あんなことこんなこと
「無名作家の日々」とでもいうべき欄です。
私生活については原則として触れないことにいたします。同人誌等の関係者の記述をする場合にあっても、出来得る限り御迷惑にならないように心掛けるつもりでおります。

NO 3
2012年04月以降の分は→ NO4へ
2011年06月までの分は→ NO2へ
2009年12月までの分は→ NO1へ

 


 


 
風強し(2012.03.30)
 春何番でしょうか。強風が吹き荒れています。ヒューヒュー音をたて、ガタガタ戸板を鳴らし吹き行きます。
 昨日の天満宮は、桜と遅咲きの梅が同時に咲いて、綺麗でした。最近、観光客の人出も増えたようで、外国語が飛び交っています。
 水が温み、菖蒲池ではまだ芽を出さない池の水面に、空の青、四王寺や宝満の山々、境内の楠の大樹が映り、季節の到来を待ちかねているかのようでした。


 
天気晴朗(2012.03.28)
 天気は晴朗です。喉の痛みは、どうやら風邪の痛みの方向に移行しつつある(?)のかな、と考えています。
 あまり外に出ていないのですが、ずい分春めいてきました。桜も、雪柳も、レンギョウやモクレンも、花芽をいっぱいに膨らませております。
 最近大きな地震がない(もっとも、時に5強、5弱といったものがありますが)のが嬉しくもあり、気味悪くもあります。2012年のマヤの暦の意味するところは、何なのでしょうか。行き先を知らされずに乗り込んだ飛行船に乗っているようで、楽しみでもあり、かつ、不気味でもあります。


 
風邪か(2012.03.27)
 喉の痛みのそれが、風邪のときの症状に似てきました。喉が痛い。キリキリと痛い。唾を飲み込むのも痛い。という有様です。
 昼間は気温はそれほど高くないものの、晴れ上がっていました。
 こんな夜は、星がとても綺麗です。今、月と、金星と木星が同じ位置にあります。昨晩は、金星、月、木星が一直線に並んだそうです。 西の夜空が見逃せません。


 
ダウン(2012.03.26)
 昨晩、食べたものが喉の奥に刺さった(?)ようなことが発端で、後はモノが喉を通らなくなってしまいました。今朝耳鼻咽喉科に行き、ファイバースコープ様のもので検査し、まず炎症の方を押さえなくてはということで薬をもらってきました。
 薬で様子を見、後は考えるということ‥‥。
 うーん、何となるやら。なるようになるさ、と今読んでいる般若心経には書いてあり、流れにまかせることにしました。


 
春一番か二番(2012.03.24)
 激しい風が吹き荒れました。黄砂も降っているようです。
 季節が移り行くのでしょう。草が顔を出し、花の芽も、木の芽も春を待ちわびているようです。
 ヒトの方はどうでしょう。春は喜びの季節でもあり、別れの季節であったりもします。いい季節になってほしいものです。


 
なるように(2012.03.23)
 なるようになる。起きがけに浮かんできた言葉がこれです。
 泣いても笑っても、なるようにしかならない。であるとすれば、泣いて過ごすか、笑って過ごすか。どう考えたって、泣いて過ごすのはよろしくないですよね。
 いずれにしても、今少し(いや、根本的に)自己改革をせねばなりません。なるようになるべく、しなければならないことをする、という方向で何をするか?です。


 
天満宮(2012.03.22)
 彼岸も終わりを告げようとする日、天満宮に参拝してきました。
 境内は今、梅が満開で、平日なのにかなりの人出がありました。韓国などからの観光客も、また戻りつつあるようです。
 途中、ツバキ、レンギョウ、モクレンなどが咲いて、小鳥も鳴いていました。
 保険証が3月末で切れるため、国民健康保険の申請に市役所にも行きました。これで、完全に元の職場とは縁が切れます。


 
マスク(2012.03.21)
 マスクが離せません。その辺りまで出掛けるにしても、必需品です。
 喉の痛みもあり、風邪が慢性化しているようでもあります。2月が忙し過ぎた、というのもあります。今は、全く遠出をしません。控えています。
 内科医院にも出掛けました。3月末で、保険証が切れます。何やかやと、済まさねばならないことが多くあります。


 
歩く歩く(2012.03.19)
 車を持たない私は、たいていのところへは歩いて行きます。ただ、この季節はマスクが欠かせないのが悩みです。少し歩いただけで、涙が止まりません‥‥。
 道路から少し脇道に歩み入ると、今年はあまり見掛けなかったスズメの群れに出会いました。いたんだ、やっぱり。となるくらいですから、これまでどこにいたんでしょう。餌が里には無いからという説もありますが、どうなのでしょうか。
 ヤブツバキ、ウメ、カンザクラ‥‥など、たくさん咲いていました。


 
組の常会(2012.03.18)
 今日は組の常会。17時からです。
 考えたら、去年の常会は3月11日だったのです。忘れもしない、あの被災状況の中継を見るのを中途で止め、資料を抱えて行ったものでした。
 司会進行も気が重く、すごく萎えていたのだったことを思い出します。
 今日は時折雨の混じる曇天。気が晴れないのは去年と同じです。


 
気温上がれど(2012.03.17)
 一気に18度ぐらいまで気温が上がりましたが、天候がさっぱりです。
 終日どんよりとした日でした。梅の花は開き、木の芽も膨らんできました。彼岸も近付いてきました。いつものように供え物をし、心の中で祈るつもりです。
 この国の復旧、復興について。そして、世界が平穏であらんことを。
 寒気があるので、丹田にカイロを貼っています。


 
荒天(2012.03.16)
 雨混じりで風強く、寒い日に戻りました。梅の花も開きかけては、縮んでしまいます。この冬は、本当に厳しく不順です。
 話を戻して申し訳ありませんが、14日は大きな地震が東北沖と、千葉東方沖で発生しました。前者では高くはなかったものの津波が観測され、後者では震度5強という強い揺れに見舞われました。
 2011.3.11は決して終わっていないということを、改めて感じました。


 
鍼へ(2012.03.15)
 1か月の疲れと汚れを、鍼で落としてもらいます。かかりつけの鍼師は名人です。
 1時間を少し上回る時間、鍼とマッサージでほぐし、汚れを流してもらいます。鍼師は肌に触れただけで、最近の調子の具合などがわかるらしく、かなりの遠方からでも話を聞きつけた人が訪ねてきます。
 ところで、スズメがたくさんいるのです。鍼師の庭のキンモクセイの茂みに、スズメが巣をつくり、はしゃいでいます。米の粒をいつも置いていたら、スズメが居着いたということです。「水が涸れてないかしら」と、治療が終わると、鍼師はスズメの囀りを楽しそうに聞いていました。


 
日溜まり(2012.03.14)
 久しぶりの晴天になりました。近辺を歩いていると、御笠川の橋のあたりに人が群れ、カメラの放列があります。
 殆どが60代、70代の高齢者。カメラを三脚に立て、川面を覗き込んでいます。「何なのですか」と通りかかる人の声。「今日は空振りかなあ」とカメラの中からの声。
 どうやら、カワセミを狙っているらしいのです。カワセミは、背中が真っ青で、とても美しい鳥です。私も最初見たときは、あの美しい鳥は何だろう‥‥と、懸命に鳥図鑑で調べたものでした。宝石のような鳥です。
 今日はゆっくりと傍を歩きながら、「平和な風景だな」と思わず呟きました。


 
戒壇院(2012.03.13)
 姪がなんとか入試に受かったので、祖父母が眠る戒壇院にお礼参りに行きました。私もついて行ったのですが、戒壇院の和尚さんを始め皆さんが、いつもにこやかに接してくださるので、境内に入るととても救われる気になります。
 祖父母は、戒壇院の本堂後部にある場所(正式の納骨堂ではないのですが)に祀られていて、毎日本堂でのお勤めや、観光客の声を聞いて過ごしています。二人とも、生前からこの由緒あるお寺が好きだったので、多分気に入ってくれていると思います。
 一時「墓地を」という考えもあったのですが、「子孫に過度の負担をかけないように」ということで意見の一致を見、戒壇院に住まわせてもらうことになりました。祖父母の法事なども、身内だけの少人数で質素に行っていますが、気持が通い合い、故人を偲びながらの、とてもすばらしい行事になっています。


 
風激し(2012.03.12)
 昨日も今日も、強風が吹きすさびました。
 寒さも厳しいです。身を縮めて過ごしています。
 しかし、庭の梅がだいぶ開いてきました。遅々とでも、季節は移っているようです。1日、1日です。前を向いて‥‥。この閉塞した日々が、何とか好転してくれることを、じっと祈るものです。


 
1年過ぎる(2012.03.11)
 東日本大震災から1年が経過しました。長く、重苦しい1年でした。
 復旧、復興は遅々として進んでいないようです。今朝の気仙沼からのレポートでは、陥没した土地を埋め戻すのに、5年かかるということでした。どういうプランの元に復旧計画を立てるのか、これがたいへん難しいことのようです。住居や仕事を失った人々全てが、5年先のことを具体的に描くには、難事が多すぎます。
 私が訪れた多賀城周辺でも、いったいこれをどうすべきかと、手を付けようという気持さえ打ち砕かれてしまうような荒廃ぶりでした‥‥。
 福島の場合は、さらに深刻です。放射能汚染をどう読み解くか、気の遠くなるような問題が横たわっています。
 こうやって復旧、復興に取り組もうとする一方、国民の記憶から少しずつ消えていくという傾向がなきにしもありません。(決して、消してはならないと思います。)
 折しも、さらに大規模な地震が発生するに違いないとの、科学者の予測が禍々しく新聞の一面を賑わしています。文言は「首都直下」であり、国民の関心はこちらの方に向けられつつあるのかもしれません。


 
風強し(2012.03.10)
 最近の身辺を例えて言えば、今日の天候のように「風強し」というところです。
 定まりません。いろいろと。雑務の多さもあります。時間が足りません。
 これは、よい傾向であるのか、どうなのかはわかりませんが、よくもまあ体調も持っていることだと、思います。
 起きるのが辛い日もあります。内科の薬は欠かせません。
 と悔やんでばかりはいけません。自分に欲がないため、人様も同様に淡泊なのかと思ったら、ときどきそうでもないことに気付かされたりしてクシャミをします。


 
入試考(2012.03.09)
 入試シーズンです。私を含め、我が家は入試となるとからっきし駄目で、さんざんな目に遭いました。
 ところが、甥や姪たちは、いとも簡単に難関を突破して行きます。ここらの違いは何だろう、と考えます。
 一時期、入試関係の手伝いをしていたことがありましたが、言えることは、合否の境界に殆どが群れているということです。銀河宇宙の図を想像してもらえば、イメージが強くなるのではないでしょうか。
 合否は1〜2点差。と言っても過言ではありません。勿論、悠々と高得点を取って他を離している場合や、その反対にまるで戦えなかった、という例もないではないのですが、おおかたは、この1〜2点が人生を分けます。選抜試験であるからには致し方ないことでしょうが、この1〜2点差を数(10)年後には逆転するぞ、という気概を持ってもらえれば、いいのではないかと実感したものです。
 合格した人は堂々と前に進めばいいし、不合格であったとしても、うちひしがれる必要は何もないと思います。【必要な試練】だと受け止め、より高い志を持ち続ければ、答えは自ずと出るのではないかと思います。


 
なでしこ残念(2012.03.08)
 サッカー女子の国際大会、アルガルベ・カップで準優勝したなでしこ、大変残念でした。前半を1−2で終え、後半いったんは2−2の同点に追い付き、43分に3−2と突き放されたものの、45分に同点に持ち込んだ粘りはさすがでした。
 その同点終了を目前としたロスタイムに、ワンチャンスをロングボールで持ち込まれ、惜しくも3−4でドイツに敗れ、準優勝となりました。
 不利な形勢でも諦めずに闘う姿勢には頭が下がりましたが、ヨーロッパチャンピオンのドイツが相手です。とうとう、流れを奪い返すところまでには至りませんでした。しかし、この闘いを見る限り、多くの課題は残りましたが、ロンドン五輪の前の闘いと位置付ければ、大きな教訓をえたことになったのではないかと思います。
「大きなことを夢見よう。決して途中であきらめてはいけない」これは佐々木監督の言葉ですが、なでしこのチャレンジは続いていくものと思われます。


 
今日も雨(2012.03.07)
 本当に、だらだらと雨が続きます。昨日も雨、今日も雨です。
 雨だからブルー、などとは言いません。雨のせいではなく、自分の気分がブルーを演出してくれるようです。
 何も率先して悩みたくなどありません。しかし、そこはそこ、山あり谷あり、というように人間の道筋は作られているのかもしれません。
 だから、ブルーでもいい。やるときゃあやるさ、と自分の責任で行きます。


 
チャレンジ(2012.03.06)
 チャレンジせずして、何が始まりましょう。チャレンジなくして、頑迷なしきたりや、拘りがなくなるわけはありません。
 武田鉄矢さんは、教育大学に行きながら、歌手になりたいと大学の窓口に相談に行ったら、「何考えてるんだ、ド阿呆」というふうに怒鳴られたと聞きます。
 自分が信じ、実現したいと思うことは、勇気を持ってチャレンジすることが大切だと思います。世間の顔色ばかり窺っていたら、何も始まらなかったことでしょう。
 自分がやりたいことは、周囲にも堂々と宣言し、自分の努力と、工夫と、熱情で突き進み、自分の責任で、やり遂げたらいいのではないかと思います。


 
悩みは明日(2012.03.05)
 悩みを捨てるというわけではありませんが、故のない悩みに関わることは止めることにしました。流れに沿って、素直に考えることにしました。
 現在のこの時期、2012年です。今更悩んでどうなるものでもありません。どうかしたら(どうもせずとも)、マヤ暦が示すように、突然現文明が終わるかもしれません。杞憂を煽るわけではありませんが、それらの危機は大いに迫っている感があります。
 自然災害多発の警告があります。気候変動の警告があります。食糧危機の警告があります。人口爆発と少子化の警告があります。政治・経済の混迷の警告があります。核の誤作動の警告があります。宙空にかかる問題も多くあります。
 これらを通り越し、未来は明るくなると言われてもいます。
 一日、一日足元を確かめながらやって行くほか、ないのかも知れません。


 
遠来の客(2012.03.04)
 遠来の客がありました。しかし、雨。ちょっとお気の毒です。
 この冬は、寒波、雪、雨といったふうで、気候にめぐまれません。今日は、丹田のあたりにカイロを貼っていました。気温の割りには冷えてくるからです。風邪がぐずついています。体が疲れ気味になると、どっと風邪が顔を出します。
 長引く風邪は体力を奪って行きます。春はまだまだ遠いようです。


 
桃の節句(2012.03.03)
 桃の節句です。我が家には女の子がいないため、雛飾りなどしたことがありません。久しぶりに、日が顔を出しました。しかし、明日からは、また雨といいます。
 玄関に桃の枝2本をもらって来て、挿しています。


 
スズメ(2012.03.02)
 やっとというか、スズメの姿を目にするようになりました。電線で喧しいほどに騒いでいます。まだ、庭にはなかなか下りてきません。
 喧嘩でもしているのではないかというふうに鳴き立てるのが、元気がよい証拠なのかどうか、よくわかりません。
 なかなか晴れ間がきません。菜種梅雨と呼ばれる小雨が、降り続いています。


 
3月到来(2012.03.01)
 3月となりました。3月となれば、昨年3月11日の大震災のことが、どうしても思い起こされます。願わくば、真の復興・発展の機運が訪れてほしいと思うものです。
 よろしくない話題には出来るだけ触れないようにし、明るい話題を見付けようとしても、なかなか見付かりません。私が気付かないだけでしたら、それにこしたことはないのですが。私も他人まかせにせず、自分の出来得る範囲のことをやり始めましょう。
 ともかく、弥生三月、前途がサッと明るくなるような出来事や、ニュースが、飛び交う月であってほしいものです。今、梅の花が、少しだけ開きはじめました。


 
人類の視点(2012.02.29)
 引き続き、毛利衛氏の「宇宙から学ぶ」よりの引用ですが、個人の段階から、人類の段階へ、そして地球生命の段階へ、と話は進みます。
 まず、個人を維持するつながりが生じ、人間の文化的なつながりが生じ、生命の普遍的な流れにもとづくつながりへと進みます。「挑戦→多様化→繁栄」のサイクルにより、常にチャレンジして行くことが必要になります。
 不肖私も、幼い頃から、視点は宇宙空間にあり、遠くに地球生命を眺めていました。皆さんも、そういう視点で眺められているものだと思っていました。
 そのことの是非はおいて、毛利氏の言われる個が挑戦し→多様化し→初めて繁栄が期待できる、という意見に賛同するものです。
 あたかも、宇宙船地球号の行く末が案じられています。私には、個=人類=全生命の視点が、とても重要なことだと思えてなりません。


 
人間の海(2012.02.28)
 海ならぬ、人間の海を泳ぐことはたいへんなことだ、と思うこの頃です。
 人間、どうしてこう、うまくいかないことを好むのか。また、何故にそう仕組まれるのか。先人の多くも経験したように、人間の歩むところは障害物の山。そう言い切ってもよいのかも知れません。
 五木寛之氏などは、「この世こそ地獄」という例えをよくされます。
 2012年。はたして、カタストロフィ→人類の道好転へのシナリオは実行されるのでしょうか。ひどく不気味で、しんとした静寂であります。 


 
個の挑戦(2012.02.27)
 個が挑戦しない種は滅びる。(毛利衛「宇宙から学ぶ」―ユニバソロジのすすめ)とあります。変化に応じず、同じ環境に籠もっていては、種が腐り滅ぶというのです。
 個が挑戦し、その挑戦は大方が失敗することでしょう。しかし、挑戦しない種は尻すぼみのままなのです。生き繋ごうと思えば、まず失敗を恐れず挑戦することだといいます。それが、新たな生きるための環境をもたらしてくれることになるそうです。
 この個が、生命という全体を繋げて行くために、そのネットワークを結ぶこと。つまり、アクティブな個がネットワークを形成して情報交換をすることだと、毛利氏は語られます。とにかく、個を磨くということが大切だということです。
 挑戦のない日々、挑戦を忌み嫌う考え、これは自分の種だけをよしとする後ろ向きな考えであり、後ろ向きの生き方だということです。―失敗してもいいから挑戦する。
 どうでしょうか。人生について、みなさんはどう考えられますか。
 毛利氏は、一番大切なことは、自分が強く生き、他者とネットワークで繋がることが、種全体を生かす上での根元になる、といわれます。
 生命は、進化と絶滅による産物であること。故に、常に強い意思を持ち、可能性と限界に挑み、適応を果たすということで引き継ぐもの、ということも出来るそうです。


