コーヒータイム


 「無名作家のメモ」、「無名作家のつぶやき」とでもいうべき欄です。
 このHPの中で、管理人が、最も気楽に書いている部分です。内容は、やはり「文芸について」です。


ということでありましたが、評の類はどうにも苦手であるということがわかりました。
2010年2月からは、「小説に至るメモ」の場として、この欄を使いたいと思います。乱雑なメモ、の類
に終止するかもしれません。

私生活については原則として触れないことにいたします。同人誌等の関係者の記述をする場合に
あっても、出来得る限り御迷惑にならないように心掛けるつもりでおります。


2011年07月からの分は→ NO3へ
2009年12月までの分は→ NO1へ

 


 
詩作(2011.06.29)
 最近、詩作の方に力が入っているようです。勿論、小説にも力を入れています。
 HPの活用と同様に、公募情報の活用も、1作を書く上で大きな動機付けになります。もっとも、なにかを得ようということよりも、次の1作を書く上で、厳とした締め切りを設定してくれるという意味合いにおいて、というべきでしょうか。


 
新刊書(2011.06.26)
 長い間、注意を払って本屋を覗いていなかったためか、それとも最近本屋さんが積極策に転じたのかわからないのですが、このところ数回本屋を覗いて見ると、売れっ子作家の本が平積みにしてあり、「これでもか、これでもか」と迫ってくるようです。
 それも、映画化決定とか、DVD発売中とかの、いわゆる「観てから買うか、買ってから観るか」の路線が功を奏しているらしく、それはそれは華やかな光景を見せています。
 はて、こんなに売れっ子作家がいたのだったかと思いつつも、その平積みの冊数の半端じゃないことにも驚かされます。「○○賞受賞、◎◎大学卒」、「これこそが、今のファッションだ」といわんばかりの、迫力で迫ってくるからすごいですね。
 それに、集まっている人の数も半端じゃありません。まるで、デパートの人気商品に群がる様そのものです。
 確かに、今をときめく彼らの作品が「上手くて、面白い」ことは十分認めます。このスポットを浴びて晴舞台に立っているといわんばかりの姿も、さもありなんと思います。
 一方、同人誌はといえば、その本屋の最も日の当たらない場所にひっそりと、無造作に置かれてあり、「これはなんだろう」と複雑な思いで本屋を立ち去りました。


 
全作家(2011.06.24)
 全作家第82号が送られてきました。拙作「藪の中」が掲載されています。考えてみれば、海以外に作品が掲載されるのは、かつての西域以来になります。海ほどの長いのが提出できないのが少し残念ですが、この頃は10枚の作品にも挑戦させていただきましたし、作品は長い短いに関係なく、良いものは良いのだ、との感を強くしつつあります。
 全作家の作品の方、さていかになりますやら。
 全作家でいえば、先頃短編作品集にも「あだし野へ」を掲載していただき、ありがたいことです。太宰府の片隅でこつこつとやっていることが、東京の誌に掲載されるという、考えてみれば、自分にとってはすばらしいことなのです。


 
締め切り(2011.06.21)
 少々作品の中身を練り上げ、締め切りにはまだ十分間に合うからと、見直しを繰り返し、さてと資料を確かめてみたら、なんと昨日が締め切りになっていたのです。わが頓馬なところは相変わらずですが、なんとも締まらない話です。
 こういう場合は、最初から縁がなかったのだとすぐに諦めてしまいますが、いつになってもお目出度い性格は直らないようです。
 反対に、同人誌の締め切りにはうるさい私ですが、誰にでも思い違いやうっかりはあるものだと、わが失敗を少しは生かせればと反省しきりです。


 
便り(2011.06.17)
 お願い事があり、3年前に同人誌を退会されたY氏に電話を入れました。確か、94歳ぐらいになられる筈。電話の向こうの声は、以前と変わりなく明朗で、とてもお元気であられるな、と感じたものです。
 ところが、半年間の入院をしていて退院したばかりとのこと。タイミングがよいというべきか、その間の闘病生活のことは知らず、90歳を過ぎても矍鑠とされていたイメージのままに話をすることができました。
 Y氏には、私たちのためにいつまでも頑張っていただきたい存在です。御自愛くださるよう、心からお祈りいたします。


 
金言(2011.06.15)
 書きかけて放っておいた作品に、少し手を入れました。
 こういうことは、ずっと続けてやらないと、少し間が開けば、それこそ間が抜けたと言うべきリズムになります。
 丸山健二氏が言われるように、日々を疎かにしないトレーニングがいかに大切であるか。これは、まさに金言であると思います。


 
準備OKなれど(2011.06.13)
 ようやくPCの設定を終え、他の件も用務だけはこなし、校正刷りの方にも目を通し、さあというところに辿り着きました。
 かなり乱雑に散った気持ちをまとめ、まず1つの作品を仕上げたいと思います。出来のほどは知らず、作品を重ねていくことがなによりのトレーニングになるのだと信じています。文芸人たるもの、先を見なければ始まらないと思っています。


 
文学力2(2011.06.11)
 半年ほど空虚な時間を過ごしました。これが止んだわけではありませんが、少し気持ちを入れ替えて新たな作品にかからねば、と思うものです。
 今日の新聞に、丸山健二氏が次のように言っています。
「書き言葉はトレーニングで身に付けないとだめだ。ちゃんと書き続ければ、死ぬ最後の日までレベルアップしていける。‥‥自分のことを丸出しにするのは文学ではない。本当の文学は意識下にあり、そこに達しないと魂に触れることはできない。‥‥想像もつかないことをやってしまうのが人間。不気味な怪物だ。だから書くに値する」
 この内容を理解できるわけでもないのですが、なにかよく撓う鞭で一撃されたような気分です。吟味し、心していきたいと思うものです。


 
データ保存(2011.06.09)
 これまで保存しているデータをうまく使えるようにと、PCの機種はN社制に変更し、それもOSのダウングレードを唯一してもらえるからということで踏み切りました。
 しかし、機種が変わったためか、これまでの保存データの使用にはそう簡単には辿り着けませんでした。なんでソフトが入らないのか、わからないままです。苦手のWORDをみなさんの標準ソフトにしているので、これが入らないと編集にかかれないという危うさに冷や冷やものでした。
 個人的には、一太郎の方が使い慣れているのですが、WEBで割付確認や校正をやっている関係で、標準仕様のWORDに頼らざるを得ないという仕儀なのです。
 改めて眺めて見ると、わがデータも塵のように積もって、なかなかどうして古いPCからスムーズに引っ越してはくれないという意地を見せるのでした。


 
文学力(2011.06.07)
 私には、文学に関する造詣も知識も力もありません。読書量も多くありませんし、例えば誰の作品をなぜに、と問われても答える力はもち得ていません。
 文学という言葉のさす意味も解していません。特に、「学」がわかりません。では文芸かというと、「芸」のこともよくわかっていません。
 わからなくても、文学(芸)作品に感動はします。なにに感動するのか、よくわかっている訳ではありません。
 文学も文芸もよくわからないけれど、自分が感動したような作品を書いてはみたいと思っています。


 
一字一字(2011.06.06)
 周辺になにかがあるときにも、私に出来ることは、浮かんできたものを一字、一字書き込んでいくことだけです。
 それが、なにかに繋がるかもしれないなどとは考えもしませんし、そういう意味では究極の孤独な作業に向かいます。没入したり、忘我の体になったり、というふうにもなるべくもありません。とにかく、一字、一字があるのみです。


 
自然災害・人災(2011.06.03)
 ある文芸誌は、今回の大震災・原発問題を正面からとらえておられるようです。
 私たち、文芸に携わる者が、このような状況を目の前にして、無関心であってよい訳はないと思います。文芸人(詩人)たるもの、人々の悲しみや、怖れや、嘆きを、素通りしてよい筈はありません。
 作品を、身辺雑記風に「ていよくまとめ上げる」ということは間違いではないでしょう。それに異論がある訳ではないのです。
 ただ、文芸人(詩人)としての研ぎ澄まされた感覚を持つのであれば、今回の大震災・原発問題、ひいては地上のさまざまなところで頻発している自然災害などが、われわれに何を語ろうとしているのかぐらいには、触れてもよいのではないでしょうか。


 
新聞の紹介等(2011.06.02)
 今日の西日本文学展望に、海からの1名の作品を大きく取り上げていただきました。たいへんありがたく思います。海が「個々が作る誌」をめざしている今、このように個々が注目を浴びるということは、なによりのことです。
 今回の紹介のテーマは、ものごとを肯定的にとらえるか、否定的にとらえるかということで、前者の作品を紹介されたわけですが、尤もなことだと思います。ただ、わが作品は、今回、否定の2乗ともいえるものであっただけに、感じるところ大でした。
 ほぼ同時に、全作家協会「全作家短編小説集」が刊行になり、送られてきました。私も一部に名を連ねさせていただいておりますが、ざっと見渡しただけでもかなりのレベルの作品が掲載されており、読み進むのが楽しみでもあり、怖いようでもあります。 


 
スピリチュアル3(2011.06.01)
 こういう関係の本などを読んでいると、現在の職業とはあまり結びつかない芸術関係のことは、私たちがどういう経過をたどろうと、最も強く「魂に残ること」ではないだろうか、と考えます。 
 音楽、美術、文芸など、もともと人の魂に訴えかけるものですから、そうだろうなと思う次第です。であるなら、いい加減な作品など書いて悦に入っているなどよろしくないということになり、己を戒めねばならない次第です。


 
新聞の紹介(2011.05.30)
 西日本詩時評に、海から2名の作品が紹介されました。
 西日本詩時評や西日本文学展望には、これまでも度々紹介していただきましたが、海の行く末がやや厳しい状況だということもあり、殊更嬉しいものがあります。
 同人数が多いに越したことはないのですが、やはり中身です。一作、一作がそれなりのものであれば、きちんと評価していただけるのだ、と得心いたしました。
 とても嬉しいニュースでした。


 
スピリチュアル2(2011.05.25)
 この内容の本や作品を読んでいると、「自分は長い間、このことを求めてきたのだ」と思え、リラックスできます。体調も、自然と上がってくるようです。
 コナンドイルが、作家としてより(作家を捨て)、この方面に入って行ったという気持がよくわかります。
 自分の求める真実世界、といっても過言ではありません。


 
スピリチュアル(2011.05.23)
 スピリチュアルにはまっています。約20年前にも、むさぼるようにこの手の本を読んだ記憶があります。
 私には、どうしても人情の機微の巧みな表現だとか、ストーリーの斬新さとか、スケッチの好悪とかいう、いわゆる文芸王道の作品には飽き足らないものを感じます。
 では、なぜ文芸をやるのかと言われると詰まってしまうのですが、人間の人間たる所以のことはもとより、人間や、とりまく事物をも含めたものの意志の存在、のあたりまで至らねば収まらないのです。つまり、詩人としての感覚が最も大切だと思うのです。
 私流に解釈するならば、それが文芸だと思うのです‥‥。しかし、どうもそうではないようだ、ということも薄々分かってはいますが、たとえ我流と言われようと、それを目途として「文芸」をやっていきたいと思うものです。


 
暑い日は(2011.05.21)
 書かないことを暑さのせいにしています。
 それにしても、いきなり30度は暑いです。去年の夏を思い出します。しかし、去年の夏はまだ、純粋な目標があり、自分自身も懸命でした。
 今、何が変わったというわけでもありませんが、やや不調です。でも、一定の数の作品はどうあっても書くことにしています。
 それにしても、暑いです。


