あんなことこんなこと
「無名作家の日々」とでもいうべき欄です。
私生活については原則として触れないことにいたします。同人誌等の関係者の記述をする場合
にあっても、出来得る限り御迷惑にならないように心掛けるつもりでおります。

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2009年12月までの分は→ NO1へ

 




 
梅雨の中休み(2011.06.29)
 昨日、今日と日射しが戻りました。
 湿気を含んだ昼間の暑さは、厳しいものがあります。昨年の夏のこともあり、これからの厳しい夏本番のことに、どうしても思いは飛びます。
 昨晩、熊本で震度4の地震がありました。私もしっかりと揺れを感じました。
 先のことでの取り越し苦労だけはすまい、と決めてはいるのですが。


 
命日(2011.06.26)
 父の命日です。まる5年が経ちました。いったんピリオドを打ってからの時間の経過は、とても早いものです。ひそかに手を合わせました。
 しかし、今日の惨状を見ることなく、今の逼塞感を知ることもなく逝ったということは、ある意味では幸せだったのかもしれないと思うものです。
 生きている者がそう思ってしまうほど、今はどこかがおかしいと感じます。これが、単なる私の感傷であるのなら無視していただいて構いませんが、私の感じることが現実の問題であるとするなら、たいへんです。
 とはいえ、生かされている自分が、なに故に今生かされているのか、考え、実行することが最も大切なことのようです。


 
夏至過ぎて(2011.06.24)
 6月22日の夏至とともに、気温は30度、不快指数90%?とでもいうべき蒸し暑さです。今年は節電対応の必要もありますし、この暑さ、先がおおいに思いやられます。
 原発の問題も殆ど進展はないようで、この間のやりきれない時間だけが、無為に過ぎていくかのようです。
 地震は続き、米国では大きな竜巻が何度も襲来しています。飛行機事故や洪水や干魃も、頻繁過ぎる気がします。
 何かが切迫しているような息苦しさばかりを覚えるのは、何故なのでしょうか。
 本当に、2012年12月に向けて、突き進んでいるのかもしれないと、本気で思えてならないこの頃です。
(メモ)
 埼玉県熊谷市で39.8度の最高気温を観測


 
蛇が出た(2011.06.21) 
 何気なく目の前を見たら、ガラス戸の向こう1メートルの侘助の枝に、蛇がいるではありませんか。私の蛇嫌いはかなりのもので、以前だとその姿をチラリと目にしただけで、怖じ気づいていたものですが、今はかなり鈍感になってきたとみえ、長い棒を手に、木酢液を抱えて戸外に出ました。
 微かに枝を揺すっていた蛇は、木酢液の一吹きで瞬く間に退散してしまいましたが、やはりいるのですね、我が家には。
 これまで、この季節になると忌避剤なるものを撒いていましたが、いろんな内輪のことに追われているうちに、忘れていました。
 というところで、地中に蛇が棲んだり、夏には蝉の幼虫が上ってくるということは、彼らも安心して暮らしているのかもしれない、と少し考えを変えてみることにしました。


 
鍼(2011.06.17)
 鍼には20年ぐらい前から通っています。最初、(肩こりから)左腕が猛烈に痛み出し、外科、整形外科にさんざん通っても改善しなかったのが、鍼に通った途端、1度で手応えを感じ、3度目ぐらいには軽快しました。
 以来、折々にお世話になっていますが、この1年は月に1度、定期的にお世話になるようにしました。行くと、「何かありましたか」と、こちらに覚えがあるときは、たちどころに必ずそう言われます。今日も、そうでした。
 私にとっては、神の手と言っても過言ではありません。


 
風邪(2011.06.15)
 1日の内に、何度も暑くなったり寒くなったりします。熱が出たり、引っ込んだりします。声がうまく出ません。
 この季節は、なかなか難しいものです。特に、私には。
 家のことで多少の心配があり、それもあるのかも知れません。
 PCもすっかり落ち着いてくれました。これだけでも、よしとしたいと思います。


 
マイクロソフト(2011.06.13)
 今回も業務用のPCを極安で仕入れたのですが、PCのメーカーが異なったためか、メール設定で難渋し、やっと今日なんとか使えるようになりました。この2日ばかりは、設定しても設定してもサーバと繋がらず、3つのメールソフトを試しました。
 それに、インストールを諦めていたOFFICE2007の不具合について、駄目元のつもりでマイクロソフトに問い合わせたところ、約1時間も付き合っていただき、無事にインスト−ルに至りました。3つの方法の最初2つが駄目であったため、私の方が音を上げようとするのに、担当の方の粘り強いことに驚かされました。
 この1点で、世の中捨てたものではない、と感激したくらいです。客の身になってのこういう粘り強いサービスが生きていたんだ、と改めて気付かされました。
(追記)
 戒壇院の菩提樹は、今ほぼ満開のようです。


 
梅雨本番(2011.06.11)
 梅雨本番となりました。じっとしていると、肌寒くなります。この時期の天候の変動には、注意しないと体調を崩してしまいがちになります。
 それにしても、昨日はよく降りました。たまたま帰省していたこともあり、乗り換えや移動の途中に、嫌というほど濡れました。動けば汗ばむほどで、止まれば冷えてきます。植物などには慈雨のようで、木々も、草も伸び出しています。 


 
PCの交替ほか(2011.06.09)
 使用中のPCの動きが鈍くなり、画面が赤茶けてきたため、PCの交替をしました。
 新しいPCは、業務用で極安のN社の製品。これまでF社の製品を使ってきましたが、機種が変わるとなにかと扱いが変わるものです。なにしろ、OSだけしか入っていないもので、なんとか使えるようにするために1日を要しました。それでも、OFFICE2007がインストールできないため、2000で誤魔化すことにしました。
 HPの方も、うまくいくやら心配です。
 戒壇院の菩提樹は、1分咲きというところです。係の方のお話では、明日は3分咲きくらいにはなるかもしれないとのことでした。


 
蛍の群舞(2011.06.07)
 昨日6日、都府楼跡の蛍の群舞を見ました。
 辺りが暗くなってすぐの午後8時前、理乃さんのブログで教えてもらったように、都府楼跡に出かけました。大宰府展示館側から北に向けての川筋を辿って行くと、橋があり、橋の右手奥に蛍はいました。多分百以上の白い光が、まるでクリスマスツリーでも眺めているかのように、いっせいに点滅するのです。
 蛍は、点滅しながら高く低く、遠く近くゆっくり舞います。言葉を忘れ、立ち竦んでしまいました。中には、目の前をすいすいと過ぎっていく光もあります。異次元です。まるで幽玄の世界に迷い込んだ、という感じです。
 幾組かの親子連れも、言葉を忘れて見入っています。
 しばし群舞を堪能し、大宰府展示館前まで戻る途中にも、あちこちで光っています。多分、水城小学校側の川沿いにも多くの光が見られたことでしょう。
 感動しました。自然が息づいているのです。
 世の中では重苦しいことが続いている今、このような素朴な自然の営みに出会うことが出来、痛む心がいささか癒された思いです。
(追記)
 7日は、本格的な降りになるまでにと、庭の草毟りをしました。4時間みっちり頑張り、なんとか我が家の分をこなしました。 
 

 
梅雨入り(2011.06.06)
 6月5日に、北部九州が梅雨入りしました。昨年より7日早く、平年並みだとのことです。なお、九州南部は5月23日に梅雨入りしています。
 今日はどんよりとした空模様です。どこか熱っぽく、鬱陶しい気分になるのは、やはり空模様のせいなのでしょうか。
 都府楼跡には、蛍が乱舞しているとの便りです。もやもやした気分をふり払い、蛍でも見に行ってみようか、などと思っています。


 
空理空論(2011.06.03)
 昨日の、衆議院での内閣不信任案をめぐるやりとりを見ていて、「世も末なのか」との感を強く憶えました。
 その前に、総理の人間としての質の悪さを、切に感じないわけにはいきません。
 しかし第一、この重大事に、野党が(与党の一部と結託して)内閣不信任案を出すという話からして、こんがらがります。まず野党の党首のことばが非常に抽象的で、具体的に何をしたいのかが見えません。第二に、与党の元代表者等の面々には、人を数としてしか見ていないような傲慢さと、狡猾さと、破廉恥さを感じます。
 この三竦みの人達が、延々と1日(本当は数ヶ月)を費やし、出来レースをやってみせました。これこそが、まさに「八百長の極み」といってもいいのではないでしょうか。
 被災地の方々はどれほどの失望を味わい、虚脱感に陥られたことでしょう。
 私たちも、「何かが終わった‥‥」というような、持って行き場のないような気分が拭えません。今、漠とした哀しさだけが押し寄せてくるのはなぜでしょうか。


 
草木の強さ(2011.06.02)
 草木が勢いよく伸びています。剪定と草毟りを、また数日かけてやらねばなりません。このところの気候不順のせいか、風邪気味で、首が回らないほどの肩の凝りがあります。
 木の芽時ということもあるのかもしれません。
 庭木の姿形もさることながら、雑草の強さに学ばねばならないのかもしれません。


 
気象記念日(2011.06.01)
 今日は気象記念日です。日本初の気象台である東京気象台(現在の気象庁)が設置され、東京で気象と地震の観測が開始されたことを記念し、東京気象台が1884年(明治17年)に制定したとあります。
 この頃、気象、特に地震への関心が嫌が上にも高まっています。
 また、福岡の気温の方は、この60年の間に、平均2度ほど上昇し、亜熱帯に近くなった? との記事が出ています。
 このことが、生態系や自然環境へどのような影響を及ぼすものであるか、たいへん興味深くもあり、怖くもあります。当然のごとく、四季の推移にも大きな変化をもたらしているようです。
 あたかも、節電を求められるこの夏は、いかようになるのでしょうか。


 
野に出でよ(2011.05.30)
 逼塞したからということだけではないのですが、下関まで出かけてみました。車を持たないから、高速バスを利用して、です。
 台風の余波の残る中を出発。途中30分ほど遅れて、約2時間で唐戸市場着。市場は台風の直後ということと、月曜日ということもあって、半分以上が閉まっていました。
 それでも、美味しい寿司、天麩羅など、さすがに下関です。魚が新鮮です。
 門司港にも渡りました。レトロ地区は、平日の風の中にもかかわらず、まずまずの人出のようでした。
 帰りには亀山八幡宮に参り、この街が生んだ林芙美子、金子みすゞの碑などを見ることができました。
 今、山や海は美しく輝いています。生命が萌えています。やはり、たまには野に出ることも必要だと思いました。特に、煮詰まってしまったときには。
 

 
二題(2011.05.25)
 逼塞した今の状況のなか、一部屋の模様替えをしました。
 洗面室の床を張り替え、洗面台を替えました。28年のうちに、床が撓むようになり、洗面台も水漏れをしたりし、黄ばんできましたので、思い切って替えました。
 丸1日の作業でしたが、床からは椋の木の香りがし、真新しい洗面台は気持を明るくしてくれます。贅沢はすまいということで、ずっと我慢してきましたが、たまに行うこういうことも、無駄ではないのですね。
 話題は転じて、我が国の東日本大震災に目を奪われているうちに、アメリカミズーリ州の大竜巻、アイスランドの大噴火、ビンラディン殺害、イスラエルの国境死守宣言、北朝鮮総書記の中国訪問、アメリカの新たな核実験、中国の大干魃等々、めまぐるしく世界は動いているのですね。これがなにを意味するのか私にはわかりかねますが、ものすごいスピードでのこれらの変転には、考えさせられるものがあり余るほどあります‥‥。


 
梅雨寒(2011.05.23)
 南九州が梅雨入りしました。北部九州も、びしょびしょの雨です。
 二日ほど前の30度の暑さから、一気に10度も下がりました。半袖から、冬物の長袖になり、それでも寒いのでジャンパーまで着込みました。
 気候不順な5月です。気持も一向に晴れません。
 2012年の黙示録なるHPを、真剣に読んでいます。この世の仕組みは、単純なものではないようです。そのことを、幼い頃から気持の底でずっと考えてきたという思いがあります。


 
木々の花(2011.05.21)
 これまであまり気に留めたことがなかったのですが、最近木々にたくさんの花が咲いていることに気付きました。
 シイ、クス、栴檀(アウチ)、シャリンバイ等々、辺りを一歩きしただけで、まるで雲が湧き出たかのように咲いているのですね。勤務中は、確かに目を留めて観察することもなかったのですが、ずっと以前から、こんなに木々の花がたくさん咲いていたのでしょうか‥‥。


 
黄檗展(2011.05.20)
 黄檗展に行ってきました。話に聞くのと、見るのとは違い、日頃接している仏教のイメージがすっかり変わってしまいました。
 印象は、長崎で感じる中国そのものです。寺そのものの形も雰囲気も違う。仏像も違う。日本の禅宗の醸す、侘びや寂び、というものとは縁がなさそうです。言うならば、きらびやかです。派手? です。明るいのです。異文化に触れるような思いでした。
 しかし、隠元禅師の書は、穏やかで優しい師の人柄がよく表れているようでした。