 
小鳥考(2012.02.26)
 最近、本当にスズメやメジロの姿を見掛けません。昨年などは、ガラス1枚を隔てた侘助の花に、メジロが1日に何度もやって来ては、蜜を啄んでいました。
 スズメも見ません。何十羽もが電線に来て、終日賑やかに囀っていたものです。
 静かです。静か過ぎます。無気味なほどです。
 周囲に空き家も増えました。家人が死に絶えた後の始末をしようにも、どうにも手がつかないのでしょう。子供たちはそれぞれ独立し、高齢の親は子供の元に引き取られるのが常のようです。親元に子供が越して来る、という例はこのあたりでは皆無のようです。
 家を継ぐ、ということが出来なくなりつつあります。少子化で、経済が冷え、先行きの見通しが立ちません。自分の子の世代のことなど‥‥もう、考えられない話です。
 家事情、お墓事情など、「昔のとおり」が成り立たなくなって来ているようです。


 
ライフワーク(2012.02.25)
 ライフワークは、自分で探すもののようです。黙ってゴミを拾ったり、庭の草花を飽かずに眺めたり、文字を並べ替えてみたり‥‥することから、生まれることが多いようです。知人の中には、どういう経緯でか路上の「みかん屋さん」になった人もいます。決して「もうけよう」とかいう邪気がないところが、反対に人気を呼んでいるのでしょう。
 人に担がれたり、祭り上げられたりするライフワークもありましょうが、そこは相手あってのことだし、まず、自身が必要とされねばならないでしょう。
 後者の方は、私には全く縁がないことですから、前者を目指します。


 
理不尽(2012.02.24)
 自分が判断して行ってきたことを、あたかも他人のせいであるかのように話を作り、あまつさえ恫喝を加えてきたりする、ということがよくありますね。
 ところで、今日は久しぶりの好天でした。わかってはいたのですが、確定申告とやらに出掛けてみたら、その必要は全くないと断られてしまいました。
 このことの意味も、書くのは止めましょう。お考えのとおりです。


 
お世話(2012.02.23)
 お世話になることが多い、と思えてきました。昔の現職の頃のように、片意地張って、意固地になってばかりいてはこうはいかないように思います。
 自分一人で出来、やりおおせることには限度があります。頭を下げ、教えを乞うことで、自分には思いも及ばないようなことがあることに気付かされます。
 出来ない。被害者だ。あいつは何で良い目ばかり見るんだ。などという僻みの中にあっては、見えもしないし、知ることも出来ないことのようです。
 本当に教わることが多いことに、気付き、自然と頭が下がります。


 
垂れた雲(2012.02.21)
 寒さに眠れませんでした。最低気温は、この数日前に比べ5度ぐらいは上がっているということですが、自分の体がゾクゾクします。
 貼るカイロを丹田に貼ったりしていますが、今一つです。
 2月に入ってからの忙しさといったら、現職の時代もかくや、というほどでしたので、多分疲れが出たのかもしれません。今日は、一度郵便局に行っただけで、動かずにいます。空も朝から垂れ込めており、シャンとしません。


 
EMS(2012.02.20)
 EMSって何だろう? 外国に1度も行く機会のなかった私は、EMS(国際スピード郵便)というものに、2日間悩まされました。
 元の職場でEMSのことは何度も聞いていたのですが、いざ自分が関わるとなると、話は別です。しかも、たいへん難しい。読んでも意味がわからない。
 品物を送る制度であることは間違いのないことですが、ことが外国となると簡単ではないのです。今も理解したわけではありませんが、まず「送ることの出来る品物を買い」、「所定のやり方(これがなかなか難しい)」で送付する訳です。
 よい経験をしたというか、国境の壁は何と厚いことだろうと感心しました。


 
雪また雪(2012.02.19)
 寒さで夜半に目が覚めました。零下何度まで下がっていたのでしょうか。雪です。
 朝の太宰府は、私の家の付近で、10センチほどの積雪。夕方になっても、雪は消えません。家の表通りには、車の音も聞こえません。日曜日でもありますから。
 この冬は本当に寒いです。日本中が凍えているようです。
 15時頃には、日立市付近で震度5弱という地震がありました。

 天皇陛下の心臓の手術が昨日行われ、手術は無事に終わったということでした。御高齢であられ、しかも、御病気を抱えられながら、いつも御公務に励まれておられる姿に、頭が下がるばかりです。


 
雪雪雪(2012.02.18)
 気温が低く、今日も雪。積もっています。
 風も強く、吹雪いています。北陸地方を中心に、ほぼ全国で雪になっています。例年の2倍以上の降雪だとか。雪下ろし作業中の事故が多いようです。
 普段慣れない九州地方では、雪が降ると途端に交通が麻痺します。雪は景色としては美しいものの、その屋根の下では涙ぐましい苦労が続いているようです。


 
水彩画展(2012.02.17)
 以前から案内をいただいていた水彩画展に出掛けました。この寒さと、場所が遠方なもので、多少怯むところがないではありませんでしたが、期日が迫っていることもあり、思い切って出掛けました。
 場所は、早良区の背振山の麓になります。バスの乗り場、降り場のことを、2度も電話で確かめて行きました。
 最後のバス停で降り、車で迎えに来ていただき、ようやく辿り着きました。
 近くの川や、樹木等を多く選んで書かれた水彩画は明るく、端正な筆致。見事なものだと思いました。
 それに、本宅とは別に、空き家を買い取り美術館にされたそうで、普通の民家ですが、手入れが行き届き、住み着きたくなるような親しみを感じました。今は葉を落としている紅葉の大木が、芽を出し、紅葉する頃には、さぞやと思われます。
 寒風吹きすさぶ中でしたが、心はとても温かくなりました。


 
免許更新(2012.02.16)
 最近まことに忙しい日が続きます。忙しいことは、悪いことではありません。
 合間を縫って、免許取得後40年間というもの、路上運転を1度もしたことがない運転免許証の更新に行きました。身分証明書替わりに最も使われる書類ですから、流すというわけにもいきません。一度も乗らないので「ゴールド」とかの区分に入りますが、手続きも短い時間に終わりますから、助かります。年齢相応の顔写真が貼り付けられ、発行されるまでの時間は30分とかかりませんでした。
 今日は鍼です。1月に1度の鍼、私には欠かせないようです。


 
快晴(2012.02.12)
 2日続いての快晴でした。洗濯や炊事のまねごとを、久しぶりにしました。
 図書館にも行きました。これから、児童向けの本を中心に読んでみたいと思いました。幼時に読めなかった本が、たくさんあります。このレベルからやり直す必要があるのだな、と痛感した次第です。
 大人向けの本は、虚々実々の中身が多く、どうもしっくり来ません。自分の作りが、まだ幼いということのせいだろうと思います。


 
震災その後(2012.02.11)
 昨日、震災のその後の様子‥‥宮城県の状況を伝えた資料をいただき、「仮設住宅でのコミュニケーションづくり」に励まれ、少しずつ手作りでの「温かみ」をつかまれ始めたところがある、との紹介でした。
 私も、太宰府市の姉妹都市である多賀城市に一歩だけお邪魔し、大きな被災は被災として、明るく振る舞っておられる市民の方々を垣間見ることが出来、少しだけ心安らいだことが、全くの勘違いではなかったのだろうと思った次第です。
 話は変わりますが、これは福岡あたりで新聞などにも載っているのですが、例年ですとメジロやスズメたちが賑やかにやって来ていたのに、殆ど見ない、という状況は変わりません。今朝の新聞には、警固断層云々などの記事も載っていましたね。


 
雪と宇宙人(2012.02.09)
 寒さが続きます。雪が舞います。
 それでも、ジョウビタキがときどき庭に来てくれます。
 天満宮の飛梅が、ようやくほころび始めたと聞きます。
 北陸地方を中心とした豪雪は、あいかわらず続いているようです。昨夜、佐渡で震度5強(マグニチュード5.7)の地震がありました。なんと言っても、今2012年ですから、たいていのことでは驚かなくなってしまいました。この慣れがいけませんね。

 話は変わって、我が国の老齢人口の増加は加速するばかりで、かつての「胴上げ型」から、現在は「騎馬戦型」になり、遠からず1人の若者が1人の老齢者を支える「肩車型」になるのだと言います。どうしてこんな馬鹿なことになったのかとは、団塊の世代の私たちには釈明のしようもありません。
 子供が減り、ひ弱になる。老人の延命治療が高度化し、長生きする。単純に言えばこの一言です。団塊の世代の私たちは、もともと人間にカウントされるべきではなかった宇宙人であるのかもしれません。
 この話が出るたび、なんともコメントのしようがありません。


 
多賀城(2012.02.08)
 2.6に多賀城市を訪れ、その海岸沿いを見学しました。
 仙石線は、仙台から3分の1ほどの行程の多賀城駅が終点となっています。松島や石巻方面へは、バス等を乗り継いで行かねばならないそうです。
 多賀城駅前の風景は、大震災から11か月が経過した今、かなり落ち着きを取り戻しているかに見えました。電車内で会う人々、駅周辺で出会う人々の顔には、思ったより落ち着きが感じられ、ホッとしたものです。
 しかし、車で五分ほども海岸に向かって行くと、津波の爪痕が見え始めます。半壊した家、夥しい廃車の置場、夥しいゴミの置場、基礎だけを残し浚われてしまった家々の跡、工場等の跡、とってつけたような空隙、だだっ広い空間、陥没地等々です。
「黒い水に浸かった人は重い健康障害を引き起こしました」、「水流のいたずらでしょうかねえ、難を逃れた建物もあるのですよ」
 運転手の説明は淡々としたものでしたが、昨年の3月11日のあのとき、ここで何事が起きたのであろうかが、まざまざと蘇ってくるようでした。


 
立春(2012.02.04)
 2012年がスタートしました。昨日までの厳しい寒さはいく分緩みましたが、なかなかこの寒波は去りそうにありません。
 この年が、どなたにとっても明るい希望をもたらしてくれる年であらんことを、心から願い、祈りたいと思います。
 最近見掛けなかった小鳥、今日1羽だけ庭に来てくれました。


 
小鳥(2012.02.03)
 最近小鳥を見掛けないとか、ムクドリが異様に群れていたとかいう話を聞きます。
 富士山の方も、富士五湖が富士六湖になったとか、これらはマスコミのイタズラであることも多いのでしょうが、何か異様なモノが全く感じられないではありません。
 政治や経済の表舞台の動向もさることながら、自然や日常のちょっとした変化にも気持が引かれます。いたずらに杞憂を招くことではいけませんが、ズシリと安定したものを失ってしまっていることだけは、否めない感があります。
 小鳥も虫も、居るべきところに普通に居てほしいものです。
(メモ)
 今朝の最低気温 大分県玖珠町-14.7度、熊本あさぎり町-10.6度、福岡朝倉市-7.4度、久留米市-4.5度、太宰府市-4.3度‥‥九州21地点で最低を記録
(メモ2)太宰府市、福岡市の最低気温と最高気温
 太宰府市 2月2日 -1.8度〜2.6度  2月3日 -4.3度〜1.6度
 福岡市   2月2日 -0.5度〜3.0度  2月3日 -2.9度〜2.4度 


 
寒さ猛烈(2012.02.02)
 寒さが半端ではない。身を切る寒さである。雪も吹き付ける。向かって来る強風の中、4メートル近い波を越えて行かねばならない。
 葬儀のために壱岐行。船の揺れも半端ではない。船着き場の係員も、寒い寒いの連発です。着いた港から会場まで、タクシーでぎりぎりセーフ。会場も寒い。
 こういうことでもないと、海は渡れないという日。故人を見送る家族もたいへんだったでしょうが、参集する人々も、外に出たくなる日ではなかったでしょう。
 裏日本気候の玄界灘。こうも荒れ、こうも寒い日にはめったに出逢ったことはないことでした。モガリ笛幾夜もがらせ‥‥、と歌われた玄界灘です。


 
2月到来(2012.02.01)
 2月の到来です。北風とともにやって来ました。今年は本当に寒い日が続きます。
 それにしても、明日の壱岐行、波の高さはいくばかりか‥‥。海を越えるということは、晴れや雨の天候だけではなく、風が問題になります。
 旧暦でいえば、新年間近。新年は、どんな年になるのでしょうか。「2012年問題」と喧しく言われてきた、その年にいよいよ入ることになります。
 政治、経済を始めとした人間の生活。カタストロフィーをもたらすとされる自然現象。私たちは、この未曾有の大変革のときを越え行かねばならないと言われます。正念場の年に入って行くのだな、という感慨が深まります。


 
壱岐行(2012.01.30)
 朝、壱岐から電話が入りました。親戚に不幸があったとのこと。
 連絡を入れてくれる兄弟には、心苦しい限りです。まだ、日取りなど決まってはいませんが、明日か明後日あたりになるのでしょうか。
 
 なお、このサイトには私の実生活は殆ど掲載しておりません。作品を掲載するだけでも、相当の露悪趣味になりますので、せめて日々のつましい生活や感情のほどは表に出さないように努めております。
 それに、私の作品で「特定の個人を書いたのではないか」との疑問がどうしても生じてくる場面があるかもしれませんが、「特定の個人を貶めない」「個人攻撃はしない」という覚悟(当人はその考え)のもと、「フィクション」として書かせて貰っております。父とか母とか、それらの代名詞等で書いている場合も、実在者の横顔とは異なるものですので、何卒その旨御理解をいただければ誠に幸いです。


 
また寒波(2012.01.29)
 2日ほど緩んでいましたが、また寒波が到来するようです。インフルエンザも、これから流行するとの予報のようです。
 北陸を中心に、今年は例年の2倍ほどの積雪がみられるとのことです。この歳になってみて、これまで感じなかった雪国の生活の大変さが思われます。雪下ろし、この作業一つとっても、どれほど危険で、難渋するものであるかがわかってきました。
 老後の生活の大変さ、厳しさが身に染みて感じられるこの頃です。


 
底冷え(2012.01.27)
 昨日夕方都府楼跡の周囲を歩いてきたんですが、足底から帽子を被った頭の芯まで冷え切りました。幸い風はありませんでしたが、痛いような冷えです。
 この時期が寒いのは当然のことですが、しんしんと今日も太宰府は冷えます。


 
落ち葉(2012.01.26)
 秋の剪定の際、卯木を剪り残していたため、この季節になって黄葉が公道に舞い落ちます。毎日のように、山茶花の花弁とともに掃いていたのですが、あまりの落ち葉の多さに閉口し、根本に近い幹から剪ってしまいました。
 そんなに硬い木ではないのですが、剪って可燃物袋に入れるまで、2時間を要しました。時を問わず散り敷く黄葉は、第一近所迷惑ですし、公の道路を汚してしまいますから。去年まで、こんなことはなかったということは、秋の剪定時に根株の付近で剪っていたのだったのでしょう。それにしても、周囲に迷惑をかけたことでした。
 
 この冬の寒さは、長期予報のそれとは異なり、実に寒いです。近年が暖かかったせいもありましょうが、今年は底冷えがします。
 太宰府紀行という本を求め、ざっと読みました。この地が、遠の朝廷と呼ばれ、四神相応の地であるということなど、学ぶことは多いです。
 太宰府天満宮が、江戸時代までは「天原山安楽寺天満宮」という神仏習合の宮寺であったということも知り、かねてからの疑問が少しだけ解けてきた感があります。


 
雪(2012.01.24)
 郵便局まで歩いて行きました。勿論、1.5キロほどのこの距離はいつも歩きます。
 しかし、寒が締まっていて、頭の芯が痛くなるほどの冷えです。雪も舞い始めました。積もり始めるかもしれません。
 太宰府検定のテキストなるものを、求めてきました。1,890円也です。


 
大寒(2012.01.23)
 暦の上での大寒は過ぎましたが、本格的な大寒がやって来ました。しんしんと冷えゆきそうな気配です。
 外を20分ばかり歩いてきましたが、肌に痛いほど寒さが凍みてきます。空高くまで冬将軍が支配している気配です。
 風も強く舞っていました。葉を篩い落とした木々の枝が、ヒューと鳴っています。こういうときは、静かに伏せの姿勢でときを待つ必要がありそうです。


 
昨日大寒(2012.01.22)
 ここ太宰府は、1日遅れで大寒がやってきたかのようです。
 昨日は予想に反して穏やかな晴天だったのですが、今日は明け方から冷たい雨が降り続き、雲が垂れ込めています。天気予報では、段々寒さが厳しくなり、また寒波が居座るとのことです。やれやれです。
 今年の冬は、確か暖冬という予報ではなかったかと思うのですが。

大相撲は、とうとう大関把瑠都が初優勝を果たしました。白鵬の連続優勝も悪くはありませんが、下位力士がもう少し奮起し、優勝争いに常時からまないことには、今一つ盛り上がりません。
 琴奨菊、稀勢の里と続いた大関昇進劇は、新たな波の到来かもしれませんね。
 把瑠都も、1度の優勝で満足することなく、一気に階段を駈け上がるぐらいのつもりで、横綱を目指してほしいものです。


 
絶句(2012.01.21)
 石巻赤十字病院の100日間―という本を読み、大震災の凄まじさを改めて感じました。そして、人間が人間を救うのだということを知りました。
 これは、2011.3.11に発生した東日本大震災直面した石巻赤十字病院の職員873人の、震災体験記録であり、我が国が震災から免れ得ない立地である以上、今後も災害に立ち向かわねばならないであろうことのために残されたノウハウの記録でもあります。
 それにしても、国難とでもいうべき災害の渦中にあった1病院が、これだけの使命感をもって治療、看護、その他あらゆることに当たったとの内容には、心から敬服するものです。ともかく、いくらこの三陸の地が大地震頻発地であり、それに備えがあったとはいえ、マグニチュード9.0までは想定していなかったとのことや、想定の外科処置より、津波による低体温症への措置が殆どだったという見込み違いがありました。
 しかし、救急病院としての責任感の確かさには目を瞠らせるものがあり、その意思決定の迅速さ、大災害には想定外がつきものだとの認識のもと、医師、看護師、栄養士、事務職員のいずれもが、自身の被災をも省みず、不眠不休での任務に当たります。
 停電(自家発電で当初は凌ぐ)、断水(自前の貯水で当初は凌ぐ)、熱源なし(当初はプロパンガスで凌ぐ)、食料不足(当初の備蓄はわずか)、薬品の不足、道路の寸断、連絡の途絶えなどといった問題山積の中、まさに綱渡り状態です。
 運び込まれる患者の区分に応じ、限られた範囲での医療行為を必死に行います。もともと基幹病院ですから、透析、その他の重傷患者は多いのですが、低体温、汚れた水を飲んだことによる肺炎等患者や、運び込まれる患者の多さに、まさに野戦病院の様相です。
 病院側には、通常は行うこともない行政の担うべき役目や、ありとあらゆる人間の生活の全てを引き受けざるを得ないのです。
 それよりもなによりも、死者の多さに愕然とし、引き取り手の現れない遺体安置所の役目もせざるを得ないことが、なにより辛いことなのです。
 医療援助や食料援助、自衛隊や消防による援助も日を追うにつれ、少しずつなされるのですが、「当初の3日(72時間)」の緊迫感は、私たちの想像を超えています。
 私も「カオス(混沌)」という作品を手掛けたものの、このような実情を知らないままでした。知っていたら、これらを詩の作品になど、出来ないことでした。