 
最近は(2011.05.20)
 最近は、即興で詩ばかり書いています。
 散文は、全作家とか文学街の方に、この頃気持を向けすぎているきらいがあります。
 さりとて、海が急に大人数になる気配もなく、海は海でじっくりやらねばなりません。今とても気になっているのは、やはり、2012年問題を核とする人類終焉と次元上昇ということになってきます。と、いうことばかりが頭にあると、普通の本が読めないし、書けないというスパイラルに陥ってしまいます。
 幼い頃、いつも夢見ていた「無」の感覚に、とらわれ過ぎているのかもしれません。


 
書けないときは(2011.05.17)
 書けないときは、1字すら書けない。素人の私ですから、こんなことは当然のことですが、1字すらも書けないときはさすがに気分が晴れません。
 いつも5月は、こういう状態になります。まあ、誰にも迷惑をかけるでなし、と思えば悩むこともないのですが。フォトン・ベルトなどにはまり込み過ぎたのかもしれません。元はといえば、持論であったのですが‥‥。


 
フォトン・ベルト(2011.05.14)
 文芸人であれば、天変地異の多発、いわれなき戦争や虐殺の横行、世の逼塞と揺れ動きなど、これまでとは違う事象に気を留めずにはいられない状況である筈です。
 しかし、文芸面では相変わらず、たかだかこの百年、二百年の作品を土台にし、日常の老人問題がどうした、人間関係がどうした、などという作品を高く評価し、面白いとし、それを文学などと称してありがたがっているようです。
 わたしには、もう時は迫っていると感じられます。これまでのような文芸のあり方や評価は、もはや意味をなさなくなりつつあるのではないかと‥‥。何かの迫り来る足音を、息遣いを感じ、正直に表してもよいではありませんか。もう、荒唐無稽だなどと笑い捨てている場合ではない、と思えるのですが‥‥。


 
送り出す(2011.05.13)
 海のメンバーを、また送り出すことになりました。送り出すと言えば聞こえはいいのですが、早く言えば退会ということになります。
 確かに、海の設立の条件が非常に限定されたものであり、主力が去った後でありましたので、人材が枯渇してしまっているという状況は否めません。そのあたりの不安が、留まるのを妨げる要因になっているようです。
 しかし、海は新たな指針のもとに出発したのですから、現方針でやって行くほかありません。と言うより、力のある人には非常に適した環境であると考え、自分の作品に自信を持ち、多くを発表し、その力のほどが生かされる仕組みになっていると思われます。
 新たな人材も育ってきている今、新陳代謝もやむを得ないことかと考えます。


 
発行回数を増やす(2011.05.11)
 発行回数を増やすという話も出ていますが、現在まだ、体制固めと意欲の盛り上がりが今一つですので、2年続けて見送りになりました。
 どうせやるのでしたら、年3回程度は発行するというのがベターではあります。最近、臨時増刊号を出しておられる誌が、身近に多くあります。
 なにはともあれ、自らの作品を準備しておくに如かず、となりますね。


 
決算報告、執筆要領(2011.05.10)
 昨日、決算報告と第6号の執筆要領を作成、送付いたしました。ここまでが一連の流れで、一つの終わりとともに次が始まります。
 必ずや、いい作品が寄せられ、いい第6号が作られるだろうことを願うものです。


 
合評会を終え(2011.05.09)
 少人数ながらも、合評会を終えることができました。
 特に懸案の、会費の問題に一応の方向付けをすることができたことは収穫でした。
 雑談もなかなか意義あるものでした。むしろ雑談の中に、いろいろのヒントがあるようで、とりとめのない話も、ときには機会を設け、行っていければと思うものです。


 
合評会(2011.05.08)
 前回、合評会はお流れになってしまいました。
 構成が、奈良、熊本、中間などと遠方の方ばかりですので、福岡地区のメンバーが少ないということもあります。とはいえ、一応の資料は準備し、他の受贈誌などを持ち、出かけます。議題はいろいろあるのですが、さて、うまくいきますやら。


 
文芸人(2011.05.07)
 連日の文芸人の役割についてですが、この時代や自然が発する足音や自然が行う呼吸に気付かないというのでは、私自身これをよしとしません。
 なにかを感じる→なにかのかつての記憶がある→ゆえに、さらなるなにかを感じるというような、理屈では説明できないなにかを感じ、それを記そうとしているのです。
 決して文芸は、閑人の遊びごとではないのです。そこに、常識のモノサシだけで文芸を計るというのは、すごくズレたことと言うほかありません。


 
決別(2011.05.06)
 ものごころついた頃から今日に至るまで、島の怨霊(後ろ向きの考え、守ることしかない考え、先を見せない・覗かせない考え、我のみをよしとする考え、愛他がない考え)に取り憑かれていたのかもしれません。私の場合は、それを捨てます。
 もっとも、これをよしとする人々のことまで、云々はしません。
 今朝の閃きに、そうありました。
 文芸(特に、詩)に関わる者が、迫り来る時代の足音が聞こえないわけはありません。というより、その先達の役割を果たしてこその文芸人だと思います。


 
生きたいことに忠実に(2011.05.05)
 作品の上での話から、「生まれて来たことの意味をよく考え、自分の生きたいことに忠実に、誠実に生きたらどうですか」という御意見をいただきました。
 いろんな掟や頸木に進路を阻まれようとも、やはり信じた道を行くほかありません。それが、例え、ゆえなく誹られるような仕儀になっても、それを越え、与えられた道を行きたいと思います。他の思惑を、ちらちら気にしても仕方のないことです。その責任は、自分の元にあり、結果は結局自分に返ってくることになりましょう。


 
とにかく作品(2011.05.03)
 とにかく作品をということで、小説作品を書いてみました。
 小なる説ではありますが、回数を重ねれば上手になれるというものではないようです。こうなったら、数だけでも重ねていくことにしています。評価など二の次。書くことに意義がある。最近は、このような調子です。
 義母の作品も、少しずつ活字に直し始めました。


 
良質の作品(2011.05.02)
 良質の作品に出会いました。世間のことばで言えば、「良質」という表現は、あるいは使わないかもしれませんが。
 文芸での良質の作品とは、体当たりして、ボロボロになって、返り血を浴びて、そのような理不尽な中にあってなお、人間性を発見し、快復していくという内容であったりします。いわゆる、世の美談とは異なります。
 しかし、そんな中に、魂と魂のぶつかり合いがあり、真剣な愛情が芽生えます。
 めったにないそんな作品を読ませていただきました。


 
遺稿(2011.04.30)
 義母の遺稿が出てきました。段ボール1箱分ほどあります。
 中身を見ないとなんとも言えないのですが、もしこれはという作品があれば、活字にしてやりたいなと思います。
 しかし、広告の裏や、薬袋の裏などに書き連ねてあり、どれがどう繋がっているのかを探し出すことから始めないと、いけないことのようです。


 
冷や汗(2011.04.29)
 思い入れの強すぎる作品では、前後のことで問い合わせがあると、答えに窮したりしますね。殊に、芸術性を意識しますと。
 私の場合は、純粋に「作り物」で通した方がよいようです。となると、そのアイデアを出すこと。そこに全てが始まり、全てが終わると言っても過言ではありません。
 妙な問答で、わかりにくい話になりました。


 
生涯現役(2011.04.28)
 発想が飛びすぎている、とよく言われます。その逆に、当たり前すぎるとも。
 文芸は芸術ですから、なまはんかなことでは良い作品が生まれよう筈もありませんが、私たちはそこを目指し、一歩一歩、いえほんの数ミリずつでも進むよりほかありません。 芸術に関わる喜びと、苦しみを、双方味あわねば、ことは動きません。
 海のHPに「生涯現役」の文字を入れました。文芸は、どなたかがおっしゃっておられたように、「命がけでやるもの」なのですね。


 
ぽつりぽつりと(2011.04.27)
 身辺にいろんなことがあり、文芸方面になかなか向かえない状況ですが、それはそれ、ぽつりぽつりとやればいい、とかなり楽観気分の方に舵を切り替えました。
 こんな天災地変が続発すれば、将来のことで考え込んでも詮方ないことです。ゆえに、今書けること、今書こうとしていることが自分にはベストである、ということにしました。やれることは精一杯やる、やれないことはやれない、の姿勢です。


 
他誌往来(2011.04.25)
 海の発行を担当するようになって、他誌の贈呈を受けるようになりました。
 それまで、他誌には全く触れることがなかっただけに、それぞれの誌が、それぞれの創意・工夫のもとに作られていることを知り、内容を読ませていただくようになりました。
 これはまさに、発行担当者冥利に尽きることであり、多くのパワーや技術や才能の存在を、直に知らされていることとなっています。


 
二十四の瞳など(2011.04.23)
 できるだけ、自分の好みに縛られないものを読もうとしています。と言っても、読書量の少ない私ですから、どれもこれもが初めて読む本のように、思えてしまいます。
 二十四の瞳って、こんな内容だったの? など、いつものことです。こんないい本があったのか、と言うより‥‥結局、知らなかっただけなのです。


 
投稿も(2011.04.22)
 たまには投稿も悪くないと思います。海の中を離れ、違う土俵に挑むのです。
 結果はどうであれ、「挑む」という気持が、私の場合大切なことに思えます。また、そうすることで、予期しない出会いがあったり、見聞を広めることになりました。
 できるだけ広い世界に出よう。これは、海のスローガンでもあります。


 
海を発行して(2011.04.21)
 海第5号を発行・発送して1週間が経ちました。
 この間、力強い激励や、熱心な御意見等が多く寄せられています。御意見等をお寄せいただいた皆様には、心から御礼申し上げます。
 掲載している作品は、現段階での私たちのベストのものです。それが、多くの方々の励ましに支えられ、一歩一歩ずつではありますが、よりよい方向に向かっていくものと信じております。
 今は、文芸誌をやっていてよかった、同人誌をやっていてよかったと思うのみです。


 
詩と散文(2011.04.16)
 ときとして、無性に詩が書きたいときがあります。私の場合、形などお構いなしに中身に直行しますので、本当に詩と呼べるものかどうかは保証の限りではありません。
 散文の場合も似たようなものです。10枚ぐらい書いて放っておくと、突然お呼びがかかります。こういうふうですので、散文も散文の体をなしているのか怪しいものです。
 ただ、このような衝動が来る間が近くなってきた感があります。
 書いては捨て、書いては捨ての繰り返しです。


 
時に応じて(2011.04.15)
 心が晴れやかでないときはそれなりの作品を、晴れているときもそれなりの作品を。そういうふうであれると、いいですね。
 なんにせよ、作品一つ生み出すにも、生みの苦しみというものがありますから。どんな状態であれ、作品を作るということは、ある意味で「普通ではない状態」と言えましょう。
 ただ、筆で攻撃を加えることだけはしない、と筆を持つ者として、自戒しています。


 
海の発行(2011.04.14)
 この重苦しい時期でしたが、海第5号(通巻第72号)を3月30日付けで発行し、昨4月13日に発送作業を終えました。
 具体的に目の前にある作業が、今回、癒しを与えてくれました。
 今回は、ちょっと薄めの号になりましたが、それはそれなりに悪くはないのではないかと思っています。この海がどう流れていくのか、後はなすがままに、の心境です。


