん」に書かれた小説のつまらない点にケチを付けたことがあり、礫で打たれるかのごとく、です。
 詩集はきちんと読み通し、自分なりの感想を述べてみたいと思います。


 
書くため0324(2017.03.24)
 読んでも入ってこない状態ですが、まずヒラリズムを読み、感想のコメントを送りました。返信のメールに、たいへん癒やされました。
 半年は平常の状態に戻れないだろう、とのアドバイスです。そうだろうと、思いました。いったいなにをやっているのだろう、ということの連続する日々です。


 
書くため0323(2017.03.23)
 海の本文を「9.5P」に変えてみたいと思っていましたが、現行の「9.0P」の誌面を眺めていると、なかなか味があり、「ならば今辿り着いたところのままで継続してみよう」か、という心境になりました。
 これは、他誌の誌面に寄り切られるかたちで考えていたのですが、「9.0P」の海も個性のうちだと、攻めに転じることにしました。
 一方で、わが身辺があまりにも忙し過ぎるという訳もあってのことですが。


 
書くため0322(2017.03.22)
 書くことからも、読むことからも遠ざかって久しいものです。
 その間、ホームページの整備などをやっています。


 
書くため0321(2017.03.21)
 海のホームページを整理し、電子書庫のことを再びPRしたり、3月19日のアートスペース獏での高岡さんを囲む懇親会の記事のことに没頭したりということでした。
 他方、小説道場の運営が難しそうだというお話が来、まさに私の方の抱えている事情も併せて考えくださると、先行きが難しそうな感じです。私のことはおいて、メンバーそれぞれが独り立ちしようという気運のようでもありますし、いったん休止もやぶさかではないのかな、という思いです。聞けば、13年もの歴史があるのだとか。おおきな役割を果たしてきた「鍛錬の場」ともいうべき、道場であったのでしょう。


 
書くため0320(2017.03.20)
 昨日のお礼のメールや、掲示板等への報告の掲載、電子書庫の新規掲載など、そういうことをまとめてやる日でした。
 後で考えると、花書院さんほかに多くの迷惑をかけたことになり、反省しきりです。まだ、うまく感情の制御ができていないようです。


 
書くため0319(2017.03.19)
 第10回北九州市文学協会文学賞・小説部門大賞の高岡さんを囲み、懇親会を催しました。時間は18時から、場所は天神アートスペース獏で約3時間。今回の受賞作である「無口な女」の巧みさについて、よい意見の交換ができたことと思われます。
 福岡に同人の少ない海が、総計5人の参加を得たということも大きいことでした。ざっくばらんに語り合い、「さらなるチャレンジを」ということになりました。


 
書くため0318(2017.03.18)
 本当に久しぶりに作品を読みました。高岡さんの「無口な女」です。
 なるほど、どうしてこうも無口というか表情のない女なのかと思っていたら、14年前精神を病んだ夫の自殺を幇助したのですね。それにしても、画家を目指しているのに芽の出ない極貧の主人公が、頼まれて肖像画を描いたところ、意外な報酬を得て、それまで行けなかった歯の治療に行くということから、物語は展開します。
 主人公の目に、天啓のごとくにとらえられた美人ではない、奇妙なほどに無口な歯科の窓口の女(主人公は、美人を主として描いてきていた)。能面のような女の観察が、1か月以上にわたり、歯科医の窓口で、女のアパートの近くで続けられます。
 それをリアリズムの手法で描いた作品が眼にとまり、主人公は画家としての成功の道を踏み出します。しかし、デフォルメして表現したにも拘わらず、無口な女の首の痣が誰かの目にとまったのか、女は逮捕されるという結果になります。絵が無口な女を白日の下に晒した、ということになるのでしょうか。
 20年後の今、都会の雑踏で二人は再会する(女は気付かない)という「現在」に至るのですが、作者のストーリーテラーぶりは、玄人はだしですね。高岡さんは、40年近く絵を描いてきたということですが、そのデッサン力(姿、形、心の奥まで)には、脱帽です。第10回北九州文学協会文学賞小説大賞、さすがの作品です。


 
書くため0317(2017.03.17)
 今日もこの項はスルーです。そのうちに必ず始めます、という気持です。


 
書くため0316(2017.03.16)
 今日もこの項はスルーです。そのうちに始めます、きっとという気持です。


 
書くため0315(2017.03.15)
 今日もこの項はスルーです。そのうちに始めます、の気持です。


 
書くため0314(2017.03.14)
 今日もこの項はスルーです。そのうちに始めます、の気持です。


 
書くため0313(2017.03.13)
 今日もスルーです。
 そのうち、徐々に戻ってくることでしょう。忍の一字です。


 
書くため0312(2017.03.12)
 文芸には戻っていません。高岡氏との懇親会の最終参加確認のメールを出すなど、で終わりました。今しばらくは、こういう状態でしょうね。