 
今日も鍼(2012.01.19) 
 今日も鍼です。今年初めてです。施術の間中、ずい分お世話になっているな、と思いました。私にとっては、究極の鍼です。
 最近、出来るだけ体をほぐすため、ヨガ風体操をしています。これも、鍼師から背骨が曲がっているとの再三の忠告を受け、始めたものです。
 終日雨でした。向かいのリフォームがやっと終わったようで、この2〜3日、施主の若い夫婦の姿を見掛けます。引っ越しも間もなくでしょう。


 
震災(2012.01.17)
 阪神・淡路大震災から17年が経ちました。5時46分に、各地で鎮魂の火が灯され、祈りが捧げられました。関係の方々には、17年の痛みと、悲しみを越え、いかが過ごされておられるのでしょうか。
 高齢者の孤独死の問題が、ニュースで取り上げられていました。今でも多くの方々が、震災の残した多くの問題に苦しんでおられるに違いありません。
 これらの大災害で得られた教訓の一部が、昨年の東日本大震災のケアにも生かされようとしているようです。生身の人間が、突如被った筆舌に尽くしがたい被害。それは、自らの問題であり、肉親の問題であり、社会の問題等々であります。
 これらの問題とどう向き合うべきか、真剣に考える必要があります。


 
嬉しい誤算(2012.01.16)
 どんよりと沈んでいた我が家に、10分の1ほどの光が射しました。何がどうなったわけでもないのですが、嬉しい誤算というのも偶にはあっていいですよね。
 母も明日退院するといいます。


 
選抜(2012.01.15-2)
 大学入試が無事終わっても、あらゆるところに選抜試験が待ちかまえています。
 選抜されるということの、難しさを感じます。あたかも、70億人の人口をかかえ、どうやって仕事を得、何を食べて行くか、という大きな関門が待っています。
 現世は、なかなかたいへんでもあり、面白くもあります。


 
試験(2012.01.15)
 試験の夢を、ときどき見ます。
 大学入学試験の夢です。18歳、19歳のとき、いっそのことどうして首都圏まで出ようとしなかったのだろうか、と。
 国立に敢えなく破れ(破れるべくして破れ)、二部に向かったのですが、福岡にはこれというところはありませんでした。商学部などという、自分ではまるで意図しないところに入ったのですが、そのとき、確かに首都圏のことを考えていました。
 でも、諸々が許されない状況でした。なるべくしてなったのですが、自棄酒ばかり飲んでいました。こうなるようになっていたのでしょう。
 今、センター試験の最中です。センター試験や、共通一次試験などのなかったずい分以前の話ですが、この時期になると、18歳、19歳の自分に引き戻されます。


 
老後のこと2(2012.01.14)
 老後のことという話題は好みませんが、たまたま昨日NHKを見ていたら、最近の老後の事情が変化してきた、という番組に出会いました。
 現在の高齢者の中には、自分の老後は、子供にも親族にも迷惑をかけたくないからと、契約の上、定期訪問(訪問看護等)や、死後の諸々のことなどを委託し、自ら一人暮らしを選択する傾向が増えてきた、とありました。高齢者は自らの肉親を看取ったものの、現在の核家族の状態や、少子化の元では、自らの最後も自らで、ということのようです。それが、子供たちの家族を壊さず、自らも自由意思で生活できる、というものです。
 そうするためには、一定以上の経済状況にある必要があろうかとは思うものですが、私個人の考えとしては、自分もこの道を選択するだろう、と納得しました。
 このことを声高に言うのは、まだはばかられることなのかも知れませんが、一人で生まれ(一人で育ちとまでは言いませんが)、一人で死ぬ、という形に親近感を覚えるのは何故だろう、と考えます。
 少なくとも、虚礼廃止だけでも実現したいものです。


 
老後のこと(2012.01.13)
 老後のこと、というタイトルは好きではありません。
 老後→隠居→楽(苦)‥‥というふうな筋書きが出来てしまいますが、「何もしない」ということもよろしいのですが、せっかく命を授かっている以上、これを洗濯したり鍛えたりしたいと考えます。
 仮に、すべきことなどない、という御意見もあろうかと思われますが、そこは一つ、一歩先のことを考えるというのはいかがでしょうか。
「わたしは大人の子どもですから、ふしぎなことばかりです」これは、80を過ぎても現役で医療を続けられたという、F先生のことばです。


 
日射し薄く(2012.01.12)
 久しぶりに日射しが出たと思ったら、すぐに薄雲が被います。1月ですから、無理もないとは思いますが。福岡は、気質は陽気であることには違いないのですが、気候は裏日本気候ですから、夏はジメジメと暑く、冬は雲厚く、季節風が強いところです。
 センター試験も近付いてきました。太宰府天満宮は、言わずとしれた学問の神様として知られていますから、三が日、先の三連休と、すごい車の列でした。なにしろ、生活のための車の動きが出来ないというほどです。私は、自転車しか持っていないのですが。太宰府に住むなら、自動車でも自転車でもなく、徒歩が一番かもしれません。


 
寒中見舞(2012.01.10)
 肌寒い日が続きます。寒中見舞いなど、すべきことを先に済ましました。
 FIFAの女子最優秀選手に沢穂希選手が、女子最優秀監督に佐々木則夫監督が選ばれたというのは、とても嬉しいニュースです。暗い方のニュースが続く中、唯一と言っていい明るい話題です。
 話題を転じ、東京近辺の海岸に鯨の死骸が数頭流れ着いたというのは、あまりいいものではありませんね。ノルウェー北部では、大晦日に大量のニシンの死骸が漂着して海岸を埋め尽くしたというのもありました。
 欧州の経済の見通しも暗いようで、心配です。
 

 
成人式(2012.01.09)
 曇天の成人式です。今年の成人数は122万人で、過去最低数に当たるといいます。私たちのときのちょうど半数ですね。
 私の場合は、入院したり転職したりしたため、とうとう成人の日を迎えないままでした。そのせいもあってか、いまだに自称17歳のあたりを行ったり来たりしています。
 私たちの頃は、人数は多かったものの、選り好みさえしなければ就職が出来ないという話はなかったように思います。それが、今はなかなか就職がない、あっても間口が狭いし、仕事が厳しい。雇用先自体が先行きの見通しがたたないなど、大きな問題を抱えているようです。雇用の形態も、正社員、契約社員、パートタイマーなどと、とんでもない格差を生み、正社員は過労で倒れたり、契約社員やパートタイマーは低賃金で結婚も出来ないというとんでもない状況にあります。
 これでは、将来に夢を持とうという掛け声をかけても、空しく響くというより、どうしようもないというふうに自虐になったりもしかねません。
 悪いのは社会だとばかりはいいませんが、なにか打つ手はないものでしょうか。


 
晴れたらいいね(2012.01.06)
 懸案の問題で、少しだけ話ができました。晴れたらいいね、というのが本音です。
 太宰府はあいかわらず寒いのですが、雲が薄くなり、わずかに日が射してきました。正月前に清掃した庭は、静かに日を受け、清楚な感じを醸しています。
 空も、みんなの心も、晴れたらいいですね。


 
三十三茶屋で(2012.01.05)
 正月の間のために買い込んでいた生姜葛湯がなくなったので、三十三茶屋をのぞきました。ちゃんと、ありました。三十三茶屋の生姜葛湯は、とてもトロ味があって、美味しいのです。身体の冷えや、体液の巡りを助けてくれているような気がします。
 晴天でしたが、風は冷たく、山茶花の花がハラハラ吹かれて散ります。
 都府楼跡の風は、とても乾いて、急いで吹き行きます。冬です。


 
寒締まる(2012.01.04)
 寒い日です。太宰府にも雪が舞っています。風も冷たいです。
 官庁などの仕事始めです。しばし止まっていた流れが、少しずつ動き出します。
 繰り返しますが、寒い日です。夕方歩いていたら、右足に痛みがあります。これは、以前からのものですが、踏ん張ったり、下りを歩くときなどに、危惧を感じることがたびたびありました。親の足のこともあり、途中で早めに引き返してきました。
 寒の中、臘梅が咲き始めました。山茶花は盛りを過ぎ、侘助も過ぎ加減です。


 
高齢考(2012.01.03)
 多くの年賀状をいただきました。有り難うございます。
 私の年齢ともなりますと、高齢や介護のことをお書きになっておられる場合が多くあります。御自身が高齢の場合と、高齢の方を介護する場合と、入り交じっています。
 中には、高齢になって「今が一番幸せ」と書いておられる方、「老々介護」でたいへんであるが「生きている、いや、生かされていることは素晴らしい」ともあります。
 私も他人事ではなく、介護問題をどうしたらよいのか、ということの渦中にありますので、身に染みてハガキの言葉が心を貫いてきます。
 話を転じ、我が高齢の場合はどうするのだろう、とも考えさせられます。生半可な答えなど出ないところに、問題の大きさを感じさせられます。


 
年頭に当たり(2012.01.01)
 復興の足音は聞こえますが、その実にはほど遠いものを感じます。
 2012年が、平安な年であることを心から願います。
 昨年は、多くの方々から温かい御指導、御支援をいただき、私もそのことに支えられながら文芸・文学に関わってきました。これに甘えることなく、一歩なりとも前に進むことができるように努力したいと思います。
 本年も、海ともども、どうぞよろしくお願い申し上げます。


 
良いお年を(2011.12.31)
 今年も多くの方々にお世話になり、支えられながらやって来ました。今日があるのも、皆様の温かい御指導、御支援の賜だと、心から感謝申し上げます。
 皆様におかれては、どうぞ良い年をお迎えくださるとともに、来る年もなにとぞよろしくお願い申し上げます。謹んで御多幸をお祈り申し上げます。(深謝) 


 
2011年(2011.12.30)
 歴史の上で、2011年は特筆されるべき年となるに違いありません。
 2万人の死者不明者を出した3月の東日本大震災、世界経済の混迷(欧州の財政危機、米国債価格下げ、日本の円高等)、中東を中心とした民衆の動きの活発化と独裁者の失脚、洪水や地震等自然災害の多発、政治の混迷等々と、大きな事件が相次ぎました。
 原発事故は、復興に向けての取り組みがなされてはいますが、生活の復興、心の復興がなされるにはほど遠い状況のようです。
 先日、新たなる震災の発生予報が提示されましたが、いつ、いかなるときに、ということは皆目わかりません。大きな不安を心に残したままの越年になります。
 来る2012年。いよいよ、問題の2012年来る、です。
 大変動、大変革の年。との予告が多くなされています。自然災害、政治と経済の混迷、アラブの春等以降の世界情勢に、目が離せません。
 平安の内に、2013年の朝日が昇ってくれることを祈るものです。


 
PC大変(2011.12.28)
 初めての経験です。今後のために、記しておきましょう。
 朝PCを立ち上げ、最初にメールを開きました。スパムメールが1件入っていたので、削除した途端メールの操作ができなくなりました。インターネットを立ち上げても不安定で、ONもOFFも出来ないので、「強制終了」し、「フルタイムスキャン」をしました。ウィルスへの感染はなし、ということを確かめました。しかし、症状は好転しません。次に取ったのが、難航しながらの「システムの復元」です。
 これもなんとか順調にいきました。しかし、今度は「このPCは驚異にさらされている」というメッセージに変わり、その対処をしたのですが、「リアルタイムスキャンが出来ない」→「このPCは驚異にさらされている」というメッセージが止まないまま、画面が揺れおどります。これでは何もできません。
 そこで、ウィルスソフトの画面を強制的に開いて「リアルタイムスキャンを有効にする」
という措置をして、ようやくPCが落ち着きました。
 この間、約3時間。頭の端では、ウィルスソフトの入れ替え、若しくは初期化をも‥‥ということまで思い浮かびましたが、なんとか事なきを得たようです。
 この手のトラブルは、メールなどに何かの仕掛けがあるようで、まずすべきは「システムの復元」と「ウィルスソフトのチェック」のようです。
 そんなことを考慮して、可能な限りシステムやデータを復元することができるよう、普段から心掛けておくことが必要だと思いました。


 
除草・剪定(2011.12.27)
 寒い中ですが、久しぶりの日射しがあるのに助けられ、除草・剪定を行いました。いうなれば、年末の大掃除の一環です。
 伸び過ぎたトネリコの混み合った枝などを先に落とし、除草にかかります。秋草が結構伸びていて、5時間ぶっとおしで作業。ようやく終わった頃には、日が落ちかかっていました。それでも、一通りの庭の清掃が出来、ほっとしています。
 残るは室内の清掃です。


 
冷え(2011.12.26)
 夜半にも冷え込み、この数日冷えています。
 風邪の具合が悪化、寒々とした気分で過ごしています。昨日は思い切って休憩、と号令をかけました。息苦しいのが、困ります。
 その中で、いくつかの本を読んでいますが、「人は死なない」という本に共鳴しました。いつも、自分が考え、言っていることです。たまには休憩し、他の方の意見も聞くべきだな、と思い至った次第です。


 
クリスマス(2011.12.24)
 クリスマスということでは、私には特別な感懐はないのですが、この頃の様々なことでの落ち込みを慰めるため、食事会に招かれ、御馳走をいただきました。
 今日は北の風強く、小雪も舞い、本格的な冬到来という風情です。
 今年お世話になった方々からメールなどを頂戴し、交歓をいたしました。
 2011年は厳しい年ではありましたが、一方で温かく迎えてくださる方々とも多くお会い出来、類い希な素晴らしい年でもありました。心から感謝いたします。


 
歯こぼれ(2011.12.23)
 考えてみれば、自分ながらそそっかしい気質だと思います。というか、思い込みが激しいのでしょう。作品発表でも、7割方出来たところで(そのとき、私には10割と思えています)、早々と発表してしまいます。後で、「何?この表現は?」となるのですが、心はみずすましのように急いていて、よく言えば走りながら考えるであり、悪く言えば、思い過ごし、勘違いの作成工場そのものです。
 自分の方から流れを作っているつもりが、実は何のことなく、流されているのです。このような有様ですから、なかなか信用がいただけません。
 また、本来は謙虚なつもりなのですが、どこかで自我が強く覗いている、という態のようです。そろそろ何とかしないと‥‥。


 
歯医者(2011.12.22)
 最近よく歯医者にも通います。今回は、まだ在職中、昼休みの時間に、大急ぎで削って被せてもらっていたところの被せものが取れてしまったため、やむなく通ったものです。
 予想どおり、被せものの下の虫歯が進んでいるため、麻酔を打たれ、ガリガリ削られ、新しく被せものをしてもらいました。歯というのは、待ったがきかないからよくも悪くも俎の鯉にならざるを得ません。

 今日は冬至。そして、2012年12月22日のまさに1年前に当たります。1年後に今を振り返って見たら、当時はあんな辛い時期だったのだなあ、と思えるように変わってくれればこんなに嬉しいのことはないのですが。


 
年賀状(2011.12.21)
 年賀状を出してきました。今年は、何か達成感がありません。
 何故だかわかりませんが、鬱陶しい気分が抜けません。大震災、洪水、外国要人の相次ぐ失脚・死亡。内政の混乱。身辺の混乱、等々が心から抜け切れません。
 12.13の福岡の催しが明るくて、それはなにも悪いことではないのですが、明る過ぎて、少し神経に刺さっているような感じもあります。また、全作家の会合に、殆ど同じタイムのアクシデントで出掛けられなかった、という悔いもあります。
 このような年を振り返り、年賀状をしたためたわけですが、今年の諸々のことがフラッシュバックし、思い出されて少し辛くなりました。
 来る、問題の2012年。2013年への良い架け橋となってほしいと願うのみです。


 
母の入院(2011.12.18)
 2年前大腿骨骨折で手術を行い、懸命にリハビリに励み、なんとか1人で生活をするまでに至っていたのですが、やはり無理な生活だったのか、再度同じ箇所を傷めたようです。救急車で運ばれ、応急処置を施され、ゆくゆくは、リハビリを始めるとのことのようですが、今回ばかりは1人の生活に戻れる日がくるやら‥‥と、考えます。
 これからは医師の診断によることになりますが、本人が望むなら当方に引き取ることも含め、経過の中で考えていかねばならないことのようです。
 なにやかやと問題多く、3週間後の医師の判断を待つと約して戻ってきましたが、往復の船中は、気鬱この上ないものでした。


 
鍼に行く(2011.12.15)
 予約していた月1回の鍼に行きました。いつも言われるのが背骨のゆがみです。どうにも表現がし難いように、S字型を幾つも作って曲がっているらしいのです。
 背骨のゆがみは、いろんなものを「流し難く」するらしく、私の不健康もそのあたりに原因があるのかもしれません。いつもそこを中心に矯正してもらうのですが、次に行くときにはやはりゆがんでいるらしいのです。
 私の場合、約30年前に腕の激しい痛み(刺すような、穿つような痛み)で、整形外科をハシゴし、腕の治療をしたのですが一向に改善せず、現在の鍼師のもとに行ったところ、「腕の方は看ずに、肩の方ばかりを扱われるので」、何故?と思ったのですが、やはり原因は肩にあったのです。1度目、いや2度目には軽快し、3度目にはすっかり完治したのでした。
 疲れ易い師走の時期、少しホットしています。


 
晴天なれども(2011.12.13)
 久しぶりの晴天なれども、気が晴れません。なぜか‥‥。
 これは私個人のことですから、文芸とは関係のないことです。まあ、なるようになるであろう、と構えることが必要なのでしょう。
 明日は、きっといいことがある、と言っていた人もいました‥‥。


 
無学宣言(2011.12.11)
 無学宣言の中身について語ろうか、否か、と考えましたが、改めてクドクド述べるべきことでもありませんので、このコーナーでは行わないことにいたしました。
 無学‥‥そのものが私です。知らないと言うことは、反面自由でもあります。反面情けなくもあります。その穴をいささかでも埋めるべく、ぼとぼちと手習いを行っていこうと考えます。方法は、自分で考え出さねばなりません。
 ただ、我がベクトルの項に、今回語ろうかと考えたことの一部をわずかに書いております。こんなことを見ても面白くもなんにもないのですが、万一興味をお持ちくださる方はそのあたりを探していただければ、と思います。
 今になって考えたのですが、無学であるが故に、現在の自分があるのだとだけは言えるようだ、と有り難くも‥‥そう考えております。