 
アセンション(2011.05.17)
 2012年問題のことばかり探っていたら、だんだんこの世のことが希薄に思えて来始めました。マヤ暦、太陽黒点、フォトンベルト、巨大惑星の接近、UFOの出現、もちろん自然災害の多発、戦争やテロの危機‥‥などと、私が日頃考えて来たことと一致することが次から次に現れ出て、なにか現実のことが陽炎みたいに思えてきます。
 アセンション(次元上昇)があるかないかは別として、今の文明が滅びるという私の幼い頃からの夢見が、だんだん真実味を帯びて迫ってきます。
 一方、今日のWEBニュースでは、英国の物理学者スティーブン・ホーキング博士が、「天国も死後の世界もない」と言っておられますが、さて‥‥。


 
弥生時代の風(2011.05.14)
 吉野ヶ里公園に行きました。鳥栖から4つ目の吉野ヶ里公園駅で降り、20分近く歩きます。
 公園の中は、緑が鮮やかです。風が花の香りに満ち、涼やかに吹いていました。
 弥生時代前期(吉野ヶ里の場合:約2,500年前)、中期(同2.200〜2,100年前)、後期、(同:2,000年前)のそれぞれの土器や甕棺、埋葬品(銅剣、菅玉)、銅鐸などの祭祀道具、銅製品、鉄製品、農耕具の移り変わりなどが、資料としてふんだんに展示してあります。
 やっぱり、と思ったのは、生活が落ち着いてくると貧富の差が生まれ、支配者や被支配者の関係が出来、そのため環濠をめぐらし、土塁を設け、逆茂木などを置いて村の防御に当たったという、争いにかかることが発生しています。やはり、人間だなと思いました。
 再現された竪穴住居に入り、なかなかの住みごこちのよさに感心しました。高床住居にも、主祭殿などにものぼり、弥生時代の生活も悪くはないな、と思った次第です。
 好天の元、異文化の体験を存分にした気分でした。


 
パソコン(2011.05.13)
 現在XPを主に、VISTAをSUBに使っているのですが、XPの方が6年目に入り、動きがだんだん遅くなってきたため、チェンジのつもりでWINDOWS7について検討してみました。HDDやMO等の周辺機器、プリンタ、使用ソフトなど、WINDOWS7になると対応していないのが多くあるのですね。
 このチェックに当たっては、周辺機器等はその会社にそれぞれ問い合わせる必要があり、なかなかそこの対応も心地よいとは言えないものでした。
 結局、現在のXPで行こうと決心したのですが、これがダウンロードを行っているのが限られ、またここで悩みました。
 今となっては、思い切ってWINDOWS7にしていた方がスムーズに行ったのかもしれませんが、XP環境でないと使えないものも多く、考えさせられました。
 ところで、どうしてこんなにパソコンの仕様? が変えられるのか、不便極まりません。せめて、周辺機器やソフトが使える状況で変えてもらえれば、何の問題もないのですが。以前98からXPに変えたときは、どこも痛んでいないプリンタなど一式を替えねばなりませんでした。


 
久しぶりの雨(2011.05.11)
 まとまった雨になりました。考えてみれば、雨らしい雨は降っていなかったので、慈雨とも言われています。
 雨が多少降っただけで、部屋の中が湿りを帯び、カビ臭ささえ感じられるのですから、我が部屋の乱雑さ加減を公開するがごとしですが。
 ともかく、いつも見える山々は見えず、槇や、柿や、椿の葉末に雨滴が光を溜め、瑞々しい眺めを作ってくれています。


 
いきなり30度(2011.05.10)
 この頃、地球のリズムもおかしくなっているのかも知れません。いきなり30度です。
 最初、自分に熱でもあるのかしらん、と訝ったほどです。暑い。ほんの2日前までは、ぼってりした冬服をまとっていたのに、です。
 だんだん季節そのものが変わってきたように感じるのは、私だけでしょうか。


 
終わりと始め(2011.05.09)
 以前、職場で、ある行事をどう進めて行くかということで、侃々諤々の議論が行われていました。その場のこみ入った事情を知らなかった私は、「○○日には、このことはもう終わっている筈ですね」とつい言ってしまい、大顰蹙を買ったことがあります。
 しかし、どんな嬉しいことも、どんな困難なことも、どんな悲しいことも、ある時期に至ると終わり、後に誰もいない波打ち際を、ただ波が洗うような日がやってくる図を思い浮かべる私の性癖は、直りません。
 これはなんだろう、とずっと考えてきました。


 
連休の終わり(2011.05.08)
 いつになっても、なにかが終わるということは、もの悲しいものです。
 人によっては10連休。10連休だろうと、15連休だろうと、終わってしまえばなんだったのだろう、という感がなきにしもありません。
 なにかが終わるということ。これがなにゆえにもの悲しいのだろうと、ふと考えました。このことについては、少し時間をいただきたいと思います。


 
蛇(2011.05.07)
 昨日夕方、少し山手に入ったところの舗装道路で青大将を見かけました。まだ生まれ出たばかりかもしれないのですが、かなり大きいくせに、動きは緩慢でした。
 靴音に気付いてか、ゆっくりと道路を横切り、反対側の草叢に消えていきました。
 昔から蛇が大嫌いで、見つけるなり身の毛がよだったものですが、最近は少しだけ観察できる余裕があります。
 蛇や、蚯蚓や、野鳥がいてくれる場所に、今、地震などの災害はないだろうという思いもあります。というより、なにもかも人間の都合のよいように環境が変えられたことにより、地球だって怒っているんではないか、という思いもあります。


 
立夏(2011.05.06)
 立夏です。5月に入りました。
 昨日は食事会に招かれ、楽しいひとときを過ごしました。
 下手な悩みは捨てます。後ろへ、後ろへと引っ張っていくような考えにはとても納得できません。前を向きます。やりたいことがあります。勿論、体調などとのかねあいを大事にしながら、やっていきます。
 これは、大袈裟に言うならば、私なりの使命でもあります。


 
子供の日(2011.05.05)
 自分には、子供の日なんてなかったな、と考えます。
 子供の日も、正月も、お祭りもありませんでした。ただ、厳しい躾がありました。子供など存在していないかのようでした。物のように存在していたのかもしれません。
 そう言うと、周囲に当たることになります。甘えるということなど、なかったのです。しかし、それは事実です。夢など見てはいけなかったのです。
 終戦後でしたが、まだ、終戦を知らなかったのかもしれません。


 
黄砂降る(2011.05.03)
 この数日、ひどい黄砂が続きます。遠くない前方が、まるで靄がかかっているように見えます。
 天気もすっきりしません。朝夕の寒暖の差も激しいようで、なかなか活動的になれません。きれいに毟ったばかりの草が、また伸び出しています。
 鬱陶しいと言えば、世界の情勢が混沌としてきたかのように思えます。
 こう殺戮や戦乱が続くということを、どのようにとらえたらいいのでしょうか。
 あまつさえ、天災が続きます。あるいは人災と言うべきものかもしれませんが、自然の猛威はいよいよ苛烈になってきた感があります。私たちの向かうべき方向はどこでしょうか。太陽の黒点の活動のせいではないでしょうが、もはや磁場が狂いつつあるのかもしれません。


 
5月です(2011.05.02)
 5月といえば、これまであまり良い想い出はありません。いつも、変化の時であり、ポイントになっています。
 この5月、好転する方向へのポイントとなってくれれば、と願うものです。


 
4月がゆく(2011.04.30)
 3月は大震災のとき。4月も大震災後の対応などに明け暮れました。
 4月がゆきます。季節の春はきちんとやってきましたが、初夏から以降はいかがでしょうか。この、気持がなにやら落ち着かないのは、私の個人的な思いからなのでしょうか。風の音が、ゴウゴウと激しく鳴り、舞っています。
 明日を信じ、夢を語り合うことのできる日々が来てくれんことを、祈ります。


 
新芽伸びゆく(2011.04.29)
 新芽がキラキラ輝き、スクスク伸びていきます。
 今の時期が大切です。毟ったり、千切ったり、より早く伸ばそうとして妙な薬など与えたりしたら、せっかくの芽を摘んでしまうことにもなりかねません。大きく、自由に伸びてほしいものです。
 これは、私たちの生き方にもヒントを与えてくれそうです。


 
春風強く(2011.04.28)
 春の風が吹き荒れています。嵐かと思うほどです。
 記憶にある限りでは、私の春はいつも嵐のようです。
 この嵐を乗り越える楽しみが、ないわけではありません。この大きな変化の季節、風に逆らわず、一喜一憂することなく過ぎゆくことです。そうすれば、初夏が来、盛夏が来、実りの秋が巡ってくるということにもなりましょう。


 
草毟り、風通し(2011.04.27)
 無人となった庭には、草だけがどんどん伸びるものです。昨日、少々暑い中、半日以上草と格闘しました。庭木の伸びも、いくらか伐りました。大変です。ゴミ袋8個にもなりました。
 無人の家は、ときどき風を入れねばなりません。突風が吹きまくっておりましたが、窓を細めに開けて、半日風を通しました。
 多いときは賃貸人も入れ、10数人がいたところが、ほんの数年のうちに無人になりました。人の世は、先行きなど読めぬものだとつくづく思ったものです。


 
田中好子さんのメッセージ(2011.04.25)
 21日に亡くなったアイドルグループ「キャンディーズ」の元メンバーで女優、田中好子さん(享年55)の葬儀・告別式が25日午前11時から、東京・青山葬儀所で営まれました。告別式の際、御本人からのメッセージがテープで流されました。
 感動の内容です。その全文を、以下に紹介させていただきます。
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こんにちは、田中好子です。
きょうは3月29日、東日本大震災から2週間経ちました。
被災された皆様のことを思うと心が破裂するような、破裂するように痛み、ただただ、亡くなられた方々のご冥福をお祈りするばかりです。

私も一生懸命病気と闘ってきましたが、もしかすると負けてしまうかもしれません。
でもその時は必ず天国で被災された方のお役に立ちたいと思います。
それが私のつとめと思っています。

今日お集まりいただいたみなさまにお礼を伝えたくて、このテープを託します。
キャンディーズでデビューして以来、本当に長い間お世話になりました。
幸せな、幸せな人生でした。心の底から感謝しています。
特に蘭さん、美樹さんありがとう。2人が大好きでした。
映画にもっと出たかった。テレビでもっと演じたかった。
もっともっと女優を続けたかった。
お礼の言葉をいつまでもいつまでもみなさまに伝えたいのですが、息苦しくなってきました。
いつの日か、妹・夏目雅子のように、支えて下さった皆様に、社会に、少しでも恩返しできるように復活したいと思っています。
かずさんよろしくね。その日までさようなら。


 
選挙戦(2011.04.23)
 統一地方選挙の第2弾も終盤、明日が投票日です。路地にまで選挙カーが入り込み、かなりのボリュームで候補者の名前を連呼します。
 この頃、政権だの議席だのということばが、虚しく聞こえてきます。うまく説明はできませんが、政治不信に陥っているのかもしれません。
 連日、カジ取りが云々などと伝えられてきます。何を信用すればいいのか、が元から崩れかかっているのかもしれません‥‥。
 まだ、無政府状態にならないだけよいのだろう、と慰めることにしています‥‥。


 
復興なるか?(2011.04.22)
 大震災の現地を菅総理が訪問し、「復興気分?」を作ろうという考えのようですが、果たして簡単に進むのでしょうか。
 勿論、現地の方々が一刻も早い復興に向けて動き始められていることについては、喝采するものです。
 しかし、問題は「原発」です。原発についてはまだ、工程表が出されたに過ぎません。この工程表をもって、話題を一挙に変えようという意図が見えないではありません。原発事故は、まだ殆ど手つかずのままなのではないでしょうか。
 ここに茶々を入れるつもりなど何もないのですが、菅総理が現地を訪れただけで問題転換? と、どこかで話がすり替えられているような気がしてなりません。


 
三十三茶屋(2011.04.21)
 理乃さんの太宰府便りで紹介いただいた三十三茶屋に、行ってきました。
 とても素敵なお店で、太宰府政庁前にこんな落ち着いた、くつろぎの空間があるとは知りませんでした。
 お店の雰囲気がとても清潔で、オーナー御夫妻の人柄に癒されます。最初に出されるほうじ茶も甘く、おむすび膳も山菜を多く用いた、心に残る味でした。
 このお店には、きっと心やさしい人々が集うのだな、としみじみ感じました。


 
草を毟る(2011.04.16)
 あれやこれやと鬱陶しい気分の中、一念発起して庭の草毟りをしました。
 春が来たかと思いつつ見逃している間に、草はびっしりと芽吹いていて、狭い庭なのに、一日を費やしてしまいました。それにしても、雑草の生命力はすごいものです。
 爪は泥だらけ、腰はよれよれになり、悲鳴をあげています。
 草毟りは、終わったわけではなく、今始まったばかりです。