 
書くため0311(2017.03.11)
 何もしていませんねえ。ただ、3月19日の高岡氏との懇親会の連絡を、少ししただけです。もう間もなく、授賞式ですから。


 
書くため0310(2017.03.10)
 この10日以上の間、文芸とは無縁の日々を過ごしています。


 
書くため0227(2017.02.27)
 何作か続けて、旧作の書き直しに挑んでいます。本来は書き直しも「大胆になすべき」なのでしょうが、取り敢えずの作業は「どれだけの作品がまだ扱えそうか」というものです。いくつかを手掛けているうち、「大胆な改作」も成るかもしれません。
 一番の狙いは、初期の頃の作品を見直すことで当時のパワー(あったのかどうか分かりませんが)を思い出し、次なる新たなものに繋いでいきたいと思うものです。


 
書くため0226(2017.02.26)
 万華鏡を修正、次は夾竹桃と青い空の方に入ります。


 
書くため0225(2017.02.25)
 道場の作品の合評です。最初、道場とは特定の同人誌の作品の整理の場かと思っていましたが、その場でもあり、また同人誌に属していない方も含めた「鍛錬の場」でもありで、意欲のある作品が出されてきます。
 今日の作品も意欲的な作品ばかりで、その真剣さにおおいに学ばされました。次回は6月24日で、年に3回だそうです。


 
書くため0224(2017.02.24)
 道場の作品を読んでいます。道場とは、今に至って理解したのですが、特定の「同人誌に道を開く」ということに留まらず、芥川賞、直木賞にもチャレンジする場所だと分かり、認識を新たにしました。
 そうでしょう、意欲的な作品が多く寄せられています。期待大です。


 
書くため0223(2017.02.23)
 もう一度、道場の作品を読まねば、と考えています。こうもよい作品が出されるならば、と自分ももっと努力し、工夫をする必要があります。
 やはり、息遣いの聞こえる場所で作品の内容を高め合ってていくということは大切ですね。かつては、こうやって意見を交わし、ときには傷付け合いながらも作品を生み出してきたものです。今、この意見を交わすという場をもたない海は、漂流の海に浮かぶ漂流船に例えていいのかもしれません。人間関係が希薄であれば一定のことはやり易いのですが、そこには自己慢心とまでは言わないまでも、油断や、方向舵の行方の誤りや、自身の力を過信したりする過ちを起こしがちです。
 作品を生むことを「遊び」だとか、「自慢」だとかに結びつける向きもありますが、自分たちの行おうとしていることは、「芸術表現」であり、「学び」であり、「反省」であり、「謙虚」になるためになすべき、厳しい訓練と苦しい作業なのです。


 
書くため0222(2017.02.22)
 小説道場に出される作品の「温かさ」、「切実さ」、「呪わしさ」、「哀しさ」という言葉の表現は抽象的になってしまいますが、これほど「真剣で、真っ向勝負を挑む」という凄い作品が出されようとは、当初予想もしていないことでした。
 故に、というと言い訳がましくなってしまいますが、わが作品の貧弱さが情けなくなります。私にも「切実なテーマはあるのですが」、「臆して書けない」という情けなさを露呈してしまいます。この場が、「捨て身で打ち込む」という場であるのなら、私ももう少し腰を据え、「藻掻かねばならない」のでしょう。


 
書くため0221(2017.02.21)
 イオンモールに文庫本を抱えて行きましたが、周囲が落ち着かないため殆ど読めず、今日は何もしない日だとたかをくくりました。
 殆ど1日、パソコンの前にもいないとなると、これはこれで悪いものではありません。平日というのに、モール内は人で溢れています。家庭にいると出会わない赤ちゃんや、主婦などが活発に動いているのを見て、心安らぎました。
 モール内のTSUTAYAを期待していたのですが、この店は新書ばかりで、おまけにこれというインスピレーションも出てこなかったため、完全休日となりました。


 
書くため0220(2017.02.20)
 照葉樹の水木作品(他はまだ読んでいません)を読み、初めての(?)時代小説のようですが、それが極め付けにいいのに驚かされました。水木作品ならではの、温かい作品なのですが、半端な気持で読んでいたら、引き込まれてしまいました。
 時代考証、空間考証などの問題などはさておき、登場人物が実に生き生きと描かれています。現代ものでも同じ傾向の作品を書く方ですが、時代ものとなると格別に響いてきます。その伎倆に、時を忘れてしまいました。
 というか、モノを書くことで私など思いもかけない揶揄をされてしまうのですが、こういう作品だったら、皆で温め合えることだと思ったことです。恐るべき、羨ましい筆力であり、よい作品です。