 
さて(2011.12.10)
 市川森一氏が亡くなりました。(70歳)浅田真央選手のお母さんが亡くなりました。(48歳)早い、早過ぎます。
 私たちと違い、十分過ぎる仕事を、終えられたのでしょう。
 寿命―。不思議なものです。しかし、満足し、納得してのことであれば、それはそれ。早くも、次の次元での生が待っているからなのでしょうか‥‥。


 
冬本番(2011.12.09)
 一挙に冬の装いになってきました。北風が強く、気温も最高気温9度、最低気温5度というわけで、かなりの厳しさを感じます。
 空模様も、裏日本である北九州特有のどろんとした雲に覆われています。
 無学宣言についての簡単な説明を始めようと思いますが、今しばしお待ちいただければと考えます。(こんな場で、説明をすべきかどうか、考慮中です。)


 
地球型惑星(2011.12.07)
 無学宣言をしたら、ずい分気楽になりました。
 衣1枚が不要になった感じです。これまで、知と学歴のオバケ巣窟(?)の大学に勤めていましたから、知について、かなり複雑な思いをしてきたことは確かです。
 もっとも、得るものも多かったのですが、自分の身が細る思いもしてきたわけです。よって、これからは素の自分でいよう、と自分で決めたのですから、徐々にですが、自ら変わっていきたいと思います。
 ところで、今朝の新聞に、600光年先に地球型惑星(?)という記事があります。興味のない方には何ということもないニュースであるのかも知れませんが、「地表付近の平均気温はセ氏22度」「組成は不明」「大きさは地球の2.4培」「太陽よりやや小さく温度の低い恒星から適度に離れた軌道を、約290日周期で公転している」などという記事が並ぶと、心が躍ります。
 文系人間のくせに、空間とか時間の話がくると、自然と身を乗り出すことになっているようです。苦手なのは、法律、経済。なぜだろう、と考えてみることにします。


 
無学(2011.12.06)
 まど・みちお氏の詩には、無学だからというものがあります。
 私もこの定年を過ぎるまで「言いたくない、しかし言いたい」というもどかしい思いで来たわけですが、この際、思い切って「無学だから」とオープンにしましょう。
 そうすれば、始終変に気を揉む必要もない訳で、「無学だから、これだけしかわからない」と堂々と言える訳ですね。堂々と言えたら、何もモジモジすることはないのですね。確かに、私の場合、高望みをし過ぎて、準備もなしに挑戦し、墜落したのですから‥‥まだ、モジモジ言っていますね‥‥結局、無学なのです。
 無学だから、それなりに懸命に努力したところが、今の有様なのです。


 
法要(2011.12.05)
 義母の7回忌の法要を行いました。急遽戒壇院の和尚様に外せない用が出来、代理の尼僧様がお見えになったのですが、まだお若いのにとても素晴らしい方でした。
 丁寧に供養していただき、義母も喜んでいると思います。尼僧様は、此岸のこと、彼岸のこと分け隔てなく説明してくださり、彼岸に旅立った人はそれなりの資格が出来てから旅立ったのであり、此岸のことを温かく見守ってくれている筈だとのこと。此岸の私たちには、とても勇気と元気をいただける話でした。


 
秋も終盤(2011.12.04)
 今年の紅葉は、少し期間を引き摺っている感があります。とっくに葉を落とした枝があるかと思えば、今深紅の盛りのような枝もあります。わが庭のイロハモミジは、殊の外美しい紅葉を見せてくれました。
 戸外に出れば、南京ハゼの紅葉ですね。それに、少しばかり葉の残った柿の実です。このイロハモミジ、南京ハゼ、柿の木には、特別な秋の風情を感じます。
 昨日のような季節風が吹き荒れると、紅葉も黄葉もハラハラと落ち、いよいよ秋終盤となります。なにはなくとも、もの思う季節です。


 
季節風(2011.12.03)
 季節風が吹き荒れました。それほど気温が下がらないところをみると、本格的な冬の到来はもう少し先になるのかもしれません。
 夕刻、戒壇院、観世音寺、天満宮駐車場まで歩いてきました。未だ冬至には至っておりませんが、夕刻の明るさが伸びたように思えるのは、天気のせいでしょうか。
 観世音寺の紅葉も見事です。ピークは過ぎたようですが、朝晩の冷え込みが少し強くなってきたためか、朱の色が鮮やかに見えます。
 つい先日までコスモスを楽しませてくれた畑は、すっかり耕され、北風に寒そうに吹かれていました。観世音寺宝蔵横の背の高い木の黄葉も見事です。
 帰り着いた途端、一転激しい雷が炸裂し、雹と雨が雪崩落ちてきました。


 
夢(2011.12.02)
 夢というか、悪夢というべきか、少々辛い話です。
 何故か最近夢ばかり見て、それが昔の岐路に立っていたときのことを、リアルに見るのですから、これはこういう頁で語るべきものではないのかもしれません。
 特に進路です。事実であり、二重、三重の枷の中にあって、懸命に脱出を試みようとするのですが、「出来ないことがわかっている自分が、自分を見下ろしているのです」から、よくありません。
 やはり、このような道を辿らざるを得なかったのです。明るい展望もすぐ傍までやって来ているのが見えていたのに、そうではない方向に無理矢理絡め取られてしまうのです。そうやって朝早くに目覚めます。
 もっと、交友関係を広く辿り、可笑しく、明るく過ごす時間を作ることの必要を、考えずにはいられない日々となっています。


 
12月(2011.12.01)
 今年はたくさんのことがあり過ぎて、長い長い1年です。
 12月、都府楼の周囲は目を瞠るばかりの紅葉です。1,300年の歴史を経て、今日も都督府跡は静かな空気に包まれていました。がらんどうの広場を囲んで、深紅の紅葉がフルフルと葉を翻しています。
 途中、御笠川でカワセミ君と遭いました。背中の青さは見事で、葦の葉に揺られている様を、5分ほど観察していましたが、フッと気を抜いた途端にいずこへともなく消え去り、行方すらわからなくなりました。流石の業師です。


 
隣家(2011.11.30)
 わが部屋の前で、1か月以上にわたって大がかりなリフォームが行われました。
 どうやら、今日あたりは終わりに近いものと見え、足場が外され建物の外観が姿を現しました。その姿からは、以前の建物のイメージは思い出せません。
 外観から見る限り新築といってもいいようなフレッシュさです。この地で、これだけの物件を手にされた方は、ラッキーな方なのでしょう。とりたてて何も問題のない家であったようですし、これまでの賃貸が売却されたというのでしたら、尚更です。
 私にしても、1か月以上にわたる騒音からそろそろ解放されると思うと、とても嬉しい気分です。


 
好日(2011.11.29)
 まさに好日です。穏やかな秋日の中、黄葉はハラリと散りゆきます。
 しかし、気分はあまり晴れやかではありません。詩というものが、自分の内で殆ど熟していないという感から逃れられずにいます。
 ただスローガンを並べるだけが詩ではない、ということはわかっていますが。
 人間社会を詩的に生きることって、難しいものですね。


 
神経(2011.11.27)
 神経が緊張し過ぎているのでしょうか。勿論、風邪のせいもありますが、疲れています。そのくせ、よく眠れません。
 枕元の時計を見ると、2時。横になったまま次に見ると4時。次には6時。次には8時。というのは、今朝のことです。疲れが全く抜けていません。その間、眠っているわけではないのですが、昔の仕事のことで悩んでいるところでハッと気付いたり、病気と聞いた友だちと出会っていたりで、結局ドロリとした重さを抱え込んだまま床を離れたのですが、目の腫れが2時間ばかりとれませんでした。
 この1週間ほど、神経が緊張し過ぎているようです。


 
休日(2011.11.23)
 内科に行く定期日です。長引く風邪の方も相談しようかなあ、と玄関を出掛けたところで、今日は休日だということに気付きました。曜日のことにはいつも注意しているつもりでも、勤務がなくなってしまうとこうなのですね。
 風邪の方は、葛根湯に葛湯に黒炒り玄米のお陰で、徐々に軽快しつつあります。勤務を持っているときだったら、こうはいかなかったでしょう。この時期、抗生物質の方もかなりいただいていたのでした。
 風邪は気のせいだけではなく、ちょっとの休養が出来るか出来ないかにも影響されることのようですね。


 
暖房へ(2011.11.22)
 太宰府は盆地になっており、夏は暑く、冬は冷え込むところです。
 だんだん冷え込みが厳しくなってきて、とうとう暖房を入れることにしました。庭の柿の葉はほぼ落ち、モミジも一部色付き始めました。
 空調はなるべく使わないように心掛けるつもりですが、石油ストーブを点検してみたところ、芯のあたりが朽ちているようですので、購入の必要がありそうです。


 
葛湯ほか(2011.11.21)
 この季節、葛湯を愛用しています。熱湯に葛粉を入れ、さらに電子レンジでしばらく加熱し、とろりとした風味を楽しみます。
 本葛(本くず粉)にはもともと解熱、発汗作用、筋肉や血管の緊張を和らげる働きがあり、昔から風邪、下痢、肩凝りに効果があるとされてきました。滋養強壮効果にも優れた効果があるそうです。
 葛湯が季節商品だということを知らず、真夏でも探していましたが、三十三茶屋で尋ねたところ、早めにお店に相談したら調達できます、ということでした。

 日本シリーズは、投手戦(捕手戦)のまま進み、第7戦を3対0で制したソフトバンクホークスが優勝しました。両チームとも投手力に優れ、守りが堅実であることから、ジリジリするような試合の連続でしたが、最後は打力に劣る中日ドラゴンズが沈むことになりました。7戦で9点しか取れないというチーム力で、よくも五分の戦いが出来たものだと感心しました。
 ソフトバンクは、投攻守の全てにおいてNO1の実績を誇り、全ての球団に勝ち越したということを語るまでもなく、やはり真の王者であったといえましょう。
 私も、博多んもんの移り気なことを文字にしましたが、久々の優勝だったのですね。特に、押さえのファルケンボーグ、森福、摂津投手は、素晴らしい活躍でした。第4戦のノーアウト満塁のピンチで出て来た森福投手が、3人を完璧にうち取ったシーンは圧巻であり、球史に残ることでしょう。そして、最後の秋山監督の涙が印象的でした。

 話は戻り、17日には契丹展を覗いてみました。草原の王朝契丹の、工芸品を主とした技術力の高さ、美意識の高さに驚かされ、爽やかな感動を得ました。


 
雨をついて(2011.11.19)
 雨の中、「カオス(混沌)」を送り出しました。今でしかあり得ない内容だから、敢えて実行に移しました。
 南京ハゼの葉が真赤で、侘助が次々に花を付け、ツワブキの花も綺麗です。
 この子が何とか無事に育ってくれんことを、ただ祈るばかりです。


 
篠突く雨(2011.11.18)
 冷たく強い雨になりました。傘をさしていても、体半分が濡れ通っていくような、寒い雨です。11月=好天という目論見が、どっこい外されたかのようです。
 世情の方はごたごたが多くて、焦点が絞れなくなりました。TPP、原発‥‥なにか迷路に入り込んでしまったかのような気分です。
 ワールドカップの北朝鮮戦:もうコメントのしようもなく、大相撲の不入り:についてもコメントのしようもなく、日本シリーズ:まるで面白みに欠け、読売問題:なんでこれしきのことを今の非常時ともいえる時期にもってくるのか‥‥コメントなどする気にもなれず、世の中は篠突く雨の中のよう‥‥と白けてしまいそうです。


 
鍼に行く(2011.11.17)
 タイミングよく鍼の日になりました。かかり付けの鍼師、本当に上手なんです。
 体や心の汚れが、治療によって流されて行くのです。痛みなどは、整形外科で治らなかったものが、1回か2回ぐらいで治ります。
「流す」という詩は、この鍼師の言葉からいただいたものです。テーマは「きらめくことばの出会い」でしたから、まさにそのものです。
 最近の疲れが、これでとれてくれれば嬉しいのですが。
 今、空屋の整理をするために、トコロテン式に我が家の整理を余儀なくされ、埃をかぶったりしております。重たいものを動かすより、古い埃の方がよくありません。


 
黒炒り玄米(2011.11.14)
 風邪を引くと、クスリの外に黒炒り玄米を取り出します。この黒炒り玄米を2掴みほど手鍋に放り込み、たっぷりの水を入れ、弱火で煎じます。というより、煮出します。水から煮出すので、30分ぐらいの時間が必要ですが、玄米のエキスが解け出た汁を湯飲みに注ぎ、熱いままで飲みます。
 これが結構効きます。体が芯から温まり、殺菌作用があるのかもしれません。風邪や風邪の予防に、常用しています。
 もっとも、黒炒り玄米を作る方が手がかかります。玄米を洗わないままフライパンなどに入れ、弱火で3時間ほど炒ります。全体が黒味を帯びるまで、根気よく炒ります。これを余分に作って置き、必要なときに取り出して使います。
 興味をお持ちの方は、是非お試しください。
(メモ)
 WEBでは、「黒炒り玄米のお茶は、死にかけた人をも救う」などという大げさなうたい文句で販売したりしているようですが、私の黒炒り玄米は、ここでいうものとは違うようですので申し添えます。


 
気合(2011.11.12)
 気合の入らない日が続いています。風邪を引きずっているせいなのかもしれません。体が重いです。
 こういうときは少し時間をかけ、呼吸を整える必要があります。小人が閑居するとよろしくはないのですが、「しばし休憩」と洒落込むことにいたします。 


 
大掃除(2011.11.08)
 空き屋をどうするかという関連で、急遽夜中に我が家の大掃除を始めました。
 空き屋(これがまるで手付かずで、空き屋なんかではなく、我が家の物置代わりにもしているので)を少しずつ整理しようということで、まず我が家の方で捨てられるものを捨てようということになり、手始めにビデオテープ類を片付けてみたのですが、これが1山、2山、いえ3山ほどありまして、それはそれは疲れました。
 かなり頑張ってみたのですが、見渡してみたら、どこがどう変わったのか気付かないぐらいです。長年生活していると、気付かないうちに夥しい荷物の山を作っているのだ、ということを知らされました。
 3軒の空き屋を片付け、我が屋まで掃除すると考えただけで、クラクラしてしまいます。今、モノの渦の中にいるみたいです。


 
文連(2011.11.07)
 福岡文化連盟のことを、文連と呼ぶことのようです。
 文連の冊子「文化」が届きましたが、今年は誌面がとてもきらびやかですね。先の「宗湛」の催しを中心に、博多色満載です。
 むむ‥‥、と一呼吸入れました。
 京都の催し(国民文化祭)との何たる違い。とでもいうことでしょうか。事は、楽しいにしくはないのですが、時期が時期ですし‥‥。せめて、西半分でも元気を出して行こう、ということなのでしょうか。


 
博多んもん(2011.11.06)
 博多んもんは熱しやすく冷めやすい、とよく言われます。よく言えば調子のいい楽天家、裏を返せば身勝手な押し付け屋、と言うことができるかもしれません。
 博多の文化、芸術、スポーツ、商売等全般にそれは出ているようで、それがために多くの芸能人を輩出し、文化人を、スポーツ選手等を輩出しているのでしょう。
 余所から入ってきた私などには、時に無節操とも映る場合があります。
 ライオンズは、確か30年前までは博多んもんの贔屓チームの筈でした。「博多を捨てて逃げた」、「ライオンズの愛称を返せ」などという世論が喧しかったのは確かです。逃げて行ったということに関して言えば、当時の平和台球場の観客1,000人とか2,000人とかの状況(博多んもんは冷めていた)から見れば、逃げて行ったとかいう言い分や攻撃が何なのだろうとしか思えないのですが。
 当時のホークスは大阪にあり、常にホークスとライオンズがペナントを争っていたところで、歴史の悪戯か、ライオンズが去った後にホークスが入ってきたわけです。
 来博当初の、弱小球団に過ぎなかったホークスの監督に、生卵をぶつけたりとか、サイン盗みの事件とかがあり、時代を経て、今や最強球団に育ったホークスですが、博多んもんは、ライオンズを「宿敵」と決め付け、わずかに残ったライオンズ贔屓の者を穿った目で見るなど、もうライオンズが「逃げて行った」とクレームを付けていたことなどとうに忘れ去ってしまったかのようです。それに、身贔屓の激しさ、マナーのよろしくなさ、身勝手さは相変わらずで、益々エスカレートして行きそうな勢いですね。博多んもんに、今少し「大人の行動を」などと言おうものなら‥‥いえ、言わぬが花というところでしょう。
(付記)
 セリーグは中日がCSを勝ち抜きました。よって、今年は下克上の場面はあり得ないことになりました。総合力のチーム同士の決戦。投手力、守備力で互角、打力でソフトバンク、捕手力では中日とみますが、行方はどのようになりましょうか。


 
パリーグ(2011.11.05)
 パリーグは、ソフトバンクがレギュラーシーズンどおりの強さを見せ、西武に圧勝しました。今年のソフトバンクの強さは、走攻守のバランスがよく、他のチームに全く付け入る隙を与えなかった、といえましょう。
 横綱野球、とでもいいましょうか。落ち着きと、粘り強さを感じます。
 セリーグは中日かヤクルトかですが、相手がどちらだとしても、走攻守のいずれにおいてもソフトバンクの方が勝っているようです。まあ、勝負には流れというものがありますから予測とまではいきませんが、東の横綱が敗れることはよほどのことがない限り、起こり得ないものと思われます。


 
三十三茶屋(2011.11.03)
 今日も、三十三茶屋(みとみちゃや)に行ってきました。そこで、「三十三」茶屋という名前の由来について、オーナーにお尋ねしました。
 わざわざお仕事中の奥から出向いていただき、「観世音寺にお店を出すに当たり、観世音菩薩はあまねく衆生を救うために、相手に応じて三十三の姿に変身すると説かれていることから、三十三というお名前をいただき、多くの方々の御要望に広く応えられるように努力していきたいと考えます」との説明を受け、とても納得いたしました。
 今日も三十三茶屋は、とても落ち着いた癒しの空間でした。我が家から5分の距離に、このようなすばらしいお店があることを嬉しく思います。


 
11月(2011.11.02)
 11月になると、なぜか安堵します。私の体調に最も馴染んでくれるのが、長年の勘から11月になっています。
 七赤金星の身には、移りゆく晩秋の候が、やはり一番肌に馴染むようです。高い青空、色付く葉、落葉、日溜まりなど、気持もほっかりとします。今年もやってきてくれた11月に、感謝いたします。