 
2012年問題(2011.04.15)
 こう、いろいろの災害や事変が続くと、忘れかけていた2012年問題が頭を過ぎってしまいます。
 地震や地殻変動の多発、争いの勃発、地軸が傾き、人類の大方が死滅する‥‥というような内容でしたが、まんざら作り話とは言えないものが感じられます。
 では、どうするか。そうでなくても、どうするか。
 今、人類の有り様への問いがなされているということは、私の(当てにならない)山勘からしても、むべなることではないかと感じられます。


 
レベル7(2011.04.14)
 福島の原発事故が、とうとう最悪のレベル7にまで至りました。
 この間の対応については見てきたとおりですが、本当に全てが公表されているのかどうかがわからない、信用しようにも出来かねる、という段階まできました。
 今は、この状態がより悪化することのないよう、祈るばかりです。
 人間に制御できないものを持つということ。これは、よくよく考えねばならないのではないでしょうか。NOの場合は、本当にNOと言わなければならないのではないでしょうか。
 東北の関係者は、復興に向けて立ち上がっておられます。その意欲に水を差す汚染の拡大であり、風評被害等の恐れがあります。それは、ひいては、我が国、世界へと影響を広げていきます。大戦の被爆国が、核による加害国へ、とは悲し過ぎます。
 それでも、「頑張れ日本」と叫びます。


 
桜だより(2011.04.10)
 いつの間にか4月になり、福岡では桜の満開のときも過ぎつつあります。
 3月、4月と重い気持を引きずったままですが、都府楼の桜は何事もなげに、千四百年目の春を迎えたよ、という表情で咲き誇っています。筑前国分寺のしだれ桜も、千三百年目の春を待ちこがれたかのように咲いています。
 福島のいわき市でも、震災にもめげずに花開いたとの報せがあります。
 心を入れ替えるべきは、私たちの方でしょうか。


 
諸外国の支援(2011.03.31)
 原発問題は、20日間が経過、我が国だけの力では解決が出来ないようです。私に詳細がわかるべくもないのですが、当初から仏、米等の諸外国から「これは世界の問題だから」ということで支援の打診がなされていたようですが、20日間もの長期にわたり、諸々の手は尽くしたものの、結果として事態を放置するということになってしまいました。
 昨日今日になって、仏、米等核先進国からの支援の手が差し伸べられることになったようです。この支援によって、事態がなんとか好転の方向に向かうことを切に祈るものです。


 
悲惨な3月(2011.03.28)
 これまで、このように悲惨なことは経験しませんでした。考えもしませんでした。
 大地震、大津波、原発、多くの死傷者、家屋等の倒壊、流出‥‥書き上げるのも辛いです。当事者の方々のことを思うと、居ても立ってもいられません‥‥。
 3月は、別の意味で私自身にも問題を投げかけてきました。全くの理不尽な話です。
 とにかく、辛い3月です。その3月が、過ぎ行こうといています‥‥。


 
言葉なく(2011.03.15)
 大地震、大津波の大惨事に、言葉もありません。
 この福岡にあって、何ができるであろうか、と頭を抱え、何も具体的には進んでおりません。何もできずに、本当に申し訳ない。どうか、どうか励まし合って、精一杯耐えてください、と言うことしかできません。
 今朝、中国の元学生さんからメールが入り、我が国のことを心配しておられました。
 遠方にあっても、多くの人々がこの大惨事のことを見詰めてくれています。それらの気持がパワーとなって、被災された方々をほんの少しでも励ますことになればと考え、筆をとりました。


 
震災お見舞い(2011.03.12)
 3月11日(金)14時46分頃に発生した巨大地震[M9.0(8.4→8.8→9.0に訂正)、震度7:東北・関東大地震(阪神大震災の1,450倍:世界歴代4位の規模)]の被災者の皆様、関係者の皆様に、心からお見舞い申し上げます。
 地震や津波の恐ろしさについては、頭ではある程度理解していたつもりでしたが、現実のものとなると、ことばを失ってしまいます。
 怖すぎるし、痛すぎます。人も、家も、田畑も、職場も、車も、想い出も‥‥なにもかもが、一瞬にして潰えてしまうこの恐怖。どうしたらいいのでしょう。本当に、どうしたらいいのでしょう‥‥!!
 心も、体も、これまでに築き上げてきた何もかもが‥‥これから、どうやって生きていけというのか‥‥ことばもありません。‥‥どうか、この痛みから、何とかしてのがれるべく、頑張っていただきたいと願うものです。


 
3月は(2011.03.05)
 ちょっと、沈んでいます。この時期、これがきます。扱っている作品のせいかもしれませんが。
 落ち着いて、勇気を出さねばなりません。
 博多駅に新しいデパートができたようで、連日20数万人の人出だそうです。人混みに入れない私は、出かけたりしませんが、出かけたとしてもデパートには、私の居場所はなさそうですね。
 そうです、九州新幹線鹿児島ルートの開業が12日だとのことです。なににせよ、街に笑顔があふれるということは、嬉しいことです。


 
携帯電話ほか(2011.03.02)
 先日の入学試験において、京都大学の入試問題がインターネットの質問サイトに流され、その解答を書き込んでもらうという新手のカンニング事件が起きました。いったいどうやって問題の流失の事態が起きたのか、ということは置いて、このIT関連の技術が予期しない方向に使われていることは、ITオンチの私には驚くことばかりです。入試問題の流出は、早稲田大学、立教大学、同志社大学においても行われたということのようで、今後の調査が待たれるところです。
 携帯電話は、つい先日の大相撲の八百長のやりとりにも使われ、これまでないとされていた八百長が存在することの動かせない証拠となったばかりですし、風俗関係に悪用されたりすることなどが日常化しているようです。私のように、通話とメールだけで用を満たすなどは問題外のことのようで、いったいどんな使われ方をするのか、どのような使い道があるのか、ちょっと怖くなるような現実がそこに潜んでいそうです。
 インターネットにあっては、中東各国に政権打倒のうねりを引き起こしており、これも新たな歴史の中心の役割を果たしそうです。
 とにかく、いったんネット上に出た情報等は、どこでどのように使われるのか、そのような強烈なびっくり箱の存在に、‥‥悩まされたくないのが本音です。


 
NZ地震(2011.02.26)
 2月22日(日本時間午前8時51分頃)に、ニュージーランド・クライストチャーチ市で震度6強の大地震(M6.3)が起きました。ニュージーランドには、生きた語学(英語)を学ぶため、毎年我が国など約20か国から多くの若者たちが訪れています。その語学学校の「キングス・エデュケーション」が入ったCTVビルが全壊するなど、大惨事が発生しました。
 現在死者は123人となり、行方不明者約200人と発表されています。25日(日本時間午前9時前)には、生存率が著しく低下するとされる72時間が経過しましたが、援助隊は、24時間体制で救出活動を続けています。
 今回の惨事は、「どこの、誰の責任?」というものではないのでしょうが、自然の猛威のこととはいえ、「何故、どうして!」ということばを発せずにはいられません。


 
寒暖の差(2011.02.20)
 どうかすると、昼間の気温が15度前後まで上がるときがあります。しかし、まだ2月です。朝晩は零下となる日も少なくありません。
 寒暖の差が激しいのです。昼間など、少し戸外に出ると、オーバーも、手袋も、襟巻きも不要なくらいに温かく、どうかすると汗ばむほどです。それが、日陰に入ると途端に真冬の寒さに見舞われます。
 この二、三日の陽光を浴び、梅がいっせいに花を開かせ始めていますが、朝晩の寒さは真冬の厳しさですから、花の方もおそるおそると開きかけているようです。
 今の時期、中東では、連日政権打倒を求めるおおがかりなデモが続いています。チュニジア、エジプトでは、本当に政権が倒れてしまいました。
 これらの行方がどういうふうに展開していくのか、我が国の閉塞した状況はどのような方向に進むのか、なかなか目が離せない寒暖の日々です。 


 
若田さん(2011.02.17)
 宇宙飛行士の若田光一さん(47)が13年末から国際宇宙ステーション(ISS)に長期滞在し、コマンダー(船長)として指揮を執ることが決まったということです。日本人がコマンダーに任命されるのは初めてで、来月末から長期滞在に向けた訓練に入るとのことです。
 若田さんが宇宙へ行くのは96年の初飛行以来4回目。09年には、日本人初のISS長期滞在に臨み、4カ月間滞在して日本実験棟「きぼう」を完成させました。10年3月からは米航空宇宙局(NASA)のISS運用部門の責任者を務めるなど、軍人出身者が多い宇宙飛行士の中でも抜群の指導力を発揮し、参加各国の信頼が厚いということです。
 コマンダーに任命されるのは、米、ロ以外では、ベルギー、カナダの各1人についで、3人目の快挙だそうです。(以上:毎日新聞ニュースから)
 フレンドリーな性格で、仕事を的確にこなし、チームのまとめ役としても抜群の力を持ち、かつ、明るく前向きなところが抜擢された理由だ、とのコメントもあります。ともかく、日本人にだけではなく、私たちに、夢を持ち、努力すればかなえられる、ということを実証し、大きな希望と勇気を与えてくれた嬉しいニュースです。


 
白一色(2011.02.12)
 昼前から降り出した雪が、午後には、白一色にあたりを染めてしまいました。赤い花の咲いた山茶花も、槇の垣も、椿も、侘助も、躑躅も、芽を出そうとしている紅葉も、雪柳も、柿も、花芽を開かせようという水仙も、梅も‥‥庭木は、ふんわりと頭に雪を載せて嬉しそうです。
 通りの向こうでは、洋風の家、和風の家、新築の家、空き家も、屋根にすっぽりと雪の帽子を被って、得意そうです。
 太宰府の雪は、この冬、三度目でしょうか。いや四度目かもしれません。雪の太宰府は静かです。古都の都、都府楼跡を歩いてきましたが、見渡す限りの白でした。


 
大相撲:続(2011.02.10)
 白鵬が奇妙な発言をしましたね。母国語が異なるので、言い回しの難しさにはある程度の割引をしなければいけませんが、「(八百長は)ないと言うほかないではないですか」との意味は、なんとも微妙ですね。
 私は以前から触れるように、白鵬に、ある意味の悲運を重ねて見る癖があります。強いけれども強くない、弱くはないが強くもない。これは、私の勘にしか過ぎないのですから、多分当たらないのだ、と思っていただいた方がよろしいのですが。
 このコラムで、不平や不満の類のような表現が多く出てきました。もっと、明るい話題を率先して載せるようにしないといけませんね。マスコミ批判のようなことばかりをしているようで、恐縮しきりです。
 立春も過ぎ、少しずつ暖かくなってきました。植物の芽は、来たる季節を待ちかね、はちきれんばかりの芽を膨らませています。希望を持ちたいと思います。


 
大相撲ほか(2011.02.07)
 大阪の春場所中止。たいへんなことになりましたね。
 人情や利害が絡めば、無気力相撲(八百長)が発生しないとも限りません。しかし、そこは勝負の世界であり、真剣勝負のステージです。わざと手心を加えたでは、見る方や応援する方はたまりませんね。
 といって、膿を出し切り、「ガチンコ」に変貌。では、もう大相撲ではなくなるような妙な気もしてくるから、不思議です。あの、アンコ型のひょうきんなお相撲さんの姿が見られなくなる、というのも淋しいことです。
 ドスコイ、ドスコイという風情は、ガチンコ力士ばかりでは出せないことなのかもしれませんね。例えがおかしいかもしれませんが、野球の場面だとすれば、一塁に出れば必ずバントという戦術になるというような、個性のない相撲に変貌しそうな予感大です。では、このメール問題を見過ごしてよいのかと言われると、そうではありません。いやはや、なんともコメントのしようがない淋しさです。
 ついでに野球やゴルフの方も。スポーツニュースは、連日斉藤投手のことばかり報道していますが、やはり問題の中心にあるのはマスコミですね。マスコミが人を作り、育てていくのでしょうね。斉藤投手が上手く育っていけばこの上ないことでしょうが、他に報道すべき選手は多い筈。かつての巨人、大鵬、卵焼きも「made in マスコミ」なのではないでしょうか。
 これが、貴乃花関であったり、福原愛選手であったり、石川遼選手であったりというわけで、島国は「ごっこ」が好きなんでしょうね。同じことが、他の諸々にも言えたりするのかもしれません。


 
2月到来(2011.02.02)
 2月になりました。4日からは立春、いよいよ春の到来です。
 とは言え、春の到来には未だ久し、の感があります。1月の寒さはまだ名残を留めていますし、新燃岳の噴火、鳥インフルエンザの流行、国外ではエジプト情勢の急変など、厳しい話題に事欠きません。
 それほど冷えている、という表現が当たっているのかもしれません。
 私自身も、歯の痛み、風邪、多分これらから発するのであろう落ち込みに萎んでいるのですが、自身を鼓舞する意味でも春を待ち焦がれているということにいたしましょう。