 
海発行へ(2011.04.10)
 ごたごたの中、海は3月30日付けで発行となり、来週半ばには発送作業が行える見込みです。考えてみれば、海の発行のいろいろがあったからこそ、この時期をなんとか乗り切れたのかもしれません。
 改めて、文芸のパワーに脱帽し、癒されました。
 昨年の秋に行われた自費出版文化賞の授賞式で知り合った山梨のKさんから、お手製のブックカバーをいただき、早速愛用しております。ここにも、文芸を通じてのパワーがあります。
 文芸は、決して遊びなんかではないのですね。


 
文芸(2011.03.31)
 身辺がゴタゴタしておりますが、こういうときこそ文芸の力を感じます。やはり、人の心に射し込んでくる力があり、理屈ではないパワーがあります。
 私の田舎では、文芸など「遊び」だと一蹴されてしまいますが、こればかりはことばで説明できるものではありません。「感じて」もらえるか、もらえないか、という世界ですので、苦しいところです。
 同じ芸術でも、音楽などは理屈を超えて訴えるものがありますから、少しは音楽の方にも親しんでいれば‥‥などと考えます。が、まともに学の道に進ませてもらえなかった経緯からすれば、やはり音楽には縁を結べなかったのだ、と思い至るところです。


 
海の編集(2011.03.28)
 東北関東地方大地震に、当方も打ちのめされ、しばらく何も手につかない状態でありました。それにしても、原発の恐ろしさというか、原子力の恐ろしさには、言葉がありません。人間は「禁断の扉」を開けてしまったのかもしれません。
 原発の方はおいて、被災された多くの方々、関係の皆様の御苦労はいかばかりか、とお察しするばかりです。
 この間、何もなし得なかったのですが、「海」の編集の方はなんとかこなし、今日印刷の方に回すことができました。
 会費の方も若干の改革を行おうとしたのですが、当分の間は「現行どおり」ということになりました。自分の元気のなさが、「海」の方にも伝わっていなければよいのだが、と多少案じております。
(メモ)
 3.13文芸同志会通信に、「零地点」の中から「名人」が紹介された。
 3.26朝日新聞文芸リポート・俳句に「天女降臨」の中から6句が紹介された。


 
開始とともに(2011.03.05)
 海のあり方について、多くの御意見をいただきました。ありがたいことです。
 会費の問題、人の増の工夫、批評等の問題、情報発信の問題その他多くについて、です。発足してまだ油の回っていない海に、どう採り入れたらいいのか、まずは現状に沿ってやっていくよりほかないのでしょう。脆弱な背骨をなんとか立てる、このことにようよう取り組んでいるというのが実情ですが、のんびりとばかりもしておられません。
 タイミングというものがあります。芽を出させ、花を咲かせ、実を‥‥作品面では、今の陣容のみなさんに頑張ってもらうことがまず必要です。人や会費の問題等については、一応の検討はしてきたところですが、これには巧みなアイデアが必要なようです。
 とにかく頑張ります、ということばで今日のところは終わらせてもらいます。


 
編集開始(2011.03.02)
 さて、そろそろ海の原稿が出始めました。これから、当分の間、その作業に入ります。 私の不徳の故か、会員が増えるどころか減少の方にベクトルが向いていて、今ではそれがなんとも残念です。考えてみれば、立ち上げ当初は、あまりの作業の多さ、複雑さに、なにからこなしてよいものやらと、てんやわんやでしたが、その忙しかった頃が懐かしく思えます。
 ところが、会員が減ると、役割の何もかもをしなければならず、原稿集め、編集、本人への割付等確認依頼、修正、プリントアウト、校正、レイアウト、あとがき等々までこなし、印刷に持ち込みます。印刷では2回の校正をし、出来上がれば、宛名シール作成、貼付、発送などという運びになります。
 今回から、会計のことも新たに手がけます。
 あと、数人の参加が欲しい、と思えども‥‥こればかりは簡単には応じてくれる人がなく‥‥これも、私の不徳のいたすところです。ともあれ、この編集から発送に至るまでの間は、なぜか心躍る気分に浸ることになるのですから、本当に「モノ好きなのだろう」と、もう一人の自分が背中からあきれたように見ているのです。 
(メモ)
 3.1西日本詩時評に、零地点の中から「海の座標」が紹介された。


 
文学道(2011.02.27)
 私の作品に対し、よく言われることばがあります。
 内容が分からない。面白くない。独りよがりではないか。何のために書くのか。遊びではないか。文芸など、軟弱の極みだ。何の対価もなく、誰が認めるのでもないのに、何をやっているのか。むしろ、社会の荷物に等しく、社会を混乱させるためにあるようだ。社会悪だ。家の恥だ。わがままだ。卑屈な心の、歪んだ表現だ。虚栄心の表れだ。ひねた自分の逃げ道であり、卑怯な正当化だ。下卑ている。机の上だけで、何がわかるのか。
 と、こういった類で、全てを書き尽くすには至りません。これらによると、総じて批判的であり、懐疑的であり、うさん臭い、と言ったあたりにおおかたが収束されるようです。
 原稿を依頼されたわけでもなく、いわんや仕事でもないのに、部屋に籠もって鬱陶しいことをいつもやっている。見た目には、単なる引き籠もりに過ぎない、などです。
 これらのことばに対し、私には返すべきことばを持ちません。たいした学歴もなければ、たいした職歴もありません。賞という賞を得たこともありません。多分、独りよがりで、わがままで、言われるように、社会のお荷物でしかないのでしょう‥‥。
 ただ、同人誌の一員であり、ボランティアとして、懸命にこれをやっているに過ぎません。内奥から吹き上げてくるものを、何とかことばとして表現したいと思うものです。

 そんな中、文学街社刊「小・掌編作品選集NO5」に触れる機会があり、根保孝栄氏の「同人雑誌と文学」を読み、強く心打たれました。私も、こうありたい、いやこうあらねばならない、と気持を引き締めたつもりでおります。
 その根保氏のことばを、順不同(多少意訳もあり)ですが、紹介させていただきます。
・ 言葉は<言の葉>である。<言の葉>が真の力を発揮すれば霊力が生まれる。人の魂を揺り動かし、神の心をも動かす。(文学は、言葉による物語を行うものである)
・ 文学の世界では賞は意味をなさない。一作一作が真剣勝負なのです。賞を取ったからといって、それは将来を保証するものではない。先ず生計を樹てる道を第一に選ぶことです。(文中の佐々木基一氏のことばによる)
・ 同人雑誌の勝れた作家の多くは汚れた打算や一儲けしようなんて不純な心は一切ない。ただ祈りのように書いているだけである。
・ 同人雑誌作家には、少なくとも昔の文士のように高処を目指して精進する精神を少しは見倣ってほしいのである。
・ 好評、不評の評文に一喜一憂せずに、己の鉱脈をひたすら穿って行く執念を持っていただきたいと願う。
・ 昨日の自分を超克して明日の高処を目指しひたすら努力する者、これこそが文学道の神髄である。
・ 文芸評論家から酷評を受けようと無視されようと意に介さず、日々の錬磨を積み重ねて行く孤高の心、それが文学道の神髄であろう。
・ 同人雑誌作家の純粋な祈りの姿勢に出合えたとき、私の心は至福に満たされる。そして、そのような作家はどこかの場で奨励して差し上げたいものである。


 
選抜(2011.02.26)
 先日、ケミストリーの紹介番組を見て、2万人以上(??)の中から、1年以上の期間に及ぶコンテストを経て選ばれたということを知り、さもありなんと思いました。
 選ばれるということは、当人の才能や努力や運もさることながら、選ぶ側の厳しい目やタイミングや好悪もあります。選ばれる側の、技量やテクニックだけではない「アルファ」もあるのでしょう。
 一方に、出来レースということばもあるやに聞き及びますが、もしそうであったとしても、レースの前に選ばれるという関門を潜った筈です。
 選び、選ばれる。このことが即幸福に結びつくということではないにしても、なんらかの基準で選ばれるということは、人の世である以上、譲れない要件であろうと思いました。
 ときあたかも、国立大学の入学試験です。ここにもいろんなドラマがあり、将来のドラマの芽がある筈です。


 
古書店(2011.02.20)
 珍しく昼間は日が射してきたので、2月ぶりぐらいになりましょうか、古書店に出かけました。
 私がこの頃目指す棚は、これまで自分からは手を伸ばすことのなかった作家の文庫本にアタックすることです。そうする中で、本当に自分の血肉となりそうな本とかなりの確率で出会うことが出来ます。
 自分の好みばかりを追ってきたこれまででは、いつまで経っても自分の殻を破ることができず、どこか教条的な風に偏っていきそうだという危惧がありましたので、自身の頭の中では多少なりとも幅が出来た? と思ってはいます。が、それが自分の作品に反映されてくる日があることか、は今後の努力にかかっています。
 なんといっても、真剣に作品に向かい出したのは、ほんの昨日今日のことですから、これまで茫々と過ごしてきた60年が、本当に口惜しいほど勿体なく思えます。


 
西村氏の作品(2011.02.17)
 第144回芥川賞西村賢太氏の「苦役列車」に、たいへん感動しました。朝吹氏の作品をまだ読んでいないうちに、西村氏のことだけを書くのは問題であるのかもしれませんが、この多分悪文? によるのだろう作品が、激しくあやうい奇妙な展開を見せ、切なく肌を打ち、落ちそうで落ちないという、上質の読後感をもたらしてくれました。
 この作品によって、見かけだけを飾れば良いのではないという、小説の難しさ、奥の深さ、面白さということを、改めて考えさせられました。
 これまで、まともに芥川賞作品を読むことができなかったのですが、これだけ時間の経つのを忘れて読む作品に出会えたことを、ありがたく思います。


 
銀華文学賞作品など(2011.02.12)
 雷がひどいのでパソコンを落とし、銀華文学賞作品などを読んでみました。
 どういう受賞作品であれ、そこには選ばれただけの良さがあると思いました。普通見慣れた作家の手慣れた作品と違い、よけいに初々しく切実なものを感じました。これらが、もう少し多くの人の目に止まったらなおすばらしいことなのに、と感じました。
 

 
良いものは良い(2011.02.10)
 なんでもメジャーなもの、スター性のあるものに日が当たります。当然過ぎるほど、当然なことです。光り輝くもの、気高いオーラを醸すもの。誰もが注目しますね。
 文学賞でも、芥川賞や直木賞などがこれに当たるのでしょう。マスコミがこぞって取り上げます。それは本当にすばらしいものだと、称賛します。
 しかし、お願いがあります。メジャーとはいかないまでも、長い経験と時間をかけて出来上がるような素晴らしい作品もあります。売れるとか売れないとか、話題性があるとかないとかの問題はあるとしても、マスコミにおかれても是非、こういった素晴らしい作品にもコンスタントに目配りをしていただきたいのです。良いものは良い、というスタンスではいかがでしょうか。


 
1日3枚(2011.02.07)
 少し寒波が抜けたと思ったら、なにやらゾクゾク。やっぱり、風邪を引き込んでしまいました。私の場合、まず喉の痛みがきて、手指がカサカサしてくるので、それとわかります。こんなとき、最近は、まず点滴をしてもらうことにしています。
 というわけで、周囲の片付けなどはしばらく置いて、ぼんやりするよりほかないのですが、そこは貧乏な性分で、急に思い立ったことを書き付けようとして気分が悪くなり、結局1日3枚(0枚のときもおおいに有りです)のあたりをふうふう言いながら書き、自己満足しております。なにしろ、年間に300枚も書ければいい方ですから、実のところ1日1枚というところが正解のようですが。