 
書くため0219(2017.02.19)
 久しぶりに旧作に手を入れ、一応結末までを見てみました。こういうことでいけば、すべきことは多くありそうです。
 念のためということで、イラストの収集もしてみました。


 
書くため0218(2017.02.18)
 そろそろ書く方に戻れそうな感じです。「鉢と歌麿」あたりからになります。
 こちらは、コツコツと地道に向かうだけです。句や自由律も日々拘わって行こうか、と思っています。書き止めておかないことには、時間だけが過ぎ行きます。
 読む、書く。書くにしても、句、自由律、詩、小説と上手に時間を配分して行ければ、最高なのですが。これらは、工夫しなければならないことです。


 
書くため0217(2017.02.17)
 いやあ、本当に自分が沈み込みそうなことばかりを書き連ねました。
 話はいきなり飛んで、芥川賞発表号の文藝春秋3月特別号の中に、日本ハム監督の栗山英樹氏に取材した記事があります。
 栗山氏からは、現職時代のオリンピックセンターでの研修の場で、話を伺ったことがあります。内容は忘れましたが、謙虚な中に、強い意思を持ち、かつ既成の事柄に捕らわれない独特の考え(それも非常に深い思慮の中から出てくるもの)をもった方、だなという好ましい印象を持ったものでした。
 日本ハムの監督としての成果がそのことを物語っていますが、文春の取材記の中にもとても頷かされるものがありました。栗山氏の大切にしておられる言葉は、道端のモノ書きを標榜する自分の心にも響きます。以下は、その要点のみですが。
・「野球は無私道」(学生野球の父と呼ばれるという飛田穂州氏の言葉) 
自分を殺して人のために尽くしきることが、野球というスポーツである。
・田中角栄氏の「政治を志した以上、オレは命なんか惜しくない」
 常に全力を尽くしきる魂にしか、野球の神様は微笑んでくれない。
・「虎は虎のまま使え」(心の師と仰ぐ三原脩氏の言葉)
 一番大切なことは、選手がみんな「自分らしくある」こと。
・イメージを構築させるということ。(栗山氏の考え)
 言葉や理論ではなく、「自分はこういう活躍の仕方をするといいんだ」という絵を描かせる。余計な言葉はいりません。
・「常識・非常識について」(栗山氏の考え)
 これらは、いったい誰が考えたルールなのだろうか。正しいものだろうか。−大谷の二刀流への批判などに対して。
・「論語と算盤」(渋沢栄一氏の著)
 運を自分のものにできるかどうかは「徳」にあり、それは、他人のために尽くせる人物であるかどうかなのだと、教えてくれる。
・「学ぶ喜びに出会ってほしい」(栗山氏の考え)
 渋沢氏の著作で知ることができるように、「こういう考えがあるのか」と学ぶ喜びに出会ってくれればと思っている。
・「日本ハムへの新入団選手は、最初の休日に本を買いに行き、毎朝食後の十分間は読書をする、というルールがあります」(栗山氏)
 一番大切なことは、野球で成功すること。選手として少しでも成長したいと思ったときに、必要なことを学ぶ方法を知るきっかけを与えてくれる。
・「企業再建の鬼」(井原隆一氏の著)
 人間万事塞翁が馬、という故事。何が禍福となるか分からないという意であるが、起きたときにどう生かすかという発想に立つことだと考える。
・「勉強していないと組織は動かせない」(栗山氏の考え・井原氏の著から)
 「絶対こうなる」と真に信じていると、そのためにはどうしたらいいかと考えるようになり、知恵が生まれる。そう自分にも言い聞かせている。
・「必死さは伝わる」(栗山氏の考え)
 必死に、命がけでやっている姿に、人は感じ、それは必ず伝わる。


 
書くため0216(2017.02.16)
 ずい分僻みっぽい書き込みを続けましたが、私が目指しているのは、自慢とか、教訓の類の種だとか、PR…などではありません。
 こうやって日々を生きて行くことがどういうことであるのか、何のために今という時間が与えられているのだろうか、という素朴な疑問から発したことです。
 あろう筈もない自慢や、競争といったことのためにやっていることではありません。生活の種でもありません。
 そこに「時があり、場があり、命があり、支え合っている」というさまざまを見、こういう不思議を考え、何とも言い難い敬虔な気持に至ることからくる「表現」をさせてもらっている、とのみ考えています。これが「感動」でなくて何であるのでしょうか…。 


 
書くため0214(2017.02.15)
 山下氏のように、はなばなしいデビューをするという門を潜れたならば別として、私ごときがモノを書くということでも、ずい分咎めがありました。
 それは今に至っても続いており、「家の恥を晒すな」というクレームがきます。そういう類のことなどを書いている訳でも、書きたい訳でもないのですが、おそれを覚える何かがあろうことは想像できないでもありません。
 芥川賞の山下氏に共感できた一点は、まさにここにあります。