 
日韓戦(2011.01.26)
 昨夜の、サッカーのアジア・カップ日韓戦に見入ってしまいました。野球でも相撲でも、開始前に「なにかの予感」があるのですが、昨夜は「悪い予感」はなく、前半のPKで1点を先取されたときも、延長後半の終了間際に2対2の同点に持ち込まれたときも、その感は揺るぎませんでした。
 もちろん、韓国が得意とする縦パスからの攻めにもほぼ確実に対応できていましたし、反対に左右のサイドからの攻めで韓国を苦しめ、流れの中で得点するという攻めの姿勢が貫かれていたからだと、(素人の私も)見ました。なにより、左サイド突破からの縦の攻めで2点を得た場面は、見る方を十分強気にさせました。
 その流れが、PK戦にも生きていたのでしょう。川島のガッツあふれるセーブは、韓国のあせりがもたらしたもののようでした。ともかく、良い試合を堪能させてもらいました。


 
東京(2011.01.25)
 三日間ほど東京に行ってきました。用向きは銀華文学賞の授賞式のためですが、私は末端の奨励賞ですから、たいしておめでたさもありません。これまで、授賞式の類には(仕事のこともあり)出席したことは殆どありませんが、やはり出席してよかったと思いました。
 それにしても、東京。私たちのような者にも、大きな勇気と示唆を与えてくれます。もちろん、世界の中の日本ですから、もっともっと広い世界があることは承知の上です。
 東京―特に文芸に関わる者にとっては、憧れの地です。出版社、書店の本社が建ち並び、才能も多く集まっています。その雰囲気に浸れるだけでも十分ですし、実際その街並みを見られたということだけで、次に繋がっていく何か、があります。
 次は、自分が選択されんことを願い、そのためにはどうしなければいけないかを考えさせられます。
 それにしても、東京の天気は連日晴。まっ晴れです。朝夕の気温こそ2〜3度というところらしいのですが、昼間になるとコートが邪魔になります。羽田の国際線ターミナルでは、雲一つない青空を、次々と各国の飛行機が離発着していました。
 三日間を過ごした西葛西、二日間を過ごした神楽坂の佇まいが印象に残っています。中でも、神楽坂は授賞式のあった街でもあり、下の子が暮らす街でもあります。路地から路地へと歩き、とてもお洒落で美味しい食事を堪能しました。


  
過ぎゆく(2011.01.21)
 2011年も20日が過ぎました。この間、諸々のことがあり、いつもの時間どおりに過ぎていったわけですが、いったん過ぎ去ってしまうと、一瞬にも等しいものであることがよくわかります。
 時間というものは、それぞれの置かれた事情によって、長くも、短くも感じられ得るのですが、どんなに嬉しく、どんなに悲しく、どんなに重要な時間であっても、時間の矢はもはや過ぎ去ってしまっているのです。もっとも、時間旅行ということでも可能になれば、時間を乗りこなし行くという理屈も出て来るのかもしれませんが‥‥。
 さて、2011年、どう来たり、そして、どう過ぎ行こうとしているのでしょうか。


  
白鵬の弱さ(2011.01.20)
 2010年九州場所2日目に稀勢の里に破れ、連勝記録を63で阻止されたた白鵬が、2011年初場所の11日目にも土を付けられました。
 これまで、相撲関係者の殆どは白鵬の盤石の強さをことごとく口にしてきました。それは、99パーセントの確率で当たっているといえましょう。しかし、白鵬の相撲に、かつての大鵬の揺るぎない他を圧倒的する強さや柔らかさというものや、朝青龍の有無を言わせぬ勝負強さというものを感じないのは、私だけでしょうか。
 それは、例えて言えば、野球界の長島氏と王氏に違いを見るようなものです。勿論、両者ともにすばらしい成績を残してきました。数字の上では、王氏の方が長島氏を上回っているといえましょう。けれども、ここ一番の勝負では、長島氏に軍配が上がるのではないかと思われます。
 そういう野性的な強さを手にしたとき、白鵬は自身が目標とする双葉山に真に迫り得るものと思われます。相撲は、まさに一対一の勝負です。2011年初場所の11日目の白鵬は、対戦前から、明らかに気負いに満ち、迷い、平常心を欠いていたようです。普段から、心優しいといわれる白鵬の、さらなる向上への通過点であれば幸いである、と思うものです。


 
冷え続く(2011.01.19)
 毎日冷たい日が続いています。考えてみれば、12月の中頃以降ずっとこんな天気です。例年より5度ほど寒く、空は来る日も来る日もどんよりしています。3回ばかり、大雪も降りました。
 今一つリズムにのれないのは、そのせいなのでしょうか。つい、マイナスのことばかりに思考が行きます。「自分は、なんというわがままなんだろう」と、沈み込んで行くのは、天気のせいだけではないのですが‥‥。


 
国立博物館(2011.01.14)
 昨日束の間の晴れ間に、国立博物館の催し、ゴッホ展に行ってきました。博物館は妙心寺展以来になりましょうか。近くにありながら、足を運ぶことにはなかなか至りません。
 平日でしたので、それほどの大混雑ではなかったようです。(これまでずっと職にあったことで、平日に出歩くことに慣れず、いまだ、どこかに罪悪感を感じます。)
 認識不足だったことを恥じますが、ゴッホの絵は荒々しいものとの先入観を持っていたのでしたが、実際に絵を見ると、とても繊細で、明るく、癒されるような精密なタッチの絵なのです。
 ゴッホの絵は、20歳後半になってからの独学で、いくつもいくつも印象派の画家などの模倣とデッサンを重ね、構図の研究をし、日本の浮世絵版画にも影響を受け、狂おしいほどの努力の末、あの点描とハッチングの、情熱的な独特の画風に至ったのだそうです。
 有名な自画像もさることながら、「サン=レミの療養院の庭」、「草むらの中の幹」などの風景画に安らぎを覚えました。炎の画家とも言われるゴッホが、情熱の画風の裏に、とてもナイーブな精神を隠し持っていたのだな、と真底感動した次第です。


 
ランドセル(2011.01.13)
 匿名の善意「タイガーマスクのランドセル」が、全国で広がりを見せています。
 プロレス漫画『タイガーマスク』の主人公「伊達直人」を名乗る人物から、昨年末(2010.12.28)に群馬県の児童養護施設へランドセルが届けられたことを皮切りに、全国各地の施設へ匿名の寄付が相次いでいるとのことです。
 いろいろな意見がないわけではありませんが、こういう行為が行われるということは、人間が信じるに値する存在だ、ということを教えてくれている確かな事実だと感じ、とても嬉しく思うものです。


  
素心蝋梅(2011.01.07)
 この約1ヶ月近くの寒さはどうしたことでしょう。
 特に、年末年始は、強風、雪、雷、霧、曇天の厳しい寒さが続くという天候で、毎日冷え切っています。今朝の朝倉市は氷点下4.6度という冷え込み。平均気温も平年より4度ほど低いということです。
 私は4月から勤務がなくなりましたので、それほどの寒さを感じずにいますが、例年のように職のある生活だったら、きっと風邪で早々にダウンしていたことでしょう。
 本を読み、書き、できるだけ歩き、必要な家事をこなし、組のお世話などをし、他の方のブログなども丹念に読ませてもらうという、これまでの生活スタイルからは考えられないような日々を過ごしています。
  そのブログのなかで、素心蝋梅という清楚で可憐な花のことを教えていただき、夏場の乾燥で枯らしてしまい、かねてから補充のことを考えていた沈丁花とともに、さっそく苗を注文しました。
 とても楽しみではありますが、狭い庭にどう配置すべきかを考慮中というところです。


 
 2011年到来(2011.01.01)
 2011年が到来しました。寒い元旦です。
 皆様はどのような新年をお迎えでしょうか。
 この年が、活気に満ちた良い年であることを祈るばかりです。
  私も気持を入れ替え、ベクトルをプラスの方向に向けることに努力したいと思います。やるべきことは多くあります。高い山の頂はまだとてものぞめないものの、その麓のあたりまでやって来ていることを信じ、トライしていきたいと思います。
 皆様には、本年もよろしく御指導等くださるよう、お願い申し上げます。


   
寒風(2010.12.31)
 冬がなければ春はきません。当たり前のことですね。
 冬は、自らの至らなさを反省したり、非道なことをしでかしたり、努力や工夫がまだ足りなかったことに思い至らせるために、用意された配剤とでもいうべき季節ではないでしょうか。例えば、己の高慢ちきな所作を、そうであったのかと考えさせたりするために、あるのだと思うのです。私など、どれほど考えるべきことがありましょうか‥‥。
 しかし、これは私だけに当てはまることであるかもしれませんので、そうでない向きにはなにとぞ御海容に願い上げます。


  大荒れ(2010.12.30)
 日本海には、上空約5000メートルに氷点下36度以下の寒気を持った発達中の低気圧があり、31日にかけて日本海に停滞するといいます。低気圧が急速に発達するため、30日から31日にかけて、西日本を中心に非常に強い風が吹き、大しけとなり、31日にかけて平野部でも大雪となる所がある見込みだそうです。気象庁では、暴風や高波、大雪に警戒を呼びかけています。
  以上は、WEBの天気概況からの引用ですが、この半月ほどは冷たく、風が強く、雪にも見舞われ、凍てついています。太宰府の雪景色は情感に満ちたものですが、木々を薙ぎ倒すような強風(20数メートル)の方は、あまり経験しないことです。いわんや、雷ともなれば気持がよいものではありません。
 2010年、やはり大荒れのままで終わりそうですね。


 
問題多く(2010.12.29)
 昨日の夕刊にも出ていましたが、今年は「問題山積の年」でした。政治の滞り、国境問題、経済の停滞、雇用不安、環境異変等の問題の多さ、難しさに驚かされました。
 一方で、チリ鉱山からの救出、はやぶさの帰還、根岸さんらのノーベル化学賞受賞等々の喜びも多くありました。
 私の身辺でも、これまでにない問題が多発し、しかし、それがなんとか一応の収束の方向に向かってくれた年でもありました。
 これらの問題のことを糧にし、明日へと向かっていきたいと考えているところです。


 
冬至(2010.12.22)
 5〜6日前の厳しい冷えこそないものの、まぎれもない冬がやってきました。
 冬ということばに表されるように、今の状況はなにもかも冷えている、といっても過言ではありません。就職難に始まり、仁義のない競争社会、格差の拡大、高齢化社会、グローバル社会、希望の見えない社会、訴訟社会‥‥と並べていけば、その閉塞感ゆえ自分の呼吸すらうまくできません。
 こう閉塞の内にばかりあるのは、どうもよくありません。精神衛生上よろしくありません。冬至の今日を境に、わずかでも明るいきざしが見えないものかと心から念じるものですが‥‥。


 
解決へ(2010.12.10)
 この半年来胸を苦しめてきたものが、少しずつ薄らぎつつあります。周囲の皆様の御援助に、心から感謝申し上げる次第です。
 特に、昨日、U先生からいただいたお言葉、「愛」、「信頼」、「明るさ」というその内容に、どれほど心を安らげ、安心することができたことかと思います。
 世間は、まだそんなに壊れてはいない、と実感いたしました。


 
12月好日(2010.12.05)
 いつの間にか、12月に入りました。昨日、今日と快晴。穏やかな好日です。
 昨日は、国分寺(筑前国分寺)まで歩きの足をのばしました。奈良時代に聖武天皇が建てられた同寺は、都府楼跡を経て、やや高台に2キロほど歩いたところにあります。往時の広い礎石の西端に寄った恰好で現在の建物があり、本堂には平安時代後期の薬師如来坐像(重要文化財)が安置されているとのことです。
 清潔な庭で気持を和ませ、しばし佇みます。
 国分寺の屋根の向こうには、四王寺山のなだらかな稜線が真青の空に広がっていて、この地に来ると胸一杯に息を吸い込むことにしています。


 
気怠く(2010.11.28)
 風邪のせいかもしれません。何か気怠く、集中できません。11月は最も調子がよい筈なのですが、職を辞めて8月、この緊張感のなさのせいかもしれません。
 すべきことはいくらもあります。それをうまくこなせていないというか、なにをすべきかに照準をしぼらねばならない、という焦りがあります。焦っても、焦らなくても、なるようにしかならないのではありますが。


 
連勝記録(2010.11.18)
 大相撲の横綱白鵬の連勝記録が、11月15日(火)の稀勢の里との対戦で敗れ、63連勝で止まりました。
 苦手の少ない横綱が、唯一苦戦していたのが稀勢の里です。2日目という、まだ場所の雰囲気に十分馴染んでいないということもあったのでしょう。この日の白鵬は、しきりのときから、どこか平常心を欠き、むきになっているのではないかという様子が見てとれました。いつも苦戦を強いられる相手を、一気に攻め落としてやろう、とでもいうかのように。
 立会も、かなり気負いが見られました。当たり勝ち、一方的に西土俵に追い詰めたのですが、踏み止まられ、逆に引いてしまったところをつけ込まれ、そのまま押し合いとなり、結局まわしに一度も触れることなく、東土俵下に突き落とされてしまいました。
 ええ? という土俵下での白鵬の、てれ笑いに似た表情が、双葉山の69連勝に着々と近付いていた横綱の「信じられない」とも、「やってしまった」ともいう複雑な思いを、十分に表しているようでした。
 白鵬自身がいうように、「勝とう」という意識を前面に出しすぎた、というところに、コンマ何秒かの狂いが生じたのでしょう。相撲だけではなく、なにごとも記録を塗り替える、新しい発見をするというようなところには、実に奥深いものが横たわっているのだ、と感じ入った次第でした。
 