 
鮒田さん(2011.02.02)
 1月31日の西日本新聞「西日本文学展望」において、龍舌蘭の同人で、これからを嘱望されていた鮒田トトさん(49)が、1月6日に急逝されたとのことを知り、その早すぎる訃報に驚かされたところです。
 鮒田さん御自身を存じ上げているわけではないのですが、新聞紙上等で御活躍のことを拝見しておりましたので、心の底から残念としか言いようはありません。
 同じ文芸の道に身を置く者として、「どうぞ、天上におかれても、是非、次なる作品をお書きください」との哀悼の意を表する次第です。


 
これから(2011.01.26)
 これからだと思っています。少しだけ、中央の空気を吸うことが出来、方向がかなり具体的に見えてきました。
 どのような作品として、結集できるか。このことにかかっています。初心に戻ったつもりで、一字、一句を積み上げていきたいと思います。


 
授賞式(2011.01.25)
 2011.01.23に、銀華文学賞等の授賞式が東京神楽坂の日本出版記念クラブ会館で行われました。次第に沿って、エッセイ賞、イラスト・漫画賞、現代詩賞、銀華文学賞という順番でした。それぞれ各賞ごとに講評があり、授賞式があり、複数名からスピーチがあります。
 銀華文学賞が始まる頃には、五時をまわっており、式が終わったのは六時近くになっていました。とにかく、長い長い式でした。特に、私の奨励賞は最終の一人前でしたから、それまでずっと緊張しっ放しでした。
 最初の頃はなんともなかったのが、中盤頃から急に風邪具合が悪くなり、めまいがし始めたので、予定していたパーティ出席の方は欠席に変更しました。いろいろと多くのアドバイスをいただこうと構えていただけに、とても残念でした。
 この授賞式、主催者側の目的は、「できるだけ多くの方に賞を与えることで、今後の励みにしていただきたい」ということでしたので、その意図は十分達成されたのではないかと思われました。


 
続ける(2011.01.21)
 今、多くの作品を読ませていただいておりますが、どうしてこんなに人間離れしたすばらしい内容を、どうしてこんなに夥しい分量書けるんだ。というのが、目下の私の興味の中心であり、驚きであります。
 確かに、才能の存在と無縁ではないでしょうが、「才能は2分。それより、続けることが大事だ」と彼らは等しく言っています。
 日々の微々たることが積み重ねとなり、質を高め、分量を増やし、通常人には考えもつかないほど大きな仕事となって表れてくるのだ、ということのようです。
 私は、自らへの慰めなのかもしれませんが、その可能性は、自らが道を絶たない限りあり得るのではないか、と考えています。


 
プロというもの(2011.01.20)
 商業誌がどうの、同人誌がどうのと言われること喧しいようです。
 この頃になって、やっとプロの作品をまとめ読みしておりますが、売れるとか売れないとかの基準をぬきにして、やはり良いものは良い、という実感を肌に感じています。
 売れるための経緯が問題であるのかもしれませんが、(全てとは言いませんが)プロと言われる作家の作品には、なるほどと頷くことが多くあります。
 同人誌に属する私たちも、どこの作品であれ、良いものは良いという姿勢を持ち、個性を伸ばしていけたらいいのではないか、と考えることしきりです。


 
文学賞(2011.01.19)
 先日、芥川賞と直木賞受賞者各2名の発表がありました。
 作品内容は読んでいないのでなんともコメントはできないのですが、特に芥川賞の方は、若い才媛とその対局ともいうべき方との組み合わせで、これからマスコミがおおいに賑わいそうです。こうやって受賞メンバーを眺めていると、賞というものは「取るものではなく、作られるもの」なのかもしれない、と思わないでもありません。
 勿論、賞に値するからこその受賞であろうことは言うまでもないことですが。
 私など、今回も北日本は4次まで止まりということで、これはやはり大きな何かが欠けているのかもしれないとは思いつつも、まだまだこれからだ、と懲りない自分がいます。


 基本(2011.01.14)
 ゴッホ展について、「あんなことこんなこと」にも書きましたが、芸術には才能の持ち合わせも大切ですが、その才能を紬ぎ出す努力こそが、幾倍も大切であると考えます。
 ゴッホは、27歳で絵を志し、独学で学んだそうです。その努力たるや、時の巨匠の作品を徹底的に模倣(素描)し、理論を学び、バースペクティブ・フレームというものを用いた遠近法の研究や、日本の浮世絵版画からは色彩、構図、トリミングなどを採り入れるなど、画業の大半が基本を習得することのためにあり、その全勢力を注ぎ込んでの、学びの姿勢には頭が下がります。
 私たち文芸に関わるものとしても、この基本を習得することの熱意と努力について、まず学ぶ必要がありそうです。
 今、同人誌がどうの、商業誌がどうのなどと言っていますが、どちらが良いとか悪いとかを云々する前に、ゴッホの努力の前にどうやって近付くのかの方に話を切り替えるべきかもしれません。
 同人誌であろうが、商業誌であろうが、良いものは良いのです。売れるとか売れないとか、若いとか若くないとかは二の次です。もっともっと、芸術というものの前に謙虚にならねばならないのではないでしょうか。
 そのためには、「定年後のてなぐさみ」などではとても芸術にまみえるなどとは言えないものであろうと、自らを叱咤するものです。


 
年賀状(2011.01.07)
 今年は、殊の外多くの方々から年賀状をいただきました。この場を借りて、厚くお礼申し上げます。
 私にあっては、職場を離れて最初の年始ですから、職場関係の方は若干減りましたが、同人誌関係の方々などから数多くいただきました。これから書く作品、作る誌の先行きを明るく照らしていただいているようで、心から感謝申し上げる次第です。
 海第二期は、1)主宰を置かず、2)各同人が主人公であり、3)作品の前に同人は平等で、4)年齢など(ベテランとか新規の方など)の区別なく、5)意欲的に社会に参加していこうとの目標を掲げておりますので、海以外の方々各位からの御指導、御助力を切にお願い申し上げるものです。
 勿論、海の同人の方々は、この発表の場があることをまたとないチャンスととらえ、意欲的な作品を海のうねりに委ねるべく、努力していただければと願うものです。


 
読むこと、書くこと、歩くこと(2011.01.01)
 文芸を深めていくためには、足腰が強くないといけません。
 私の場合は、まず読むこと、歩いて探り感じること、書くことの内容にも気を十分配ること、が最低限必要なことのようです。
 一人に籠もらず、時間空間を広く視野に入れ、心を広くもつこと。考えてみれば、この同じことをずっと追い続けてきたといってもよいでしょう。
 今年は、いやこれからは、山の頂上がのぞめるあたりにまで辿り着くことを、大目標にしたいと思います。
 皆様には、本年もよろしく御指導等くださるよう、お願い申し上げます。


 
文芸というもの(2010.12.31)
 太宰治などをみていますと、文芸に魅入られるということが、なんという悲惨な運命であり、苦であるのかと、しんじつそう思います。
 太宰とは比べるべくもないのですが、こんな小さな私にしろ、他に受け入れてもらえません。どこかに世間の道理から外れた尋常ではない部分があるのでしょう。なんの足しにもならない詩文に頭を悩ませていると言っただけで、相手は警戒し、引いてしまい、身内などは憎悪の目を向けてきたりします。
 文芸がどれだけ人の内面を見、宇宙の仕組みに目を向けるのだと説明しても、いやそうすればするほど、輪から離れていきます。文芸、この迷宮のようなもの。今、私はどのあたりを彷徨っているのでしょう。


 
書く前に読む(2010.12.30)
 私の場合、読むことがいかに粗末な状態であるか、と考えます。
 確かに幼い頃、漫画も、童話も、新聞も、ラジオも与えられなかったという状況はありましたが、自活するようになってからでも、読書の量、質とも情けないほどのものです。
 今になって、いや今からでも遅くないと、手当たり次第に頁を繰ってはおりますが、これには時間がかかります。どこまでいっても切りはないのでしょうが、やはりこの扉を開かないことには話になりません。
 書く時間も必要です。しかし、私の場合、いかに読書オンチであるか、世間の常識知らずであるかがつきまといます。「読まずに小説書けますか」という本の受け売りではなく、本当に喫緊の問題です。


 
地に足を着け(2010.12.29)
 今朝の西日本文学展望では、「地に足を着けて書くことが大切」という ことでした。
 私も、それを念願しつつも、「観念の作りもの」から脱しきれないことを反省しております。時間がどうだ、空間がどうだは横に置き、「人間の関係、心の機微」を書かずに、なんの文芸ぞ、という声が私に囁いてくれていることは、確かです。
 そういう作品をめざし、頑張りたいと思います。

 それに、12月23日の織坂氏の生前葬は、約80名の参列のもと、誠に厳かに、軽薄に、かつ、楽しく執り行われ、情感を込めたお別れができたことを報告いたします。関係者の方々の御尽力に感謝し、織坂氏の大往生のことをお祈り申し上げます。  


 
生前葬(2010.12.22)
 海の前主宰であった織坂氏の生前葬が、明日行われるということです。
 普段着OK、香典一律三千円、生きているうちに香典はもらいたい、という趣旨で「厳かで、軽薄に」執り行われるそうです。
 壇一雄の花逢忌をとりしきってきた織坂氏ならではのことで、予科練風の真骨頂である、と西日本新聞に紹介されています。戒名も自身作の加笛院呑呆亭梵苦楽居士(かふぇいんどんぼうていぼんくらこじ)とやらで、段ボールの寝棺も登場するとのことです。
 出席の返信の一枚に「驚きました。閻魔さんは、悔しがるでしょう」とあるらしいのですが、ぼんくら詩人織坂氏、いったいどのように旅立ってみせるというのでしょう?