 
書くため0214(2017.02.14)
 第156回芥川賞「しんせかい」(山下澄人)を読みました。2回まではいかず、1回と半分ほど読んだことになります。
 これまでいくつかの書評で「(極めての)悪評」が出ているのは知っていますし、「芥川賞に値するという内容なのか」という疑問もおおいにあります。
 選考委員の消極的な過半数の賛意を得て当選作となったらしいですし、この作品を世に出す場合の、出版界が最も大切にする「話題性」「商業性」が十二分に計算された上での選考であったらしいことがかなり強く読めてきます。それは、「富良野塾とは何か」という興味に惹かれ、殆どを読まされるという仕掛けにあります。
 にも拘わらず、私的には「それほどの嫌悪感を抱かなかった」のは、作者の30年前の記憶により「作られた」「曖昧にされた」記述の「稚拙さのままを押し通した作品」という希有の方法で「芥川賞を得た」という意外性でしょう。そこに、普段「巧みに計算し尽くされた」「高邁な」「理屈っぽい」「高みから見下ろす」「教養が溢れている」「ふてぶてしい」「オタクっぽい」「生い立ちが面白い」という類の作品を見慣れている目に、「北海道の『谷』といわれる集落を切り開き」「半端ではない条件下で」「農、土木作業に明け暮れる」という、シンプルな風景を描いてくれた、ということでしょう。
 芥川賞作品を擁護するというのは好みではありませんし、この作者の考えや、過去三回の候補作のことも知らない訳ですが、読後に「うまく説明できない」(川上氏)のですけれども、「風景が肌に感じて立ち上がる」という奇妙な「印象」が消えないのです。「壮大な空振り感」(吉田氏)という評もあるように、「絶品」というわけではありませんが、私も「素通り」(小川氏)しかけようとしたものの、この奇妙な作品を否定はしないということに落ち着きました。

 倉本氏とのこともとやかくいわれることだとは思われますが、私が最もプラスに傾いたのは、小学一年時に書いた作文が、「はぐるま」という神戸市の児童文学の巻頭に載せられたとき、「住んでいた家が雨漏りはするし、狭いし、酷いボロアパートだ…」という内容だったので、母親に「そういうことを書くな」ともの凄く怒られた、という記述があり、同じ思いをしてきた私が大きく傾いたということも否めません。
 それにもう一点、「文字から何かが出てくる」という手法です。テーマも登場人物も考えなくて、「夕方」と書いたら夕方のシーンにするし、「僕は」と書いたら男の主人公で、「私は」と書いたら男か女か分からなくて、書き進めていかないと「自分でも話が全く分からない」という手法だそうです。つまり、「小説の勉強をするのではなく」、「この自分のスタイルで書けなくなるまで続けたい」という「馬鹿を維持するしかない」という点にも、(評論や文章作法云々の苦手な私は)興味を持ったところです。


 
書くため0213(2017.02.13)
 免許証の更新に出かけたついでに、文藝春秋3月特別号を買ってきました。
 芥川賞の発表号です。さて、どういうことなのでしょうか。


 
書くため0212(2017.02.12)
 書くために、今現在の書きかけ(といっても、過去に準備したもの)の主な分を書き出してみました。内容を問わないなら、約50はあるのです。もっとも、書きかけていたというものは、それ以上の展開がうまくいかなかったとか、たいしたものでなかったとかの理由になりますが、今すぐにナントカせねばとなれば、これだけは目の前にあるというふうに前向きにとらえることにしました。
 もっとも、その後、というか現在書き止めねばならない項目も数十はある筈ですから、まあ悲観しないようにしなければ、と思ったところです。


 
書くため0211(2017.02.11)
 あまりに冷えるため、気になっていたイラストの扱いを復習してみました。イラストの方は、なんとかなりそうな気がし、少し心穏やかになりました。
 後は書き始めの調子が出れば、うまく回転していくのですが。


 
書くため0210(2017.02.10)
 あまり寒いので、書く方に集中できず読む方にと。深沢七郎の「楢山節考」「月のアペニン山」「白鳥の死」などです。
 深沢七郎は、気が散漫になると決まって読みます。何度読んだかしれないほどですが、何度読んでも新しさを感じます。
 トランプショックを目の当たりにし、「いま読むべき作品」「現実がSFに近づいた」と、改めて注目を浴びている作品といわれる小松左京の「アメリカの壁」をアマゾンに注文しました。 


 
書くため0209(2017.02.09)
 陽羅氏の新ヒラリズムによると、『「ブンガク」と呼ぶものをやっている者は、「呪いじゃ」と、じつに嬉しそうに答える。呪われてるなら辛いでしょうと聞くと、「辛くて死にそうじゃ」と、じつに幸せそうに答える。「呪われた者」であり、、至福の呪いである。』とあります。そうでしょう、と言えるほど分かったわけではないくせ、その言わんとするところは理解出来ます。
 呪われたというしかないし、周囲に話すにもそうしか言えそうにありません。
 