 この間、世間では、尖閣列島問題、北方領土問題など、様々の事件、事例が次々と起こっておりますが、文弱の徒が感想を述べるには畑が違うようですので、ここは敢えて触れないことにさせていただきます。


 
日本シリーズ(2010.11.12)
 日本シリーズが幕を閉じ、パリーグ3位のロッテが、中日を4勝2敗1分で退け優勝しました。
 このシリーズには、パリーグ3位のロッテが出場することが可であるのか、ロッテと中日のローカル球団同士の対決では盛り上がらないのではないか、との下馬評がささやかれました。
 まず、パリーグ3位のロッテが出場することが可であるのか、との問いかけには明確に「イエス」と答えます。CSを勝ち抜いたチームが出場する、となっているのになんのつもりで異議を唱えるのか、理解できません。二言目には3位のチームごときが、と言われますが、今年のパリーグはまれに見る混戦で、1位から5位までのいずれにもリーグ優勝の目がありました。ロッテは、シーズン序盤には首位を走っていましたし、その後もずっと上位をキープしていました。
 わざと3位を狙い、余力を蓄えたのだろうという声もあります。しかし、終盤のロッテは、混戦の中で、1つでも負けたら3位にも残れないという状況で、しぶとく勝ち進んできました。西武戦での信じられない9回の反撃、ホークス戦での1勝3敗からの3連勝など、余力を蓄えた、というだけでは説明できない粘りと正確な攻守がありました。
 ローカル球団同士の対決では盛り上がらない、とは素人の言うこと。しかし、地上波では1、2、4戦の放送がないという現実に直面しました。世評が、まさに経済の論理と、マスコミの好悪とで作られていくという典型を見たように思います。
 今回のシリーズほど手に汗握る試合はありませんでした。確かに、派手な打ち合いなどはありませんでしたが、4、6、7戦の延長戦は、一瞬の目も離せない攻防を見せてくれました。ピッチャーの攻めの的確さ、ファインプレーの連続で、これこそプロ野球、という展開を見せてくれました。6戦の引き分けは、史上最長の戦いでした。
 うがった見方をする人は、両チームが弱いから、こんなに長引くのだなどと言っていますが、あの3度にわたる延長のどこに弱さがあったと言うのでしょうか。
 今年のシリーズは、ローカル球団同士の対決で、しかも一方は3位のチームだから、面白くもなんともないなどという人たちは、贔屓の人気チームが、今年の中日とロッテに、果たしてどれだけ対抗することができただろうか、と真面目に考えていただきたいと思うものです。


 
11月(2010.11.07)
 最も好きな季節、11月が到来しました。空は青く、澄み渡っています。
 東京から帰ってから、多少のごたごたがありましたが、なんとかうまい具合に方が付いていき、ほっとしています。
 大根の葉も伸び、モミジも色付き始めました。ツワが黄色の花をつけています。
 自費出版文化賞で御一緒した方とは、何かの深い御縁でしょうか。著書を恵贈いただくなど、とてもありがたいことです。


 
東京(2010.11.01)
 10月29日から31日まで、東京に行ってきました。今回は、台風14号とともに、というわけです。幸い、強風や雨とは上手にすれ違い、何とか無事に用務を済ませてきました。
 29日は念願の北鎌倉へ。荷物を抱えてのことでしたので、小さな範囲を歩き、最後に円覚寺の境内を散策しました。鎌倉はさすがに武士が開いた街だけあって、円覚寺の佇まいは毅然とした気に包まれた禅世界そのもの。虚飾を廃し、自然の景観を生かした庭、池、石、苔、まだ青い紅葉。それらが、見事に所を得て、広大な空間の中に、次々と開けていきます。
 ピンと張り詰めた空気の中に2時間足らず居て、心洗われるような思いに満たされ、都心に向かいました。夜の食事は、例によって神楽坂でした。
 30日は自費出版文化賞の表彰式でアルカディア市ヶ谷(私学会館)へ。私は入選という身で、入賞ではありませんので気楽に臨めました。詳細は「コーヒータイム」の方に記します。
 31日は、また例によって大手町です。外堀通りを歩き、巡り巡って、前回食事をしたお店へ。東京の心臓部に、こんな良心的な一画が在るということが、また驚きです。
 帰りの飛行機は、台風の影響でしょうか、出発が遅れ、途中気流の影響ということでかなり揺れたりしましたが、なんとか無事に帰福しました。


 
あやういところ(2010.10.23)
 火花が散りました。なにが起きたのか、と自分であたりを見回したのです。
 なんのことはなく、屈み込んだ拍子に、頭をコンクリートの角にぶつけたのです。
 昨日のことです。午前中の実家の庭の草取りをほぼ終え、剪定した木の株が出っ張っているのが気になり、枝を切り落とした方がよかろうと、鋸を探しました。勝手のわからない場所です。
 道具箱を空けてみたが、ありません。と、庭を歩いているうち、錆びた両刃鋸を見つけました。やれやれ、という感じで前屈みに鋸に手を伸ばしたのです。
 瞬間、空気の壁にぶつかったのかと、思いました。いきなり、弾きとばされ、被っていた野球帽がころころと転げ落ちました。
 なんのことはない、目のあたりの高さに台所の出窓があり、その尖った角に思い切り頭をぶつけたのです。鋭角に尖っている角です。
 めったに帽子を被らないので、庇の上が死角になったのでした。
 台所の出窓の下に置いてあった鋸を拾うために、なにを警戒することもなく、全身で飛び込んだ恰好です。
 かなり分厚い帽子の下の前頭部が、裂けていました。血が滲み出します。とうとう外科に駆け込みました。幸い、消毒し、ガーゼを貼り付けてもらう程度で済みましたが、思い出してみてゾッとしました。
 もし、帽子がなかったら。いや、当たる角度がもう少しずれていたら‥‥。
 事故とはこういうものなのでしょう。全く、そこに障害物が潜んでいるなどという認識のカケラもなく、無邪気に突き進んでしまう、というような。
 私の瞬間の思いは、空気の壁に激突した、という形容が一番ぴったりです。‥‥偶然なのかもしれないし、必然なのかもしれなのかもしれません。しかし、我ながら情けないことには、危ない! という直感すら働きませんでした。


 
神と握手をした人々(2010.10.14)
 今回のノーベル賞を受けた人々の話を聞いているうち、「神と握手をした人々」というフレーズを思い起こしました。
「神と握手をする」というフレーズは、「博士の愛した数式」(小川洋子著)の中で、「神が考えられた仕組みの何であるかに分け入っていく数式=仕組みの何であるかを示す数式」のことを、まず神の深淵なる計画の一部であるととらえ、その一端を覗こうとしている人々を例えてそう呼んでいる(※これは、私の解釈です)のだと思われますが、ノーベル賞を受けた方々には、神と握手をしようとしてきた人々とでも呼ぶべき透徹した視野を持ち、神の計画の一端を懸命に覗こうとしてきたのだろう、と感じ入ることができるものです。勿論、そういう人々には、併せてそれなりの重い責務も与えられることになるのでしょうが。
 この、神と握手をした人々には、実際にノーベル賞を受けた人々ばかりが入るのではありません。ノーベル賞級の研究に日夜を捧げている人々やその周辺の人々もそうでしょうし、チリの鉱山の奥700メートルに閉じこめられ、約1月半を経て救助された人々の節度ある態度を示した(互いを励まし合い、救助の順番を譲り合う)人々にも、神と握手をした人々がいるのでしょう。
 こういう人々は、普段の何気ない日常の中にも住んでいて、多くが殆ど称賛されることなどなく、自分自身もそれと気付かないままに日々を過ごしていることなのでしょう。
 しかし、こんなふうに勇気を得られる話もあるかと思えば、殺戮と強奪と暴利を貪ることばかりを考え行動する人々(いったん、神と握手をした人々であってさえ、容易にこちらの方に転んでしまうという危険を常に孕んでいる)も多くいて、世界を恐怖に陥れ、我が者顔にのし歩き、果てのない高い塔を建てることに懸命になっていたりします。
 もっとも、神の考えはこんな単純な図式では推し量れないことばかりであろうと思われるのですが、「神と握手をした人々」がそれなりの責務を感じて生きている、という事実を垣間見ることができるだけでも、幸いとしたいと考えるものです。
 さらに、私のような小人であっても、私のできる範囲において、「神と握手をした人々」にまつわる物語を紡ぎ出すことを、これからの目的としたいものですし、もし「可」としていただけるのであれば、懸命にその責務を負いたいと考えるものです。

(追記)
 チリの鉱山に閉じこめられていた人、
33人全員の救出が成りました。奇跡のようです。現在の私たちの前に、このような感動的な光景を見せてくれたチリの関係者の、みなさんの努力と不屈の精神と冷静な判断とに拍手喝采です。


 
ノーベル賞(2010.10.11)
 今年のノーベル化学賞に、我が国から鈴木章氏、根岸英一氏の2名が選ばれました。クロスカップリングと呼ばれる実用技術の開発が評価されたことによるということで、おめでたい限りです。
 ただ、これらの業績は、いずれも30年以上前の発見によるもので、現在の我が国の開発研究に対する環境の劣化や若者の理科離れなどが問題視される中、手放しでは喜べない状況であることも確かなようです。
 ノーベル平和賞には、中国の人権活動家であり作家であるリウ・シアオポー氏が選ばれましたが、中国国内では評価がなされない状況にあるようで、改めて平和賞というものの難しさを考えさせられました。


 
夏の終わり(2010.09.29)
 夏の終わりとともに、いくつかの事柄が、それはそれなりに片付いていきます。
 ゲゲゲの女房が、9月25日の放送で幕を閉じました。シナリオ、キャスト、音楽などがうまい具合に響きあって、とても好感のもてる、爽やかなドラマでした。
 スポーツ面では、白鵬の62連勝、4場所連続全勝優勝ということで、九州場所に大きな興味をつなぎました。パリーグでは、ホークスの奇跡的な優勝。残り6ゲームで、3.5ゲーム差をひっくり返したわけです。200本安打も、大リーグのイチローばかりではなく、国内でも青木ほかが達成しました。
 尖閣諸島付近の問題は終わったわけではありませんが、なにかが転換しつつある気配を感じないではありません。国、民族の主張が過度になされない程度に、転換がなされんことを祈ります。
 その他、多くのものが季節の移ろいとともに変わっていくようです。止むことなく、トキは流れていくのですね。


 
秋めいて(2010.09.26)
   すっかり秋めいてきました。はじめは朝晩だけの涼しさだけでしたが、昨日今日は、昼間も気温が上がらず、乾いた風が吹いています。
 2か月に及ぶさしものの真夏日も、季節の到来には従うのですね。真実、今年は秋など来ず、熱帯に移住したような中で過ごすことになるのかも知れない、と考えたほどでした。
 訃が続きました。お坊さんの話では、「もとの愛の住処に帰るのです。それにしても、人間に生まれてきたということは極めて稀なことで、その生を生きるということはとても意味のある重要なことです」ということで、私も頷くことが多くありました。


 
新政権 (2010.09.22)
 組閣が成って数日にしか過ぎませんが、取り組むべき難問が山積みされているのではないかと思われます。が、なにか対応が遅い、なにかがズレている、と感じられてなりません。
 経済のことには私自身がウトいので多くを言うことができませんが、尖閣諸島付近での漁船衝突事件では、中国首相までもが強い主張をしています。はたして、このことへの対応はどうなされているのでしょうか。
 沖縄の基地問題もさることながら、打つ手がなんともマヌケに見えて仕方がないのは、私だけの勘違いでしょうか。
 ついでに、高校授業料の無償化、子供手当の増額‥‥本当に、今そんなことをやっている余裕があるのでしょうか。


 
連勝記録 (2010.09.19)
 白鵬が、千代の富士の連勝記録(昭和以降では、双葉山の69連勝に次ぐ53連勝で、第2位)を抜き去りました。
 このところの不祥事続きの相撲界にあっては、本当に明るい話題です。
  なんといっても、相撲界の常識と世間の常識との違いが明るみに出たという時期です。稽古であるのか虐待であるのかの事件、麻薬所持事件、酩酊し暴力をふるうという事件、野球賭博事件、暴力団との関係等々、これでもかこれでもかとダーティな事件が続きました。
 相撲協会もいろいろと努力はしているようですが、その成果はあがるのでしょうか。これらは、国民の目にも厳しく映っており、先場所同様今場所も不入りが続いていましたが、白鵬の連勝記録が、昨日7日目にしてようやく満員御礼の客を呼んだようです。
 さあ、白鵬は今日も勝ち、55連勝となりました。モンゴル出身の、日本人以上に相撲道を真剣に追求する白鵬。角聖といわれる双葉山に、どこまで迫ることができるか。大きな光を灯してくれているようです。