 
下克上(2011.10.31)
 プロ野球の話です。現在CSが行われていますが、昨年の千葉ロッテがそうだったように、下克上の予感なきにしもあらずです。セでは中日、パではソフトバンクがリーグを制していますが、ファイナルリーグは第1戦、第2戦に流れをどう掴むかで、形勢がわかろうかというものです。
 特に圧倒的な勝率でパリーグを制したソフトバンク。今年は優勝後も、ペナントレース終了後も、一歩も手綱を弛めないという姿勢を貫いていますが、「こだわり過ぎ」が勝負の分かれ目になるのかもしれないと思いますが、さていかになりましょうか。


 
一転、雨(2011.10.28)
 昨日までの好天はどこへやら、一転雨となりました。雨は雨で風情あるものですが、さすがに寒さを覚えます。
 昨日のプロ野球ドラフト会議、またドラマが生まれました。菅野投手は、伯父の原監督率いる巨人が単独で指名するとみられていましたが、日本ハムも指名し、抽選の結果日本ハムが交渉権を得ました。いずれの社会にも血縁関係というものがあるのだな、と思っていた矢先のドラマでしたので、詳細なコメントは置きますが、日本ハムは制度に則って行ったことであり、事前に挨拶がなかったというのもわからないことではないですが、巨人というチームの独善的なカラーの前に、事前挨拶すらできなかったということかもしれません。いや、それも戦略の一つなのでしょう。
 結果としては、菅野投手がそれだけの逸材であるということが証明された、といってよいのではないでしょうか。 


 
コスモス(2011.10.27)
 今年は各地からコスモスの便りが聞かれます。
 太宰府観世音寺宝蔵の東側に広がるコスモス畑は、今年は例年になく広い空間に、鮮やかな花をつけています。そうです、「息を飲む」とでもいいましょうか。秋の日を浴び、清楚な花をかすかな風に揺らす様は、「時間よ止まれ」とでもいいたくなるほど心を癒してくれます。
 訪れた人たちも、しばし時間を忘れて深呼吸をしておられます。じっと、花の傍を離れない人がたくさんおられます。


 
米国のオーロラ(2011.10.26)
 米国各地でオーロラが観測されているといいます。オーロラは、太陽表面の爆発により発生するといい、上層大気から荷電粒子の巨大な雲があらゆる方向に噴き出す「コロナ質量放出(CME)」を引き起こす。(と説明にあります。)荷電粒子が地球に及ぼす最もわかりやすい影響が空に輝くオーロラであるということのようです。
 頻発するCMEによる太陽嵐が、人工衛星や送電網に及ぼすリスクが懸念されているとのことですが、この頃の地球上は「不穏なことが頻発」しているように思えてならないのです。これは、考えすぎなのでしょうか。


 
お茶屋さん(2011.10.24)
 最近疲れ気味で、体調も低迷しています。
 都府楼前の三十三茶屋さんに行ってきました。ここに来ると、入っただけで癒されるのです。ほうじ茶の香ばしさ、おにぎりの美味しさ。山菜漬け物の美味しさ。こんにゃく刺身の美味しさ。なにより、星野村(現在は八女市星野)の空気を居ながらに感じることのできる雰囲気。お茶をいただくという贅沢なくつろぎ。
 本当に清涼剤を飲んだような気分で、短いけれど、貴重な時間を過ごしました。なにより、お店の方の飾られない笑顔が素敵です。


 
雨の10月(2011.10.22)
 昨夜から、激しい雨になりました。日射しがないと、一日閉ざされたような気分です。 夜になると、冷え込んできます。秋から、もう初冬へと移っていくのでしょうか。急遽、タオルで間に合わせの襟巻きをしています。
 毎日表札や柱の陰にとまっていた蛙も、姿を消してしまいました。
 雨に濡れると、体の底まで染み通ります。子供は、今晩も雨の中夜勤に出掛けました。就職氷河期に当たったため、不如意な仕事に就いたままです。


 
10月は(2011.10.21)
 10月は、私にはどうもいけません。季節が動いているからでしょうか。10月と5月です。この気候の最も良いときが、今一ついけません。体がだるい、疲れる、眠れない等々‥‥というのを、毎年繰り返しています。
 そのかわり、11月の声を聞くと安心します。11月から3月にかけての寒冷期の方が、安定しやすいのですが、理由はなぜだかわかりません。体が勝手にそう動いていくようです。11月の空。高く澄んだ、少し冷たい空気の空が待ち遠しいです。
 2011.10.28問題というのもあります。‥‥この頃では、なるようになるさ、というひらきなおりの気持でもいられるようになりました。


 
騒音(2011.10.19)
 この一月、道路向かいの家がリサイクルを始め、それがかなり本格的な工事のようで、チェーンソーの唸り、金槌の音、コンクリートを削る激しい音などが続きます。いまどきの工事も珍しいのですが、丸一日ガタガタされると、さすがに気が散ります。
 好天が続きます。まぶしい光が注いでいます。
 水が澄んでいます。空が澄んでいます。稜線が鮮やかです。コスモスが揺れ、柿の実が色付いています。少しずつ、紅葉が始まっている太宰府です。


 
大逆転(2011.10.18)
 中日が、最大10ゲーム差あった劣勢を挽回し、今日リーグ優勝しました。監督の退団が決まってから、無類の粘りを発揮しての優勝です。大人のチームなのでしょう。
 パリーグは、共に最終戦で、西武が日本ハムに勝ち、オリックスがソフトバンクに敗れ、西武が1毛差で3位に入りました。こちらも、最大15ゲームの負け越しからの劇的な逆転劇でした。
 こういうことが起こり得るのですから、人生捨てたものではないですね。今全力を尽くすこと、明日を諦めないこと。スポーツに教えられることは、多いものです。それにしても、スリリングな一日でした。


 
電気スタンド(2011.10.15)
 電気スタンドは子供のお古を使っていましたが、蛍光管の位置が低く、光量が不足するため、パソコンと本がよく読めませんでした。
 くだんの電気スタンドはまだ使えるのですが、思い切ってアーム型のに替えることにしました。そこで、電器屋へ。値段もいろいろですが、展示品限りの約3,000円というものを買い、取り付けてみました。すると、机の上が別世界に変身です。
 明るくて、本も充分に読めます。目がしょぼしょぼしていたのが、ひょっとしたらよくなるかもしれません。やはり、必要経費は惜しんではならないようです。


 
3分の路標(2011.10.12)
 蒸し暑い日でした。雨が近いのかもしれません。
 今日は具体的な2012年問題です。世界経済が危機に瀕している中、2012年は世界の主要国の指導者が交代あるいは選挙の洗礼を受けます。米、ロ、中ほかトップの顔ぶれが大きく代わります。
 70億の人口問題があり、先進国では高齢化や少子化問題があり、貧富の格差問題、雇用問題など、問題が山積しています。加えて自然災害の多発という問題があります。民族問題、宗教問題、エネルギー問題等々、多難な時代が待ち受けています。
 よほどの叡智を振り絞らなければ、これまでと同じような日々が流れていくとは、なかなか思えません。
 地球のこれまでを1日とした場合、文明を有する人類が登場したのは、23時57分あたりになるとのことです。この3分の路標をどう向けていくのか、そう簡単な問題ではなさそうな気がします。


 
秋日和2(2011.10.12)
 いろんなことを行いました。ボイラーの給油、同人誌受贈礼状書き、同人誌海の最終校正、植えた大根の世話などです。
 日だまりでは、コスモスやダリアや桔梗が咲いています。御笠川には、金鯉、朱鯉などがのんびりと秋日和を満喫しています。
 そうでした、午前中は内科の診察を受け、いつもの薬をもらいました。歯医者にも行かなければ、と随分以前から思っていますが、なかなかふんぎりがつきません。
 めまぐるしく、一日は過ぎていきます。


 
秋日和(2011.10.10)
 数日、秋の日和が続きます。空気が澄んで、キラキラと日が眩しいほどです。
 大根の間引きも終えました。なかなか実のならない柿が、6個ほど色付き始めています。コスモスが咲き、犬が歩いています。好日です。
 3.11以降のこの半年、気持の安らぐときはなかったように思います。秋好日に恵まれ、なんということもない時間の流れに身を委ねることの幸せを思うものです。


 
秋思祭(2011.10.07)
 急に冷え込みが増してきた秋の暮れに、太宰府政庁跡で菅原道真公の魂を慰める秋思祭が行われました。10月6日の午後7時、晴天の政庁跡にかがり火が焚かれ、祭は始まりました。
 静寂な闇に浮かぶ四王寺山の稜線、いにしえの礎石、巫女の舞う神楽、竹の曲、琴の調べ、詩吟。周囲からは虫の合唱。私たちを平安の御世の古へ誘ってくれます。
 それにしても、寒いこと。集った100人程度のみなさんの恰好は、コートに襟巻きという姿でした。秋が一日一日と深まっていきます。
 秋思祭のことは、以下も参照ください。
 ここ→秋思祭


 
秋となる(2011.10.04)
 肌寒いほどの気候となってきました。暑くて、息苦しいことが続いた夏も、去りゆくのでしょうか。感慨深いものがあります。
 最近祀りごとや土地建物のことが、複数方面から聞こえてきます。主が去った後の問題は、いずこにもあるのでしょうか。人間の性とはいえ、辛い話ばかりです。
 時代が確かに変わっています。2012年問題というのも、さもありなんと思えてなりません。夜明け前が一番暗いといいますが、夜明けはやってくるのでしょうか。


 
虫の声(2011.09.29)
 都府楼周辺を歩くと、キンモクセイが匂い、曼珠沙華が咲き、虫の声が360度の方向から聞こえてきます。すっかり秋本番です。
 都府楼では、10月1日の政庁まつり(12時〜20時)のための設営準備が行われていました。


 
風邪気味(2011.09.28)
 朝夕だいぶ涼しくなってきました。とはいえ、日中はまだ暑さが続いています。
 この時期、やはりというか、風邪を引いてしまいました。私の風邪は、いつも喉からきます。微熱もあるようです。
 26日に帰郷したりし、海の編集の大区切りでの目処もついたので、少し疲れたのかもしれません。久しぶりに外は好天です。


 
太宰府古都の光(2011.09.25)
 太宰府が持つ素晴らしい歴史的文化資源(ヒト・モノ・コト)に光を当て、地域の魅力を再発見する秋のイベント、第6回「太宰府古都の光」を開催します。
 九州国立博物館、太宰府天満宮及び門前町周辺、観世音寺・戒壇院、大宰府政庁跡や水城跡を灯籠や光のオブジェで彩り、灯明の灯りによる光の道でつなぎます。また、各会場では、太鼓演奏や影絵、ミニ演奏会などが行われ、光のイベントに彩りを添えます。
 「古都の光」特製提灯を手に、灯籠のやわらかな光に彩られた古都太宰府を散策しませんか。

 以上は太宰府市のHPからの引用ですが、観世音寺と戒壇院で古都の光を見てきました。
 足元に並べられた灯籠のやわらかな光に導かれ、古都のゆかしさを堪能してきました。歩いてきたのがお寺でしたので、幽玄の世界に迷い込んだかのようなしっとりした趣がありました。古都太宰府に住む喜びを、しみじみと感じたひとときでした。


 
台風(2011.09.22)
 台風15号は、またも我が国に大きな被害をもたらしました。特に大きいのは、激しい雨による洪水、崖崩れ等の被害です。
 12号台風で水の被害を受けた近畿地方はまたもや大水に見舞われ、首都圏も、大震災の傷が癒えない東北地方も、大水に見舞われました。
 昨日の首都圏の交通の乱れは、膨大な帰宅難民を出したようです。
 それにしても、15号が及ぼした時間の長さ(1週間以上)、コースの奇天烈さ(沖縄付近で1回転した)には驚かされました。


 
残暑(2011.09.15)
 残暑が厳しい日々です。鍼に行ったら、疲れていますね、ということでした。この夏は、かなり走ってきましたから。
 身辺に厳しいことが続きます。それが、疲れの元かもしれません。
 ただでさえ、安穏としていられない社会情勢もあります。大震災、大洪水と、災害がこれでもかこれでもかとやって来ます。
 ヒリヒリするような日射しです。熱中症にも注意する必要がありそうです。


 
狐につままれたよう(2011.09.13)
 今日の日は、なんとも奇っ怪な日でした。
 京都の法要から帰ったばかりというのに、義弟の母が亡くなったという連絡が入り、今日は休みという個展に出向いたり、田舎の母はあまり機嫌がよくない‥‥等々、いろんなことが行き違いになりました。
 プライベートなことはここまでにして、なんとも奇妙な日でした。そして、なんとも暑い日でした。 


 
法事(2011.09.10)
 私事ながら、若干を記させていただきます。
 明日は叔母の3回忌で、京都の本山に出向きます。京都行きも、これでしばらくは御無沙汰になることでしょう。
 叔母は、私との血縁関係はないのですが、人生相談に、生活支援にと、何くれにつけ最も世話になりました。亡くなる直前まで寝込むこともなく、的確な判断で周囲の多くの相談に乗り、慕われていました。自分が他の世話になることのないようにというのが、毎日の祈りだったようです。
 私とは、心から通じ合うものがあり、慕い寄るという温かい関係でした。
 叔母は5人兄姉の末っ子で、早くからその家の全てを引き継いでいましたが、家が絶えるとわかってからは、その全ての心配を後に残さないように処理し、墓地のことも、自らの判断で、本山の永代供養にと手続きを済ませた後で、旅立ちました。
 旅立った叔母の身の回り品に、皆が涙しました。使い込んで、茶渋が付き縁の欠けた湯飲み、漆器の塗りが剥がれ落ちガサガサになった茶碗、透かして見れば向こうが見えるまでに使い古したたタオル等々、驚くほど質素なものでした。それでいて、不平不満の一言も聞いたことのない度量の大きい人でした。
 物には頓着のない反面、心の幅や深さや豊かさを、静かに求めた人でした。 


 
年齢制限(2011.09.09)
 年齢制限というものがいろいろあります。成人、定年、後期高齢者といった年齢。これは、制限という類のものとは異なるかもしれませんが、「18歳未満お断り」とか「35歳未満の者に限る」とかいうのは、明らかに年齢制限ではないでしょうか。
 公務員の受験資格とか、特殊なスポーツや競技への出願制限とか、その他多くありそうですが、文芸の道にも、「35歳未満に限る」とかいうものが見受けられます。ということは、文芸に定年制があるとの前提に立つのでしょうか。
 メディアの「内容が落ちた」という記事の中に、偏差値人間が多くなったからだという指摘がありましたが、私も、彼らだったら考えそうなことだな、と思います。
 文芸の道にも年齢制限を行うことの趣旨は理解できませんが、行う方は何の疑問も抱いていないようです。「若ければいい」ということは好都合なことなのでしょうが、36歳を越えたらどこがまずいというのでしょうか。
 自分たちの「商品」なのだから問題ないだろう、ということなのでしょうか。


 
2012年問題(2011.09.07)
 予言者の受け売りか。雑誌の読み過ぎか、ということになるかもしれません。
 先の1999年問題が空振りだったため、2012年問題にはあまり関心が向けられていないようです。勿論、2012年という年の12月22日あたりにピタリと事象が表れるかどうかは、わかりません。
 しかし、今回の問題は、科学者の中にも警鐘を鳴らす方がおられ、単なる予言や、宗教宣伝や、売らんがための策略ばかりではないような気がします。
 この数十年の人類の来し方を眺めても、最近の情勢を眺めても、この水の惑星には何かが迫りつつある、という感があります。
 昨今の事例でいえば、3.11の東日本大震災、原発事故に見られるように、想定外といわれる事象が多発しています。たまたま1,000年に1度の事象であった、と片付けることの方が容易いことと思われます。
 9.11しかり、中東情勢しかり、アフリカなどでの民族紛争しかり、世界各地で起きている大地震、巨大ハリケーン、竜巻、火山噴火、絶えることのない戦乱しかり、核開発問題しかり等々です。
 世界は融和の方向を探りつつも、民族間の対立は止まず、宗教間の対立は止まず、体制間の対立は止まず、これらの抗争は加熱の一途にあるように見受けられます。
 とりわけ、経済のグローバル化の進展とともに、剥き出しの利権争いや、食わんがための戦いを余儀なくされるという道筋を驀進しているやにも見えます。加えて、貧富の差の拡大、環境や文化の破壊といった面にまで及んでいるかに見えます。
 これらを通しての人心の乱れ、軽んじられる命、というあたりに2012年問題は、結び付けられてよいのかもしれません。


 
久しぶりの太陽(2011.09.06)
 久しぶりの太陽のお目見えです。垂れ下がっていた辺りの空気が、少しだけ息を吹き返したようです。台風の被害は甚大です。
 何が今のときを、このように揺さぶっているのだろうと考えずにはいられません。
 なにやら、人知を越えたものが蠢き、跳梁しているやにも見えます。何かが違います。そんなものをどこかに感じます。
 久しぶりの太陽です。大根の種を蒔きました。大きくても小さくてもいいから、芽が出て、根付いてくれることを祈りつつ、です。


 
大型台風(2011.09.05)
 大型の12号台風は、10日間近くも居座り、特に近畿地方を中心に年間雨量の半分を越えるという大雨を降らせて、川を氾濫させ、土砂を崩し、家々を流し、押し潰し、3.11の津波の後のような様相を曝しています。
 死者、行方不明者も80名を数える様で、なんで何度も何度もこう災害ばかりなのか、と毒づきたくなります。
 被災された皆様、関係の皆様には心からお見舞いを申し上げます。
 

 
嵐・自己弁護(2011.09.04)
 台風12号の被害の甚大さに驚かされます。被災された皆様・関係の皆様方に、心からお見舞い申し上げます。

 話は変わりますが、このHPを見る限り、私は毎日10数時間もPCの前にいるのだろうか、と思われかねません。そこのことはどうでもいいのですが、ともすれば「遊んでばかりで‥‥」という声がないではありません。
 自分がどう思われるか、ということからはとうに脱しておりますので、もはや申し開きは敢えてしないことにいたします。
 勿論、あれをして、これをして、大忙し、などという生活の話もこのHPではいたしません。あくまで、「コスモスワールド」に馴染むだろうと思われることのみ掲載するつもりでおります。


 
嵐と2012年(2011.09.03)
 台風12号は高知県に上陸し、各地で大雨による大きな被害をもたらしています。
 嵐、地震、津波、人心の乱れ、テロ等々、世界は大きく揺れています。揺れすぎて、自分たち自身までもがどこかに吹き飛ばされてしまいそうです。
 経済の停滞、自然破壊、金の社会のぐらつきなど、まるで人間の存在をこれでもか、これでもかと試しているかのようです。
 2012年問題というのがあります。これは人類の奢り、無知、我が儘さへの試練とでもいうべきものではないかと思います。
 地軸が傾き、大地が揺れ裂ける‥‥という警告を、予言者が語るだけではなく、マヤ暦、太陽の活動、地球の公転軌道などから割り出し、科学者の中にもこれらの可能性を指摘する人々がいます。今やはり人間の存在のことが、根本から問われているのかもしれません。