 
書くため0208(2017.02.08)
 さあ、書くことに向かおうと構えたのですが、詩文はいっこうに進まず、中途で時間をおくことにしました。
 散文の方も、構えがまだできていなくて、これから考えることになります。
 できたら「目新しいものを」と願うのですが、簡単に出てくるものではありませんから、結局読むことになり、挙げ句、書くことも読むことも半端なままです。


 
書くため0207(2017.02.07)
 海冊子の依頼があったので、手紙を書き、送付しました。
 さてさて、何を書きかけていたのだったか、このところとぎれがちです。読む方も、しっかり仕切り直しをして、積み重ねていかねばなりません。
 海第17号は、年末年始にかかったためか、最近目立った評価などが出ません。


 
書くため0206(2017.02.06)
 禅問答に等しいかもしれないが、午後3時、上弦の半月が顔を現していました。
 昔からここにあったのかもしれませんが、昼間から月は出ているのですねえ。


 
書くため0205(2017.02.05)
 全59編の合評になる。人生の殆どの問題は、ここに込められているかもしれません。圧巻の掌編集だと思います。
 学生諸君をはじめとする、若手の参加が嬉しいですね。


 
書くため0204(2017.02.04)
 ひょいと出て来た本「七つの封印」(ヨハネ黙示録の全貌)というのを、また出して眺めています。内容は人類の消長に関するものですから、今の世界の情勢や、人種、民族、政治、環境問題などと絡めて読むことにしています。
 予言書というのは好きではありませんが、聖書に何故か収められている「ヨハネの黙示録」というものがまことに不思議な存在で、興味の尽きないことです。


 
書くため0203(2017.02.03)
 全作家承編集の、2回目を読んでいます。
 他のことは低調です。


 
書くため0202(2017.02.02)
 読んだばかりの「世間人として、普通人として、常識人として、駄目になる」というくだりが気になって、朝方まで眠れませんでした。
 ここが理由で「嫌がられているんだ」ということは、以前から解っていました。となると、自分たちのような端にも棒にもかからないものもそうだとして、大々的に世間に喧しい人気を博したりすると、周囲はいったいどういうことになるのだろう、と思えてなりません。もっとややこしいドラマが生まれたりするのでしょう。
 故に、にわか芸人当人や、家族たちが阿修羅となる様は仄聞しないわけではありません。自分たちは、まだ金に縁がないだけマシだと言えるのかもしれません。
 一般的に、芸術家やモノ書き(詩人、作家)の類を抱えた血筋の人たちは、どれだけ多く「芸術の悲劇」の中に織り込まれてしまったことでしょう。
 なにしろ「芸術家や芸術家崩れたちは、人間としてはなはだ未熟のままに、不器用にしか生きられない」のですから、察して余りあるところです。
 芸術家や芸術家崩れたちのことは、やはりアスペルガー症候群とでも呼ばないことには始まらないのではないでしょうか。彼らに、家産を継ぐ、恒産を繋ぐといった「全くの世俗事」の才覚もなく、できよう筈もありませんから。


 
書くため0201(2017.02.01)
 薄ボンヤリしたまま、掌編を読んでみます。頭に入っているのかいないのかわかりませんが、これをやらないことには始まりません。
 陽羅氏のヒラリズムには、「つまるところ、詩人(小説家も同じ)になるとは、社会人として、世間人として、普通人として、常識人として、駄目になることである。よって、そうした、『志』なくして、詩など書かぬがよい」とあります。
 うーむ、ここで昨日の「血の繋がり」を思い起こしました。


 
書くため0131(2017.01.31)
 今日の西日本文学展望のテーマは「血の繋がり」ということで、牧草氏の作品が紹介されました。
 誠に、この問題は日々に深くあるもので、私もこれを作品化しようと何度も試みましたが、相当の覚悟をしないことには書きおおせないものです。書くべきか、書かざるべきかと、入口のところで迷ってしまいます。
 たまたま昨日、NHKの「プロフェッショナル・動物スペシャル」を見て痛く感動したところですが、実際のところ、人間には「超難問」です。
 今回の九州芸術祭文学賞の最優秀作品も、「アル中」を扱った作品らしく、(粗筋によると)いったん人間が破綻して戻ってくるまでの作品のようですが、このブザマな人間とは何なのでしょう。それをヨシとする「文学」とは、また。