 
さて、いかように (2010.09.18)
 今日は、海原稿の締切日です。原稿の出が悪く、メンバーの出入りもありました。さて、いかようになりますやら。
 それに、自身の問題として、次のステップに乗り出しました。このことは、10数年来の目標ではあるのですが、これもいかような道を辿ることになるのか、皆目先が見えません。‥‥導きのままにと、ただ祈りあるのみです。


 
試練に次ぐ試練 (2010.09.08)
 私ごとですが、2010年はなんと試練の多い年でしょう。それも、次々と、続々とです。今朝もまた、1件。いやはや、です。
 こういうことを経験しろ、とのことではありましょうが、利害に絡んだり政治臭のするようなことが、次々とです。この経験によって、自分もかなり打たれ強くなってきたかの感もあります。
 利害のことは法律に沿って処理できるとしても、政治臭のすることには違和感を禁じ得ません。「文芸=政治」気持が動きません。


 
なかなかのこと (2010.09.01)
   この猛暑が止む気配はありませんが、身辺にも問題を多く抱えるという有様です。そのことが、また暑さを募らせているようです。
 多くの人にお世話になって今日があるのですが、思いがけないことで難癖をつけられたりするのも、私の人徳のなさ、と言えば私を御存知の方は、おわかりと思います。
 人の世とは、なかなか一筋縄ではいかないもののようです。


 
酷暑止まず (2010.08.21)
 今日も37度を越える暑さです。うだるような、というより溶け出してしまいそうな、とでもいった方が適切な暑さです。
 1週間ぶりに夕方歩いてみたのですが、頭が締め付けられるようで、すうっと気が遠のいていくような気分の悪さに襲われ、やっぱり無謀なことはすべきでない、と思いました。 梅雨あけが7月17日でしたから、もう1月以上も35度を越える猛暑が続いているということになります。
 思考がまとまらないのは気候のせい、ということで逃げていましたが、あながち嘘ではないようです。体温に近い湿った温度にまとわりつかれていると、呼吸をするだに苦しく、それが怠け心からくるのではなく、内なる熱からくるのだという説明に頷けます。
 猛暑の中、高校野球の熱戦が終わりました。春夏を制覇した沖縄興南高校の豪快で明るい戦いぶりは、本当に見事でした。


 
台風来る (2010.08.11)
 台風4号が対馬海峡を横断するかたちで、通過しつつあります。幸い、大型ではなかったので、大事には至らなかったようですが、このコースを台風が通過するのは、記憶を辿ればそうそうはない筈。50年に1度? というのは、大袈裟でしょうか。
 私が幼い頃、台風といえば、長崎方面から対馬海峡に抜ける、あるいは鹿児島、宮崎あたりを抜ける、といった記憶が強く、今回のように、韓国から対馬海峡へ進むというコースはなかったように思います。
 最近の気候異変で、台風のコースは大きく変わりました。一度も、上陸しなかった年もありましたね。
 とにかく、最近の気候異変には、本当に悩まされます。つい昨日までは、35度を越える猛暑日が続いていたのですから。
 ともかく、台風となるとやたら心配になる、というのは変わりませんし、そう対処しないといけませんね。今、世界の自然は、怒りモードに入っているように思われてなりません。


 
熱中症 (2010.08.06)
 毎日毎日、35度を越える暑さが続きます。午前中は、クーラーの世話にならないようにと心がけていますが、午後になるともういけません。
 8月5日の福岡県糸島市の気温は、38.3度にまで至ったそうです。福井県坂井市では、38.6度だとか。熱中症の方が、たくさん出るわけです。
 うだるような、焼けつくような、という形容でこれまで、暑さを表現してきましたが、体の内側から煮え上がるような暑さが滾ってきます。こうなると、思考は朦朧とし、焦点が定まりません。
 こちらは熱中症が原因ではありませんが、全国で100歳を越えるお年寄りの未確認者が、60名近くに上るとのこと。炎暑の中のニュースとして、なにかが燃え落ちているのかもしれないとの感を抱くのは、何故でしょうか。
 65回目のヒロシマ原爆の日でもあります。なんとも、厳しい暑さです。


 
反省 (2010.07.28)
 なんのためにモノを書くのですか。ときどきそう問われ、立ち止まってしまいます。
 ○○のためにとか、●●の究明のために、などと前向きにも、はっきりとも言えない自分に、ハッと気付きます。
 近くの人々や身内が、ハラハラしている様もわかります。
 音楽や、絵などはまだいいとして、文芸という、ことばを紡いでいくこの作業は、なんのためにしているのだろう、ととまどいだしたら切りがありません。
 ことばを武器にすることだけはするまい、と念じてはいるものの、これとて主観的なものですから、多くの犠牲を他に強いているのかもしれませんし、気付かないままなのかもしれません。このように、反省しないではいられない日も、あるのです‥‥。
 そんなときは、ただ、天に許しを請うているだけです‥‥‥‥。


 
炎天 (2010.07.21)
  梅雨が明けたと思ったら、炎天です。それも、各地で35度を越えるという炎暑。
 これだけの環境の変化があれば、体の方がなかなかついていきません。
 日中、35度の部屋で、ノロノロと制作に励んでいます。今の時間環境になり、やや意気込んでの制作状況です。30枚書くと言うことが、これほど難しいものだとは思いませんでした。 


 
梅雨明け (2010.07.19)
 九州北部は、7.17に梅雨が明けたとの発表がなされました。
 大雨が止んだと思ったら、猛暑到来です。いきなり、35度前後の気温です。一挙に干上がりそうな具合です。
 こうしているうちに、身内の高齢者に病気が続きます。一方で、103歳児f地三郎先生のようにお元気で、世界を駆け回っておられるすばらしい方もいらっしゃいます。
 この天候不順の折、皆様、どうぞ御自愛くださるようお願いいたします。


 
大雨の中 (2010.07.15)
 激しい雨が降ります。真っ直ぐに落ちてきます。西日本の各地に被害も出ています。
 昨日の夜更けの雨は、雪崩のようでした。太宰府市では1時間に73.5ミリに達し、これは梅雨前線に向かって、南側から暖かく湿った空気が流れ込む湿舌(しつぜつ)という現象による、梅雨末期の大雨の典型というものだそうです。
 7.11の参議院選挙も、「土砂降り」ともいうべき結果でした。与党民主党の大敗、であるにもかかわらず、執行部になんの動きもないという奇妙な停滞現象のようです。
 7.11大相撲名古屋場所が、異様な雰囲気の中で始まりました。野球賭博による解雇者2人を出し、20名ほどが謹慎(出場停止)、理事長をはじめ管理者複数名の謹慎、NHKの中継放送も中止、という有様です。
 7.11サッカーのワールドカップ南ア大会は、スペインの優勝で幕を閉じました。
 なんだか、やはり、気鬱な雨模様です。


 
開設2周年 (2010.07.07)
 ホームページを開設して、2年が経過しました。
 このサイトを訪れてくださった皆様には、心からお礼を申し上げます。
 2年前、海(当時第一期)が終刊に向けての最終コーナーを回りつつある中、なにがしかの発表の手段を設けねばということで、全くのど素人の私が手探り、足探り? で始めたのでした。未だに、「タグ」のタの字もわからないのですが、そこはそこ、なんとか開設に漕ぎつけたのでした。
 その後、海第二期を立ち上げ、発表の場を確保することができましたし、同ホームページまで開設することになりました。
 
 もっとも、内容については「自分流」で「見苦しい」ものであるかもしれませんが、この中から生まれることになった詩集と句集は、これもまた内容の方はおいて、一つの収穫でした。
 このホームページを持ったことで、不興を買ったこともありましょうが、私にとっては、記録集としての役割も込めております。それに、文章を書くことがより身近になったとの感を抱いております。いよいよ、精進すべきだ、との覚悟も芽生えてきました。
 今後とも、なにとぞ、よろしくお願い申し上げます。


 
サッカー (2010.06.26)
 野球のことでしたら、たいていのことまで喋ることができますが、サッカーの方はあまりよくわかりません。
 しかし、6.25のW杯予選のデンマーク戦は、圧巻でした。3対1という勝ちそのものが素晴らしいのですが、カメルーン戦、オランダ戦、デンマーク戦を通じ、守備に不安がなく、攻撃はこぼれ球を拾うやいなや、素早く、果敢にいく、という流れを見ていて、とても地に足の着いた戦い方をしていると思います。つまり、余計な不安を感じさせてくれないという試合運びは、他の強豪国に劣らない力強さを感じます。
 これらは、技術があり、作戦があってのことだとは思いますが、開催地が南アフリカであり、1,500mの高地であり、公式球がなかなかコントロールしにくい、などということとも無縁ではないと思われます。
 つまり、伊や仏などは、これらの諸条件に慣れ、味方に付けるという努力が少なかったのかもしれません。
 今回、ことによっては、望外の成績をおさめることもあり得るのでは、と素人ながら考えている次第です。


 
束の間の (2010.06.15)
 6.11〜6.13と、東京方面に行ってきました。
 勿論、たいした目的もなく、格安航空券で、ということです。
 最近、身辺がかなり煮詰まっておりましたので、束の間の時間ではありましたが、恰好の休息になりました。
 もっとも、行き当たりばったりの旅ですから、たいした行程ではありません。
 初日は、羽田に着いて、急遽鎌倉に行こうと思い立ち、出かけました。
 時間の余裕がないので、鎌倉駅周辺だけです。鶴岡八幡宮に詣で、街並みに分け入りました。骨董屋があったり、風鈴屋があったり、細い通路に野趣のある植え込みがあったり、趣味のよい坪庭があったりで、街の佇まいに、緑を意識的に取り込もうという姿勢がはっきりと見えます。お店も、品位を失わない程度に庶民的で、街の風景に上手に溶け込んでいるようです。
 北鎌倉は帰りに降りただけ。円覚寺など、すべてが閉門の時間になっていました。
 今回で二度目の鎌倉は、爽やかな風が吹いており、本当にその空気を吸いに立ち寄ったばかりという有様でしたが、次回は北鎌倉→鎌倉というふうに十分時間をかけて、出向きたいと思ったほど、肌にマッチする素敵なスポットでした。
 二日目は神楽坂。神楽坂の魅力は、新しくて古い街。しかもお洒落な街、というべきでしょうか。路地を曲がる度に、ゆかしい風景が次々に現れます。若い人たちが、路地の至るところを散策しています。お洒落で、気の利いた、しかし、決してお高くはない、というくつろぎのスポットでした。
 三日目は、九段下から皇居までの散策です。わが国の政治と権力の中心地ですが、皇居周回のジョギングに多くの人たちが、元気に汗を流していました。その皇居前の高級ビル群の佇まいを見、街並みの美しさに惹かれ、たくさん並べられた戸外のベンチで休息しました。
 ラッキーだったのは、そんなビル群の中には、我々の食事場所などないだろうと思いつつも、恐る恐るとあるビルの地下に入ったところ、福岡の街でもお目にかかれない、値段も品質もとても良心的な一画を発見しました。やはり、東京ですね。奥が深いものだ、と感心しました。
 この年齢になっても、東京には最も惹かれる、という私です。


 
政権2 (2010.06.10)
 新しい政権が発足しました。と同時に、支持率は60%を越えるV字回復。え? なにかあったの、と合点がいきません。
 しかし、人気とか世論とかは、こういうことで決まっていくのでしょうね。
 ともかく、政治とは選挙第一で、なにをしようとするかや、したかとかには関係のないことで、命運が別れていくもののようですね。
 これが現実であるのなら、いたしかたのないところですが、その支持に見合う内容を実行し、示していただきたいと思うものです。


 
政権 (2010.06.04)
 鳩山政権が今日で終了、菅政権へと移りゆきます。
 鳩山政権は、小沢幹事長が来たるべき参議院議員選挙のために総理を降ろしたのだとも、政治と金の疑惑を逃れるため総理が幹事長を道連れにしたのだとも、諸説が乱れ飛んでいますが、要は、「選挙で勝つための芝居」であることは明らかです。
 政治家は、本来まともに政治に向き合ってこそ、国民の負託に応え得るものであって…と思い込んでいた私には、世の中はそんな単純なものではなく、「自身の利権を守る」ためのものであり、「そのためには手段を選ばない」、「嘘を承知でものを言う」という輩たちが集まっており、そうだからこそ社会は成り立っている(福祉や弱者対策も、政争の中から生まれ、事情が変わると、突如切り捨てられたりする…)のだな、と思いを新たにした次第です。
 職を離れ、日々の生活の中にいると、これまで抽象的にしか見てこなかった事柄が、だんだんと具体的なものとして見えて来始めました。60年間というものを、ノーテンキに過ごしてきた私には、日々が新たです。