 
台風と政局(2011.09.02)
 台風12号は、今日から明日にかけて、四国か近畿に上陸、中国地方に抜けるとの予報です。二百十日というのは、やはり生きているようです。
 九州のここ太宰府は、もう亜熱帯に属しているのではないか、との感です。
 湿気が多くて、蒸し暑い。不快指数大の天気が続きます。風も少し出てきました。
 野田内閣の陣容が決まったようです。震災の復興、経済の復興が主な狙いのようであり、かつ、党内バランスを重視した布陣のようです。さて、その実行力はいかがでしょうか。今後の取り組みに注目したいと思います。


 
9月到来(2011.09.01)
 9月の到来とともに、また暑さが戻ってきました。折しも、南海上に台風が2つあり、1つは2、3日中にも、四国から関西に向けて横切りそうな気配です。
 3日に予定されていた叔母の3回忌が、1週間先に繰り延べになりました。
 2年前のちょうど同じ頃、剪定をしたのでしたが、今日2日目が終わり、ようやく庭が片付きました。あの頃、叔母が庭師が入るのに、いろいろ気を使い、心配していたことを思い出します。猛暑の中、「庭師さんたち、脱水症状など起こさないかしら」と言うので、「専門家だから、長年の勘で乗り切ってくれるよ」と答えるほど、当時は暑さが続いていたのでした。
 この9月、なにやら残暑が厳しいとの予報です。
(メモ)
 熊本県玉名市、天草市で36.7度を観測


 
8月行く(2011.08.31)
 8月が行きます。今日の気温は33度で、台風の影響か空気が湿っています。
 8月は変な月でしたが、9月はいかに、と思うものです。
 政局が変わります。どのように変わるかは、間もなくわかるものと思われます。しかし、重要な課題が山積。本当に、前政権のような自分勝手なものから、少しぐらいはマシになったと言われるようになってほしいものです。
 前総理は、次期総理が決まったというのに、昨日朝鮮学校の無償化を見当するようにと命じました。内容は置いて、このヒトはどこまで間抜けで厚顔無恥なのだろうと、それ以外の言葉はありません。このヒトは、政治を私物化し、私欲のみに走り、国をガタガタに(意図的に)揺すぶった人物として、多分記憶されることでしょう。


 
剪定草毟り(2011.08.30)
 実家の剪定は1日で終わらず、明後日もう1日を要するとのこと。高温多湿の亜熱帯風の気候の中、汗だくだくでした。
 それにしても、無人の家は痛みが早いものです。空気も淀んでおり、カビが発生したりダニのようなものがいる気配です。バルサンを焚き、駆除もしました。
 汗かきついでに、我が家の狭い畑を耕し、またまた伸び出した草を毟りました。遅い時間から取りかかったため、3分の1程度で力尽きました。


 
民主党代表選(2011.08.29)
 大混戦となった民主党代表選の経過並びに結果です。
 本日正午過ぎから始まった第1回投票は、小沢氏や鳩山前首相に担がれた海江田氏が143票を獲得して1位、野田氏が102票で2位でした。
 上位2人による決選投票では、反小沢票が集結したのか、野田氏は215票、海江田氏は177票となり、野田氏の逆転勝利となりました。
「政権運営とは、雪の坂道を雪だるまを押し上げていくようなもの。現在の状況は、雪だるまが坂を転がり落ちている。同志一人ひとりが存分な力を発揮するのが重要。国民が『政権交代して良かった』という仕事をしたい」との野田氏の弁です。
 これからどのような舵取りがなされるか、注目したいと思います。


 
法師蝉(2011.08.28)
 さかんに法師蝉が鳴いています。この時期、いつも過ぎ行く夏を惜しんで感傷的になってきたものです。勤務を降りた今でも、その気持ちは変わりません。
 台風が近海にあり、蒸せ返るような熱気をもたらしています。数日前には竜巻などもあり、今年の気候はどこか異様です。
 それでも、この夏、ニイニイ蝉、クマ蝉、アブラ蝉、ヒグラシ、法師蝉と、時期を危ぶんだこともありましたが、ちゃんと彼らの声を聞くことができました。
 夜半には、虫の声も聞こえます。
 福岡の郊外の太宰府は、私にとって最もくつろげる場所です。


 
総理退陣(2011.08.27)
 菅総理が、26日、退陣を表明しました。6月の退陣示唆から3月を経ての、迷走の末の退陣となりました。評価は歴史の判断に委ねたいとのことですので触れますまい。しかし、首尾不一貫、自己保身、場当たり発言などの繰り返しで、国民の気持ちが離れてしまったことは否めません。遅すぎる退陣と各メディアも報じています。
 総理はやるべきことはやったと自画自賛していますが、外国人献金問題が紛糾することを避けるための退陣、という側面もあるのではないでしょうか。
 震災復興、外交、経済の立て直しなど、次期の総理に求められる問題は困難を極めますが、候補のM氏が抱える外国人献金問題や、脱とか親O氏とか言われる問題が相変わらずの争点になっており、5人の候補者の誰が選ばれても? という気持ちが先に立ちますが、少しでも明るい方への変化が見られることを期待します。


 
17歳宣言(2011.08.26)
 以前に、17歳宣言という詩を書いたことがあり、今またそのココロを思い起こしています。17歳というのは、もともとは、私の精神年齢がそこに留まっているということだったのですが、それもよしと思わないでもありません。
 文芸人の技量は年齢とともに(高くに)変動する場合が多いのでしょうが、5歳とか、10歳とか、20歳とかで抱いた熱情は、文芸人の核として、いつも根の部分にあるのではないか‥‥と思うのです。
 私の場合は、いつもそのときのままでいるつもりですし、当時の気持ちに立ち返ることで、一歩を歩むことの糧になっています。


 
鍼に行く(2011.08.25)
 処暑とは、暑さが峠を越えて後退し始める頃のこと、となっています。23日が処暑で、8日が立秋だったのですね。
 このところ続いていた雨があがり、久方ぶりに太陽が顔を見せました。途端に暑さが戻ってきました。やっぱり、まだ夏なのです。
 鍼に行き、全身のケアーをしてもらいました。月に1回は、最低限欠かせない治療です。かかりつけの鍼師は、かつて、整形外科やマッサージに何回かかっても治らなかった腕の激しい痛みが、1回の治療で軽減、3回ぐらいで完治したという、私には抜群に相性のいい方です。そのお陰で、日々を送れているのかもしれません。


 
雨ばかり(2011.08.24)
 小泉堯史監督の作品「雨あがる」の冒頭場面のような、天気です。小泉作品の場合は、篠突く雨がさんざん降った挙げ句、主演の三沢伊兵衛(寺尾聰)がゆったりとした声をかけると雨が上がりだし、澄み通ったように明るい川や山の風景が現れるのですが、今はちょっと重苦しいままです。
 雷が始終鳴り、何だか鬱屈とした気分が晴れません。
 多分、稲や野菜などにはよくないだろうなあ、と呟くばかりです。
 蒸し暑さもいけません。

 ワシントンでも地震が発生し、みんなを驚かせたそうです。ワシントンでは地震はめったになく、震度をカウントすることもしていない?ということですが、どこで何が起きることやら、という気持ちにはなります。
 何か揺れ止まぬ世界情勢ではあります。


 
天下異変(2011.08.23)
 雨が降り続きます。冷たい雨です。暗い空です。雷が鳴ります。
 この時期のこの天候、せっかく実りかけた稲や、野菜の成育などに影響が出ないとよいのですが。気温の急激な降下にも驚かされます。
 民主党の代表選、M氏が立候補する決意をしたとのことです。人気では圧倒的にリードしているM氏、しかし外国人献金問題をかかえているだけに、前途に波乱を予感させます。それよりも、O氏詣で。陰湿な政治屋の画策することが、国民の気持ちや国民目線から大きく遊離していることの方が、問題のようです。
 世界同時株安、激する円高、捻れる外交問題、震災復興、雇用不安、高齢化対策、これらに立ち向かう責任ある政権であり得る選択がなされることを願うものです。
 中東情勢も不安定です。米欧でさえも、大きな問題を抱えているようです。


 
天下が変(2011.08.22)
 30度を下回り、肌寒さを感じるほどです。雨と雷の激しい音に、昨日の朝などはびっくりして目覚めました。近くで竜巻も発生したとのこと、恐ろしいです。
 猛暑から一転しての気候の変化。ついていくのが大変です。雨の音が止むと、夜半には虫の声も聞こえます。何もかもといっていいほど逼塞した状況は変わらないまま、季節や時間は誤りなく時を刻んでいるようです。
 この世界大不況の高波が荒れ狂おうとしている今、何の手当もされず、次期の総理を選出するための日程が決まり、目先の駆け引きに明け暮れているようです。


 
天気が変(2011.08.21)
 奇妙な天気が続きます。太陽が顔を出さなくなりました。
 気温はやや下がりましたが、蒸し暑いのです。よく雨が降ります。雷も鳴ります。もっとも、一日中降っているわけでも、始終雷が鳴っているというわけでもありません。
 動けば暑いのです。皮膚が湿気にくるまれてしまうような、重苦しい暑さです。
 降るのか降らないのか、どうもはっきりしない天気です。あまり気分が晴れないのも、このせいかも知れません。
 75円から76円という円高が続いていますが、この息苦しさを、マスコミなどはあまり大きくは扱っていないようです。
(メモ)
 高校野球は、西東京代表の日大三高が青森代表の光星学院高を破り優勝した。


 
代表戦(2011.08.20)
 総理がようやく辞任するということで、次期代表の顔ぶれが取り沙汰されています。
 しかし、その誰が選ばれても、この混迷の時期をこなしていけるのだろうか、と思えてなりません。それぞれの主義や信条のことはよくわかりませんが、何とも椅子取りゲームじみていて、国民の方を向いた仕事ははたしてなされるのだろうか、との危惧があります。O氏の140票が鍵を握ると言われたり、S氏の裏将軍としての腕前は、といった具合で、これがマスコミの勇み足でないとも言い切れないところですが、これまでの内紛の様を見る限り、あまり信じるに足るものは出てきません。
 彼らには、にわかに降ってきた権力が、美味しすぎるのでしょうか。
 もっとも、その前に、総理は本当に辞任するのでしょうか。


 
残暑続く(2011.08.19)
 最近は、東北や関東の方が猛暑のただ中にあるようです。
 ここ九州も、まるで亜熱帯化でもしたかのような気候です。湿度が高く、一日一度は雨が降ります。べたべたと暑さがまとわり付きます。
 こんな中、東京にいる子供は、お盆休み中(8.10〜8.17)ぶらりとインドに出かけ、「帰ってきた」と成田からメールが入ったのは8.17の22:00過ぎ。8.18からの仕事に間に合うギリギリの時間です。
 私も、こんな無茶をやっていたのかも知れません。


 
マスコミ考(2011.08.18)
 一番の権力を握るのは、やはりマスコミでしょう。
 まず、報道対象の選別。これがどのようになされているのかわかりませんが、そこが問題だと思います。報道すべきかどうかというより、報道してやってるんだ、というあたりにモヤモヤとしたものを感じます。
 その判断が、巷間にいわれるように、「売れるか。スポンサーがつくか」などといったあたりで行われているのだとしたら、あまり心地よいものではありません。
 テレビの番組も、どこを捻っても同じようなものばかり。我が国は、こんなに平和で、グルメにのめり込んでばかりいていいのだろうか、と引いてしまいます。
 なでしこも世界記憶遺産もすばらしいことですが、殊更に持ち上げ過ぎて、何かに利用しようとする姿勢が垣間見えてしまうようです。
 大震災、原発報道に至っては、いつの間にか潮が引くように消えて行ったようです。あるいは感動話へのすり替えという方向もあるようです。
 何を報じるか、これはなかなか難しい問題でしょうが、興味本位の付和雷同と、自らが権力と化すことだけは何とかならないかなと思うものです。


 
都府楼周辺(2011.08.17)
 太宰府のお盆期間は、時折雨がぱらつく不安定な天気でした。
 いつものコース戒壇院、観世音寺、都府楼跡と歩いてみますと、ユリやコスモスが咲き、どこか色付き始めた葉っぱも混じっていたりして、季節が徐々に移りゆく気配が感じられます。蝉の声にも法師蝉のそれが聞こえてきたりします。
 田圃の方は、まずまずの実りに向かうのではないかという感があります。
 なにより耳に爽やかなのは、都府楼の林に踏み込まないと聞こえないヒグラシの声です。もう随分以前から馴染んではいるのですが、夏の終わりにかかった今、いよいよ澄んだ声を聞かせてくれます。
 このコース、毎日歩いても飽きません。新しい発見があり、心が和みます。
 お盆が明け、自動車の数もいつものように戻ってきました。


 
統一球(2011.08.16)
 世界大恐慌が懸念されています。ある予測では、資本主義が行き詰まり、その象徴であるアメリカが力を失う、ともいわれています。
 グローバル化のもたらした影響になるのでしょうか。世界のどこかが風邪を引くと、あっという間に世界規模のものになります。中東、アフリカ、東南アジアの不安定さが、拡大しないことを祈るばかりです。

 これもグローバル化の一つかも知れません。飛ばないという統一球が取り入れられた今年のプロ野球。すっかり、投高打低になってしまいました。その流れで、守りに乱れがなく、打撃も基本に忠実で、走れるという、いわゆる走攻守のバランスのよいチームが好成績をあげているようです。派手な長打を売り物にしてきたチームは、うまく体勢を立て直すことができないまま、終盤戦へと入っていきます。


 
お盆(2011.08.15)
 お盆行事は、各地域で、様々な行われ方がなされているのではないでしょうか。
 私の少ない知見の中でも記憶に残っているのは、山鹿灯篭踊りと長崎の精霊流しです。山鹿灯篭踊りを観たのは、約30年前になりましょう。町を歩いて広場に入ると、頭に灯篭を頂いた少女たちが、蛍のように舞うのです。千人踊りということでしたが、その様を私の作品の中で披露させていただきましょう。(「フューチャー・ソング」より)

 遠くで犬も鳴いていた。
 そのとき、どこかでなにかの崩れていく気配を感じたのは、あるいは酔いのただ中にいるときによく陥ることがある、私だけの感傷であったのかもしれない。
 やがて、灯篭を頭にいただいた少女たちが広場の中心に現われた。
 少女たちは、細く透き通った光を一つずつ胎内に埋め込んだ蛍のようだった。少女たちは円をつくった。蛍の円はなだらかに広がり、広がり過ぎては伸びたり縮んだりした。
 しかし、なにものかの笛の音が鋭く広場を裂くと、円はその場に立ち止まり、息をとめた。そして、あたりのすべてをそのまま静寂の中に包み込んでしまうのかと思うほどの刻が流れた後、円はいきなり宙に弾けた。
 すると、それまで小さく瞬いていた少女たちは、緑色や紫色やオレンジ色の夥しい光の玉となり、闇の中を渦を巻き、尾を引いて交錯し、左から右へ、右から左へと漂い始めた。
 光の玉は、縦にも横にも、斜めにも後ろにも生まれ、漂い、私たちの体にからみつき、と思うと邪険に離れ、そしてはるか遠くに翔んでいく‥‥。

 精霊流しの方は、これは約40年前になりましょうか。何かの用務でビジネスホテルに滞在していたところ、夕刻とともに、派手な爆竹の音と、チンコンチンコンという鉦の音が町中に、一斉に響き亘り始めました。町の辻々から、精霊船が引き出され海の方へ、海の方へと向かって行きます‥‥。

 いずれにしても、もの悲しい思いで満たされています。生者と死者をさえぎるものがあいまいになり、あるいは溶け合ってしまい、ひとときを過ごしているのでしょうか。深くものを考えずにはいられない行事の一コマです。


 
雨となる(2011.08.14)
 朝から雨となりました。涼しいというか、ちょっとうら寂しさもあります。
 昨日の長文を簡単に言えば、「我々の本来の住処は天空にあって、意味あって一定期間地上に降りている」のだろう、というのが結論です。
 このことには何の根拠もないわけですから、勿論いろいろな考えがあってしかるべき、ということになります。しかし、そう考える科学者などもいるようです。
 文芸人は、生活を見詰め、命を見詰め、存在を見詰めていくのですから、どうしても普段の話とは中身が異なってきてしまいます。これらが、傲慢なことに至らないように努めるのも、文芸人の役割だと、自戒の意を込め記したいと思います。


 
仮の姿か(2011.08.13)
 他の方が運営されるブログに、つい本音に近い文章を書いてしまい、混乱を招いたかも知れません。少し、押さえるべきでした。
 それは、この現世が仮の姿かも知れない、という文言です。
 大方の人々は、「何言ってるんだろう」ということで頭を捻られたことでしょう。私としても、ほんの10年前までは、そちらの考えでした。いや、その考えのために、塗炭の苦しみから逃れられずにきた、と言うべきです。
 しかし、自分の幽体離脱の経験や、諸々のことから考え、
「我の本体」は現世にではなく、違うところにあるのかも知れない。それは多分、「魂」のような、「エーテル」のようなものであるのだろう、と考える方が自然ではないかというものです。
 では、現世の姿が偽物かというとそうではなく、これも本物なのです。

 正確なことなどわかりませんが、我というものは、「次元を越えて」複数存在する、と言うべきものなのかも知れません。
「このあまりにも広大な宇宙という場にあって、地球という、奇跡の星に、○年○月○日に生まれ、今まさに存在する。生まれ出ることの確率など、どんなコンピュータを駆使しても測り得ない。
 その生き物の命が1回きりで、しかも、長かったり短かったり?幸運だったり不運だったり、金持ちだったり貧乏だったり?殺したり、殺されたり?
 人間というものの文明はたかだか、1万年に満たないだとか?海底にも、文明の痕跡らしいものがあると言われるとか?
 人間だけが、万物の霊長だと言えるのか?動物や植物にも命があるし、山や谷にだって意志があるという説もある。
 われわれの住む地球の中心にはマグマが燃えさかり、ほんの薄い地殻の上に住み、この不安定極まりない状況の中にあって、永遠などという言葉を編み出した。
 生まれ来たったものは、例外なく現世の肉体を脱ぎ去り、死に至る。ではその、死とは何なのか。この世のことのみが「現実」であるのなら、いずれ全てが向かうという死の世界とは何なのか。ひょっとして、本来の己に戻るだけなのかも知れない。
 我々には見えていないものが幾らもあるかも知れない。現に、電波だって放射線だって見えない。知られないものは、もっと多くあるのかも知れない。
 次元が異なるなどと言っても、本当は今この自分の指で触り、見ているのかも知れない。それが、見えていないだけなのかも知れない。