 
書くため0130(2017.01.30)
 風邪と、風呂蛇口の交換のため、読むも書くもないままでした。
 ここに書くことではないのですが、たまたまNHKの「プロフェッショナル・動物スペシャル」を見て痛く感動しました。「夜間救急の獣医さん」「緊迫の中でのキリンの飼育」「ゾウ飼育30年の愛情」「介助犬・驚きの能力涙の物語」というものですが、全てに通じているのは『愛情を注がないことには心が通じない』(ましてや、人間において…)ということでした。


 
書くため0129(2017.01.29)
 そうです。そうだよなあ、と思うことです。
 わが心の、殊に貧しい青春は、まず親鸞の「悪人正機説」を知ることから始まりました。仏教とは縁がなかったのですが、わが心に慈雨のごとく降り注いでくれました。
 勤務先では、(本当に謙虚に振る舞う美人の方から・美人でなくともよかったのですが)三浦綾子さんの三部作を教えてもらい、聖書を読むことに繋がりました。
 今日故あって、聖書の話が出、久しぶりに新約、旧約聖書を取り出してみました。ここに心を癒やしてくれる泉があるのだったと、忘れていたことを思い出しました。


 
書くため0128(2017.01.28)
 原稿を整理し、道場関係者に送りました。


 
書くため0127(2017.01.27)
 私が書くべき「テーマ」は、恐らく「終末絵図」だろうと思われます。
 報じられている「終末時計」に似通ったことが、ずっと心を占めてきました。幼い頃から、幾度も幾度も「その光景」を夢に見てきました。
 このことを表現するのは「文学や文芸」であるのかどうか迷うところですが、わが拙い読書歴からみて、幼い頃には読書を禁じられていたため殆ど読んだものはありませんが、青年期頃からようやく自由を得ても、文学書には向かっていません。
 もちろん、最初に心を奪われたのは、元図書室というべき中学校の倉庫で見付けた貧弱な明治の文学全集でした。啄木、朔太郎、芭蕉へは飛び込んで行けましたが、年齢が年齢だったためか、その後文学の王道ともいうべき漱石にも鴎外にも太宰にも深い興味が持てずにおります。翻訳文学に至っては、お寒い限りです。
 そういう淋しい限りのわが読書歴であり、系統的に学んだものとてありませんので、はてどうすべきかと悩むところです。はっきり言えるのは、「娯楽文学」「売るための文学」「時代文学」「推理もの」などには向かわないだろうと、整理をしてみました。
 人間だけを中心に据えるというものにも気持が引かれないので、人間関係を書き込むというのにも今一つ乗れないのですが、「人間のことを書かないでどうする」という内なる言葉を支えに、自分なりのものを書きたいものだと思うところです。


 
書くため0126(2017.01.26)
 次号海の作品を練り直していましたが、気持が切れました。
 目の前に置いていた村田沙耶香の、「しろいろの街の、その骨の体温の」を読み出したら止まらなくなりました。彼女は確かに、何かに異常に固執するところがあります。しかし、彼女の読書歴などを読むと、少し偏っているのかもしれませんが、現実に書かれた作品(古典から現代作品まで)の多くと、実に深く関わっているようです。
 小学生の頃から、文体を確立したいという考えは、まず誰も持ち得ないと思います。彼女が「かなり偏執的」といわれようと、多くの経験の中から生まれ出たエキスが今の作品であるのだ、と確かに感じるものです。


 
書くため0125(2017.01.25)
 道場と、次号海の原稿ですね。
 身辺雑記ではなく、かといって切れ味のよいもの、というのが一番ですが。努力はしてみますが、こればかりは思いどおりにはいかないものですね。
 井本氏の小説「三人の母」(胡壺)と詩「訣別」(詩と眞実)は、鮮やかですね。というより、大山小山を潜り抜けてきた氏の大きさが羨ましいです。


 
書くため0124(2017.01.24)
 蛮勇を奮い、短編集の原稿を出しました。
 何を出しても、今たいしたものが書けそうもなく。迷っていますね。何か、幹のようなものに出合えればいいのですが。いつも、枝枝ばかり書いています。
 幹がないことはないのですが、書けない(今は)です。しからば、もう少し理論武装をしてかかればいいところ、これが苦手(無理)ですから。
 恩田陸氏に比べるべくもないのですが、彼女は「一作一作、出す物が違う」ということですから、いやあ恐れ入ります。


 
書くため0123(2017.01.23)
 全作家掌編集を読み終えました。58編の作品は、なかなかの読み応えがあります。新人の作と思われる数編が、なかなかのものです。もう一度は読まねばなりません。
 全作家短編集の方にもかかっています。以前の作品に手を加えるものですから、大方はできているのですが、もう少し深めていかねばなりません。


 
書くため0122(2017.01.22)
 さし当たって、全作家掌編集を読み通さねばなりません。今、2/3程度でしょうか。こうして並べて見ると、2ページの作品といえども、作者により大きな違いが見えます。
 ともかく、2度は読みたいものです。
 引き続き、短編集にも掛からねばなりませんが。


