詩集「零地点」について


  2010年1月20日に、自由律句集「天女降臨」を刊行しました。
  その「あとがき」を記させていただきます。


   あとがき

  石川啄木は、私が一番最初に出会った作家です。

戦後のどさくさの時期に、長崎県の壱岐で生まれた私には、まともな学習環境はありませんでした。日常の生活といえば、農業の手伝いに明け暮れることのみでした。

そんなとき、図書室もない中学校の物置に、埃にまみれた啄木全集を発見し(出会い)、それを持ち出し、むさぼり読んだものです。ですから啄木の歌は、今でも多くを諳んじていますし、もう自分の血肉となっています。

  やはらかに柳あをめる北上の岸辺目に見ゆ泣けとごとくに

  不来方のお城の跡の草に寝て空に吸はれし十五の心  

 渋民村を訪ねたこともあり、函館にも行き、墓にも参りました。理屈抜きに、今でもその息遣いを感じることができますし、自分自身、どんなときにでも15の心に戻ることができます。

 

 啄木の後には、萩原朔太郎、中原中也などに夢中になり、同時に、中学校の物置で発見した松尾芭蕉や与謝蕪村の俳句にも傾倒していきました。

 中学時代、高校時代と、島国の閉塞した空気の中で、自分流にではありますが、自分を表現するための手段として、短歌があり、詩があり、俳句がありました。というより、そのほかには手だてがありませんでした。我が家には、ラジオもテレビもありません。

 茫漠とした未知の世界へのあこがれを膨らませる一方で、元寇で二度の滅亡に瀕した島の空気が朝に夕に醸し出す、「死滅」というべきもののもつ虚無的な匂いにも、なぜか心を通わせるようになっていました。

 

 それが、私に「どこからきて、どこへいくのか、なんなのか」という問いとなって、迫ってくることになるのですが、例えていえば、「3億年前はどこにいて(いなくて)、なにかの偶然によって(よらず)この世に生を受け、去っていく。ならば、5億年後にはどこにいる(もはやいない。痕跡すらもない)のだろう‥‥」というような煩悶となって表れるに至りました。

 

 その中で出会ったのが、「層雲」でした。

 自由律俳句、というどこか虚無的でひねた存在が、私の心にダイレクトに飛び込んできました。

  咳をしても一人
  追っかけて追ひ付いた風の中

 尾崎放哉に、啄木を重ねて見ました。私の中では、この悲しい虚無の響きが、二人にピタリと被さり、しかも元寇で滅亡した壱岐の自然がおりなす空気とも、渾然一体となるのです。

 放哉の句に代表される層雲の句を、読もうとしました。しかし、資料がないのです。ならばと、直接層雲に入会の手紙を出しました。ところが、会が存在するのかしないのか、いつまで経っても返事がありません。

 すっかり諦めていた頃に、「入会可」との連絡とともに、わら半紙のような粗悪な紙を使用した薄い冊子が届きました。これが、放哉や山頭火を輩出した全国誌なんだろうか、という驚きの方が先にたちました。定型句の方は、実にきらびやかないくつもの冊子を店頭に並べていたのでしたから。

 以来、約1年にわたり層雲に投句させていただくことになりましたが、かなり理屈っぽい論調の多いことに二の足を踏むところもあり、ちょうど散文の方にも向かっていたときであったため、自然と自由律から離れる結果となりました。

  

 しかし、今に至っても、啄木の歌や放哉の句が頭から消えることはなく、この30年近く無沙汰をしていたとはいうものの、一昨年ホームページを立ち上げたことで、その埋め草にでもなればと考え再び始めたところ、かなりの数を詠むに至りました。もっとも、層雲在籍当時にいただいた厳しい指導のことも半ば忘れがちであり、佳句の生まれよう筈もないのですが、「どこからきて、どこへいくのか、なんなのか」という呪文みたいに唱えてきたことに呼応すべき一つの表現の形として、このたび公にさせていただくことにいたしました。

 よって、過去に書いた筈の多少の作品も手元にはなく、やむなく、殆どを最近の作で構成するということにしました。もとより私に、たいした句の心得や才もないことで、誠に見苦しい限りのものかもしれませんが、 御叱責等をいただけましたら、誠に幸いに存じます。


                                                                             2010年1月20日 有 森 信 二


       自由律句集「天女降臨」

  次のような構成になっています。

     1 目次 

     2 世紀を越ゆ

    3 天女降臨

    4 天気晴朗

    5 今朝の露

    6 秋の月

    7 層雲掲載句


      平成22年1月20日発行
      花書院



 
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