 というような道筋を辿れば、そこに見えてこなければおかしいものがある。それは、「我」は次元を越えて複数存在するのかも知れない。本来の我は、いわゆる「死」と言われる魂や「エーテル」という存在の方にあるのかも知れない。」
 という、非常に乱暴な、整理のつかない、仮説なのです。

「方丈記」の一節です。
 朝に死に、夕に生まるるならい、ただ水の泡にぞ似たりける。知らず、仮の宿り、誰が為に心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。その主とすみかと、無常を争うさま、いわば朝顔の露に異ならず。あるいは露落ちて花残れり、残るといえども、朝日に枯れぬ。あるいは花しぼみて露なお消えず。消えずといえども、夕を待つことなし。 


 
朝夕少しは(2011.08.12)
 朝夕、少しだけしのぎやすくなった感もあります。
 とはいえ、昨日(8.11)の気温は、群馬県館林市で38.7度、栃木県佐野市で38.3度などと、猛烈な暑さが続いています。熱中症の患者も全国で多数にのぼっています。
 クマ蝉の声がガクンと減ったので、ヒグラシの林を訪ねてみました。ヒグラシは、たくさん鳴いています。この声を聞くと、ホッとするのは何故でしょう。その音色とトーンに答えがあるのかもしれませんが、包み込まれるような優しさを感じます。
 きっと、癒し系の鳴き声なのでしょう。


 
猛暑・憂い(2011.08.10)
 日本列島は10日、広い範囲で太平洋高気圧に覆われ、群馬県館林市で38・7度、同県伊勢崎市で38・2度、埼玉県熊谷市と栃木県小山市で37・8度を記録するなど、各地で気温が上昇した。
 また、青森県六ヶ所村では34・2度、福島県二本松市では36・6度を記録し、いずれも観測史上タイ記録の最高気温となった。東京都練馬区でも36・8度を記録した。
 気象庁によると、全国920か所の観測地点で35度以上の猛暑日を記録したのは150か所、30度以上の真夏日を記録したのは738か所で、いずれも今夏最多となった。
 11日も東北や関東甲信、東海、近畿の各地方で気温が35度以上となるところがあり、気象庁では高温注意情報を出し、熱中症に注意するよう呼びかけている。
 以上は、読売新聞の記事です。この度はずれた天気など、気が遠くなってきそうです。それにしても、世界のあちこちが、やはり変です。もっとも、私の感傷的な見方に過ぎないのかも知れませんが。
 経済のことには疎いので、コメントができませんが、世界同時株安というニュースが駆けめぐっています。多発する暴動といい、テロといい、政争といい、自然災害といい、母なる大地の意志が、なにかそうせざるを得ない大きな憂いを抱え込んでいるのかも知れない、とつい考えてしまいます。


 
立秋とはいえど(2011.08.09)
 8日に立秋となりましたが、このところの猛暑は勢いを増すばかりのようです。少しばかりの草を毟っても、クラクラしてきます。熱中症の危険を、まともに感じます。
 1戸の盂蘭盆会が終わりました。読経する和尚さんも、ぶ厚い衣姿ではさぞ難儀なことでしょう。その折、この頃尼僧の希望者(なり手)が多いとの話を聞きました。世間で充分に活躍していた女性が、仏門を志してくるそうです。
 社会が多様化し、悩める日常の中から一筋の光明を求めて門を叩くということのようです。彼女たちには逞しい根性があり、厳しい修行に耐え、尼僧となって、多くの人々を導くことになる例も多いとのことです。
(メモ)
 京都府南丹市で38.1度を記録


 
仮の姿(2011.08.07)
 この時期になると、お盆の準備にかかり始めます。
 幼い頃から考えていたことは、つい先ほどまで生きて直に対してきた人、動物、虫、植物などが、命を失ったときからもう目にも見えない。声も聞こえないのはなぜだろう、というものでした。本当に、同じ空気を吸い、同じものを食べ、あるいはすぐ傍の木の枝で盛んに鳴いていた蝉たちは‥‥どこに消えて行ったのだろう。ということが、今に至っても、不思議でなりません。
 考え付いたのは、彼らは消えてなんかいない。宇宙の藻屑になどなったわけではない、ということです。つまり、見えはしないけれど、生も死も本質は変わらない。ただ、消えるまでは仮の姿を見せてくれていたのではないだろうか、ということです。
 ということは、私たちの今の姿も、仮の姿になってしまうのですが‥‥。


 
不思議なこと(2011.08.06)
 庭の剪定を終えた途端、それまで1本の木に20匹はやって来ていた蝉が、1匹も来なくなりました。彼らには、鋭い嗅覚があるのでしょうか。
 この木は安心できないんだ、と申し合わせたようにです。この自然界の生き物たちは、今の人間の世界をどのように見ているのでしょうか。このすばらしい察知本能からみて、今というこのときをどのように見ているのでしょうか。私たち自身が、まさに自信を失っている今、彼らの嗅覚の力を尊重したいと思うものです。


 
足長蜂(2011.08.04)
 庭の剪定をほぼ終えた頃、足長蜂に刺されました。(刺されたのは業者の方です)
 蜂がいることに、全く気付きませんでした。「痛っ!」という声に驚いたのは、私です。そういえば、2、3匹飛んでいます。「巣がありそうです」とのことで覗き込んでみたら、まだ殆ど巣ともいえない形でしたが、10匹ぐらいが群がっています。さっそく、殺虫剤を噴霧。なんとか出来かけの巣まで落とす、ということになりました。
 彼らの営巣も必死なのですね。自然の方でも、なかなか逞しく命が萌えています。安堵するやら、刺された業者の方には申し訳ないやら、ドタバタの日でした。
(追記)
1 サッカー元日本代表の松本山雅FC所属の松田直樹選手が、午後1時過ぎ松本市の病院で急逝した。(松田選手は、9日午前の練習中に倒れ、加療中:34歳)
2 元大リーグ・ヤンキースの投手(ロッテ、阪神にも所属)伊良部秀輝氏が、ロサンゼルスの自宅で死亡しているのが、27日にわかった。(42歳)


 
健康管理(2011.08.03)
 健康管理には、たいへん気を使っています。小食を心掛けること、アルコールも少量に止めること、喫煙しないこと(この35年は全くの非喫煙です)、医師の処方する薬は的確に用いること、軽い運動を欠かさないこと、ストレスを溜めないこと、プラス思考を心掛けること、「サムシンググレイト」に全てを委ねることなどです。
 恒常的に、内科医に月2回(必要に応じ+α)、鍼に月1回お世話になっています。
 ストレス過敏体質のため、寝る前にはリラックスし、自らのサムシンググレイトと交歓(宗教ではありません)することを欠かしません。
 後は、粗食です。グルメが駄目というわけではありませんが、普段は塩分を控え目に、大豆やイリコやトマトや黒ゴマといった類を欠かさず、お茶をたっぷり摂ります。水にも気を付けています。
 その後は、「どうにでもなれ。後はおまかせ」といった気持ちを多く持つようにしています。それに、現在の身は「仮のもの。借りもの」と思っています。
 とは言え、社会参画の大事さは言うまでもありません。
 新たなものを創り出す、というのも大切で欠かせないものだと思います。
 言い忘れましたが、「自分の言葉や思いは、良くも悪くも自分に返ってくる」という気持ちで、暮らしています。
 ついでですが、般若心経を覚え、時間があればいつも心に巡らしています。


 
政権(2011.08.01)
 8月になりました。今年の暑さが、思いやられます。
 伝えられる総理の言動を見ていると、思い当たることがあります。
 それは私の経験の中のことですので、同一には論じられませんが、よく似たような動きが見えます。以下は、私の勝手な妄想に過ぎませんが。
 どんなに憎まれてもいいと開き直れば、何でもできるのです。敵と争うことは勿論、味方と争うことも平気でできます。そこには、「自分しかわからない。他人にはわかりようがない」という傲慢さが存在するからです。部下など信じないし、上司でさえも信じません。ですから、どんな細かいことであれ、自分に相談がなければ、いや自分の判断がなければ、一歩たりとも前に進みませんし、進めません。
 とにかく他が信用できないという頭の構造のようですので、どんなに時間がかかろうと、どんな無駄を重ねようと、自分流でやらなければ、始まりもしないし終わりもしないのです。どんな危急のときであれ、同じモノサシでしか考えないのです。
 一方、公の場で部下の批判をすることなど平気の平座で、あるいはじっくりと詰めた筈の結論でも、簡単にひっくり返します。流れを読むに敏といえば聞こえはいいのですが、要するに保身が最も優先するのです。その操る言葉は、よくもこうシャーシャーと言えるなというくらい、無節操なのです。
 このような人に反省などありませんから、責任をとるということもありません。周りがどんなに迷惑な顔をしていても、次の言い分を考えるという方向に出ます。
 要するに、仕事が出来ないのです。信頼が得られないのです。だからといって、自ら身を引くという美学などさらさら持ちません。万が一降りるときは、なにがしかの次の矢をつがえてからか、なにがしかの陰謀を企んだときです。
 とにかく、「憎まれてもいい」というふうに周囲に喧嘩を売っていくのですから、普通の神経の人には信じ難いことばかり起こしてくれます。要は権力です。権力の座が媚薬のように、彼を駆り立てるのです。なんといっても、そこはトップの座ですから。
 と、私の妄想は膨らむばかりですが、総理がこの私の妄想のような軽い人ではないことを祈るばかりです。なんであれ、一国の総理なのですから。


 
雑草魂(2011.07.30)
 夏本番のようです。日射しの強さと、湿度の高さには疲れます。
 今年は台風の発生も多いようで(気象庁では平年並みとのこと)、その湿った空気が流れ込んでいるのか、カラッとした天気ではありません。
 やることがたくさんあります。草が生え、木の伸びるのも早いようです。雑草や、改良されたものではない木々、いわゆる在来種の逞しさは環境の有様など厭わないようです。東日本の被害地においても、同じことでしょうか。
 考えてみれば、人間の都合や好みに合わせて作り上げたものは、いずれもモロさを持っているようです。その対極にあるものの強さのことを、雑草魂などと形容します。
 日本はおろか、米国の経済も危機に瀕しているという、この諸々が異常な時期。雑草魂のことを思い起こし、一日一日を乗り切っていくよりほかないのかもしれません。


 
蝉の声(2011.07.29)
 3.11の影響なのでしょうか、今年は蝉の声を聞かなということが、全国的に言われているようです。九州の地太宰府でも、なかなか聞けませんでした。
 ようやくクマ蝉の声を聞いたのが、1週間前ぐらいだったでしょうか。
 でも、鳴き出したらすごいもので、我が庭の植えてまだ2年にしかならないトネリコの木には、その細い枝枝に20匹もの大群が一度に集結するようになりました。よほど蝉に好まれる木なのでしょうか。
 一方で、やはり3.11です。2,012年問題もあります。
 クマ蝉クンたち、子孫を残そうと、風に大きくそよぐ枝にじっと体を埋め、産卵しているようです。その卵は7年間地中に暮らし、8年目に成虫となり、約1週間の命を謳歌するのです。
 そのときが、果たして無事にやってくるか。是非、そうあることを祈るばかりです。
 
 クマ蝉の声がなかなか聞けないということであたりを探索していると、2週間ぐらい前にヒグラシのスポットに出会いました。都府楼跡傍の林の中です。
 これまで聞いたことがなかったので、youtubeで声を確かめ、間違いないと知りました。ヒグラシは深山渓谷ばかりではなく、間近でも聞くことが出来たのです。鈴を振るような美しい声で、林を震わすように鳴いています。
  

 
悲運の横綱(2011.07.26)
 大相撲名古屋場所は、日馬富士の優勝で幕を閉じました。今場所のポイントは、八百長問題等で揺れた土俵に、どれだけの国民の関心が戻ってくるか、ということが一番でした。それは、千秋楽を除いては、明らかに不入りだったということからもわかるように、まだまだなのだということだと思われます。
 場所の関心は、魁皇の通算勝ち星記録がなるか、白鵬の連続8場所優勝という新記録がなるか、琴奨菊の大関昇進がなるかと、見所は多くありました。
 成ったのは魁皇の通算勝ち星記録だけで、これはすばらしいことですが、3者とも3月場所中止、5月場所は技能審査場所といったように、自ら大きく盛り上げた気持ちに水を差されたことは否めないと思います。それに、3.11です。
 この間の緊張と、弛緩と、不安等が今場所の結果を生んだのでしょう。
 魁皇は1,047勝という記録を打ち立てながら、精魂尽き果てるまで闘志を燃やしたものの、引退という道を選択しました。
 琴奨菊は、10勝2敗で後は下位力士との取り組みで、3番中2敗するという不覚を喫し、悲願にはあと1つ及びませんでした。特に2敗は、それまでの「落ち着いて、下から攻め上げる」という相撲が陰をひそめ、腰高のまま強引に攻め入り逆転されるという内容でした。気持ちの制御とは難しいもののようで、目標が視界に入ったとき、どう不動の心を維持できるか、という誠に難しい問題を(私たちにも)与えてくれました。
 白鵬は、相撲通の誰もが「強い。負けない」と言いますが、その勝星ほどには優勝回数が伸びていません。(今後のことはわかりませんが)決定戦に弱い、星1つの差に弱いという傾向は変わっていないようです。これを、不知火型のせいにしようというわけではありませんが、「道を求める余り、他にも道を譲ってしまう」という情がありすぎるのではないかと思われてなりません。それが、「相撲道」なのかもしれませんが。もっとも、白鵬ほど、相撲道とは相容れない今回の八百長関連事件の流れの責任を、一身に負わされてきた例はないのかもしれません。


 
7つの文明展(2011.07.21)
 吉村作治の古代七つの文明展に行ってみました。場所は福岡市博物館です。
 人の少なさに驚きました。それに、「吉村作治展」なのか「七つの文明展」なのかに、迷いました。
 七つの展示場のそれぞれで、吉村作治氏がモニターを通し、自説を繰り返し繰り返し喋るのです。人の少なさの中、表情をこめた声が高過ぎて、展示物を見るのに集中できません。展示物自体も、薄っぺらさを禁じ得ませんでした。「吉村作治ショー」だったのかもしれないとの不満が募り、文明というものがそんなに軽く解釈されてよいのだろうか、という未消化の思いが残りました。


 
冷風(2011.07.20)
 台風6号は、18日、19日と九州に接近したあと、四国南岸を東に進み、八丈島方面に今も進んでいます。
 九州では、台風は遠ざかりつつあるものの、天気の回復はおあずけで、今日は肌寒い風が残り、小雨が降り続いています。


 
魁皇引退(2011.07.19) 
 大関魁皇が、「攻める気持ちが足りなくなった」として、19日現役引退を決意しました。今場所は初日から3連敗の後、4日目に元横綱千代の富士と並ぶ通算1,045勝の最多勝利タイとなり、1,047勝まで最多勝ち星を伸ばしました。
 持病の腰痛等の故障をかかえながら、38歳の今場所まで23年に亘る土俵生活を勤めてきましたが、ここ最近は、外国人力士が上位をほぼ独占する中、日本人大関として孤軍奮闘してきました。通算勝ち星のほか、幕内最多勝利879勝、幕内在位107場所、幕内出場回数1,444回等は歴代1位の記録ですし、優勝5回、三賞15回は歴代横綱に十二分に匹敵する成績だとのことです。
 引退届けは20日に届けられる予定で、今後は年寄り浅香山として後進の指導に当たることになるとのことです。惜しまれつつ土俵を去る魁皇には、長い間ごくろうさんでした、の一言を贈らせていただきます。
(メモ)
 クマ蝉、アブラ蝉の声を聞き始める。
 都府楼西側の林で、ヒグラシ高く澄み鳴く。(3回目)


 
なでしこ世界一(2011.07.18)
 サッカー女子W杯(ドイツ大会)で、初めて決勝戦に臨んだなでしこジャパンは、これまで1度も勝ったことのない強豪米国と対戦し、ねばりにねばった結果、PK戦を3対1で制し、念願の初優勝を遂げました。

 試合は終始米国のペースで進められ、日本は運も味方してか、米国のロングボールからサイドを崩して持ち込む速くて強烈なシュートに、再三持ちこたえるという展開でした。
 後半になると、自分たちのボールを動かすというプレーが出始めた日本でしたが、24分にモーガンが1発のパスに反応し強烈なシュートで先制点をたたき出します。日本も35分に右サイドからのチャンスに反応し、宮間が正面からシュートを決め同点としました。
 延長戦に入ると、前半14分に長身FWワンバックがこぼれ球を強烈にシュート。これで決まったかに見えた後半12分左CKから澤が決め、再び同点としました。
 PK戦では、終始試合を自分のペースで進めてきたのに2度も追いつかれたという心の隙があったのか、米国は3本を外し(2本は海堀がファインセーブ)、1本を外しただけの日本が3対1で制し、初優勝を遂げました。

 全体の流れは米国にありましたが、「負けない」というどこか信念のようなものが試合を支配していたのも事実です。米国のスピードとパワーが再三ゴールを脅かしながら、それがなかなか点に結びつかないというあせりも米国にはあったようです。
 なでしこも、ボールを速くきちんと回し、テクニックで支配するというまでには至っていないように見えましたが、「流れはつかんでいるものの、なかなか結果に結びつかない」という米国側のあせりが垣間見えるようになり、「日本は負けることはない」という気持ちの方にやや流れが傾きかけた感がありました。その結局PK戦にまで持ち込み、なでしこジャパンが快挙を成し遂げました。
 これは、番狂わせでもなんでもないと思います。開催国ドイツを破り、スウェーデンを破り、世界ランク1位の米国を破るには、偶然ではなしえないことです。
 小柄であるがゆえに、スピードと、速いパス回しと、固い守りとを徹底して用い、高度な判断力の上に立った確かな勝利であると賞賛するものです。そして、なでしこスタイルを強烈に世界にアピールし、これからの世界のサッカー界の行方を予感させるものになったのではないかと考えます。


 
蝉の声(2011.07.17)
 例年だと、この時期にはクマ蝉やアブラゼミの声があたり全体を包んで喧しいほどなのですが、今年は今のところ声が聞けません。
 昨日、都府楼のあたりを散策してみましたが、都府楼の林、都府楼から坂本八幡宮に至るあたりの林で、ヒグラシがたくさん鳴いていました。ヒグラシの声って、高く澄んで心地よいのですが、この時期のヒグラシ? という感もあります。
 林の日向のあたりでは、かすかにニイニイ蝉も鳴いています。
 コスモスが咲き、萩が咲き、まるで夏と秋が同居しているかのようです。
 トンボや蝶や名も知らない鳥たちが、たくさんやって来てくれます。