 
若さ(2010.12.10)
 若さについて、議論が続いているようです。
 文芸面において、こんなことをいうことはタブーであるのかもしれませんが、人類史上まだ300万年というところです。私の考える文芸は、宇宙空間や地球や地球環境や時空などの問題についても、当然触れて然るべきものだと考えます。
 ここに、作者が若いとか、若くないとかいうことを持ち込むことがいったいどういうことだろうか、という自らの煩悶があります。
 私は、若さを肯定もしないし、否定もしません。見かけだけのことで是非を判断することには、興味がありません。いろんな意見があってよいのではないでしょうか。つまり、個々の同人誌の立つべきそれぞれのスタンスがあってよい筈だと思います。
 海では、書きたい人が精魂込めて書くという姿勢にエールを送る。それだけです。
 手塚治虫著「ガラスの地球を救え」を読み、以上の考えを新たにした次第です。


 
準備(2010.12.05)
 ものを書くためには、いろいろな工夫や準備が必要になります。
 私も人並みに、歴史に分け入ろうとしたり、資料を集めてみたりしますが、要領を得ないのか、やり方がおかしいのか、どうもうまくいきません。
 そこで、これは自己流ですが、書き出しのイメージを100以上作り、それぞれ、取り敢えず書ける範囲のことを書きました。この中から、どれかのイメージが強く浮き上がってきたら、それに本気で取り組んでみようかと、そんな方法に変えてみました。
 それがどう出るか、これからやってみなければわかりませんが、一作書いて、次は零からスタートするという方法は自分には合わないようですので、引き出そうと思えばそれなりに引き出すことができるファイルを設けたということになりましょうか。


 
読書(2010.11.28)
 この頃、買い置いていた本を読みあさっています。資料のためなどというものではなく、ただ読みあさっています。なにも求めてはいません。
 久しぶりにDVDを借り、ときどき見ています。こちらは、作品がどういうふうに作られたか、という点にのみ関心を寄せています。これも、なんのためというほどのものでもありません。


 
奨励賞(2010.11.18)
 再び、第7回銀華文学賞の奨励賞に選ばれました。第1回のときも奨励賞でした。この間、この賞が続いていることを見落としており、昨年久しぶりに応募したところ1次通過のみでしたので、今回の奨励賞には素直に喜びたいと思います。
 あたかも今、海第二期では「発表すること」、「年齢を問わず参加すること」という目標を掲げ、船出したところですので、「これから大いに励むよう」というこの賞の意味するところは、時機を得たものだとありがたく思います。
 その他、伊東静雄賞(詩)も佳作に入ったということで、自費出版文化賞入選と合わせ、この道を行けと奨励していただいているようで、感謝したいと思います。


 
自費出版文化賞入選作品2(2010.11.12)
 古瀬さんから、自費出版文化賞入選作品「夢の浮橋」をいただきました。
 夢の浮橋は、古瀬さんの個人誌と位置付けられており、(雅なことばを含め)ことばの確かさ、いのちをみつめる優しい眼差しに、全編が満ちあふれています。内容は、母をはじめとする身内の方ばかりでなく、動物、植物、自然にもその眼差しは向けられていて、美しさと厳しさに出会う度に、内に優しさを蓄積され、そしてそれらがどこへ行くんだろうというふうに、深い思いに貫かれています。 
 短歌に長年携わってこられ、私と同様に啄木からはじめて牧水や万葉などに親しんでこられたいうことですが、その作品のすばらしさに惹かれます。多くの秀歌の中で、
  幼妹に添い臥す母の背に寝ねて山のごとしと思いたるはや
 母という存在の偉大さ、優しさをよく表現しておられると感服しました。
 大正15年生まれの古橋さんは、免許も取られ、現在もちゃんと運転しておられるとのことです。山にもチャレンジされておられ、高く厳しい山の頂上に立つと、世界観が変わると言われます。
 古瀬さんの生い立ちから察するに、家族に大切に迎えられ、育っておられます。その後の、教育にも、遊びにも、日々の生活にも、溢れるような温かい愛情が感じられます。お子さん、お孫さんたちとも、とてもよい関係であられるようです。これらが、無形の慈愛となり、古瀬さんを育み、また古瀬さんが育まれた世界なのでしょうか。
 深く感銘を受けた作品集でした。


 
自費出版文化賞入選作品(2010.11.07)
  椚原好子さんから、自費出版文化賞入選作品「ぷりん」をいただきました。
 101歳で亡くなられたお母さんとの交歓を書かれたものですが、全編に流れるお母さんへの深い思いと、母子の醸す明るい情感がいたるところに、とても素直に描かれ、読み進むうちに涙ぐんでしまいました。
 ひらがなを多く用いられているところが、やわらかさを紡ぎ出し、とても効果的だと思いました。また、お母さんの手紙一遍が紹介してあり、「てにをは」がたどたどしいところに、温もりと、とても近しいものを感じます。
 本当に、良い作品を読ませていただいたと思います。私も、おおいに参考にさせていただきたいものです。


 
自費出版文化賞(2010.11.01)
 台風14号が関東地方に最接近した10月30日午後、アルカディア市ヶ谷(私学会館)で第13回日本自費出版文化賞の表彰式が行われました。
 自費出版文化賞という名前から、マイナーなこと‥‥と思っていましたら、とんでもない、とても熱心な、同人誌的な集まり(自費出版ですから)ではありますが、会の雰囲気や運営のすばらしさに驚きました。
 賞の構成は、大賞、各部門(地域文化、個人誌、小説・エッセイ、詩歌、研究・評論、グラフィック)の部門賞、特別賞(今回4名)、その他入選、ということになっています。
 特別賞以上のそれぞれの方が、10分〜30分程度のコメントをされるのですが、どなたも素人ではなく、(これを専らの仕事として生活する作者ではないというだけで)それぞれが日本のトップクラスの方(中央や学界に名前も売れ、本も売れているという方。講演なども、かなりこなしておられる方)ばかりで、その熱のこもったコメントの的確さ、奥深さに、審査員の方々も、私たちも、同席する大勢の受賞関係者の家族のみなさんも、「納得!」という拍手を送る、という情景が午後いっぱい続きました。
 懇親会には出ていませんので、その後の盛り上がりはさぞや、というところです。
 とにかく、日本を代表する地域の学者、研究者、印刷業の方などは自分で本を制作→かつての○○賞受賞の本を改訂し:現在国内外で6万部売れている、国の代表の一人として遺骨団の世話をしている、前書きや挿入写真にはプロの方の賛同を得、協力を得ているという方々など多士済々ですので、代表の中山千夏さんなども、私たちと一緒に、本当に感動されているようで、とても中身の濃い会でした。
 賞金こそ部門賞以上の方にわずか、というものですが、例えば美術の場合の特選だの入選だのというものに似たような運営ではないかと思いました。台風の中にもかかわらず、入選の方々や家族の方々の出席の多かったことも驚きでした。


 
ありがたいこと(2010.10.23)
 海第二期第4号(通巻第71号)を10月15日に発刊、発送しました。
 ありがたいことに、この小誌の内容について、多くの方が感想を寄せて下さいます。これほど嬉しいことはありません。私たちのような素人の、少人数で作る冊子についての感想こそが、私たちの喜びとなります。
 出来が悪いときは出来が悪いと、生意気であるときは生意気だと、忌憚のない真実の御意見を聞かせていただくことが、私たちの最も望むところですし、ありがたいことです。
 それだけの時間をとっていただき、意見までいただくことこそ、海の宝物にしたいと思いますし、実際そのようになっているところです。


 
形はどうであれ(2010.10.14)
 形はどうであれ、最近、比較的広範囲に影響をもつ雑誌などに、小説作品についての小さな評を載せていただいたりしています。これは、約20年くらい前にもあったことですが、あまり意にも介さずにいました。
 しかし考えてみれば、数ある作者がおられ、作品がある中で、気に留めていただけることが、どれだけ励みになることであるか、今になってそのありがたみがわかるようになりました。誰にも、こういう時期というものが周期的に巡ってくるのではありましょうが。
 それにしても、格別嬉しいのは、詩集が自費出版文化賞に入選し、つい昨日、他の詩の公募の方も、1,000点近い応募の中から、50点のうちに残ったという知らせがありました。以前にはたいして問題にもしていなかったことが、真からありがたいと感じるようになりました。
 小説の方も、2010.10.11の記述のように頑張ってみたいと思っています。


 
小説を書く(2010.10.11)
 海第二期第4号は、10月15日の発行をめざして作業を進めています。
 今回、2名の退会者を出しましたが、その理由は、第一期に比べ第二期海が変わったということによるもののようです。確かに、第一期のような陣容は望むべくもなく、活気がないことは否めません。
 しかし、第二期は、(1)自らの責任で、じっくりと書く、(2)自らの責任で、高い目標を設定できる、という点を生かしていければ、どのようにでも伸ばしていけると考えます。この点では、第一期の「手取り足取りのやり方」と大きく異なりますので、違和感を覚えた方もなきにしもあらずと思います。
 文芸は、結局は自らの作業に帰すのですから、大挙して騒がなければやれないというものではない筈です。勿論、多様な優れた個々と広く接するという点においては、前段の方法が必要であるという点はおおいに認めるものです。
 第二期では、合評会でもこれといった指針を出さずにいましたが、これからは(1)その作品にいかに真剣に取り組んだか、(2)その作品の目指すところは、自らの信念に合致しているか、(3)現段階においての、自らが提示し得る最高の出来映えであるのか、というあたりは明確にし、論点にしてもよいように思います。


 
作品を読む(2010.09.29)
 編集作業をしていると、本文をじっくり読むことよりも、形式的なことや、体裁や校正の方にばかり気持がいきます。
 今回は、最終校正でじっくりと読んでみました。そうやってみると、粗探しばかりし、欠点ばかりが見えていた作品が、とても身近に感じられます。
 やはり発表の場をもち、発表していくことは素晴らしいことだと改めて感じた次第です。


 
作品を書く(2010.09.26)
 作品を書き続けること、これが私に与えられたワークです。
 幸い、発表の場としての海があり、ここから一筋の光が流れ出、あるいは流れ込んできます。勿論、投稿の道もあります。作品が良ければ、それが広がりゆくという道筋は閉ざされていません。
 すべきことは、ひたすら制作に向かうということです。ただひたすら行うだけです。それがどう流れゆくかについては、潮の間に間に委ねるのみです。
 作品を書くこと、これに尽きます。


 
海の原稿進行中(2010.09.22)
 10月15日の発行を目指し、校正中です。122頁という体裁になりました。
 なにより、今の緊張が一番心地よいものです。


 
海の原稿(2010.09.19)
 今回は70頁足らずになるかもしれない。昨日(締切日)の23時頃までは、本当にそう思っていました。
 なにも70頁では見劣りがするなどと考えていたのではありませんが、こう発表が少ないとなると、だんだん萎れてこようともいうものです。勿論、要は作品の内容次第になるのですが。
 それが、24時の直前に原稿提出があり、120頁を数えることになりました。少人数ではありますが、意欲ある同人3〜4人の目標の持ち方如何でこうなるのですから、同人誌は個人の力量と意欲によって成る、と言ってもいいのかもしれません。
 結局、文芸の行き着くところは、個人の技と域に辿り着く筈なのですから。


 
他誌への返礼(2010.09.18)
 海が苦戦を強いられている中、他誌の寄贈をかなり受けました。それぞれ、順調な歩みを示されているようです。
 受贈した際は、必ずハガキでのお礼を出すように心がけています。このことにも、だいぶ慣れてきました。志を同じくする人たちがいて、それぞれに人生の今を刻んでおられるのです。そのことへの素直な感謝を、簡便ながらハガキで表したいと思います。
 海も今日が原稿締め切り日。内容が少なかろうと、人数が減ろうと、今を刻むという気持が摩耗しない限り、続けていきたいと思います。


 
試練?(2010.09.08)
 文芸面にまで、試練はやってきました。
 海への入会者が1名得られたと思ったら、2名が退会。退会の理由は、不明。いやはや、我が人徳のなさも極みに至った感があります。
 広い場所への転身でしたら、おおいに賛同しますし、歓迎です。しかし、政治的なキナ臭い話まで絡んでくると、海の目指すところではありません。
 海は、表現したい人が、ただそれだけの目的のために参加していただくための場です。第一期とは、そのあたりが大きく異なります。
 文芸には、政治的資質も、要領も、あるいは戦略も必要なのかもしれません。しかし、第二期海は、純粋に文芸を愛し、純粋に作品を生み出そうとする人のためにあります。それ以外には目指すものはない、と言ってもよいかと考えます。
 だんだん人数を減らしつつある第二期海に、明るいきざしが訪れることはないのでしょうか。試練の夏です。