 
5月最終日 (2010.05.31)
 私にとって、5月という月は、毎年毎年、変化と波乱に見舞われてきました。今年の5月もまさにそのとおりでした。
 5月という、一年で最も気候がよく、最も美しい季節に、なぜいつもこうなのかと首を捻るのですが、私のもともとのバイオリズムがそうなっているのでしょうか。
 あるいは、一年のうち、自然の生命がこぞって萌えたつこの時期、私のリズムがこの躍動についていけないだけなのでしょうか。
  毎年のこのこと、不思議です。


  
土地雑感 (2010.05.28)
   土地というもの、これは幾多のドラマを生みだすもののようです。
 今日の場合は、作品の、というのではなく、現実のドラマのことですが。ほんの小さな三角の土地のために、資産のそのものが台無しになってしまったり、争い事を喚起したりと、実に重大な役割を果たすのです。
 あまり詳細になると、プライバシーの問題になりますので止しますが、ほんの2uの土地が、数戸の宅地の命運を握ったりするのですね。この土地のために、終の棲家と信じて疑わず、手塩にかけ、数十年も住んできた土地が、法的に問題があるのだという…信じられない事件に直面しています。
 それにしても、良好な人間関係も、ちょっとした利害が絡んだだけで、難しいものになっていくようです。普段、現実から目を背けている私に、ちゃんと現実を見よ、とでもいうかのごとく、切迫した事実が顔を見せてくれます。


 
土地と木星の輪 (2010.05.22)
 そもそも土地などは、誰の物でもなかった筈です。
 人間の文明、文化が発達する中で、国境が出来、個人の所有物としての登記がなされ、特定の個人のものとなってきた筈です。
 その国境や、個人の境界をめぐる問題には、壮絶な思い入れがあったりするようです。それがゆえに、生命を賭けて戦うということが、幾たびも繰り返されてきました。
 宗教や経済、利権など、幾多の問題が内包されていることなのでしょう。
 昨日でしたか、木星の輪が一本消えたという報道がなされていました。地球上至るところに発生する利権をめぐる争いと、この木星の輪の問題が、同一の時期に起きていることだとは思えない、対象を見せてくれます。


 
草毟り、押入清掃 (2010.05.13)
 草毟り、枝切り…に打ち込みました。草は舐めるようにとはいかなくてもそこそこ丁寧に、新芽の徒長枝も思い切り切ってみました。
 たいへんな作業でしたが、終わった後は実に清々しいもので、これは職にある時期にはやれなかったことだなと実感しました。
 25年間、奥までは覗かなかった押入の一つを整理しました。出てくるのは、一回も履いたことのない靴、一回も使ったことのない傘、食器、写真などなどで、25年前の記憶を手繰り寄せたり、まるで思い出せなかったりと、実にさまざまです。
 幾つかある押入の一つだけでそうですから、タイムカプセルを開くようなときめきと、その後に続く掃除に、てんやわんやです。
 ただ、発見もありました。もう既に廃棄したと思い込んでいたノートや、原稿用紙や、資料などの一部が出てきました。
 それこそ、ガラクタとしか言えないものですが、私にとっては何ものにも増して嬉しいものです。その整理も、新たな仕事に加わりました。


 
寒暖の差 (2010.05.10)
 このゴールデンウィークは好天に恵まれ、毎日が初夏を思わせる陽気でした。私の知る限りでは、博多どんたくは必ず雨、と相場が決まっていたのですが、今年はまるで心配する必要はありませんでした。
 その暑さの中、昨日の草取りは、それこそ汗だくで、草が土にしがみついて抜きにくく、短時間で切り上げたものの、それでもげんなりしたものです。
 ところが、今日の雨。気温はしかとはわかりませんが、体感でいけば10度は低いかと思われます。衣替えのつもりだったセーターやコートをあわてて引きづり出し、また纏っています。
 自然の歩みは、私たちの都合のよいようにとばかりはいかないようです。
 前後しましたが、ゴールデンウィークもついに終わりました。職を離れて1月と少しの私は、今朝もまた、新しい職場に配置されたという夢にうなされました。
   まだ、現在の生活のリズムに馴染んでいず、日々をダラダラと過ごしているという思いは消えませんし、実際そうです。
 やりたいことがたくさんあり過ぎて、どれかに的を絞って、ビシビシと打ち込んでいきたい…というのが、理想なのですが…。
 唯一、1日1時間程度のウォーキングだけは、続けています。


 
大掃除 (2010.05.03)
 徹底的に大掃除をしました。CDの方は1枚1枚チェックし、約250枚を処分しました。この250枚には思い出がたくさん詰まっており、手放すのは本当に心残りでした。
 本の方も一部を片付けました。本の方は処分することなく、いうなれば、部屋の中心をCDから本へと置き換えた、といえば当たるでしょうか。
 これを期に気分一新、といきたいところです。
 それにしても、某サイトの評価論争、大きな問題にならないよう願うのみです。相手の見えないなかでの論争は、普段向かい合ってさえ問題は尽きないのに、たいへん難しいものではないでしょうか。


 
ゴールデンウィーク (2010.04.29)
 ゴールデンウィークがスタートしました。快晴。新緑を揺らす風爽やか、という恵まれた中での出発です。
 職にない今も、ゴールデンウィークといえば心弾むのは、永年の習性なのでしょう。4〜5日の連続した休日。まさに、なにごとにも代え難い「中休み」なのです。
 今年は、その「中休み」というわけではありませんが、浮き立つ気分は変わらないものです。とはいえ、特別なプランがあるわけでもありません。
 今日は、以前から気にかけていたCDの整理にとりかかり、約300枚くらいを処分するようにしました。最初は全部を、と意気込んでいたのですが、やはりどうしても手放せないものがあるもので、結局半分はもとのままとなりました。
 CD整理計画の第2弾となりましたが、3分の2のあたりの処分まで漕ぎ着け、1回に300枚ずつを手放し、今回で600枚の処分となり、当初計約1000枚のところ、約300枚を残すというところまでやってきました。


 
今の時期 (2010.04.28)
 今の時期は、昇り始めた朝日の強烈な光が、シャワーとなって東の窓に降ってきます。その勢いというもの、どんなに寝不足であろうと、眠っててなどいられません。真昼の明るさの何十倍もの明るさなのです。
 時間は5時頃です。
 あまりの光の激しさに、30年前から遮光性の強いカーテンを引いているのですが、朝日のエネルギーはそれを突き抜けてきます。
 朝日を浴びるということはありがたいことなのですが、私の神経は、この時期、かなり混乱します。わずか2週間程度の間に過ぎませんが、太陽がピタリと狙いを定め、東の小窓に原初のエネルギーを吹き込んでくるのです。


 
サイト引っ越し (2010.04.21)
 現在利用しているプロバイダのHPの容量が、50MBまでであることと、かなりの額を負担しなければならないため、思い切ってサイトの引っ越しを決行しました。
 これは、以前から考えていたものですが、うまくいくかどうかの心配もあり、日延ばしにしていたのでした。その結果、なかなかきれいにとはいかないものの、形の上では取り敢えずの恰好になったようです。
 ただ、以前のサイトには当分手を付けないようにして、訪問者の方の手を煩わすことになっています。「10秒後に、自動的に新しいサイトに転送します」というところを、何度試みてもうまくいかなかったため、完璧な出来ではありません。
 どうか訪問くださる方は、新しいURLへの書き替えなど、よろしくお願いいたします。


 
方向 (2010.04.18)
 4月半ばの土、日を迎え、少しリズムを取り戻しつつあります。
 平日に家にいるという肩身の狭さ(という気分)から、多少解放され、制作、読書、環境美化、6,000歩以上の歩行(1時間の歩行)といった日常が定着してきました。
 先日、10,000歩に挑戦してみましたが、これは当初の予想に反し、2時間近くも要するということを知りました。通勤し、何気なく歩いていた頃は、毎日多分7〜8,000歩は下らなかったと思われますので、これを維持するにはかなりの努力を要します。

 話は転じ、中国の地震、アイスランドの火山噴火、東京の雪、悲惨な事件の頻発と、やはりなにかが変ですね。もっとも、明るい話題も多くあるのですが、ゆらゆらした政権の話題などにかき消され、気分はいま一つ、というところです。
 1Q84のNO3が発売された日、一挙にNO1、NO2も購入しました。
 天候の異変やなにかと不安定な日々が続きますが、春は春です。私たちがすべきは、この一刻の様を前向きに受け取る、ということになりましょうか。


 
けだるさ (2010.04.13)
 4月から、正真正銘の無職になったことで、かなりリズムが狂っています。もともとこの季節は、調子がよかったためしがないのですが、全く職がないというのは、考えられないくらい昔のことですから、リズムの狂い加減というものも、ハンパではありません。
 信じられないくらい早く目覚め、起きだします。そのままてきぱきと何かを始めればいいのでしょうが、結局はリズムにのれないまま、1日を過ごしてしまいます。
 読みたかった本を何冊か読んだものの、無性にけだるくぼんやりしています。
 一度徹底的な大掃除でもして、気分を変える必要があるのかもしれません。
 とまれ、同人誌のお世話をすることになっているのは、とてもありがたいことだと思っています。やはり、他との関わり抜きにはうまくやっていけないことのようです。


 
雑草魂 (2010.04.08)
 いよいよ、草木との格闘が始まりました。
 まず実家の方。土が固いためか、へばりついたように生えた草の抜きにくいこと。それに、広い。広過ぎる。
 半分というところで、今日のところは終了。春先からこういう具合ですから、梅雨、夏、秋の頃が思いやられます。
 帰宅して我が庭を見ると、ここにも雑草が。ついでにと毟り始めたものの、こちらの方も中途でダウン。腰が、足が、へとへとです。
 それにしても、雑草のたくましさ。1日、2日の間に、湧き出したように姿を見せ、しっかりと根を張っています。
 この雑草のたくましさに感心するとともに、巷にいわれる雑草魂というものを自分も学び 、身につけていければと思ったものです。


 
一息 (2010.04.03)
 ちょっと一息というところです。
 普段の土曜日でしたら、待ちに待った日ということで、あれやこれやを始めるのですが、今の場合は、確かにその待ちに待った日、という気持とは違うのかもしれません。
 これからは、こんな調子で部屋の中ばかりに籠もっているわけにもいかないので、できるだけメリハリのついた時間を過ごさねばなりません。
 ということで、夕方遊歩道を30分程度歩き、まだ散っていない川べりの桜をゆっくり楽しんできました。
 もちろん、草も茂ってきました。


 
新生活 (2010.04.01)
 新生活がスタートしました。といっても、40年の勤めを終えて、という新生活です。
 まず、いつもより早めに目覚めました。昨日までの疲れは残っているものの、まずまずの調子で、今日必ずしなければならない健康保険証の継続申請用書類を揃え、送付しました。
 昨日はよほどあわてていたらしく、いくつもの忘れ物がありました。
 パソコンのマウスの左右の設定を解除すること、預かっていた印を返すこと、などなどです。ほかにも、たくさんの忘れ物や、すべきことがあったろうとは思われますが、なにとぞお許しいただきたいと願うのみです。
 部屋のみなさんに、この場より、今一度お詫びを申し上げる次第です。
  そして、ありがとうございました。


 
寒暖 (2010.03.28)
 桜が満開です。
 しかし、この寒さはなんでしょう。2日ほど前の、嵐はなんでしょう。
 これが自然の営み、というものなのでしょうね。
 人間の都合のよいようにばかりにはいかないのが、当たり前のことではありましょう。
 それにしても、あたりの空気が冷え冷えと感じられるのは、個人的な感傷のせいなんでしょうか。世の中の調子が、やはり、多少狂っているのでしょうか。
 地震、洪水‥‥などの多発。これらは、なにかを意味するのでしょうか。


 
花の季節 (2010.03.22)
 太宰府御笠川の川べりの桜が、3部咲きといったところでしょうか。これまでの大荒れの天気には顔をすくませていたのが、今日の快晴に誘われるようにいっせいに躍り出たのかもしれません。
 無人の実家の庭には、草が目立ちはじめました。キンカンがたわわに実り、スイセンがかわいい花をつけています。
 花の季節到来です。
 職場に通うのも、あと7日間となりました。


 
年金の手続き (2010.03.14)
 年金の手続きにいってみました。勿論、一度でことが済む筈もありませんが、こういうことを相談にいくことになったのか、と複雑な気分です。
 それも、前倒し受給の相談ですから、情けないやら、少し憤慨するやら、ことはしっくりきません。
 とはいえ、生活の道も考えねばなりませんから、私のように、普段から生活に足をちゃんと地に着けていない者は、やたら気が滅入ります。