 
書くため0121(2017.01.21)
 時間が切迫してきました。まず、全作家掌編小説58編を読まねばなりません。続いて、全作家短編集の原稿です。
 第156回芥川賞に山下澄人氏「しんせかい」、直木賞に恩田陸氏「蜜蜂と遠雷」が選ばれました。


 
書くため0120(2017.01.20)
 小説と詩と評論、全作家掌編集。全作家短編集などを読む予定です。
 鍼に行って、余計に疲れて、まだ気力が盛り上がってこないままです。外は風雪が音立てて、吹き殴っています。


 
書くため0119(2017.01.19)
 小説と詩と評論第336号が送られてきました。第13回森田雄蔵賞の発表です。島永氏の「霧の山伏峠」と、本間氏の「アパートの男」が受賞作だとのことです。選評も読み、全く同感だな、と思わず独りごちてしまいました。
 この二氏が、受賞作によらず、今最も良い作品を発表していますから、納得するところです。おおいに励みにしていただきたいと思います。


 
書くため0118(2017.01.18)
 パソコンのバッテリーチェックに7時間を要しましたので、その間サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」や「ナイン・ストリーズ」の中の「バナナフィッシュにうってつけの日」「小舟のほとりで」「エズミに捧ぐ−愛と汚辱のうちに」などを読みました。
 読みましたと書いたものの、よく解らなかった、というのが本当のところでしょうか。サリンジャー自身が、多分アスペルガーであり、第二次大戦に従軍したということが心に妙な翳を落としているようで、読む方のこちらまでが妙な気分になりました。
 もっとも、一度の読みでは読めていないのだろうと思われます。


 
書くため0117(2017.01.17)
 雑用に追われながら、「ライ麦畑でつかまえて」を読んでいます。今度こそは、今日読みきりたいものです。
 読むスピード、これも技のうちでしょう。


 
書くため0116(2017.01.16)
 さてと、サリンジャー「ライ麦畑でつかまえて」を読んでいます。今、あれこれを読んでもなかなか頭に入ってこないのですが、まだ1/3ほどです。
 自分の習性か、文学というものが解っていないためか、どちらかといえば理系の書き物や詩やミュージックや絵の方が素直に入ってきます。
 それでも、比較的若い頃に読んだ朔太郎、中也、啄木らの詩や歌、芭蕉や放哉の俳句、深沢七郎、宮本輝(初期)、村田喜代子、辻仁成、松本清張(初期)、三浦綾子、小川洋子、南木佳士、三浦哲郎、村田沙耶香らの小説を好んで読んできましたが、これらのうちに通う理念とか骨格とか傾向とかはよく自覚しないままです。
 どうやら、文学というものが解っていない、という方が適切です。しかし、ことここに至っては、「誰の」とか、「どういう」とかは置いて、作品のエキスというか一行に出会い、感応することができれば、というつもりでいます。


 
書くため0115(2017.01.15)
 少しその気になってきたので、順序を決め行うことにしました。
 まずは、全作家短編集の作品です。これは過去の作品でもOKですから、幾つかを候補にあげ、練り上げることにしました。
 その後は、2〜3の予定のものから始めることにします。内容は書きながら、これから考えることになります。本当は、しっかりした企画意図があって始めるべきなのですが、自分にはどうもこの式は合っていないようですし、書いている途中に思い付くというか、降りてくるというか、こういう勘に頼ることになります。
 1作が、こうもたいへんなものだとは以前は考えもしないことでした。


 
書くため0114(2017.01.14)
 少しその気になって書き始めたのですが、本を探しているうち、本の並びがあまりにヒドイので片付けになりました。
 知らないうちに同じ本を手にしていたり、ハウツウものの本がどっさり出てきたりと、うんざりしながら「捨てようか」と選りだしたものの、結局また元の位置に。この「捨てる」「まとめる」ということが苦手なもので、頭の整理もうまくいっていないようです。特に他誌の恵贈分が増える一方で、どうしたものかと思うところです。


 
書くため0113(2017.01.13)
 雑件を読んでいます。この「読む」ということはとても大切なことですが、「書く」がないと落ち着かない仕組みになってしまいました。
 その書くがありません。何だか落後してしまったかのように思うのは、いいことなのか悪いことなのか。調べ→書く、という手順に持っていければ、この「空疎」と感じることもなくなるのでしょうが、今に至ってもコツが掴めていません。


 
書くため0112(2017.01.12)
 全作家のHPの絶対文感について、またまた拙い感想を書きました。
 絶対詩感にあげられた詩人たちや詩はすばらしいもので、心に沁みるものばかりです。散文を書くにも詩の心を持つことの大事さ、これは日頃から思うことです。
 宇多田ヒカルの音感や詩(詞)についても触れられており、私も、音学(ミュージック)や絵が放つものの強さ、心に訴えるメロディやリズムや言葉や色彩などがどれだけ「伝える力」を強く持つかについて、自覚し納得するところです。