 
詩文の遊び?(2010.09.01)
 文芸など何の役にもたたない遊び? と冷たくあしらわれてしまいます。
 それもそうなのかもしれません。生い立ちから、新聞や雑誌の切れっ端を読んでいるだけで、怠け者扱いされてきたのでした。
 ああああ、厄介なものではあります。説明すらできません。


 
迷い(2010.08.21)
 これでよいだろう、と一応の完成をみた作品を、一年近く経ち眺めています。
 これまでだと、一回敷いたレールは取り払わないという主義でしたが、今はその作品に手を加え、ああでもない、こうでもないとやっているうちに、三つにも四つにも割れていき、切りがつかないという状況に陥っています。
 文章は、ストーリーは、心理の動きは、と際限もなく伸びていきます。
 これまでのように、流れるままに走った方がいいのか、あるいは、立ち止まってはどの方向に向かうべきか、と考えていくことの方がよいのか、と悩んでいます。
 悩むのが遅すぎたというべきかもしれませんが、文芸というものの道の険しさに、ようやく気付いたということの方が当たっているのでしょう。


 
この人を見よ?(2010.08.11)
 最近の文芸評を見ていると、文芸のあるべき姿として「この人を見よ」という表現がよく使われています。
 私の不勉強の故ですが、その意味がよくわからないでいます。「人を見る云々を言うに当たり、人であることがなにごとかを考えるべし」というのが、厄介な文芸オンチである私がいつも考えることです。
「なぜ、人間なのか。どうして、人間なのか。人間とはなにものか」は、底辺を彷徨う私のような輩には、呪文のように突き付けられる「胸底からの問い」なのです。


 
なぜ書くの?(2010.08.06)
 そう問われ、ハタと立ち止まりました。
 自分で自分の答えに窮するぐらいですから、困ります。面白く、楽しく、ではないようです。なにかを告発するため、でなど毛頭ありません。日常を写し、記すためでもありません。自分の存在感を広げるため、でもありません。
 理屈ではない、何かのためです。
 般若心経を、一日に何十回と唱えます。聖書も読みます。親鸞の歎異抄も読みます。
 今日、「コンドルは飛んでいく」をPCで何度も何度も聴きながら、涙しました。私が書くことの理由は、そのようなところにあるのではないかと思われます。


 
自己嫌悪(2010.07.28)
 私など、モノを書いていると、自己嫌悪に陥ることがよくあります。
 作品を論理的に分析し、評価するという力は、幸いにして得ておりませんので、わが作品を全て「消し去りたい」などという思いには陥りませんが、「純文学モノ」のような作品を書いていると、どこかで「誰かをモデルにしている」のではないか、特定の誰かに対し「恨み辛みをいっている」のではないか、というふうに受け取られてしまうことが、時々あります。
 いくら、私のような無名人であっても、「特定の人に刃を向けない」、「ペンを武器にすることはない」などといっても、そうはとってもらえないこともあるようです。
 私の作品が、他を励まし、他を喜ばせる、という類のものではないだけに、余計そういうケースが多く発生します。
 私も、他に喜んでもらえるような作品を書ける日がくることのある日を願いつつ、今日もえぐり出すべくもないことをペンにのせ、書き連ねています。


 
1作を積む(2010.07.21)
 ふうふういいながら、54作目を書き上げました。
 自分の環境が変わった中、30枚の作品にこれほど苦しむとは思いませんでした。裏を返せば、これまで相当いい加減に書いてきたといえるのかもしれませんし、今が変にこだわりつつ書いているのだ、ということもできるでしょう。
 内容的には、どちらがベターなのかわかりません。
 なにはともあれ、1作を書き継ぎました。どんな長編も、どんな優れた作品も、まず1作を書くことから始まります。この後に何が待っているのか、ともかく1作から始めていきたいと思います。


 
理屈どおりには(2010.07.19)
 理屈ばかり言っていたら、小説が書けなくなってしまいました。
 それでも、なんとか踏ん張って、やっと30枚です。書くとは、こんなに難しいものだったのか、と今頃分かったりした次第です‥‥。
 とはいえ、その30枚がどれほどのものなのか? 自分で自分の作品の善し悪しは、なかなか判定し辛いものです。まあ、しばらく放ったらかし、寝せておきましょう。
 その間、またまた、0から違う作品を生み出したいと思います。
 私の仕事は、ここにある? のですから。この苦しみのときが、なんともいえない充実の時間でもあるのですから‥‥。


 
安易な受け(2010.07.16)
 ゲゲゲの女房を興味深く見ています。もっとも、これまで朝ドラを見る暇はなかったのですが‥‥。
 ところで、水木青年の考えに、ハッとさせられることがありました。
「安易な受けを狙うんじゃない。自分の信じるところを極めるんだ」という趣旨の発言です。ドラマは今、大手の冊子に掲載されたものの、水木漫画に対する風当たりの強い場面ですが、水木青年はそう考えます。
 これは、私たちの作品にも通じることで、諸評に一喜一憂することへの指標になるのではないでしょうか。確かに、私たちの作品は「思い込みが強く、独りよがりに陥っている」ことが多いのでしょう。しかし、自らの信念までふらふらさせる必要はないのです。
 同人誌は、良くも悪くも自己責任の世界ですから、「信念のもとにあるのか、独りよがりであるのか」は、常につきまとってくる問題なのでしょうが。
 もっとも、絶えない努力が必要であることは、いうを待たないところです。


 
ありがたいこと(2010.07.15)
 少し嬉しいことがありました。ですから、短めに書きます。
 自費出版文化賞に、詩集「零地点」が入選しました。これから、最終選考に入るとのことです。
 久しぶりの「入選」ということば、ありがたいものです。これまでは、一等賞でないとつまらないなどと不遜なことを考えていましたが、選に入るということがどれだけ難しいことか。この頃特にそう感じていただけに、ひとしおのものがあります。
 それも、詩集の方で、というところがありがたみを倍加させてくれます。


   
60歳の新人(2010.07.09)
   全作家第78号(2010.06.30)を読んでの感想です。
   同誌に、三田文学編集長と、全作家協会会長の対談が掲載されています。特に三田文学のあり方として、1)商業雑誌ができないことをやる、2)
70歳、80歳の新人よ出でよ、3)しかし、作品については一切妥協しない、4)文章については、一点の曖昧さも許さない…という姿勢で臨まれているようです。
   以上は、私が心から共感するところですが、2)、3)、4)については、特筆すべき意見だと感じ、ここに抽出させていただきました。
   つい先日、「しいの実学園」を作られた「103歳児」f地三郎先生の講演を聴く機会があり、その見事な生き様と、100歳を越えていささかも衰えない好奇心と創造力と智力に、驚き、敬服したところです。
   しからば、私たちも「60歳児」の意気盛んなところを、文芸の方面で生かしていければ、と痛切に感じた次第です。


 
きちんと書く(2010.07.07)
 この三カ月、身に染みて感じることは、作品は「きちんと書かねばならない」、ということです。「取り敢えず、書いてみた」では、やはりダメです。
 一点、一画を、決して疎かにしない、というほどの覚悟が必要です。
 これまで「いい加減」に書いてきたとは思いませんが、「伝えるという努力」が皆無でした。一人よがりもいいところです。
 願わくば、「60歳の新人」として、ゼロから作品に取り組んでみたいと思います。
 この世界は、工夫と努力と忍耐が必要なようです。しかし、私は、なによりも作品を書くことが好きですので、あらゆる可能性を求め、やってみたいと思います。


 
小説(2010.06.26)
 小説を読み、小説に取り組んでいます。
 やはり、ひとりよがりではいけないのだ、と反省しきりです。
 真剣に、丁寧に、伸び伸びと、を心がけていきたいと思います。これからの全てを、全ての時間をかけてでも、良いものを、というつもりです。


 
受贈誌から(2010.06.15)
 しばらく忘れていた大切なことを、思い出しました。
 当初、海のお世話をするようになったとき、多くの受贈誌を私が受け取ることになり、興味深く読ませていただいておりました。最初は、他誌の装丁や組み方など表面的な部分の方を参考にさせてもらっていましたが、かなりの作品を読ませていただき、これはたいへんな役得だ、と感激したものでした。
 それが、いつの間にか、海のことを主張することに気持を奪われてしまい、どうすればより良い誌ができるのか、ということで焦ってばかりおりました。
 一方に、自分の作品を重ねることでの、焦りもありました。
 それが、この最近、他誌の作品に分け入ってみたのです。
 求めていた答えは、ここにありそうです。私が書くべき、いや書きたいと思う作品の見本が、他誌の中にふんだんにあるではありませんか。ここから学ばなくてどうする、という極めて単純なことに気付きました、誠に、初心忘るべからず、です。
 他誌から、多くのエネルギーをいただき、私もまた、一から始めるつもりで臨みたいと考えます。


  合評会(2010.06.10)
 6月6日に海合評会を行いました。
 内容は、とりたてて言うほどのものもなく、といったところですが、小説作品の充実の必要性のことが、最も重要ではなかったかと感じました。
 とはいえ、今のメンバーが、今できる範囲のことをやっていることですので、これは各自が胸に留め、次に向かうということになりましょう。
 なにも、文芸競争をやっているのではありませんから。しかも、文芸というものにどのようにして優劣がつくのか、よくわかりません。やっていくことで、その違いがわかるようになればありがたいことですが。


 
地に足を(2010.06.04)
 職場というところから離れて2月、少しずつ新しい生活に慣れてきました。
 ところで、日々の生活に少しだけ触れた状態でみる世間、生活、心情などというものは、これまでの私の抽象的な考えでは対処できない「リアルなもの」だ、ということが多少わかってき始めました。
 なんだ、そんなことか、と言われることを承知の上で申し上げれば、私の作品の、なんと「抽象的、観念的、つくりもの」であったかが、ようやくわかりかけてきました。
 いったん、「人間の心の機微を描くのは他の方に委ね、私は他の…」と傲慢にも言ったものの、それを外しては「文芸は成り立たない」ということを、実感するに至りました。
 はなはだ勝手なことで申し訳ありませんが、先の宣言を撤回させていただき、私も、汗みどろになって、人の心に分け入り、自分の心を掘り下げていくことに参加させていただきたいと訂正し、遅まきながら、「文芸の本道」の方に舵を切らせていただくことにいたしました。


 
文芸作品とは(2010.05.31)
 海第二期の作品には、かなり多くの評を寄せていただいています。
 小説作品では、(私を除いて)資質がよい、取り組み姿勢がよい、意欲作である等の評をいただき、ありがたい限りです。
 その中から見える私の作品に対する評の多くは、作り物であることが透けて見える、頭の中だけでこねまわしたものである等の評が多く、これはやはり、私の資質に問題があるのだろうと思えます。
 素材の善し悪しはおいて、人間の心の襞に真っ向から迫っていく、愚直に迫っていく、ということが欠けているのでしょう。「己を深めよ」という評もいただきました。
 これは、今後の課題にさせていただきたいと思います。過去に安住してはいられないし、常に現在のことが問われるのですから。


 
少しだけ(2010.05.28)
 このところ身辺の悩み事に追われ、少々気落ちしていたところですが、福岡文化連盟の会員に加えていただけるとの連絡をいただきました。
 不肖の身に、よくぞ、と感謝申し上げる次第です。
 ありがたいことは、できるだけ短文にとどめさせていただきます。