 
風邪来たる (2010.03.10)
 年中風邪を引いているのに、この3月ばかりは珍しく離れていました。
 ところが、この寒暖の差、それに年度末という気忙しい時期、やっぱりというべきか、猛烈な風邪がやってきました。気分がよろしくないというべきか、首が回らないというべきか、どこかがヒヤリとするというべきか、辛いものです。
 寒暖の差といいましたが、昨日今日のこの寒さ。風の強さ。縮みあがってしまいます。
 成る。それでも成ると、今は願をかけながら、1日、1日をやり過ごしています。


 
地震、津波、火事 (2010.03.03)
 この頃、地震に、津波に、火事にと怖いことが続きます。
 零地点に書いたのも、こういうことでした。
 本来、人間が人間のことを書くのが文芸の主流のようですが、私の場合、どうも人間から離れていきます。平たくいえば、人間のことは他の人に書いてほしいのです。
 地震など、天変地異と呼びます。怖いことです。
 しかし、視点を変えれば、自然も生きているということです。人間だけではなく、猿も、狼も、山も、海も、海底も、みな生きているのです。みな魂を有しているのです。
 こう考えれば、ものごとはとても生き生きとできていて、動いていることがわかります。どうやら、人間だけが主人公ではないようです。


 
女子フィギュア (2010.02.26)
 注目の女子フィギュアの結果が出ました。
 韓国のキム・ヨナ選手の演技は、すばらしいの一言でした。世界最高得点という評価に表されているように、一人だけ別の次元をいく、という感じでした。しなやかな演技と、技の切れのすばらしさ。それは、何度も歩き慣れた道を、普通に歩いていく、とでも例えたら少しは当たっているでしょうか。
 浅田真央選手の演技には、シンからハラハラドキドキでした。3回転半のジャンプを何度決めたことでしょう。しかし、男子の場合もそうでしたが、今回はジャンプの難度があまり評価されませんでした。
 浅田選手は、そのことも承知の上で、しかも鐘という重たい選曲で、そのハンデも承知の上で臨んだというのですから、その目は、バンクーバーよりはるかな先を見据えているのかもしれません。浅田選手の芯の強さに、なにかを教えられたような気がします。
 世の中が、すぐに表れる結果を求め、見せかけのものだけを狙いたがるという今、彼女の敢然と一つのものに立ち向かう姿勢は、とても大事なものではないでしょうか。
 安藤美姫選手も、ベストな演技をしました。鈴木明子選手は、摂食障害を乗り越え、五輪の舞台で生き生きとした演技をしました。


 
4月の陽気 (2010.02.24)
 このところ、快晴で、4月の陽気が続いています。
 しかし、気持はあまり晴れません。3月末で、世間でいう仕事から退くことにしたこともあり、これに多少感情を交えてきたということがよろしくありません。
 実際、自分の都合で退くのですから、胸を張っていてよい筈ですが、気持の整理がうまくつきません。
 家の都合、自分のライフワークのため、というのは偽らざることなのですが、自分の進退が揺れている時間というものは、どうにも居心地がよくありません。
 周囲のみなさんに、多くの気遣いを与えているのも、申し訳ないことです。


 
冬季五輪 (2010.02.20)
 カナダバンクーバーでの冬季五輪が、盛りです。
 五輪招致の是非などの問題はひとまずおいて、4年に1度の大会に臨み、各国の選手が0.01秒のタイムを必死に競い、氷の上での演技を懸命に行っている姿には、心打たれます。
 これで、どうしても順位をつけなくてはならないのか、とさえ思うくらい感動させてくれます。速くて、正確で、美しい。雪や氷の上での競技ですから、白世界の中に身も心も引き込まれ、澄み切った気持に満たされます。
 参加している選手には、最高のパフォーマンスを行ってほしいし、人生の大いなる糧にしてほしいと願います。 4年に1度の大会であるからこそ、五輪は、殊更すばらしいドラマを産み、感じさせてくれるものだと思います。


 
朝青龍引退 (2010.02.08)
  初場所中に、泥酔暴力事件を起こした横綱朝青龍が2月4日引退しました。朝青龍本人は、当日までなんとか現役続行を望んでいたらしいのですが、横審等から解雇という線があるという沙汰を受け、やむなく自ら引退という道を選択せざるを得なくなったようです。
 朝青龍は、これまでも度々の事件を引き起こし、処分も受けてきましたが、今回ばかりは、もはや退路がなかったようです。
 それにしても、朝青龍は強かった。大鵬よりも、千代の富士よりも、おそらく上だったのではないでしょうか。スピードと相撲勘が抜群で、暴力的ともいえる豪快で緻密な取り口は、これまでの相撲にはなかったものです。
 品格、品格といい続け、さもありなんという感もなきにしもあらずでしたが、相撲界も、もはや国技という枠に閉じこもり、知らぬ存ぜぬを決め込んでいるときではないでしょう。番付の上位者が、モンゴルほかの外国籍の力士で占められている現状は、もう開国どころの騒ぎではないのではないでしょうか。


 
発送後 (2010.02.02)
 詩集、句集を刊行、発送して1週間が経ちました。
 その後、、気分も塞ぎがちで、なにかを広く問うということはなかなかたいへんなことなのだ、と今頃になってしみじみと思う、とんまな私です。
 文芸なるもの、人様の心証を害してみたり、たまにはそうでない場合もないとはいえないものの、なかなか手強い存在であるのですね。
 あえて、それに向かおうというのですから、これはたいへんです。よほど気を引き締め、心してかからねば、人を惑わし、大騒ぎをしただけ、という罪作りに終わりかねません。
  自費出版 贈る勝手という罪あり   


 
積ん読 (2010.01.24)
 無性に本が読みたくなり、書店に駆け込むことがあります。ただ、書店といっても、私の場合はオール百円とやらが売り物の書店に、よく寄らせてもらいます。
 そして、「文芸書とは離れた本」の棚の前で、手当たり次第に本を選ぶのです。百円という値段が、つい気を大きくさせるということもあります。
 新書ばかりを並べている書店では、気恥ずかしくて買えないジャンルの本などを無造作に選び、両手に抱えきれないほどの量を持ち、レジに並びます。
 その殆どの本が「積ん読」という憂き目をみるのですが、私の拙い情報はこの積ん読の中から多くを得ている、といっても過言ではありません。
 手当たり次第に選んだ本というのは、通常の趣味、趣向とはおおきく離れており、それが新たな「発見」を生んでくれることが多いのです。このようにして、積ん読は、(自分にとっては)貴重なインスピレーションを得るために、まさに、たよりにしている存在なのです。


 
諸々のこと (2010.01.17)
 今年に入って、初めてといってもよい快晴です。空が高く、青く清々しいものです。
 センター試験も、好天に恵まれ、やれやれということでしょうか。
 ハイチでは、首都が壊滅するほどの大地震に見舞われ、死者は10万人とも20万人ともいわれています。なんとも痛ましい限りですが、人間として、これらをどう受け止めるべきでしょうか。
 あたかも、今日は阪神淡路大震災の日。15年が経過しましたが、このことが風化したりするということではいけないと思います。
 また、我が国では、政府の高官が、桁の外れた大金を右から左に動かし、有罪か無罪かという、人間が設けた物差しで測ろうとしていますが、そんなものなのでしょうか。
 無罪とか、潔癖などということばが、こんなふうに使われてよいのでしょうか。


  
大寒波襲来(2010.01.13)
 この冬一番の寒波が襲来するとのことです。さすがに、冷え方が締まってきました。
 で、なんとか元気を保っているのは、黒炒り玄米、興味本位で始めた般若心経の読誦のお陰かもしれません。どちらも、体を温めてくれるようです。
 特に般若心経の方は、通勤時間や、暇があると何度でも、唱えるようにしています。始めて1月弱、なんとか淀みなく唱えることができるようになってきたと思います。


  
寒波襲来(2010.01.07)
 このところの寒さは、厳しいものがあります。年末からずっと、という具合です。
 この寒さは全国的なもののようで、ずしりとくる思いがあります。
 世の中もお寒い話がちらほらというところで、新政権も、本当の実権を握っているのは誰か、が透けて見えます。早くも財務大臣交代などと、いかにも人間臭いドラマが展開されつつあるようです。
 綺麗ごとを堂々と言える人間に、綺麗な人はいないようだということだけはひしと伝わってきます。これが人間、これが実社会というものでしょうか。


   
2010年来たる(2010.01.01)
 新春のお喜びを申し上げます。
 静かに新春を迎えることができたこと、ありがたく思います。
 今年が誰にとっても、なににとっても、良い年であり、これが未来へ踏み出す一歩となれば、最高です。
 もろもろのことが、必要であるから、起きているのだと感じます。
 そう信じ、そう念じ、全てのことに感謝申し上げます。

索 引



2010年来たる(2010.01.01)

寒波襲来(2010.01.07)

大寒波襲来(2010.01.13)

諸々のこと(2010.01.17)

積ん読(2010.01.24)

発送後(2010.02.02)

朝青龍引退(2010.02.08)

冬季五輪(2010.02.20)

4月の陽気(2010.02.24)

女子フィギュア(2010.02.26)

地震、津波、火事(2010.03.03)

風邪来たる(2010.03.10)

年金の手続き(2010.03.14)

花の季節(
2010.03.22)


寒暖(2010.03.28)

新生活(2010.04.01)

一息(2010.04.03)

雑草魂(2010.04.08)

けだるさ(2010.04.13)

方向(2010.04.1)

サイト引っ越し(2010.04.21)

今の時期(2010.04.28)

ゴールデンウィーク(2010.04.29)

大掃除(2010.05.03)

寒暖の差(2010.05.10)

草毟り、押入清掃(2010.05.13)

土地と木星の輪(2010.05.22)

土地雑感(2010.05.28)

5月最終日(2010.05.31)

政権(2010.06.04)

政権2(2010.06.10)

束の間の(2010.06.15)

サッカー(2010.06.26)

開設2周年(2010.07.07)

大雨の中(2010.07.15)

梅雨明け(2010.07.19)

炎天(2010.07.21)

反省(2010.07.28)

熱中症 (2010.08.06)

台風来る (2010.08.11)

酷暑止まず (2010.08.21)

なかなかのこと (2010.09.01)

試練に次ぐ試練 (2010.09.08)

さて、いかように (2010.09.18)

連勝記録 (2010.09.19)

新政権 (2010.09.22)

秋めいて(2010.09.26)

夏の終わり(2010.09.29)

ノーベル賞(2010.10.11)

神と握手をした人々(2010.10.14)

あやういところ(2010.10.23)

東京(2010.11.01)

11月(2010.11.07)

日本シリーズ(2010.11.12)

連勝記録(2010.11.18)

気怠く(2010.11.28)

12月好日(2010.12.05)

解決へ(2010.12.10)


冬至(2010.12.22)

問題多く(2010.12.29)

大荒れ(2010.12.30)

寒風(2010.12.31)

2011年到来(2011.01.01)

素心蝋梅(2011.01.07)

ランドセル(2011.01.13)

国立博物館(2011.01.14)

冷え続く(2011.01.19)

白鵬の弱さ(2011.01.20)

過ぎゆく(2011.01.21)

東京(2011.01.25)

日韓戦(2011.01.26)

2月到来(2011.02.02)

大相撲ほか(2011.02.07)

大相撲:続(2011.02.10)

白一色(2011.02.12)

若田さん(2011.02.17)

寒暖の差(2011.02.20)

NZ地震(2011.02.26)

携帯電話ほか(2011.03.02)

3月は(2011.03.05)

震災お見舞い(2011.03.12)

言葉なく(2011.03.15)

悲惨な3月(2011.03.28)

諸外国の支援(2011.03.31)

桜だより(2011.04.10)

レベル7(2011.04.14)

2012年問題(2011.04.15)

草を毟る(2011.04.16)

三十三茶屋(2011.04.21)

復興なるか?(2011.04.22)

選挙戦(2011.04.23)

田中好子さんのメッセージ(2011.04.25)

草毟り、風通し(2011.04.27)

春風強く(2011.04.28)

新芽伸びゆく(2011.04.29)

4月がゆく(2011.04.30)

5月です(2011.05.02)

黄砂降る(2011.05.03)

子供の日(2011.05.05)

立夏(2011.05.06)

蛇(2011.05.07)

連休の終わり(2011.05.08)

終わりと始め(2011.05.09)

いきなり30度(2011.05.10)

久しぶりの雨(2011.05.11)

パソコン(2011.05.13)

弥生時代の風(2011.05.14)

アセンション(2011.05.17)

黄檗展(2011.05.20)

木々の花(2011.05.21)

梅雨寒(2011.05.23)

二題(2011.05.25)

野に出でよ(2011.05.30)

気象記念日(2011.06.01)

草木の強さ(2011.06.02)

空理空論(2011.06.03)

梅雨入り(2011.06.06)

蛍の群舞(2011.06.07)

PCの交替ほか(2011.06.09)

梅雨本番(2011.06.11)

マイクロソフト(2011.06.13)

風邪(2011.06.15)

鍼(2011.06.17)

蛇が出た(2011.06.21)

夏至過ぎて(2011.06.24)

命日(2011.06.26)

梅雨の中休み(2011.06.29)

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