 
書くため0111(2017.01.11)
 日に何度も目薬をさしながら、パソコン画面を見、本を見ます。
 まるで能率があがっていませんので、今日の記述は「なし」とします。


 
書くため0110(2017.01.10)
 何をしたろう、というほど何もしなかったことです。
 海のHPに少し書き込んだりしたものの、何も芯の部分には入りませんでした。


 
書くため0109(2017.01.09)
 竹内久美子の動物学関係の本を読んでいます。なかなか興味あるないようですが、ウィキペディアによると「トンデモ本」なのだそうです。
 まあ、どこまでのトンデモ内容か、興味あるところです。


 
書くため0108(2017.01.08)
 電車の行き帰りに、また深沢七郎の「楢山節考」などを読んでいます。博多を舞台にした「秘戯」、これは博多人形を楽しむ仲間が、人形の裏に男女のコトを描き見せ合うのですが、その人形は決して残さない(壊す)というものですが、なかなか「謎めいた」物語になっており、心の奥に問い掛けてくるものがあります。
 私たちの知らない博多が出てきて、面白くもあり、ものさびしくもありという、深沢作品のよさを、すばらしさを、読む度に発見します。


 
書くため0107(2017.01.07)
 書く方に回ろうと試みましたが、今ひとつ調子に乗れません。
 いくらか読んでも、書く段になるとやはり自分自身の素との兼ね合いになりますから、右から左にうまくいくという具合にはとてもなれません。
 諦めて、深沢七郎「みちのくの人形たち」などを読みます。


 
書くため0106(2017.01.06)
 3日前のこともあり、「コンビニ人間」を読み返してみました。コンビニという狭い世界に限った不健全な作品なのかもしれませんが、社会不適応というか、アスペルガーというかそういう気質の主人公ですから、読み方によると「何の感動の、カの字もない」と言い捨ててしまえるのかもしれませんが、自分も前者に近く、身近にもそういう気質の者を抱えている身としては、気持が入り過ぎるほどに入ります。
 エリート風の方が力み込んで書いた作品、あるいは教科書みたいな作品をヨシとされる向きには、何の異論もありません。それが結果であるのですから。


 
書くため0105(2017.01.05)
 龍舌闌を読みます。ここにも、上質の文芸があります。
 1年の計は元旦にあり。元旦ではありませんが、これまでの作品の発表具合を書き出し、表にまとめてみました。以前のことはわかりませんので、ここ10年の資料を調べ、一覧にすることにしました。ここから、何かが見えてくればいいのですが。
 まとめてみると、一貫性のなさがよく解ります。一貫性が必要なことかどうかは解りませんが、いつまでも「行き先はボールに聞いてくれ」ではコントロールも、スピードも、切れ味も出ませんから「いったん立ち止まる」必要はおおいにありそうです。


 
書くため0104(2017.01.04)
 詩と眞実第807号から811号までを、まとめて読ませていただいています。


 
書くため0103(2017.01.03)
 詩と眞実、季刊遠近など、まとめて読みました。


 
書くため0102(2017.01.02)
 文芸思潮賞を読んでみました。最優秀賞の「海洋の響き」:大胆でエネルギッシュな筆致で、目を惹き付けてくれますが、中年男が高貴の出の高校生を愛するというところはなかなかのもの。が、少々疲れてしまいました。
 以下優秀賞になりますが、「夕映え 九十五歳を生きる」は読んでいません。「街路樹」:教科書みたいに、ストーリーもよく、葛藤もあり、胸に迫る部分もあり、上手さはさすがです。が、新社長と受付の出来のよい若い子が、偶然に親子だったというくだりなどは作り過ぎではないかと思うぐらいで、欠点のなさそうなところが気になりました。やはり、めでたしめでたしで終わるのですね。「じはんき きょうそう きょく」:この破天荒な発想の方が面白く読めました。童話なのでしょうか?
 驚いたのは、芥川賞作品への批判はアリとしても、冊子全体が「コンビニ人間」への手厳しい批判です…。
 季刊遠近「寒桜」、「夏の夜の唄」「顔」、面白く読ませていただきました。


 
書くため0101(2017.01.01)
 ホームページの整理をし、新たな頁にいつでも入れるように準備しました。
 いただいた年賀状の中にも、海の作品に触れていただいている数枚がありました。昨年は海の外的スタイルにかなり気を使いましたが、これからは本来の「書くこと・読むこと」に打ち込めればいいな、と願うところです。
 なにより、実験作ばかりを書いてきましたので、できればいくつかのテーマを整理し、書き繋いでいきたいというのが今の願いです。




 索 引


2017年

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