 
詩の旧作など(2010.05.22)
 05.13に記載のとおり、15歳の頃から35歳の頃の作と思われる詩の旧作などが出てきました。
 発表するほどのものではないかもしれませんが、整理が出来たものから、順次このHPで公開していきたいと思います。それにしても、最近は詩や句に勢力を注ぐことが多く、肝心の小説が疎かになっています。
 小説は、自分なりに、長期的にかかわるべき素材を選り分け、求め、いま少し調査にも重心を移し、書かねばならない作品を選別し、書いていきたいと思うものです。
 その際、一部の評などに一喜一憂することなく、ひたすら遠くを見詰め、書いていきたいと願うものです。


 
資料(2010.05.13)
 押入の一つを整理したら、25年前、既に廃棄していたであろう印刷物、原稿、資料などが出てきました。
 資料を使いこなすことが不得手な私ですので、それが何かに結びつくということにはなかなかなり得ませんが、自分が過ごしてきたこんな短い時間の間のことさえ、すっかり頭の中からとんでいます。こんなガラクタがたいして役にたつとも思えませんが、ともかく、私といったら、「昨日のことさえ忘れてしまう」たよりないやつだ、ということを再確認した次第です。
 世の作家諸氏には、遠い時代のことを素材に、縦横に物語を生み出す方々が多くおられることに、改めて心底からの畏敬の念を抱いた次第です。


 
オーバーな表現(2010.05.10)
 今回の海第3号の私の小説に対し、「デフォルメ化された表現が目立ち、ストーリーも投げ出されたままで終わっているのではないか」というような御意見をいただきました。
 確かに、この御指摘は当たっていると思います。「作りすぎてしまい、その効果を出そうとしてか、大仰な表現や描写に」なってしまっている、という点をズバリと突かれてしまいました。要するに、「甘い。作り物が作り物でしかない」ということなのでしょう。
 他の方々の作品の多くは、さすがに地に足が着いており、丹念に心理や情景の描写がなされています。
 以前、それらのことは他の方々におまかせし、自分は違うことを書きます、などといったものですが、どう考えてもこの基本を抜きにして、作品は成立しないのでした。
 私も、夢物語ばかりを書かず、等身大の自分の作品を書かねばならないと、いう気持は捨てたわけではありません。
 小説は小説であるが、「丁寧な説」にしないことにはダメなのだ、ということでしょう。その打開のために、私は全力をあげねばなりません。
 感想でも評論でも、好きでも嫌いでも、御意見は私にはとても大切なことで、多くを言っていただくことまでは望みませんが、キーワードだけでも与えてくだされば、まことにありがたいものです。なんといっても、いつも途上にあるのですから。


 
私は(2010.05.03)
 私は、文芸同人誌の一員として、作品を生み出すことに全力を傾けています。
 その作品が、新聞等で紹介されたりすると、本当に嬉しく、今後の大きな励みになります。このことは、自らの次の作品を生み出すための強いエネルギーにもなります。
 しかし、単なる好悪だけの感情過多による感想や、度を越えた表現での評(良しにつけ悪しきにつけ)となると、次へのエネルギーをどう継いでいくか、迷ってしまうことにもなりかねません。
 私は、あくまで作り手です。作り手は、中途でどのようなもの言いが入ろうと、一つ一つを作り続けていこうとするほかに、方法はないものです。
 今は、そのことしか浮かびません。諸先生方の評は評としておおいに参考にさせていただき、試行錯誤のなかで、地道に一つ一つ作っていきたいと思います。


 
良い素材を(2010.04.29)
 どんなストーリーを展開しようとしても、どんなきめ細かい心理の襞を描こうとしても、その根幹というか、バックボーンをなす素材が、特に問題になるように思います。
 入れ物や形の方を特に精妙に描写しようというものでもありませんが、ストーリーを展開するに十分な素材、これを掴むのに苦労しています。
 なにしろ、生活経験の偏った(浅い)私ですから、なんとか新しい風景や、背景に挑戦しようとするのですが、なかなかうまくいきません。
 もっとも、素材だけではない、ということの方も心得てはいるつもりですが。
 当然のことですが、もっともっと、工夫、努力をしなければなりません。


 
70号発送(2010.04.28)
 海第3号(通巻第70号)を、4月23日に発送しました。さて、今号はどのように流れていくのでしょうか。
 この時期、同人誌の発刊の時期なのでしょうか、季刊午前、南風、旅かばんといった誌が送られてきました。どの誌も、きちんとした内容で、好ましい限りです。ひょっとして、同人誌の質が上がり始めたのではないか、と思ったりします。
 私個人が、発行に関わる立場になり、他誌の工夫の様などを注意深く見るようになったからであるのかもしれません。
 いずれにしても、高いレベルの中に関わることができることは、嬉しいことです。切磋琢磨していく中で、よりよい作品がうまれていくのかもしれません。


 
HP補修作業(2010.04.21)
 4月20日に海第3号(通巻第70号)が発刊され、4月23日に発送という段取りになりました。その発送のための準備をすべきところですが、こういうときに俄然その気になって、かねてから考えていたHPの補修作業を始めました。
 内容は、新しいサイトへの移転が主たるものですが、初めての経験なので、どういう手順でなにをすべきかということから始め、結局60点程度の出来、というところでお茶を濁すことになりました。訪問してくださる方には御迷惑ですが、URLの書き替えなどのこと、どうぞよろしくお願いいたします。
 新しい生活にようやく慣れ、作品の方への気持も動きつつあるようです。1作1作に手抜きをせず、向かいたいと思います。


 
発刊へ(2010.04.18)
 海第3号(通巻第70号)の発刊が4月20日となり、関係の皆様には近くお届けできる見込みです。
 一同人であった頃には、こうやって1号を刻むということの重さなど考えもしなかったのですが、いざ世話をする側になると、とても貴重な1号になるのですから、関わり方や視点の違いによって、受け取り方がこうも違ってくるのですね。
 同時に、作品に対する思いや取り組み方も、大きく変わってきます。もっとも、作品には力こぶが入りすぎても困りものですが、真剣さが増すということは悪いことではないように思われます。
 もっともっと、良いものが書ける筈、という思いに賭けることにしたいと考えます。


 
70号原稿持ち込み(2010.04.13)
 ようやく、海70号の原稿を印刷の方にまわすことができました。
 かなり作業に慣れてきたとはいうものの、いつもなんらかの問題を経て、ということになります。問題の中身についてはおいて、この段階までいくと、さすがにほっとします。
 気持がほぐれますし、達成感があります。
 今号はここまでできた‥次号はまた、という意欲が湧いてきます。年に2回の発行が間遠く感じられます。
 気持はもう、次に移っています。


 
自由律俳句(2010.04.08)
 この欄は「小説」のことを中心に書きたい、と宣言したばかりですが、ちょっと俳句の方に寄り道をさせてもらいます。
 朝日新聞の3月26日夕刊に、自由律句集「天女降臨」から6句の紹介をしていただきました。定型「俳句」の欄への紹介でしたので、意外なことでしたが、取り上げていただいたことはとてもありがたいことです。心から、お礼申し上げます。
 その6句を記させていただきます。小見出しは「自由律の魅力と困難」でした。

  顔がない 割れた鏡のうちにもそとにも
     光 光に向かって戻ればよい
     このようにして 皆逝きしかと
     まっすぐに歩いてきた筈の 砂丘
     どこまでも真っ青の空 ヒロシマ真下に今もある
     春逝く 鐘の音ひとつ手の平にのせ


 
編集も(2010.04.03)
 変な人に出会うと、変なことになります。
 FDの場合はコピーをとっておいてください、ワープロ原稿の場合はプリントアウトした原稿も提出してください、これらは返却いたしません。とあるのですが、FDを返してくれ、著作権の問題があるのでプリントアウト原稿も返してくれとのこと、開いた口が塞がりません。
 掲載するとか、しないとか、書き直すとか、振り込めサギではないかなどと、さんざんやりとりがあった挙げ句の、このことです。
 同人誌を、個人誌と勘違いしてのことなのでしょうか。編集も、多難です。


 
夜来の雨(2010.04.01)
 夜になって、激しい雨と風になりました。
 今年の桜は長持ちするのではないか、と願っていた矢先のこの嵐です。竜巻のように巻き上げられ、散っていく花びらの様が、目に見えるようです。
 明日の朝は、と考えると、一面に散り敷いた花びらの道が続いていることになるのでしょうね。
 春は、私の場合、いつの年もあわただしくやって来たかと思う間もなく、霞のようにいつの間にか消えていきます。人の出会いと別れも、いっぺんに訪れます。
 春夏秋冬の風情はそれぞれ異なりますが、春にこそ「もののあわれ」を強く感じるのは、私だけでしょうか。


 
編集者のつぶやき(2010.03.28)
 本来一番充実している筈の今ですが、結構つらいこともあります。
 思うように(予定のとおりに)いかないことが、結構頻繁に起こります。掲載については、他誌はどのようにされているのかよく知りませんが、海では、最低ラインとして「日本語が書けている」というあたりで、掲載可とするべく考えております。その過程を経ることによって、身をもって作品とはなにか、を感じとっていただきたいのです。 
 それは、海が、個人の責任により作品を発表したい、と希望する場合、その道を閉ざそうとはしていないからです。しかし、同人雑誌です。冊子を発行するためには、期日を守っていただくことや、作業に関する行程に著しい影響を与えないという、前提が必要です。この作業を大きく揺さぶられると、全体が行おうとしている発行という目的に支障をきたすことがあります。
 つまり、特定の方の事情により、発行作業が円滑に行えないとなると、これは重大です。それぞれの作品は重要です。しかし、あまりの自分の作品への拘泥から、作業が先に進めないとなると、他の同人の作品までもが、中途の鉄橋をのぼりかけたところで、臨時停車の憂き目にあったりします。
 ものを書くということは、それでなくとも、なかなか世に受け入れられないという難しい問題もあります。
 編集担当となると、いろんなことに気配りをしないといけないもののようです。


 
海の編集作業(2010.03.22)
 海第3号(通巻第70号)の原稿を締切り、編集作業に入りました。
 今号は、特集で20頁ぐらい増えたこともあり、160頁近いものとなっています。
 発表する→掲載する→遠くに流れる→到達する、という海の型が実際に定着してくるか、楽しみではあります。評の良し悪しをいう前に、発表・公開しないことには始まりませんから。
 同人諸氏には、この年に2回という限られたチャンスを、最大限に生かしてもらいたいものです。


 
詩の紹介(2010.03.14)
 零地点の詩の「名人」を、文芸同志会通信の方でも紹介していただきました。
 これに勝る喜びはありません。
 これからも、詩作に、句作に、小説作品にと、真っ向から取り組んでいきたいと思います。そういう意味で、本当に励みになる嬉しい出来事でした。


 
文化と文芸と文学(2010.03.10)
 先日、文化連盟の方から連絡を受けました。
 はて、さて、自分の何が文化なのやら、と初めて考えることになりました。
 それにしても、文学ではないのは幸いです。文芸という呼称も幸いです。私のなかでは、文化>文芸>文学という図式が、一番当たっていると思います。
 苦手な呼称は、文学ですね。何故かと問われれば、なにやら肌に馴染まない、ということになりましょうか。それだけのことなのです、けれど。 
 所属している「海」も、文芸同人誌なのですから。


