作品集「コスモスダンス」について


  2004年11月に、作品集「コスモスダンス」を刊行しました。
  刊行することについては、たくさんのとまどいがありましたが、私なりの考えや、私なりの思いを公にすることは、長く創作に関わってきた自らのベクトルを明らかにすることでもあると思うに至りました。
  その「後書き」の一部を再掲することで、有森信二についての紹介に替えさせていただければ、と考えます。  


  後書きに代えて(「コスモスダンス」) 
   
  顔がない 割れた鏡のうちにもそとにも
  鳩 赤い胸のうちをぶら下げたまま時間の真円を歩く
  秋風や 風のうしろにたれもゐぬ
  光 光に向かって戻ればよい
  その向こう にあるのかもしれない

  自作の五句を並べてみた。決して佳作とはいえないだろう。
  しかし、これまでの私の心象は、この五句に凝縮されているといっても過言ではない。
  どこからきたのか、どこへいくのか―
  この命題は、私にとって、抽象語ではない。
  こういうと、いかにも青臭く生意気なやつだとの誹りを受けてしまうであろうが、俳句、短歌、詩、小説と、もの心ついたときから書き記してきたことは、全てこの命題に向かっている。

  元寇で二度全滅した長崎県の壱岐という島に、戦後のどさくさの時に生を受けた私は、いつもなにかに怯えていた。
  小心者の私は、道端の古びた墓地や、名も知らぬ石塚が怖かった。汐風に傾き立つ、古戦場跡の松の枝を吹き千切る風の音が、故知らず怖かった。
  島人たちの邪気のないことばや笑い声と、島を包む何気ない空気とが、いつも不協和音を奏でているかのように思えてならなかった。
  戦地から帰還したという父たちが、狭い田畑を耕しながら、陽気に笑い合い、酒を酌み交わすという光景を見るのさえ、不可解だった。

  図鑑を開けば、地球はまるで奇跡の宝石であるとしか言いようのない美しさで、しかし、いかにも不安定な様で宙に浮かんでおり、しかも、四十五億年だとかの寿命でしかないという。
  漆黒の闇の中、手を伸ばせば届きそうな近くにあり、まばゆいばかりにギラついている星たちは、実は何十億光年という時空を隔て、信じられないスピードで互いに遠ざかっていくのだという―

  目の前に織りなされる日々の生活。貧困、虚栄、偽善、欺瞞、業欲、憎悪、殺戮‥‥。
  切り崩され、抉り捨てられ、決して泰然自若などということばでは表すことができない自然。
  何十億年という時間。七十年などという人の生命。ものたちの生命。その長短。その茫々とした距離、空間。その前、その後ろ。今のこの時も、どこかで流される夥しい血。
   いったい、人や、ものたちや、自然や、今というこの時は、どこへいくのか―
 
  あれやこれやで蛇行しながらの生活の中、自分自身だけに向かって書き綴ってきたつもりの作品のうち、五編だけを刊行することになった。
  
 もともと、思うこと、言うこと、書くことには、強烈なエネルギーが込められているのだと信じ、そのエネルギーの行き着く先のことを思うと、刊行することにはなかなか踏み切れないものがあった。
 
  今回、この刊行によって、なにがしかのエネルギーを放出することになるのであろうが、願わくば、悪くはない念波を発信することになるであろうことを、祈念するばかりである。


                                       2004年11月   有 森 信 二

 


          

               作品集「コスモスダンス」



       「コスモスダンス」は、次の5作品を収録しています。
             1 コスモスダンス     
             2 白亜の空                
             3 遠雷           
             4 天使の黄昏             
             5 遠い声          


                               2004年11月15日発行
                 花書院 

             





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