 
台風(2011.07.16)
 この蒸し暑さは、台風接近のためなのでしょうか。
 最大風速50メートルの超大型台風が接近しています。奇妙な天候や出来事が続きます。かといって、恐れてばかりいてはいけないと思います。
 必要なことはやって来、必要なものは私たちを試すでしょう。
 便利さに慣れ、快適さに慣れ、華美に慣れてきた私たちですが、揺り戻しのときもあるのでしょう。大きな波に身も心も委ね、気を楽にすることにしましょう。
(追記)
 都府楼跡周囲の林、都府楼跡から坂本八幡宮にかけての林で、ヒグラシがたくさん鳴いていました。日向に出ると、にいにい蝉も鳴いていました。


 
ハグロトンボ(2011.07.15)
 今年は家の庭で、ハグロトンボをよく見かけます。黒い紗の羽を静かに休め、細い体をじっと支え、石の上や地面にひっそりと止まっています。風がサラサラと吹いても同じ場所に留まっていて、静かなままです。
 本当にたくさん群れているのです。普段だと、水辺で多く見かけるのですが。
 蝉の声はというと、ついさきほど、にいにいゼミの「ジイッ」という短い鳴き声を聞きました。
(追記)
 大関魁皇は、昨日通算1,046勝の新記録を達成しました。


 
蝉が鳴かない(2011.07.14)
 夏本番となりましたが、今年は蝉の声を聞きません。私の周囲だけのことなのでしょうか。不思議な気がします。
 暑さは猛烈です。気象庁も、初めての高温注意報というものを出しました。
 暑さを吹き飛ばすニュースとして、なでしこジャパンが決勝進出を決めましたね。これは、世界が納得する快挙といっていいのではないでしょうか。それに、魁皇の通算最多勝ち星1,045勝です。横綱千代の富士に20年ぶりに並びました。
 暑苦しさが増すニュースもあります。管内閣支持率が12.5%ということです。昨日の会見を聞いておりましたが、今言っていることがどうのというより、これまでの主張とが離れ過ぎ、あまりに「場当たり的」との印象を拭い得ません。どうしてこう理屈をこねまわさないといけないのか。どうしてこう未練がましいのか。どうしてこう、我が儘で潔くないのか。ひょっとしたら、独裁者気取りに陥ってしまっているのではないか、とさえ考えてしまいます。


 
野に出でよ(2011.07.13)
 この約1年、因習というものの中に閉じこめられ、いうなれば縮み込んだ日々を送ってきました。今、そのことが、いかに目を近視眼的にし、精神の束縛を生むものであるかを、肌身に感じました。
 人はもっと自由でなければならない。これをモットーにして来た筈でした。
 他のことは言いますまい。これからは、自分自身の問題です。世評などにとらわれることなく、もっと野に出でよ、という精神に戻りたいと思います。


 
一輪の花を(2011.07.11)
 以下は、戒壇院の施餓鬼の折に小冊子をいただいたのですが、臨済宗円覚寺派管長であられる横田南嶺氏の「花を忘れまい」という小編の中に、とても心惹かれる一説がありましたので、その部分を転記・紹介させていただきます。
 ちなみに、施餓鬼とは、「中国で‥‥洪水で亡くなった多くの人々を供養するために始められた。‥‥死んでいく無数の人々を供養する形態が「施餓鬼」として考案されたのである」(この項は、玄侑宗久氏「有縁無縁」から抜粋)とあります。

【一輪の花を】(横田南嶺氏「花を忘れまい」より)
 お釈迦様の教えを学ぶには教典や書物を読むことも大切ですが、身近なところで大自然の姿からもよく学べます。
 特に無常であり、はかないものというと、四季それぞれに咲く花を思います。
 詩人の坂村真民先生に「バスの中で」という長い詩があります。大意を要約しますと、坂村先生があるとき混みあうバスに乗っていました。折から核戦争の危機が叫ばれていた頃でしょう。この地球はこれからどうなるのか、明日はどうなるのか不安に思っていると、一人の少女がきれいな花を自分よりも大事そうに高々と差し上げて乗り込んできました。
 幼い小さな少女ですから、混んだバスで押し合って花を傷めてはいけないと思って高々と差し上げていたのでしょう。その姿を見て坂村先生は、ああこれでよいのだと思いました。たとい明日、地球がどうなろうとこのような愛こそが、人の世の美しさなのだと。
 たとえ核戦争で、この地球が破壊されようとそのぎりぎりの時まで、こうした愛を失わずにゆこうと涙ぐましいまで清められものを感じたと詠われます。
 今まさにかつて無い様々な問題が起こっています。私たちはこの世がたとえどうなろうとその最後まで一輪の花を愛する心を失ってはなりません。
 花はもろいものです。無常です。朝咲く花が夕方にはしぼんでしまうものもございます。けれどもその無常なればこそ、その時その場で精いっぱい咲きます。本当に無我です。誰が見ていようが見ていまいが、その場で与えられた日の光、大地の養分を一杯に吸って精いっぱい咲きます。



 
梅雨明け(2011.07.10)
 北部九州は昨日梅雨明けとなりましたが、開けた途端の猛暑です。
 33度と出ていますが、体に感じる暑さは実に厳しいものがあります。おまけに節電ということですので、熱中症に気を付け、頑張りすぎないように過ごすことも必要かと思われます。私の場合、「誰よりも頑張らねばダメだ(農作業のことですが)」と言われ育ってきましたから、ぶらぶらしていることに罪悪感を感じてしまいます。‥‥懸命になにかをやっている私の姿勢そのものを、「遊び」と言われてしまう懸念もありますが。(特に文芸に取り組むことでは、そう言われてしまいがちです‥‥)


 
アセンションは(2011.07.09)
 アセンション(というよりカタストロフィー)は来るのだろうか、というかなりこみ入った話をしました。
 2012.12.22で終わるというマヤ暦、フォトンベルトへの突入説、惑星接近説、地軸逆転説、太陽磁気説、核戦争説等々、いろんなことが言われています。 1999年のノストラダムスのときと異なり、NASAや科学方面から多くの提言がなされていることが、特筆すべき点です。はたしてこれらは何なのか、ということになります。
 確かに、現況は、地位ある者が奢り、人心は乱れ、災害が多発し、戦乱が止みません。われわれの行く手には、展望などもうないのかもしれないという状況のようです。
 しかし、私としては、何ごともなく2012.12.23の日が昇ることを、心の底から望んでやまないものです。
(追記)
 今日9日、九州北部が梅雨明けとなりました。平年より10日、昨年より8日早い梅雨明けだそうで、早速厳しい暑さとなりました。


 
都府楼周辺(2011.07.07)
 夕方7時近くになってから、観世音寺、戒壇院、都府楼という順に歩いてきました。
 観世音寺の池は、このところの雨で水が増え、水草や周囲の紫陽花なども黒々と勢いづいて、時折野太い蛙の声が聞こえました。裏のあたりに出れば、ツバメがすいすい飛んでいます。まだ小さいコスモスも花をつけています。
 戒壇院は、昨日の施餓鬼のことなどなかったかのように、静まりかえっていました。菩提樹は花の時期を過ぎ、しっかり実をつけています。
 裏道を観世公民館まで行くあたりは、湿った西よりの風がかなり強く吹き、畑に立てられた風車が元気よく回っていました。用水路を流れる水が早く、水音も小気味よいほどです。
 都府楼は無人でした。二周ほど歩き、低く流れる雲を眺めながら暮れるのを待ち、念のためにと蛍を見ようとしましたが、今は殆どお目にかかれません。2つか3つ、というところでした。


 
大雨(2011.07.06)
 10時30分から、戒壇院の「お施餓鬼・大般若祈祷会」が行われ、出かけました。10名ほどの僧侶が本堂に会し、般若心経を誦し、その他多くの読経とともに積み上げた教典をアコーディオンを弾くように早めくりしながら(何の儀式かわからないのですが)、各家族の先祖の供養・各家族の健勝等を祈願し、最後には東日本大震災で犠牲になられた方々の供養を行い、12時過ぎに終わりました。
 この行事には昨年から出席しているのですが、古い本堂を開放し、僧侶が芸術的ともいうべき巧みさと早さで教典を誦す様や、本堂の中を祈りながら練り歩く? 様が、とても心に残る行事です。和尚の講話では、「今の閉塞状況に一喜一憂せず、(仏を)信じて生きてほしい。ちなみに、太宰府というところは大事な役目を果たす必要があり、古来から災害に強い土地柄を選び、設けられている」という説明がありました。
 帰りには、本堂周囲にたくさん飾られた短冊を、3枚ほどいただいてきました。
 午後になると、滝のような雨です。出かけようと思っていたことなど、やむなくキャンセルしてしまいました。


 
積ん読(2011.07.05)
 一応文芸にかかわる者で、私ほど本を読んでいないものはないだろう、というのが悩みです。
 5才頃〜19才まで、家に本がなかったということもありますが、小学校は形ばかりの図書室で、中学校にはなんと図書室そのものがありませんでした。その小学校の少ない本を、家で読むということは罪で? 殆ど、読む時間もありませんでした。
 じゃあ、20才以降に読んだのかといえばそうでもなく、特定の好きな傾向の本(啄木や透谷や親鸞(唯円)等々)を求め、数だけは求めたものの、じっくり読み込みもせず、どんどん積み重ねていきました。
 書くこと、感じることの方が先、というあせりが今日まで続き、やはり基礎の力のない者の悲哀を今しみじみと感じています。 


 
わがPC環境(2011.07.04)
 この6月、N社のPCに代えました。直販による「業務用」の最安値(若干、カスタマイズ済み)のものです。N社のPCは、職場で使っていた内の1つです。
 見た目は黒一色。これがちゃんと使えるの? というほど見栄えのしない機ですが、セットアップを終えてみれば、「シャープで正確な動作。画面も問題なし」で、これまで数台使った、これも職場でお馴染みのF社のものとはかなり勝手が違います。
 ほぼ性能は変わらないF社のPCをサブに置いていますが、「軟弱な頼りなさ」を感じるのは‥‥好みの問題なのでしょうか。


 
わが環境(2011.07.03)
 椅子に座っているとどうにも腰のあたりが定まらないため、環境を少し変えてみました。
 現在は、子供が使っていた学習机と木製の学習用椅子のお下がりを使っており、椅子が堅すぎるため、百均で買ってきた座布団数枚を、これも百均で買ってきた紐で結び付けクッション代わりに使っているところでした。この座布団が滑りやすいのか、腰がきちんと収まらないのです。ともかく、これで10年以上は過ごしてきました。
 と、ふと思いついて、行動に移りました。ニトリに座椅子があった筈なので、これを椅子の上に乗せれば、堅さも調節でき、腰の角度も決められるのではないかというものです。
 果たして、ニトリに1,450円の座椅子があり、求めました。とはいえ、ちゃんと木製の椅子の上に乗っかるか、という心配がありましたが、これが見事にOKでした。
 意外なところに解決策があるのだな、と一人悦にいっています。 


 
具体的に(2011.07.02)
 改めて言うまでもないのですが、具体性のなさを恥じます。
 アイデアなどは空から降ってくる(否定はできませんが)ということばかりに頼らず、実際の事物を見、触れ、訪れることによる感興を、やはり大事にしなければならないと思います。
 40年勤務した職場のもろもろ以外に、他を知らなさ過ぎるようです。福岡の街のことも、ましてや30年以上暮らしている太宰府のことも、殆ど知らないのです。
 今、かくかくしかじかだ、と語るような体系だったものは何も持ちません。語るべきものを持たない自分というものほど、情けないものはありません。


 
3周年(2011.07.01)
 HP開設3周年となりました。3周年などほんの少しの間にしか過ぎませんが、この間の自身の充実感は、確かなものがあります。
 どなたが訪れてくださっているのかはわかりませんが、心から感謝申し上げます。
 即興の文芸作品を掲載しているため、はなはだ未完成のものであり、これをノート代わりにして、完成品に仕上げていきたいとの内容ですから、不出来な作品が多かったり、表現が必ずしも適切でなかったりとの不興を買う場合も多くあることと思われますが、なにとぞ御容赦いただければとお願いするものです。
 これからも、自身のアップのために、かなり論理を度外視した内容を綴っていくことになるかと思われますが、温かく見守っていただければ幸いです。


 


索 引




3周年(2011.07.01)

具体的に(2011.07.02)

わが環境(2011.07.03)

わがPC環境(2011.07.04)

積ん読(2011.07.05)

大雨(2011.07.06)

都府楼周辺(2011.07.07)

アセンションは(2011.07.09)

梅雨明け(2011.07.10)

一輪の花を(2011.07.11)

野に出でよ(2011.07.13)

蝉が鳴かない(2011.07.14)

ハグロトンボ(2011.07.15)

台風(2011.07.16)

蝉の声(2011.07.17)

なでしこ世界一(2011.07.18)

魁皇引退(2011.07.19) 

冷風(2011.07.20)

7つの文明展(2011.07.21)

悲運の横綱(2011.07.26)

蝉の声(2011.07.29)

雑草魂(2011.07.30)

政権(2011.08.01)

健康管理(2011.08.03)

足長蜂(2011.08.04)

不思議なこと(2011.08.06)

仮の姿(2011.08.07)

立秋とはいえど(2011.08.09)

猛暑・憂い(2011.08.10)

朝夕少しは(2011.08.12)

仮の姿か(2011.08.13)

雨となる(2011.08.14)

お盆(2011.08.15)

統一球(2011.08.16)

都府楼周辺(2011.08.17)

マスコミ考(2011.08.18)

残暑続く(2011.08.19)

代表戦(2011.08.20)

天気が変(2011.08.21)

天下が変(2011.08.22)

天下異変(2011.08.23)

雨ばかり(2011.08.24)

鍼に行く(2011.08.25)

17歳宣言(2011.08.26)

総理退陣(2011.08.27)

法師蝉(2011.08.28)

民主党代表選(2011.08.29)

剪定草毟り(2011.08.30)

8月行く(2011.08.31)

9月到来(2011.09.01)

台風と政局(2011.09.02)

嵐と2012年(2011.09.03)

嵐・自己弁護(2011.09.04)

大型台風(2011.09.05)

久しぶりの太陽(2011.09.06)

2012年問題(2011.09.07)

年齢制限(2011.09.09)

法事(2011.09.10)

狐につままれたよう(2011.09.13)

残暑(2011.09.15)

台風(2011.09.22)

太宰府古都の光(2011.09.25)

風邪気味(2011.09.28)

虫の声(2011.09.29)

秋となる(2011.10.04)

秋思祭(2011.10.07)

秋日和(2011.10.10)

秋日和2(2011.10.12)

3分の路標(2011.10.12)

電気スタンド(2011.10.15)

大逆転(2011.10.18)

騒音(2011.10.19)

10月は(2011.10.21)

雨の10月(2011.10.22)

お茶屋さん(2011.10.24)

米国のオーロラ(2011.10.26)

コスモス(2011.10.27)

一転、雨(2011.10.28)

下克上(2011.10.31)

11月(2011.11.02)

三十三茶屋(2011.11.03)

パリーグ(2011.11.05)

博多んもん(2011.11.06)

文連(2011.11.07)

大掃除(2011.11.08)

気合(2011.11.12)

黒炒り玄米(2011.11.14)

鍼に行く(2011.11.17)

篠突く雨(2011.11.18)

雨をついて(2011.11.19)

葛湯ほか(2011.11.21)

暖房へ(2011.11.22)

休日(2011.11.23)

神経(2011.11.27)

好日
(2011.11.29)


隣家
(2011.11.30)


12月
(2011.12.01)


夢(2011.12.02)

季節風
(2011.12.03)


秋も終盤
(2011.12.04)


法要
(2011.12.05)


無学
(2011.12.06)


地球型惑星
(2011.12.07)


冬本番
(2011.12.09)


さて
(2011.12.10)


無学宣言
(2011.12.11)


晴天なれども
(2011.12.13)


鍼に行く
(2011.12.15)


母の入院
(2011.12.18)


年賀状
(2011.12.21)


歯医者
(2011.12.22)


歯こぼれ
(2011.12.23)


クリスマス
(2011.12.24)


冷え
(2011.12.26)


除草・剪定
(2011.12.27)


PC大変
(2011.12.28)


2011年
(2011.12.30)


良いお年を
(2011.12.31)


年頭に当たり
(2012.01.01)


高齢考
(20121.01.03)


寒締まる
(2012.01.04)


三十三茶屋で
(2012.01.05)


晴れたらいいね
(2012.01.06)


成人式
(2012.01.09)


寒中見舞
(2012.01.10)


日射し薄く
(2012.01.12)


老後のこと
(2012.01.13)


老後のこと2
(2012.01.14)


試験
(2012.01.15)


選抜
(2012.01.15-2)


嬉しい誤算
(2012.01.16)


震災
(2012.01.17)


今日も鍼
(2012.01.19)


絶句
(2012.01.21)


昨日大寒
(2012.01.22)


大寒
(2012.01.23)



(2012.01.24)


落ち葉
(2012.01.26)


底冷え
(2012.01.27)


また寒波
(2012.01.29)


壱岐行
(2012.01.30)


2月到来
(2012.02.01)


寒さ猛烈
(2012.02.02)


小鳥
(2012.02.03)


立春
(2012.02.04)


多賀城
(2012.02.08)


雪と宇宙人
(2012.02.09)


震災その後
(2012.02.11)


快晴
(2012.02.12)


免許更新
(2012.02.16)


水彩画展
(2012.02.17)


雪雪雪
(2012.02.18)


雪また雪
(2012.02.19)


EMS
(2012.02.20)


垂れた雲
(2012.02.21)


お世話
(2012.02.23)


理不尽
(2012.02.24)


ライフワーク
(2012.02.25)


小鳥考
(2012.02.26)


個の挑戦
(2012.02.27)


人間の海
(2012.02.28)


人類の視点
(2012.02.29)


3月到来
(2012.03.01)


スズメ
(2012.03.02)


桃の節句
(2012.03.03)


遠来の客
(2012.03.04)


悩みは明日
(2012.03.05)


チャレンジ
(2012.03.06)


今日も雨
(2012.03.07)


なでしこ残念
(2012.03.08)


入試考
(2012.03.09)


風強し
(2012.03.10)


1年過ぎる
(2012.03.11)


風激し
(2012.03.12)


戒壇院
(2012.03.13)


日溜まり
(2012.03.14)


鍼へ
(2012.03.15)


荒天
(2012.03.16)


気温上がれど
(2012.03.17)


組の常会
(2012.03.18)


歩く歩く
(2012.03.19)


マスク
(2012.03.21)


天満宮
(2012.03.22)


なるように
(2012.03.23)


春一番か二番
(2012.03.24)


ダウン
(2012.03.26)


風邪か
(2012.03.27)


天気晴朗
(2012.03.28)


風強し
(2012.03.30)









































































































































































































































































































































































































 

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