 
職を辞す(2010.03.03)
 長いこと小説が書けていないと思い、職を辞すことにしました。
 辞めれば書ける、という具合にはならないかもしれませんが、ずっとずっと望んできたこの環境になったのは、過去に2月間だけでした。それはそれで、悩み多い期間でしたが、やはり、今は時間が必要です。
 本当に、じっくりと書いてみたいと思います。精神年齢だけは若いので、それがどう左右するかわかりませんが、もう少し真剣に文芸の道を歩いてみたいと思います。


 
西日本詩時評(2010.03.01)
 本日の西日本詩時評に、零地点に掲載した「海の座標」が「生死の苦海に漂う舟のよう」という小見出しで紹介されました。
 西日本詩時評には、昨年12月末にも海掲載の「クリスマス」が紹介されました。
 詩での紹介はこれまで一度もなかったもので、約30年ぶりに詩作や句作に戻った今、たいへん心強く、ありがたいものです。


 
実作を(2010.02.26)
 少しだけ、入会の希望者があります。
 どうしても評価云々の話がでますが、海(というより私)の方針として、まず実作をお薦めします。1作、2作…10作と進んでいくうちに、なにかを体得する、ということが最もよいのではないかと思います。
 私のように、なにも体得し得ない者がいるということも否めませんが、究極は「書きたいことを書きたいように書く」ということに収まるのではないでしょうか。
 書評、諸評が乱れ飛んでいますが、いったいどんな正確な批評があるというのでしょう。なにをもって、良いだの悪いだのと言い得るのでしょうか。
 書評、諸評に、あまりとらわれないことだと思います。つまるところ、「書きたいことを書きたいように書く」ことができれば、それが最高の作品(に近い)といえるのではないでしょうか。


 
自虐性?(2010.02.24)
 私は、エッセイだけは書きません。というより、書けないのです。
 自分を表にさらけ出すということができないし、こんなひねた自分を出してもよろしくないと思えます。
 では、小説は? となると、結構ひねくれていますし、一つの偏った感情で流してしまう傾向にあります。あまのじゃくというか、自虐? というか、とらえどころのない自分の作に、後で延々と悩みます。
 エッセイの書き方もわからないし、小説の書き方もわかっていません。
 どうしよう、という迷いの中で、らしきものを書いています。
 小なる説…どう書けばいいのか、これからが出発です。小なる説…。


 
出版記念会と海の先人(2010.02.20)
 2月13日は、赤沼眞通子(土井敦子)さんの「藤衣」出版記念会が、天神の国際ホールで行われました。
 こういう晴れがましい席に連なるのは、20年ぶり(?)ぐらいになるので、随分緊張したものですが、やはり出席してよかったなと思いました。
 赤沼さんの作品を追求される姿勢の一途さ、気持の高さと強さに、まず脱帽です。こんな、命を賭けるというほどの意気込みのもとで、作品を生み出されるのだなと、大きな示唆を与えていただきました。
 また、多くの参列者の方々(名前は知っている方)とじかにお会いし、短くではありますが、意見の交換をすることができたということが、とても有意義でした。その方々のパワーを感じ、なにがしかをいただくことができたのではないかと思いました。
 今、海の70号発刊に向け、これまでの作品と作者の一覧をまとめているところですが、その当時にあってはわからなかった一人、一人の意欲と作品と結果が、波のように襲ってきます。海はもともと高齢者の方が多いのですが、それこそ生涯を賭けて、命がけで多くの作品を生み出してこられたのだ、ということが如実にわかるのです。
 特に、荒木力、柿添元、六百田幸夫、黄村葉氏ら、海の先人たちの努力と、迫力に敬意を払うとともに、その姿勢を是非とも見習いたいものだと、改めて思い至りました。


 
いざ小説(2010.02.08)
 やはり、小説です。いえ、詩も、句もです。
 この一年、意図的に小説から遠ざかってきました。個人的な反省事項もあったからです。
 しかし、自分にとって最も大切な表現形式をおろそかにするわけにはいきません。とはいえ、少々勘が鈍っていることは否めません。
 新たな作品を10ほど並べているのですが、いましばらく時間がかかるようです。
 その間、お許しをいただけるなら、これまでに書いた約50作を、見直し改作するということも試してみたいと思います。およそ、書きっぱなしという状態のものもあり、少し気合いを込めたい作もいくつかあるからです。


 
詩集、句集刊行(2010.01.24)
 1月20日、詩集「零地点」と自由律句集「天女降臨」を刊行、23日発送作業を終えました。
 これまでのときと違い、2冊同時にというのは初めてで、作業に2倍の時間を要しました。楽しみながらをモットーに書いてきた内容ですから、小説のときとは違い、それほど暗くはないか、というつもりでおりますが。
 さて、どう流れていくのでしょうか。


 
文の芸(2010.01.17)
 文芸は文による芸ですから、芸を磨く必要があります。
 いろいろな評価がありましょうが、たゆまず芸を磨き、肥やしていく必要がおおいにあります。
 評価をする側にも、単なる好悪だけでなく、それに値するものであれば、塩を送るぐらいの度量も必要でしょう。
 芸を点数化することなど、なかなか困難でしょうが、芥川賞、直木賞が決まりました。受賞された方にお祝いを申し上げるとともに、今後トップランナーとしての御活躍をお祈りいたします。


 
出版準備完了(2010.01.13)
 詩集、句集の表紙の色を決め、デザインを確認し、出版の準備が完了しました。
 どんな反応が出るかとかのことにまでは思い及びませんが、とにかく賽は投げられた、というところです。
 どう流れるか、これは海を発刊するときと同じで、運命に委ねることしか道はありません。
 生み出した本人は、既に次のことの方に向いています。これが海流であり、私流です。生まれた子供には、必要な出会いが待っているでしょう。それが何であれ、全てのはからいに従うのみです。


 
出版(2010.01.07)
 年を跨いだからか、出版のことがかなり遅れているようです。
 別に、いつでなければならない、ということもないのですが、時間がかかるのは年度末の時期だからなのでしょうか。
 今ちょうど芥川賞、直木賞候補者が出そろったところですが、作品のよしあしはともかくとして、彼らはどのようにして候補という列に並んでいるのでしょうか。そもそも、商業誌に作品が載る、というところがどういう手筈になっているのでしょうか。
 なにか、サーカスを見ているようで、不思議な感じです。 


 
決意(2010.01.01)
 2010年の到来です。
 決意というほどのものはありませんが、昨年「発表の場」として立ち上げた海第二期を継続発行し、多くの方が、「止むに止まれぬ気持から生まれた作品を、発表する場として展開したいと思うこと。この場をおおいに、自由に利用していただきたいこと」をもって、決意に替えたいと思うものです。
 多くの方々に支えられ、進み行けるものだとの感謝の気持も忘れることなく、臨んでいきたいと思います。
 関係の方々には、この紙面を借り、御指導等へのお礼と、さらなる御鞭撻をいただきますよう、お願いを申し上げる次第です。

 索 引


決意(2010.01.01)

出版(2010.01.07)

出版準備完了(2010.01.13)

文の芸(2010.01.17)

詩集、句集刊行
(2010.01.24)


いざ小説(2010.02.08)

出版記念会と海の先人(2010.02.20)

自虐性?(2010.02.24)

実作を(2010.02.26)

西日本詩時評(2010.03.01)

職を辞す(2010.03.03)

文化と文芸と文学(2010.03.10)

詩の紹介(2010.03.14)

海の編集作業(2010.03.22)

編集者のつぶやき(2010.03.28)

夜来の雨(2010.04.01)

編集も(2010.04.03)

自由律俳句(2010.04.08)

70号原稿持ち込み(2010.04.13)

発刊へ(2010.04.18)

HP補修作業(2010.04.21)

70号発送(2010.04.28)

良い素材を(2010.04.29)

私は(2010.05.03)

オーバーな表現(2010.05.10

資料(2010.05.13)

詩の旧作など(2010.05.22)

少しだけ(2010.05.28)

文芸作品とは(2010.05.31)

地に足を(2010.06.04)

合評会(2010.06.10)

受贈誌から(2010.06.15)

小説(2010.06.26)

きちんと書く(2010.07.07)

60歳の新人
(2010.07.09)

ありがたいこと(2010.07.15)

安易な受け(2010.07.16)

理屈どおりには(2010.07.19)

1作を積む(2010.07.21

自己嫌悪(2010.07.28)

なぜ書くの?(2010.08.06)

この人を見よ?(2010.08.11)

迷い(2010.08.21)

詩文の遊び?(2010.09.01)

試練?(2010.09.08)

他誌への返礼(2010.09.18)

海の原稿(2010.09.19)

海の原稿進行中(2010.09.22)

作品を書く(2010.09.26)

作品を読む(2010.09.29)

小説を書く(2010.10.11)

形はどうであれ(2010.10.14)

ありがたいこと(2010.10.23)


自費出版文化賞(2010.11.01)

自費出版文化賞入選作品(2010.11.07)

自費出版文化賞入選作品2(2010.11.12)

奨励賞(2010.11.18)

読書(2010.11.28)

準備(2010.12.05)

若さ(2010.12.10)


生前葬(2010.12.22)

地に足を着け(2010.12.29)

書く前に読む(2010.12.30)

文芸というもの(2010.12.31)

読むこと、書くこと、歩くこと(2011.01.01)

年賀状(2011.01.07)

基本(2011.01.14)

文学賞(2011.01.19)

プロというもの(2011.01.20)

続ける(2011.01.21)

授賞式(2011.01.25)

これから(2011.01.26

鮒田さん(2011.02.02)

1日3枚(2011.02.07)

良いものは良い(2011.02.10)

銀華文学賞作品など(2011.02.12)

西村氏の作品(2011.02.17)

古書店(2011.02.20)

選抜(2011.02.26)

文学道(2011.02.27)

編集開始(2011.03.02)

開始とともに(2011.03.05)

海の編集(2011.03.28)

文芸(2011.03.31)

海発行へ(2011.04.10)

海の発行(2011.04.14)

時に応じて(2011.04.15)

詩と散文(2011.04.16)

海を発行して(2011.04.21)

投稿も(2011.04.22)

二十四の瞳など(2011.04.23)

他誌往来(2011.04.25)

ぽつりぽつりと(2011.04.27)

生涯現役(2011.04.28)

冷や汗(2011.04.29)

遺稿(2011.04.30)

良質の作品(2011.05.02)

とにかく作品(2011.05.03)

生きたいことに忠実に(2011.05.05)

決別(2011.05.06)

文芸人(2011.05.07)

合評会(2011.05.08)

合評会を終え(2011.05.09)

決算報告、執筆要領(2011.05.10)

発行回数を増やす(2011.05.11)

送り出す(2011.05.13)

フォトン・ベルト(2011.05.14)

書けないときは(2011.05.17)

最近は(2011.05.20)

暑い日は(2011.05.21)

スピリチュアル(2011.05.23)

スピリチュアル2(2011.05.25)

新聞の紹介(2011.05.30)

スピリチュアル3(2011.06.01)

新聞の紹介等(2011.06.02)

自然災害・人災(2011.06.03)

一字一字(2011.06.06)

文学力(2011.06.07)

データ保存(2011.06.09)

文学力2(2011.06.11)

準備OKなれど(2011.06.13)

金言(2011.06.15)

便り(2011.06.17)

締め切り(2011.06.21)

全作家(2011.06.24)

新刊書(2011.06.26)

詩作(2011.06.29)































































































































































































































































































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